異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

魅了

 アキトと別れた私はキリエスと共に聖協会の聖堂を訪れた。

「随分と、君はあの転移者に肩入れしているようだったね?」

 キリエスは私を見るとそう言った。

「ええ、彼にはとても世話になったわ。
ここに来るまでの道中、色々とあったから」

 そう私は答え、深いため息をつく。
私の話など、大司教はほとんど聞いてくれなかった。
これではアキトは悪者のままだ。
どうにかして、私達の敵でない事を伝えなければ。
誤解を解かなければいけない。

「何があったのか。話してくれるかい?」

 キリエスは優しく微笑んで、私にそう言った。
私は頷くと、ここまでにあった事を話す。
アキトとの出会い。
そして炎龍に街が破壊された事。
コルト村でのゴブリン、オークの討伐。
そしてオーガとの遭遇と、打倒まで。

「アキトは一度として人々を傷つけるような事はしなかった。
むしろ、助ける事を自ら行っていたわ。
これまでの異世界転移者とは違う」

 キリエスはその話を黙って聞いていた。
腕を組んで、目を閉じて聞いた内容を吟味しているようだった。

「キリエス、どうかアキトを助ける事に協力してくれないかしら?」

 私は懇願する。
この聖都で団長を一任されている彼の言動には力がある。
私よりも遙かに、だ。

「君の頼みは聞いてあげたいのは山々だが、転移者の案件は取り扱いが難しい。
僕らで判断する事ではないし、やはり大司教が判断する事に従うしかないだろうね」

 キリエスは申し訳なさそうにそう言った。

「…そう…。
でも、私は…ここで黙っている訳には…」

 その言動を聞いたキリエスは私の両肩を掴む。

「いいかい、アーシェ。
故郷を失って支えを失った君の傍にたまたま彼がいたから特別に思っているのかもしれないが、あくまで彼は異世界転移者。そして僕らは聖騎士だ。
謂わば敵対関係だよ。
君の話を聞く限り、確かに敵対心は無いのかもしれないが、僕らも必要以上に彼の肩入れするのも良くないだろう?」

 僕らにも立場がある、そうキリエスは続けて言った。

 そうなのだ。
私達は聖騎士である以上、あまり大きな声で異世界転移者を擁護していれば、聖騎士の存在が危ぶまれる。
「急に何を言い出すんだ?」と。
「転移者と戦う為の守護者ではないのか」と。

 私は俯いて唇を噛む。
何が私が言えばどうにかなる、だ。
何も、どうにも、なっていないではないか。
あまりにも無力な自分を恥じる。

「ともかく、長旅で疲れているだろう。
宿はとってあるかい?
もしも必要なら僕の屋敷でも構わないが」

 キリエスはそう提案するが、「大丈夫よ」と断る。

「自分で宿を探すわ。
また、明日の朝大司教に話をしに行ってみる」

 話しを聞いてくれてありがとう、とキリエスに感謝を述べ、私は聖堂を後にする。

「あぁ、そうだ、アーシェ。
エールダイトの事だが、救援隊を現在集めている。
人数が揃い次第、出発する予定だ。明日か、明後日か。
その時は君も一緒に来るだろう?」

 キリエスはそう尋ねてきた。
私は「そうね、行くわ」と答える。
けれど、内心ではアキトの事の方が気になっていた。

 宮殿から離れて、私は振り返る。
あそこにまだ、アキトはいる。
きっと牢獄にでも入れられて取り調べを受けているのだろう。
乱暴はして欲しくない。
そもそも、される事などやっていない。
だからすぐにでも出してあげたい。
その為に、私は何をするべきなのか。

 日が沈む前に宿を取り、一人部屋のベッドに横たわる。
出来る事とは何だろう。
まずは、大司教と話しをする事だ。
キリエスも言っていたではないか。
私の話を聞く限り、敵対心は無さそうだ、と。
そう、彼に人を傷つける考えなど毛頭ないのだ。
それだけでも、理解してもらえれれば…。
 けれど、エールダイトの救援隊ももう人数が集まりだしているという。
私はそこにも向かわなければいけない。
アキトを…一人残して…。
それでいいのか?

「良くない…。良くないよ」

 小さく呟く。
しかし、私がこの聖都を目指していたのは炎龍の報告と救援の要請も大きな目的だ。
アキトを連れてきたのは正直ついでと言って良い。
当初は…そうだった。
けれど、今では彼がいない、という事がとても心細い。
この数日でここまでアキトの事を頼っていたのだろうか?

 ふとポケットに手を入れて、預かっている硬貨を手にする。
アキトのお守りであり、アキトの両親の形見。
それをギュっと胸に抱く。

どうか、アキトが早くあの場所から解放されますように。
辛い目に合っていませんように…。





その願いは…届く事は無かった。



 

 翌日、私は目を覚ましてすぐ支度をして宮殿へと向かう。
宮殿の門番を見つけると、声をかける。

「大司教にお話しがあります。
通してもらえますか?」

 門番は私を見ると、申し訳なさそうな顔をする。

「申し訳ありません、聖騎士様。
現在大司教様とのお取次ぎは出来ません」

 即答された。
なぜ?

「何故ですか?もし、今が忙しいのであれば、また時間を改めて…」

「いえ、ここ数日は誰ともお話し出来ないと仰せつかっております。
申し訳ありません」

 一も二もなく断られる。
そんな…。

「そこをなんとかお願いできませんか?
大事な話なのです。
転移者を連れてきたアリシエが面会を求めていると伝えてもらうだけでもっ」

「アーシェ」

 そう門番に言い募っている私を後ろから声がかかった。

「こんな朝早くからどうしたんだい?随分と焦っているようだが」

 キリエスは落ち着いて、と言いながら声をかけてきた。

「キリエス、大司教との面会が出来ないの。
あなたからも頼めない?どうしても急がなければ…」

 そう言う私の手をキリエスが掴む。

「アーシェ、とりあえずこっちに来るんだ。
ここで門番と口論している姿を街の人に見られたら何事かと思われるだろう」

 キリエスは冷静にそう言われ、ハッとする。
ダメだ、何を熱くなっているのだ。
門番にも責はない。
困らせるような事を言って、駄々をこねている子供ではないか。

 キリエスは「とりあえずこっちに」と近くの噴水の前のベンチへと向かう。

「僕も君に大事な話があるんだ」

 そう言って私を見る。
大事な話?なんだろう。
私は不思議そうな顔をする。

「…昨日、僕は大司教の護衛もかねて、牢獄に入ったんだ。サエキ・アキトにも会ったよ」

「会えたの!?」

 私は思わず立ち上がる。

「アキトはどんな様子だった?
酷い事、されてなかった?」

 キリエスはそんな私を「落ち着いて」と宥め、もう一度座らせる。

「元気だったよ。
少し疲れていたけれどね。
けれど、大事な話、というのはそのサエキ・アキトについてだ」

「アキトがどうかしたの?」

 キリエスの顔色はとても深刻そうな顔をしている。

「彼のステータス鑑定を大司教様が行った。
そして、その中にとあるスキルがあったんだ」

 スキル?何の話しだろう。
それよりもアキトの状況を詳しく教えて欲しいのに。

「彼は″魅了”を持っていた」

 キリエスは短く言い放つ。
魅了?魅了と言えば、そのスキルによって相手を意のままに操る事が出来る力の事だ。

「しかも、魅惑のレベルが最大値になっていた。
つまり、君は…」

 …何を言いたいのかわかった。
けれど、それは…。

「サエキ・アキトに感情を操られている」

 キリエスの言葉が私に突き刺さる。
私が…魅了されていた?そんな…そんな訳が…。

「そんな…事は…」

「無い、と言えるかい?
さっきの門番とのやり取りも、まるで君らしくなかった。
冷静でいられなくなっているんだ。
本来、君ほどの実力者なら魅了の力になど屈する事もないだろう。
けれど、炎龍によって故郷を失い、茫然自失の君の心に彼の魅了は入り込んだ」

 私が…アキトに操られていた?
そんな…。

「正直、受け入れがたいだろう。
けれど、そう考えると辻褄が合う事もあるんじゃないかい?」

 キリエスは私を試すように言ってくる。
心当たり…。
彼と一緒にいるととても落ち着いた事だろうか?
彼に守られていた事が、涙するほど嬉しかった事だろうか?
今、この場に彼がいない事がひどく切なく感じる事だろうか?
わからない…。
わからないっ!

 私は頭を抱える。

「アーシェ…。
大丈夫だ。君の精神耐性は本来かなり強いんだ。
だから、自分をしっかり持っていれば、魅了の力は消える。
奴は異世界転移者で、聖騎士の君を利用しようとした。
やはり悪魔のような奴だったんだよ」

 アキトはそんな事する人だろうか?
違うっ!と叫びたい。
けれど、その感情すら魅了によるものなら?
自分がわからない。
何を信じればいいかがわからない。

 そんな私をキリエスがそっと抱きしめてくる。

「大丈夫だよ。僕が傍にいる」

 とても優しく、そう囁いた。
私は、その言葉を聞いてはいなかった。

アキト…あなたは…私の事を…。


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