よみがえりの一族

真白 悟

21話 最初の一撃は切ない

 クエストの受注は比較的に簡単で、『スマホ』なる端末をなにやら別の端末にかざし、受けたいクエストを選択するだけ。
 堺がその一連の流れを見せてくれるが……僕には無理そうだな……
 そもそもあの長方形の薄っぺらい物体の操作方法などわからないし、なによりそんな物を所持していない。
 今回のクエストを割り当ててくれたニヒルは「研修が終わり次第支給しますよ!」なんて言うけど、僕にあれを使いこなすことは出来るのだろうか……?

 そんなことはさておき、今重要なのはクエストのないようだ。
 今回のクエストはニヒルが特別に作ってくれた僕の研修の為だけのものだから、大して難しい内容ではないみたいだが……堺はなにも教えてくれない。 

「まずは、街から出て魔物のおるところへ向かうんや!」

 意気揚々と掛け声を上げ、歩み始める堺だが、ちょっと待って欲しい。
「どこに行くんだ?」
 せめて場所ぐらいは教えて欲しいものだ。

「――――だから、聖域の外やって!」
 堺は何当たり前のことを聞いているのだという風にそう繰り返すばかりで、結局目的地を教えてはくれない。
 そこに助け舟を出すようにノウェムが言った。

「堺は要領が悪いからな……。たぶんイグニス君が聞きたいの本当に意味を理解できていないんだ。寛大な心で許してやれ。
 今から行くのはここから一番近い聖域の外にいいする場所。中央区と呼ばれる場所だ。被害が一番軽い地域で、唯一魔物を撃退し切ることが出来そうな地域だ。」

 ノウェムの説明はおそらくとても分かりやすいものなのだろう。だが、地名をあまり知らない僕にとっては堺の説明と大差ない。
「馬鹿やな、コイツに区域名なんかいってもわかるわけないやろ! もっとまともな説明できんのかい!?」
「我が悪かった、確かにこいつは勉強とか出来なさそうだもんな」
 ノウェムが可愛そうなものを見る目でこちらを見ている気がしたが、僕の勘違いであってほしいと思いました! って感想文?

 それからも2人の口喧嘩は長く続いた。大体は堺が僕を庇おうとして適当なことを言い、それをノウェムにツッコまれるというもので、圧倒的に堺が不利だったので僕が適当に2人を抑えたのだが……
 それにしても、2人は仲が宜しくないようだ。
 まあ、性格も真反対だし、服装だって堺がチャラチャラした私服なのに対し、ノウェムは黒いスーツをピッしと決めているのだから仕事に対する姿勢の違いがよくわかった。
 僕をかばってくれている堺には悪いが、彼のピアスも髪型も態度までもが仕事に向いていない。―――――本当にこんな状況でクエストになんかいけるのか?
 多少の不安は覚えつつも、ノウェムが着替えを終えるのを待っていた。


…………人とはわからないものだな、まさかスーツと後ろで束ねた黒髪でまさに芋い感じのOLだったノウェムが、ちょっと着替えただけで超絶美少女になるとは。
 下ろした長髪に白のワンピースは似合っている。そこにハイヒールが加わると正に可愛い女性といったところだろうか。
――――だが、僕は確か戦闘に向いている服に着替えてくると言っていたように思うわけだが……どう見ても戦闘向けじゃないよな?

 僕のそんな気持ちを察したのか、堺がため息をつきながら僕に対し呟く。
「あんま気にしたらあかんで……」

 もう何も気にはするまい! 


 ノウェムの準備も整い、いよいよ会社を出て聖域の外へと向かう。『車』というやつに乗り込んで、ただ永遠と道路をまっすぐと向かうだけ。
 しかも一時間たっても街を出る気配すらない。

「……いつになったら着くんだ?」

 運転をしている堺が前を見ながら返事をくれる。
「もうちょっとやから、静かにまっとき」
――――丁度その返事があった頃だったか、外の風景がいままでに比べるとなにかおかしく感じた。
 さっきまでは少なくとも通行人がいた。だが、いまは人っ子一人見当たらないし、なにより建物が少し古くなったような気がする。

「気がついたかい? ここからが聖域の外だよ」
 隣に座っていたノウェムが僕に対して得意げにそう言う。
「魔物を見かけないようだが……一体どういうことです?」
 僕はさっきから生き物の気配すらしない、この空間に微妙ではあるが違和感を感じている。これなら人が住んでも大した被害などないだろうに。
「…………それは夜になればわかることだ。絶対に夜はこの辺をであるかないことだね……」
 
 彼女の言葉の意味は分からなかったが、次に見えた光景はあまりにも酷いもので笑えない。
「随分と散々なものですね……?」
 崩れたビルや荒廃した家の数々は正にその壮絶な戦いを物語っている。道の端には巨大な魔物に襲われたのか、ぺしゃんこになった車や僕たちのような冒険者が持ち帰れなかった武器らしきもののパーツが無造作に転がっている。
「どうや? お前の見てきた景色がどれほど平和なもんやったかわかるやろ?」
「そうだね、これほど酷い光景を見たのは何ヶ月ぶりだろうか...」
 少しだが懐かしい気持ちにかられ、安堵してしまったのは僕だけの秘密にしておきたい。

……車を降りて目的地に向かう最中、無数の骸が無造作に転がっている場所があった。
 おそらく、魔物の住処で骨しか残っていないものもあれば、食べかけで上半身だけ残っているもの、保存しようとしたのだろうか中途半端に吊るされたものもあった。
 この国に生まれ普通に生活を送っていた人間にとっては、おそらく相当ショッキングなものなのだろうが、僕は出来る限りに平然を保た。
 そんな僕を不審に思ったのだろう、僕に対してノウェムが皮肉を吐く。

「イグニス君はこんないような死体を見ても何とも思わないのかい?」
「僕はこんな状況を見慣れていますからね……」
「この国の現状も知らない君が見慣れているなんて、おかしいね。紛争地にでもいたのかい?」
 ノウェムの皮肉めいた問いは、今の僕にとっては取るに足らないどうでもいいことだった。無反応な僕にノウェムはつまらなそうにしてそっぽを向いた。

「おいノウェム、あんまイグニスをいじめんな……」
 いつになく冷静な堺に圧倒されたのだろうか、ノウェムはそれ以上皮肉を言わなくなる。

「……悪かったよ」

『悪いと思うなら最初から言うな!』と言ってやりたいのは山々だが、明らかにそんなことを癒える雰囲気ではない。
「まあいいわ、それより着いたぞ……」
 そう言って空気をぶち破ってくれた堺には感謝するばかりだ。

 そこは先程よりも寂れており、あるのは眩いばかりの草原のみで、廃墟の中にある大きな自然には違和感を覚えるばかりであった。
 僕は年甲斐もなくその草原に目を輝かせてしまった。

「ここが目的地なの?」 

 僕の言葉に今度は面白そうに答えるノウェム。
「そうだよ。それにしても、こっちには反応するなんてね……やっぱり君は面白いな」
 ノウェムはさっきまでと違いやけに上機嫌だ。感情に起伏がありすぎて精神が不安定な人なのではないかと心配になる。
 僕達の様子を黙ってみていた堺がノウェムを見て不快な顔をしているようにも見えた。
 だが、それがなぜなのか僕には分からなかった。

「今回はニヒルちゃんがイグニスのために自前を切って申請してくれたクエストや、心してかかるんやで?」
 確かにそれはありがたい。ありがたいのだが、一つだけ問題がある。
「ところでまだクエストの内容を聞いていないんだけど?」
 僕の言葉に手でまあ待てと静止する堺だ。なにを企んでいるのやら……
 いや、静止したのこそ堺だがそれをさせたのは他でもない。後ろから殺意を浴びせてくる存在だったのだ。
「詳しい説明は省くで…………とにかくこいつらを倒せ!」
――――その言葉を合図に堺はどこからか大剣を取り出した。

 それにしてもあんなものどこに仕込んでいたのやら……
 
 疑問を上げればきりが無いが、いまは目前に無数の魔物達が群がっている事の方を優先するべきだろう。
「ちょっと待て、僕の武器は?」
 よくよく考えれば一番重要なことを忘れていた。武器もなしでどうやって魔物に立ち向かうんだよ!?

「……仕方ないな、とりあえず我が片付けてもいいかな?」

 真っ先に切り出したのは予想外にもノウェムだった。彼女も言うの間にか取り出した宝石をかまえ、魔法の詠唱を始める。彼女の足元には白く光る魔方陣が浮き上がり、いまにも魔法が発動しそうだ。
――――それを堺が手で止めた。
「お前の後じゃ何も残らん……とりあえず俺に見せ場をよこせ!」
「っち! なら我は少し待つとしよう」
 堺は大剣を構えた。
 
 少しの静寂があったが、息を吸い込む音により静寂はかき消された。音が止むと凄い風圧と共に彼の持つ剣が消えたかのように錯覚させられた。しかし、よく見れば彼は普通に剣を手の中に持っている。
 ただ、その威圧感だけでまわりを見ることを忘れさせたのだろう。魔物達ももはや僕とノウェムに対して意識がいっていない。ただ堺を殺すために皆彼を取り囲んでいた。
「俺もまだまだやな……本当なら敵が逃げ出すぐらいに圧を与えなあかんのやろうけど、どうしても雑念が出てしまうわ!」
 彼が勢いよく剣をふると、ものすごい風圧が僕をおそう。あまりの風に目を腕で守っていたのがいけなかったのだろう。気がついた時には彼を取り囲んでいた魔物達は上下にまっぷたつになっている。

「……切捨御免!」

 堺が笑いながら言った。それに対してノウェムは不機嫌になった。
「魔物とはいえ命を奪ったのだ。そんなにヘラヘラするんじゃない!」
「それはすまんの!」
 悪びれる様子もなくそういった堺が、僕の方へと向かってくる。僕の目の前で止まると僕の肩を叩いた。

「次はお前の番やでイグニス」

 どうして肩を叩いたのかも理解できないが、僕の番? 素手で魔物を倒せというのか?
「……僕はあの剣がなければ本当に凡人だよ。あんな下級の魔物すら倒せるか怪しいよ……」
「大丈夫や、剣なんかなくてもお前ならやれる!」
 過度の期待はあまり嬉しくはないものだが、堺はそれに気がついていないのだろう。更にはそれに便乗したノウェムが、「へぇ、それはみものだね。」と言う始末である。
 拳をかまえた僕はモンスターをどう倒すかだけを考えていた。

 残念なことに僕ば素手での実戦は苦手だ。それに一体ならまだしも複数対はそうとう厳しい。
「参ったなぁ……」
 そんな僕の不安をよそに、2人は期待をこめた眼差しでこちらを見つめていた。2人期待が恨めしい。

 堺が戦っている時にはよく分からなかったが、魔物は犬のような魔物でスピードが若干早いが、攻撃自体は噛み付くだけの単著なものだ。
 これならなんとかなるかもしれないが、僕のおおぶりな拳が当たるとは到底思えない。
 僕は仕方がなく構えた拳を頼りに魔物の方へと近づき、魔物の攻撃パターンをよく観察した

――――モンスターたちが飛びかかって来たところを殴るのが1番効率的だな……!

 僕の大振りな拳はかすりもしなかった。しかし、思いのほか大振りだったため、ターゲットとは別のもう一体の飛びかかって来ていた魔物に命中した。
 拳が触れた魔物は悲痛な声をあげるとともに、消滅していった。
 僕は奇跡的にではあるが、誰にも出来ないであろう素手での魔物撃退をやってしまったのだ。

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