よみがえりの一族
36話 絶望からの逃亡
堺を探し始めてどれだけの時間が経ったのかはわからない。ただ闇雲に探すだけでは見つからない。それはこの街の広さから言っても分かりきっていたことなのだが、それでも僕は腑に落ちていない。
それは、親友が残した最後の言葉がいまだに理解できていないからであろうか。いや違うと思う。
なぜなら、僕はそれほど堺の言葉を真に受けていないからだ。
もし彼の言ったことが本当ならば、僕が彼のことを覚えていること自体がおかしいし、それになによりもそんなことを言う必要性すら感じない。僕も忘れてしまうのだから、そのセリフに意味などないし、言葉を残すこと自体彼の自己満足に過ぎないからだ。
それなら、僕は彼を探すしかないだろう。たとえ居場所が分からないとしても、彼の遺言が彼が生きている証拠になっているのだから。
「それにしても、いったいどこへと消えてしまったんだ……? まさかもう家に帰っているのか?」
苛立ちばかりが募りつい独り言を言ってしまう。
だが、それは実のところ僕にまだ余裕があるということを表していたのかもしれない。言葉を話す余裕というものがあったからこそ、僕は堺を探すことが出来たし、再びコイツと出くわしても冷静でいられたのだろう。
――――そう、このベアとの再会で冷静でいられたのもおそらく、先ほど出くわした女性のおかげだったのだろう。
僕はとっさに物陰に隠れた……が、ときすでに遅しというべきだろう。ベアは僕のほうへと向かって顔を近づける。
鼻息がこちらへかかるほどの近距離で僕を恐怖させる。だが、恐れるだけでは何も進歩がないことは学んだ。
逃げることだけを考えるんだ……! もし逃げられないとしても絶対に生き延びるんだ。
僕は我武者羅に逃げた。それはもうなりふりかまわず逃げ続ける。だが、走れるのは僕だけではなく彼もそれだけの余裕があるのは当たり前だ。むしろむこうのほうが余裕であるに決まっている。
追うほうと、追われるほうでどちらに余裕があるかと聞かれたのであれば、僕は確実にこう答えるだろう『場合によるだろう』と、だが今回ばかりは僕のほうが余裕がないというのは明確である。
それは僕が親友を見失ったということ、自分の情けなさに絶望したこと、それに今まさに二度目の死を目の前にしたことから神経衰弱に陥っていることが大きいだろう。
僕は逃げるにあたって、先刻と同じ手を打ってしまった。
屋上に向けて駆け上がる。それは愚作といわれても仕方がないだろう。それでも僕はそうするほかなかったといってしまったらいい訳になるだろう。
でもそれほどまでに僕が焦っていたのかもしれない。
だけど様子がおかしい、いやおかしいとは違う。ただそれは僕にとってはありがたいことではあるのだが、それが果たして結果的によかったのかと聞かれるとそうでもない。
僕を追ってくるベアは確かに撒けたわけなのだが、それでもベアは廃墟の中に残ったままで、逃げ場を失ってしまったという他ならない。
少しの間をおいてじっと階段の下を見つめている僕だが……廃墟の中には、まだ先程のベアがいるようだ。だからといってこのまま夜になるまでここで待っているなんてことも出来ない。
もしこのままここにいたら夜には僕は死んでしまうことは間違いないわけだから、そんなおろかなことはしたくない。
見つからないようにゆっくり歩いた。おそらく次に見つかると助かることはないだろう。
地面に転がっている石を踏まないように、差し足で歩き、崩れかけている地面を見分けた。だが、いくら音に気をつけようとも、臭いや姿はどうにもならない。近くことは懸命ではないだろう。
何よりも僕は大量の汗をかいているわけだから、いつもより強力なにおいを放つ僕だからいつもより気が疲れやすいはずだ。
おそらく、部屋と部屋の壁だったであろうものに身を隠しつつ、隙をみて移動を続けた。
僕は細心の注意をはなっているつもりだった。だが、ずっと神経を尖らせていることは出来ない。ベアの方からは僕の場所は見えないが、移動するためには一瞬とはいえ身を晒さなければならない。
くそう、あの熊何処かへ行ってくれないだろうか……
そんな願望ばかりが頭をよぎる。しかしそんな都合よく行くほど現実は甘く出来ていないことなど大昔から知っている。僕には少しばかりの油断があったのかもしれない。
ベアが唸りこちらを睨みつける。心臓が破裂しそうになる。
まさか、気づかれたか……!?
ベアがこちらに近づいてくる気配を感じた。もう逃場はないし、逃げおおせるほどの体力は残っていない。
僕はベアに挑むか、廃墟から飛び降りるかを選択しなければならなかった。ここから下までは10メートルほどあるわけだから飛び降りたところで助かり様はないし、ベアに挑んだところで十中八九死ぬだろう。
そんな絶望的な状況下でまともな判断など出来るものはいないはずで、僕も例外ではない。
僕はまともな判断も出来ない状態で一目散に廃墟から飛び降りようとした。
心を落ち着けて下を眺める僕だったが、道路があんなにも小さく見えているんだ。今いる場所は5階だから、下をみて足がすくんでしまった僕を誰も攻められないだろう。だが、それどころではない、全力で逃げたのだから唸り声をあげ近づいてくるベアから逃れるすべなどない。
あたかも絶対絶命かのような状況ではあるが、それは逆に言うと出来ることが限られているということに違いない。ならば後必要なのは勇気だけだ。勇気を出すためにも悪魔を倒した時を思い出し心臓が熱くなるのを感じていた。
だが、いくら悪魔が強いとはいえ本体は人間みたいなものだから、熊の方が数段恐ろしいと感じる。
それでも僕は立ち向かうことに決めた。折角親友が危険を顧みずに助けてくれたんだから無論無駄にするつもりなどない。
僕は自分のスピードを信じた。
スピードだけは堺にも負けない、熊のスピードを超えてみせる! ならば僕は最強なのだ!
ベアが間合いに入ると高速で抜刀した。だが、致命傷は与えられなかった。
――――しかし、ベアは悲痛な叫びと共によろけ壁を突き破る。そのまま廃墟から落ちるのが見えた。
これでは僕の勝ちなどと大それたことは言えないだろうがそれでも僕は言いたい。
「僕の勝ちだ! くそやろう…………!」
なんと助かった。僕は下の道路を見たが、ベアはなにごともなかったかのように別の廃墟に入っていく様子が見えた。
……うん、撃退できたわけだから僕の勝ちで間違いないだろう。
それを見送ると急いて一階まで駆け下り、車に飛び乗った。運転したことはなかったが、堺の様子をずっと横で見ていたのだから運転できないことはないはずだ。
車に乗り込むとアクセルを全快にし、そして街まで無心で帰った。
街までの道のりはなんとかなったが、止まり方がわからず壁に激突した。満身創痍で車から降り、酒場へと向かった。
それは、親友が残した最後の言葉がいまだに理解できていないからであろうか。いや違うと思う。
なぜなら、僕はそれほど堺の言葉を真に受けていないからだ。
もし彼の言ったことが本当ならば、僕が彼のことを覚えていること自体がおかしいし、それになによりもそんなことを言う必要性すら感じない。僕も忘れてしまうのだから、そのセリフに意味などないし、言葉を残すこと自体彼の自己満足に過ぎないからだ。
それなら、僕は彼を探すしかないだろう。たとえ居場所が分からないとしても、彼の遺言が彼が生きている証拠になっているのだから。
「それにしても、いったいどこへと消えてしまったんだ……? まさかもう家に帰っているのか?」
苛立ちばかりが募りつい独り言を言ってしまう。
だが、それは実のところ僕にまだ余裕があるということを表していたのかもしれない。言葉を話す余裕というものがあったからこそ、僕は堺を探すことが出来たし、再びコイツと出くわしても冷静でいられたのだろう。
――――そう、このベアとの再会で冷静でいられたのもおそらく、先ほど出くわした女性のおかげだったのだろう。
僕はとっさに物陰に隠れた……が、ときすでに遅しというべきだろう。ベアは僕のほうへと向かって顔を近づける。
鼻息がこちらへかかるほどの近距離で僕を恐怖させる。だが、恐れるだけでは何も進歩がないことは学んだ。
逃げることだけを考えるんだ……! もし逃げられないとしても絶対に生き延びるんだ。
僕は我武者羅に逃げた。それはもうなりふりかまわず逃げ続ける。だが、走れるのは僕だけではなく彼もそれだけの余裕があるのは当たり前だ。むしろむこうのほうが余裕であるに決まっている。
追うほうと、追われるほうでどちらに余裕があるかと聞かれたのであれば、僕は確実にこう答えるだろう『場合によるだろう』と、だが今回ばかりは僕のほうが余裕がないというのは明確である。
それは僕が親友を見失ったということ、自分の情けなさに絶望したこと、それに今まさに二度目の死を目の前にしたことから神経衰弱に陥っていることが大きいだろう。
僕は逃げるにあたって、先刻と同じ手を打ってしまった。
屋上に向けて駆け上がる。それは愚作といわれても仕方がないだろう。それでも僕はそうするほかなかったといってしまったらいい訳になるだろう。
でもそれほどまでに僕が焦っていたのかもしれない。
だけど様子がおかしい、いやおかしいとは違う。ただそれは僕にとってはありがたいことではあるのだが、それが果たして結果的によかったのかと聞かれるとそうでもない。
僕を追ってくるベアは確かに撒けたわけなのだが、それでもベアは廃墟の中に残ったままで、逃げ場を失ってしまったという他ならない。
少しの間をおいてじっと階段の下を見つめている僕だが……廃墟の中には、まだ先程のベアがいるようだ。だからといってこのまま夜になるまでここで待っているなんてことも出来ない。
もしこのままここにいたら夜には僕は死んでしまうことは間違いないわけだから、そんなおろかなことはしたくない。
見つからないようにゆっくり歩いた。おそらく次に見つかると助かることはないだろう。
地面に転がっている石を踏まないように、差し足で歩き、崩れかけている地面を見分けた。だが、いくら音に気をつけようとも、臭いや姿はどうにもならない。近くことは懸命ではないだろう。
何よりも僕は大量の汗をかいているわけだから、いつもより強力なにおいを放つ僕だからいつもより気が疲れやすいはずだ。
おそらく、部屋と部屋の壁だったであろうものに身を隠しつつ、隙をみて移動を続けた。
僕は細心の注意をはなっているつもりだった。だが、ずっと神経を尖らせていることは出来ない。ベアの方からは僕の場所は見えないが、移動するためには一瞬とはいえ身を晒さなければならない。
くそう、あの熊何処かへ行ってくれないだろうか……
そんな願望ばかりが頭をよぎる。しかしそんな都合よく行くほど現実は甘く出来ていないことなど大昔から知っている。僕には少しばかりの油断があったのかもしれない。
ベアが唸りこちらを睨みつける。心臓が破裂しそうになる。
まさか、気づかれたか……!?
ベアがこちらに近づいてくる気配を感じた。もう逃場はないし、逃げおおせるほどの体力は残っていない。
僕はベアに挑むか、廃墟から飛び降りるかを選択しなければならなかった。ここから下までは10メートルほどあるわけだから飛び降りたところで助かり様はないし、ベアに挑んだところで十中八九死ぬだろう。
そんな絶望的な状況下でまともな判断など出来るものはいないはずで、僕も例外ではない。
僕はまともな判断も出来ない状態で一目散に廃墟から飛び降りようとした。
心を落ち着けて下を眺める僕だったが、道路があんなにも小さく見えているんだ。今いる場所は5階だから、下をみて足がすくんでしまった僕を誰も攻められないだろう。だが、それどころではない、全力で逃げたのだから唸り声をあげ近づいてくるベアから逃れるすべなどない。
あたかも絶対絶命かのような状況ではあるが、それは逆に言うと出来ることが限られているということに違いない。ならば後必要なのは勇気だけだ。勇気を出すためにも悪魔を倒した時を思い出し心臓が熱くなるのを感じていた。
だが、いくら悪魔が強いとはいえ本体は人間みたいなものだから、熊の方が数段恐ろしいと感じる。
それでも僕は立ち向かうことに決めた。折角親友が危険を顧みずに助けてくれたんだから無論無駄にするつもりなどない。
僕は自分のスピードを信じた。
スピードだけは堺にも負けない、熊のスピードを超えてみせる! ならば僕は最強なのだ!
ベアが間合いに入ると高速で抜刀した。だが、致命傷は与えられなかった。
――――しかし、ベアは悲痛な叫びと共によろけ壁を突き破る。そのまま廃墟から落ちるのが見えた。
これでは僕の勝ちなどと大それたことは言えないだろうがそれでも僕は言いたい。
「僕の勝ちだ! くそやろう…………!」
なんと助かった。僕は下の道路を見たが、ベアはなにごともなかったかのように別の廃墟に入っていく様子が見えた。
……うん、撃退できたわけだから僕の勝ちで間違いないだろう。
それを見送ると急いて一階まで駆け下り、車に飛び乗った。運転したことはなかったが、堺の様子をずっと横で見ていたのだから運転できないことはないはずだ。
車に乗り込むとアクセルを全快にし、そして街まで無心で帰った。
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