よみがえりの一族

真白 悟

34話 廃屋の王

 あたりに残された巨大な爪痕はそのまま持ち主の強大さを表しているようで、不安でたまらなかった。だが、その中にも少し戦闘を楽しみにする心が含まれていることも隠すことは出来ない。

「ちょっとまずいかもな……」
 堺は予想と反して弱音を吐いた。それは爪痕の持ち主が化物であると言っているも同じだ。
「そんなにやばいやつなのか?」
「ちょっとな」
 ちょっとと言う堺だが、彼の額から流れ落ちる汗の量は常軌を逸している。もし、敵が堺よりも強い相手であるというのであればこちらに勝ち目など毛頭ない。
 だが、それでも逃げるわけにはいかないんだろ……?
「どうやらあいつの罠にハマったみたいや!」
 あたりに緊張感が走る何かがこちらに迫っているようなそんな感じ、多分逃げることなど出来ないのだ。やつに出会ってしまったら、『勝利』もしくは『死』そのどちらか以外選択肢はない。
 僕は剣を構え、戦闘態勢に入った。
 多分相手は巨大でウスノロであることだけは見なくても分かる。たとえ筋肉が膨張したヤークトフントを一撃のままに倒していたとしても、その攻撃に当たりさえしなければどうということはない。

――――ないんだが……当たれば一撃のままに倒されることは必死だぞ……
 僕は恐怖と勇気の間でまるで天秤にでもかけられたかのようにゆらゆらと揺れる心を高揚心によって止めようと試みていた。
 でも、それも堺の一言によって全て台無しにされる。

「やる気まんまんなとこ悪いけど、お前もなんとなく空気で感じ取るやろ? あいつが俺らよりも強いってことに」
 いつにもなく弱気な堺だが、あの殺気に遭遇してしまったのであればそれも普通のことだろう。僕の脳も先程から警報を鳴らしている。
「……そんなことはわかっているけど、魔物と競争するなんて無理だぞ!」
 いくら遅い魔物とはいえ、短距離走で勝つことなど人間には不可能だ。それは堺もこの自然界の中で何度も思い知らされたことだろうに……

「確かに逃げるわけやけど、普通に逃げるんじゃすぐに追いつかれ殺されるやろな。でもちょっと後ろ見てみ」
 そういってある方向を指差した。僕はその指につられ高層なマンションを発見する。しかしそれが何を示しているのか一瞬判断が遅れ、冷や汗を流す。それと同時にこちらに向かってくる気配、もう迷っている時間など一刻もない。

「とにかくあの建物の最上階まで全速力ではしるんや!」

その声を合図に僕たちは遠方に僅かに見える獣から遠ざかる努力を惜しまず、全力疾走した。
――――今にも心臓が張り裂けそうだ。だが、アレに食い殺されるよりはこの苦しみのほうがいいだろう。

 こちらに迫るあの凶悪な黒い巨体をちらりと見て、再び絶望に襲われる。
 少しずつだが距離を詰められている。このままでは追いつかれることはわかりきっていたが、はちきれそうになる肺との勝負になる。
マンションまであと30メートルあと数秒の距離だが、その少しが永遠のように遠い。ひたむきに走り続けるが心が根をあげる。
――――今すぐに立ち止まってしまいたい気分……

「イグニスもうちょっと辛抱や! 絶対に止まるなよ!」
 
 堺の言葉に我に返る。
 そうだ僕はあいつか逃げなくちゃいけないんだ。もうちょっと、もうちょっとだけ頑張らないと!

 なんとかマンションないに入り込むことが出来たが、やつは止まらない。
「最上階までのぼるで!」
 僕たちは階段を駆け上るが、どうやらやつはついてこられないようだ。なんとか屋上へとたどり着いた。
 もはや満身創痍な僕達だ。階段を上がり込んだところで僕は倒れ込んだ。

……だけどそれは油断のし過ぎというものだ。

 やつは予想だにしないところから再び姿をみせる。壁をよじ登ってやつはやってきた。
「嘘……だろ……?」
 僕の脳髄は今日一番の絶望を感じている。それは堺にとっても同じようだ。
それをみた堺は小声でいった。

「逃げろ……!」

 それを合図に一目散に走り去る。しかし、あれは僕たちを逃がしはしない。勢いよく僕たちの前に飛び出した。

 グルルという唸り声をあげながら、こちらに攻撃をする勢いで睨みつけていた。先ほど倒れていたヤークトフントとは比べものにならないぐらい大きい熊だった。
 僕の後ろにいた堺の方を見ようとすると、「振り返るな!!」と怒鳴り声をあげた。

「なに立ち止まっているんだ堺! あんな化物に勝てるわけないだろ……?」

 そんなことは堺だってわかっているに決まっている。だが先程ぼくが思っていたこと、あの熊から逃げることなど不可能だ。
「ベアが出てしまうとはついてないな……仕方ない殺されるよりはマシか……」
 堺はそう呟くと、魔力をため始めた。魔力は僕が全力で溜めた魔力を遥かに上回っているがそれでも溜め続けている。『ベア』と呼ばれたあの熊がそこまで強力だということなのか?
 魔力は最高潮となると辺りに風が舞起こる。まるで堺の魔力に呼応するかのように風は吹き荒れ、周囲を包み込んだ。だがそれは凶暴な風ではなく心地の良い旋風のように僕の心を洗う。

 それもベアには全く通じていないようだが、それに僕とは違い何かに怯えているようにも見える。
 僕がそんな風に様子を見ていると、堺は魔力を溜め終えたようだ。このままではまずい。
「魔法を使う以外ないのか?」
 その言葉に一瞬堺がこちらを向いたような気がする。
「すまんな、これ以外じゃ多分お前が逃げる僅かな時間を稼ぐことすらできんねん……」
彼の手からものすごい風が巻き起こる。それは今までに体験したことがないような狂暴さを味合わせた。
 僕は耐えきれず吹き飛ばされ、廃墟の壁に激突し、手を動かすことも声を上げることもできない。
 しかし、堺はそんなことを気にせずベアを吹き飛ばした。そうして、僕の方を振り向かず話しかけた。

「よく聞け、こんな弱小な俺の魔法ごときじゃベアは死なん。出来たとしてもどっか遠くに吹き飛ばすくらいや! だから次は遭遇せんように街へ帰れ! おそらく俺は悪魔に狙われる。だから街には暫く帰らん。もし、みんなが俺のことを忘れてる風やとしても、驚くな。お前もなにも知らん振りするんや! 絶対やぞ!」

 そこまで聞こえると僕は意識を失った。


 

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