よみがえりの一族

真白 悟

46話 悪魔イグニス

――――今回はあえて結論から話したいと思う。結論から話すのであればこう言うべきだろう『失敗した』と。
 いい線まで言ったけど失敗したという訳ではない。ただ純然たる敗北。これは僕だけでなく火山にとっても予想外だったはずだ。だが必ずしも失敗が悪い事だというのは少し早計と言っておくべきだ。
 なぜなら今回の失敗は僕がしたものではないからだ。失敗したのは僕ではなく火山だと聞けば必ずしも僕にとって悪いことではないかもしれない。
 いや、今回に限っては絶対にいいことだとは言えないが、敵の失敗は味方にとって殆どが成功と言っても過言ではない。長々とくだらないことばかりを話すのは僕の趣味ではないのであえて重要な部分だけを語ろう。
 火山の失敗とはもちろん目論見が外れたということだ。つまり僕の正体は永遠に不明となってしまった。いや別の観点から見るのであれば僕の正体を知ってしまったというべきかもしれない。その2つはある意味別の事柄のように思えるかもしれないが、そんなことはない。彼が知ってしまった僕の正体というのが嘘のものだというところにおいては彼は知ってしまったし、本当の正体は知らないわけだ。


「――――まさかお前もあいつらの仲間だったとは……」
 そんな言葉を毒吐き気味に呟くのはある意味嫌悪の現れと言えるだろう。殺人を犯した悪魔に言われたくない言葉であるが、こればっかりは否定できないのが辛いところである。
「ん? どうした? 本気で戦うつもりだったのではないのか?」
 ただ力を開放しただけでやる気をなくしてしまったというのであれば表紙抜けと言わざるを得ないが、どうやらそういうわけではないようだ。殺意はやはり殺意のままこちらに向けられている。
「これでは俺がまるでピエロじゃないか……お前が悪魔だというのであれば俺はこの2週間何をしていたというのだ!? ならばどうして俺は人間を殺さなければならなかったのだ!? 俺が大好きな人間はどうして俺に殺されなければならなかったのだ?」
 火山が冷静さを失ったことは僕に取って悪いことではないが、それよりもようやく火山の行動理念が見えてきたということを喜ぶべきだろう。

……これでようやく悪魔を殺すことが出来そうだ。

「叫び喚いているところ痛み入るが、そろそろ僕の名を名乗ってもいいかな?」
 僕は感情を押し殺し、静かにそう訪ねたがそれに対する回答はどれほどまとうと返ってくることはない。
「ああ……ソロモンよどうして私を現世におろしたのだ……! こんなはずは、こんなはずはなかったのだ……」
 ずっと冷静だったベリアルは自身の虚偽によって生まれた火山という人格すら崩壊し、本当の自分さえも消滅してしまいそうだった。だがそれは僕の正体を知られないためには好都合だ。
「聞いていないのであればそれでいい。我名は『イグニス』日を操る悪魔にして、最古の悪魔の一角。」
 僕の名乗りすら無視し、うつむき加減でソロモンという人物に苦言を吐いているベリアルだが、僕の言ったある言葉にはしっかりと反応した。
「最古の悪魔……やはりお前はあいつとグルだったというわけか……。俺は利用されるだけされて死ぬ運命だったのだな……」
 彼の諦めとも取れるその一言に、僕は剣に纏わった炎をすぐさま解いた。いくら人を殺した悪魔だとはいえ、僕は無抵抗な者に対して剣を振り下ろすなどという残虐なことはすることは出来ない。

「どうして剣を止める。お前が悪魔だとしても、俺に正体を知られたからには俺を殺さないわけにはいかないだろう? 何より俺は人間を殺した悪魔だ。悪魔が俺を殺す理由はそれだけで十分だろう?」
「……は? お前は一体何を言っているんだ? 悪魔が悪魔を殺すわけないだろう?」
 彼の言葉に呼応するかのように僕の口が勝手に動く。止めようと口を塞ごうとそれは続いた。
「いくら俺が封印されているとは言え、お前を殺したら消滅してしまう。だからお前に正体が1ミリでもバレた時点でこいつは積んでいるんだよ同胞……」




 願わくならば僕はすぐさま口を塞いで情報の流出を防ぎたいところではあるが、彼が目を覚ましてしまったのであればそれは二度と叶うことはないだろう。
 喋りたがりで、傲慢で、悪魔を嫌う悪魔『イグニス』を止めることは誰にもできないのだから……。
 もしイグニスの口を閉じることができるとするのなら、それは睡魔だけだ。それ以外では拷問されようが、封印されようが、人に寄生していようがそれが塞がることはありえない。だからこうなる前にベリアルを殺せなかった僕が悪いというべきなのだろう。
「やあ、同胞。元気かい? 俺の宿主が随分と失礼をしでかしたようだね? まあ糞悪魔ごときが僕に対してクレームなどある理由もないが、一応誤っておこうか……」
 決して詫びるような素振りは一ミリたりとも見せず、ただ傲慢に高い位置からそう見下す。
 ベリアル自体はあっけに取られたように、僕、いやイグニスを見上げていた。その様子はさながら神にでも拝んでいるようなそんな姿勢であった。それは彼が上位の悪魔であったからというわけではもちろんない。
 ただただ、イグニスの傲慢さに膝をついてしまったというだけのことなのだ。そんなしょうもない力が彼の能力。火を操るオマケみたいな能力だと思われがちだが、その力こそが本当に中心的な能力なのだ。
 たとえ、自分よりも身分、ではなく視線が低い相手をひれ伏させるというくだらない能力であったとしても、それ自身が最強なのだ。
 その能力のオマケとしてついてきたのが、炎を隷属させることだと考えてもらえるとありがたい。だから、この世にある火以上の物を扱うことは出来ない。

「どうした……同胞? 俺があまりにも崇高過ぎて言葉も出せないのか?」

 そんな傲慢な言葉にようやく、ベリアルは正気を取り戻したようだ。

「イグニス? なんだそれは? そんな悪魔聞いたこともない! お前は一体誰なんだ? どうして神の火を操れる!?」
「おやおや、同胞よ……質問は一度に限り一つまでにしてくれないとな……。まあいいだろう、俺の前に跪くことが出来たご褒美に答えてやろう。俺はイグニス、火の悪魔だ。訳あってこの人間の体に封印されているわけだが、ここは居心地が良くてなぁ。多分もう一生封印は説かれることはないだろう。俺は悪魔だが、こいつの聖なる力とやらに侵されて聖なる火以外は使えなくなってしまったというべきか……まあだからこそこいつの中は居心地がいいわけだがな……」
「――――だが、神の火をただの悪魔ごときが操るのを赦されるはずがないだろう?」
「質問にはもう答えん。サービスタイムはもう終わりだ。殺されないだけでも感謝してもらわなければなぁ。」
 多分イグニスの言葉の節々には殺意のような負の感情が溢れていたようだ。そんなものを浴び続けたら悪魔であろうが、人間であろうが、たとえ僕であろうが耐えられるものではない。もちろん下位悪魔であるベリアルにとっては到底耐えきれるものではないのは明らかである。
 ベリアルは直ぐ様去っていきなんとかというべきか、なるべくしてというべきか悪魔との戦闘は避けることが出来た。

「感謝するのだぞ宿」

 そう言って再び惰眠を貪る悪魔イグニスだが、無論人間である僕イグニスは彼に感謝などするはずもない。
 こうしてシリアルキラーとの対談は特にこれと言った進展もなく終了を迎えた。もちろん得るものが皆無だったというわけではない。ただ疑問がいくつか増えただけで、つまりは謎が謎を呼び寄せただけでなんの解決も見いだせなかったということだけだ。
 もしかすると頭が良い人物であれば簡単に解決出来た疑問なのかもしれないが、実のところ本当のことを話せる人物は今となっては一人しかいない。それはかの可憐な少女であり、社長である白髪の少女に他ならない。
 ただ一番大きな疑問であるあの大剣についてはおそらく、ニヒルでは解決策を見つけることは到底出来ないだろう。なにか、僕に考えがあるのかと問われれば、そんなものは一切ないと答えるほかないわけだが、それでも僕の感がニヒルにそれを話すことを拒んでいるのだからそれは避けなければならない。

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