異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

早朝の林道

 まだ夜が明ける前、俺は目を覚ます。
目の前にはアーシェの顔があり、改めてこの状況に強張るが、安心した寝息をたてるアーシェを前にするとこちらまで落ち着いてくる。
そっとベッドから離れ、窓から外を見る。
日が昇るまではもう少しかかりそうだ。

 いよいよ、夜が明ければクリステリアに向かう事になる。
その後の事を考えれば、不安が無い、というのは嘘になるだろう。
とは言え、アーシェの後ろ盾もあるのなら、という思いでここまできた。
最後に選んだのは俺だ。
なんにせよ、腹を決めるしかない。

  ふと、気になる事があった。
あのオーガとの一戦からメーティスとやらの声がしないのだ。
何故だ?
そう考えていると視界がまた急にクリアになる。

『お呼びになりましたか?マスター』

 おお、お前は呼ぶと出てくるやつなのか。

『叡眼の使用は少なからずマスターのマナを消費します。平常時は待機状態しておりますので』

 へー。そういう事か。
ちと、色々聞いていいか?

『何なりと』

 基本的な情報を整理したい。
何から聞こうか?
とりあえず、手始めにマナって何だ?多分ゲームでいうMPのようなものなんだろうが。

『マナとは体内にある魔力の貯蔵庫です。魔法や特殊なスキルを行使すればマナは減っていきます。マナがゼロになると意識を失うのは、体力と精神力が奪われ始めるからです。通常、その状態になる前に魔法の行使を止めますが、仮に続けていると命を落とします』

  なるほど。
意識を失うのは精力まで使い果たして死なない為か。
 ちなみに俺のマナはどれくらいあるんだ?

『ステータスの確認を行いますか?」

 え、できるの?
見てみたいわ。

『では、ステータスを表示します』

 すると視界に半透明な枠が広がり、その中に文字が表示されていく。
なんだかこれだけ見れば未来的だな。
俺は表示されるそれを読んでいく。


  
名称:佐伯 朗人
種族:人族
LV:25
特性:・異世界転移者 ・英雄 ・叡眼使い ・召喚士 ・勇者の卵 ・魔将の卵 ・魔王の卵 ・起死回生の加護 ・破邪の加護

体力:5800
マナ:9800
筋力:2500
魔力:12500
俊敏:3900
耐久:1500

所有スキル
・叡眼メーティスlv.MAX ・召喚魔法lv.MAX  ・火属性耐性lv.MAX ・風属性耐性lv.MAX ・精神耐性lv.MAX ・自然治癒lv.MAX ・マナ回復lv.MAX ・剣士lv.MAX ・格闘lv.MAX ・魅惑lv.MAX ・生態感知lv.MAX ・知覚加速lv.MAX ・魔力変換 ・武具召喚 ・幻具召喚 ・幻獣召喚 ・自己再生 ・魅了 ・剣技 ・格闘技 ・未来視 ・並列思考 ・叡眼視 ・対話術




 多過ぎ…。
率直な感想である。
多すぎて一瞬クラッと眩暈がしたくらいだ。
朝っぱらからヤバイものを見てしまった気分だ。
 なんだかわかないが、凄いのはわかった。
うん、細かな事はまた今度聞くとしよう。

 メーティスは異世界転移者ってのはどういうものなのか知っているのか?

『マスターの知り得た情報以上にはわかっておりません』

 む、何でも知ってる訳じゃないのか。

『マスターの得た情報を記録し、解析、推測は出来ます。
推論を聞きますか?』

 おう、そうしてくれ。

『アリシエ様の話を聞く限り、異世界転移者に特殊な力があるのは間違いありません。
そして、その能力はかなり強大なものであり、更に突出した特殊能力も持っていると考えられます。
マスターの場合、召喚魔法の適正が極めて高いのはその特殊な力に関係しているかもしれません。
私の存在もまた異世界転移者の力の恩恵であるかと考えられます。
 そして、卵を複数所持している可能性もマスターのステータスから判断できます。
そこから推測すると、魔将や魔王の卵を孵化させた場合、人間と敵対する存在へと変わるのではと推測します』

 つまり、歴史上の人間に仇名す異世界転移者ってのは魔将や魔王の力を持ってる訳か。

『あくまでも推論です。断言は出来ません』

 でも逆に英雄や勇者の転移者もいるんじゃないのか?俺もそうだし。

『存在する可能性は高いです。しかし、その存在が歴史に名を残しているかは別かもしれません。
あるいは、その存在は異世界転移者である事を隠している場合もあります』

 むむむ…隠れて英雄や勇者の力を使えるのか?
わからんな。
まぁ深く考えても仕方ないか。
結局、知りえてる情報以上にはわからないって事だな。

 あとは聖教会ってのは、やっぱり異世界転移者からすれば敵なんだよな?

『申し訳ありませんが、それについてもマスターが知りえている情報以上にはわかりません。
現段階での情報では敵対関係と見るのが妥当かと』

 だよなぁ。
結局、俺らは敵地と言える場所に突撃するんだよな。
気が重いわ。

 また聞きたい事が出来たら聞くことにするよ。
サンキュー、メーティス。
あ、それと、これからもよろしくな。

『はい、今後ともよろしくお願い致します』

 視界が元に戻る。
少しだけ頭の中が整理できた。
色々とこの世界の情報を得た後にメーティスと討論会をした方が良いな。

 外を見れば朝日が辺りを照らし始めている。
するとアーシェがムクリと起き上がった。

「アキト…?随分と早起きね。
それとも、もしかして眠れなかった?」

 アーシェは目を擦りながら聞いてくる。

「おはよう、アーシェ。
眠れなかった訳じゃないよ。
なんかそんなに眠らなくても身体は元気になる体質になっちまったらしい」

 「ふぁ」とアーシェは欠伸をして「便利なものね」と続ける。

「朝食を食べたら準備をしましょう。
今日は慌ただしい日になりそうだから。とりあえず少し顔だけ洗ってきたいわ。一緒にどう?」

 俺も頷き、泉に向かう。
二人で並んで朝の林道を進む。

「なんだかこうして並んで歩き始めたのはつい最近なのに、随分と前からしているような気がするわ。アキトと出会ったのはほんの数日前なのにね」

「そうだなぁ。めちゃくちゃ濃い日々を送ってるからそう思うのかもしれないな」

「お互い故郷を失って、新たな道を歩いてる途中だものね。
これからも一緒に歩きたいと私は思うけれど?」

 アーシェは俺の顔を覗き込んで聞いてくる。

「そりゃ冒険を一緒にしたいって事か?まぁせっかく来たんだしこの世界を見て回りたいとは思うけどな」

 俺はそう答えるとアーシェはムスッとした顔をする。

「そういう意味じゃないんだけど。まったく」

 む、返答を間違えたようだ。
でもそんなに怒ってるような感じもしない。

「アキトって、前の世界で好きな人とかいたの?」

 ドキッとする事を聞いてきた。
朝から何を言い出すんだ?

「いや、いないよ。女の子とは縁が無くてね。
俺オタクだったし」

 俺は出来る限り動揺を隠して答える。

「おたく…?それは何?」

「オタクってのは…どう説明するか」

 俺は顎に手をやり悩む。
なんせ漫画、アニメ、二次元、と言っても伝わらないだろう。
かといって、空想の美少女達に萌えている人です、と言ったら流石に引かれそう。
というか軽蔑されそう。

「あー、空想の物語とかが好きな人だな。
それについて詳しいと言っても良い」

「それと女の子と縁が無い事は関係するの?」

 アーシェのカウンター。ここそんなに掘り下げる話題ですか?

「年がら年中空想の世界に浸ってるヤバいやつとは関わりたくないだろ?そういう事だ」

 もう自分をヤバいやつにしておいた。この会話は打ち切りなのだ。

「アキトって空想の世界に浸ってる人だったの?現実もちゃんと見なきゃダメよ」

「むしろこっちに来てから現実見ないと死ぬ、みたいな生活してるから心配無用だ」

 そう答えるとアーシェはクスクスと笑った。

「それじゃこっちの世界ならアキトは真人間なのね」

「あっちの世界だってそれなりに真人間だったよ。ヤバいやつってのはちょっとした冗談だ」

 ほら、着いたぞ、と泉を指す。
はいはい、とアーシェは答えて顔を洗い始める。
俺も冷たい泉に手を入れ、掬い取って顔に当てる。
冷たくて気持ちいい。
アーシェは顔を洗うだけでなく、髪の毛も洗っていた。
長い金の髪が水気を帯びて艶やかに日差しを浴びて輝いている。
なんだかそれがとても幻想的で、つい見惚れてしまった。
 その視線に気づいたのか、アーシェが「どうしたの?」と聞いてくる。
俺は慌てて視線を外して「な、なんでもない」と言ってバシャバシャと顔に冷水を浴びる。

 また俺は変なスイッチが入ってたぞ。
とは言え、アーシェが魅力的なのは間違いないのだ。
見た目もさることながら、人間としても芯のある強い心持ちの娘だ。
たまに抜けたところもあるし、ご飯にも目が無いところもあるが、それもそれで可愛いものだ。
惹かれない訳がない。
と、言っても、向こうが俺の事をどう思ってるかはわからない。
それにまだ会って数日。
互いの事はわかっているようで、わかっていない事など沢山ある。
だからあくまで今は友人。
それで良いのだ。
むしろ、前の世界での日常を考えればこんな美少女と友人になれただけでも快挙ではないか。

 俺はそう思うと自分の気持ちにパタリ、と蓋をする。
落ち着こう。
そんな気持ちに浮ついている場合ではないのだ。
今日は大事な日。
聖都に行って俺の無害さの証明をする大事な事が待っているのだ。

「さて、行くか」

 俺は立ち上がって声をかける。
アーシェも髪を布地で拭いて立ち上がる。
そして俺の裾を摘まむ。
え?と俺は振り返る。

「…アキト、あなたは…私の事…」

 潤んだ瞳で俺を見て小さく言ってくる。
え、え?これって…これって…。

「…いえ…。なんでもないわ。ごめんなさい。
帰りましょうか」

 そう言ってアーシェは歩き出す。
えええええ!?
待て待て、今なんかすっごく大事な事言おうとしてなかった?
で、でもその続きを聞くのが怖い。
ヘタレな俺である。
大人しく「お、おぅ」とその後に続く。

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