異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

生まれ変わった力

 ふと隣を見るとアーシェは俺の肩に頭を乗せて、寄りかかったまま眠っていた。
あれだけの事があったのだ。
疲れているのだろう。
俺も正直こんな世界に放り込まれて精神的にも身体的にも疲れる…はずだが、まだ元気だ。
ホントに、俺の身体どうなっちまったんだか。


 それに、今は俺も今日は寝ている場合じゃなさそうだ。
気配を感じる。
それも一つや二つじゃない。
七つ…いや、八つだな。
この焚き火の周りを囲んでいる。
その気配に目を走らせれば、赤く光った目があった。
俺はアーシェを小突く。


「んにゃ…なに?」


 可愛らしい声を出していたが、萌えている場合じゃない。


「アーシェ、囲まれてるぞ」


 俺がそう伝えると、アーシェの顔が途端に険しくなって、剣を手にする。


「こいつらは…ダークハウンド…」


「ダークハウンド?なんだそりゃ…。
見たところ、犬っつうか狼っつうか、そんな感じだが…」


「魔物の猟犬ってところかしらね。
一体一体はそこまで強くないけれど、こうして群れをなして襲ってくるわ。
でも、焚き火の近くには寄り付けないようね」


 全体を見回しながらアーシェは言う。


「確かにそうだが、そのうち焚き火も消えるぞ。
枝を拾おうにも、こいつらがいたんじゃ無理だしな」


「そうね」と短く答え、アーシェがゆっくり立ち上がる。


「倒すしかないわ。
戦える?アキト」


「無理」


 アーシェが目を真ん丸にして俺を見る。


「転生者でしょ!?私より強いはずなんだから『任せとけ』、とか言うところでしょう!」


「だから言っただろうが。
俺は暴力的な喧嘩とかしたことねーから。
騎士様の力を見せ付けてくれよ」


 俺はアーシェに親指を立ててサムズアップする。


「…あのねぇ…全く。
それじゃ、私が切り込むから、背中くらい守りなさいよ」


 そう言ってアーシェは腰に差し込んでいるダガーナイフを俺に渡す。


「…あの、アーシェさん?
だから俺戦ったこと無いんだってば。
話し聞いてた?」


「いくわよっ」


 アーシェは地面を蹴って駆け出す。
話を聞かない…いや、聞いてくれないタイプである。
俺はそれを追従する。


 焚き火から離れると一斉にダークハウンドが群がってくる。
しかしアーシェは冷静に近づいてくるダークハウンドを1匹、また1匹と切り伏せる。
惚れ惚れするような太刀筋だ。
 俺の方にも2匹同時に襲い掛かってきた。
怖ぇええええ!
めっちゃ牙とか鋭いし!


 手前の1匹の眉間にダガーナイフを突き刺し、もう一匹は蹴り飛ばした。
思いっきり蹴り飛ばしたら、骨が粉砕する衝撃が足に伝わり、顔面が拉げて頭が吹っ飛んだ。
 残りの6匹は既にアーシェが切り伏せていた。
早業である。
俺、やっぱりいらなかったんじゃん?


「この程度、遅れは取らないわよね」


 アーシェは剣を鞘にしまって俺に言う。
お、おう、せやな。


「それにしても、アキトが蹴り飛ばしたダークハウンド、首から上が無くなってるけど、どんだけ強く蹴ったの?」


 全力です。
もう、近づいてくるんじゃねぇ、って感じで蹴りました。
とりあえず俺は苦笑い。


「元々いた世界でも、身体能力は高かったのかしら」


「いいや、俺の体育の成績はいつも2だ」


 アーシェがタイイク?と首をかしげている。


「それは良い成績なの?」


「5段階評価で、下から2番目だ」


 俺はドヤ顔でそう言った。
 アーシェは若干、顔が引きつっている。


「転生できて、身体能力があがったのなら良かったんじゃない…?」


 いや、良くはねーよ。
見知らぬ土地に放り出されて御用になりかけるとか全然良くないから。
それに別に体育の成績が2でも生きてく上で支障などない。
勉学の方は平均的だし。


「とりあえず、眠気も覚めちゃった。
アキト、寝てないんでしょ。
今度は私が起きてるから、少し眠ったら?」


「お言葉に甘えるわ。
正直、急にこんな世界に放り込まれて疲労困憊だ。
何かあったら起こしてくれ」


 そう言って、俺は体育座りして頭を落とす。
アーシェはそんな俺の背中に寄り添い、座った。


「…なんか密着してるんですけど…」


「別にいいでしょ。
早く寝なさい」


 良くねーよ。
俺の眠気がどっかに旅立つだろうが。
思春期の俺に安眠くれよ。


 それでもアーシェはその場からどかなかったので、俺は仕方なく目を閉じる。
背中に感じるアーシェの体温は、確かにここに生きている事を俺に伝えてきていた。








「起きて、アキト。朝だから」


 んむ…俺の安眠を妨害するのは誰だ…。


俺はゆっくり目を開けて、目をこすってぼやけた視界を元に正す。
む、目の前に金髪ポニテの美少女がいる。
見覚えはある。
「夢ではなかったんだな」


「何が?」


 アーシェが首をかしげる。


「いや、なんでもない。
おはよう、アーシェ」


 俺は立ち上がって伸びをする。


「オハヨウ?
それって何の事?」


「朝の挨拶だよ。
朝に出会った人には"おはよう!"って元気よく挨拶するのが俺の世界のルールなんだよ」


 だからほら、アーシェもおはようしろ、と俺は促す。


「お、おはよう…」


 おう、挨拶は大事だからな。


 アーシェは「おはよう…オハヨゥ…」とぶつぶつと言っている。
放っておこう。


「それで、東に向かうんだろう?
東はどっちだ?コンパスはあるか?」


「こんぱすが何かわかんないけど、東はあっちよ。
精霊が教えてくれるから、迷ったりしないわ」


 アーシェが指をさす。
精霊万能説が始まろうとしていた。


「ところで、クレスタリアって距離にしてどんくらい?」


「徒歩なら4日はかかるわ」


「4日!?」


 俺は絶句する。
そんな距離を歩くんですか?
虚弱体質の俺には厳しいかもです。


 アーシェは「まったくもう」と言ってこっちを見る。


「心配しなくても、ずっと歩いてなんて行かないわ。
できるだけ早く炎龍の報告もしなくちゃいけないし。
道中にコルト村があるから、そこで荷馬車に乗せてもらいましょう」


 おぉ、乗り物あるのか。
荷馬車ってのがこう、文化の違いを感じるけど、徒歩じゃないなら大歓迎。


「そのコルト村ってのはここから歩いてどんくらいだ?」


「半日ね」


 俺はズルッとひっくり返りそうになった。
アーシェは「なによ?」とこっちを見てくる。
いや、何でもないです。
歩くのは健康に良いしね。


「とは言え、腹が減ったな。
喉は途中の小川で水が飲めたけど、食べ物は探さなきゃないぞ」


「そうだけど、探している余裕はないわ。
道中で見つけられれば、木の実を食べましょう」


「木の実ってそんなにいっぱいあるのか?」


「…たぶん、あるわよ」


 たぶんってなんだよ。
そこは自信持ってくれよ。


「なくても、人間半日くらい食べなくったって死なないわ」


 アーシェはそう言って歩きだす。
「ぐぅ~」とお腹の音が響いた。
…いや、俺じゃないぞ!


 アーシェを見ると、顔を真っ赤にしている。
アーシェさん?


「ち、違うわよ!別にお腹が空いたとかそんなんじゃないし!
ほら、早く行くわよ!」


 俺、何も言ってないし。
 ズンズンッと歩き出す腹ペコアーシェさん。
まぁ、俺も人の事言えないくらい、腹減ってるから気持ちはわかるよ。


 道中、俺が見つけた木の実っぽいもの見つけて、それを食べてみる俺を指をくわえて見ていたアーシェさんがいた。
いや、毒見しなきゃじゃん?
別に抜け駆けとかじゃないから。
味は柿ピーのピーナッツみたいな感じだったし、大きさも似たようなものだった。
吐き気もしないし、たぶん毒ではなさそうかな?
10個集まったので、アーシェにも分ける。
 俺が3つでアーシェは7つだった。
なぜだ。


「だって、アキトは先に食べたから」


 いや、だから毒見だってば。
しぶかったりしたらイヤじゃん?


 アーシェは気にせずポリポリ食べている。
くっ…なぜだ…この扱い…。

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