勇者パーティーを追放されたゴリラ、辺境の地でバナナを育てる

神庭圭

1話 ゴリラ、追放される

「君は美しくない。よって、我がパーティから抜けてもらう」

「ウホ?」

 パーティーのリーダーである勇者ブレイの突然の発言に、思わず変な声が出てしまう。
 魔王軍の幹部を倒した夜。今はささやかな打ち上げの最中だ。さっきまで楽しそうにしていた他の4人のメンバーの表情にも、困惑と緊張が浮かぶ。
 あまりにもショッキングな出来事に、今だ思考の追いつかない僕は、何も発言することが出来ずに口をぱくぱくさせていた。

 勇者ブレイは表情を変える事無く続けた。

「ゴルドラ。君は今まで良くやってくれた。顔のつくりはゴミレベルだが、君の操る魔法はその全てが美しく、芸術のようであった。君には、何度も命を救われたね」

「な、なら何故、僕を追い出そうと?」

「長い付き合いだ。君は知っているだろう? 我は、美しいものが大好きだ」

 淡い熱の篭った声で、勇者ブレイはそう言った。それは周知の事だった。だからこそ、僕の背筋は冷たくくなっていく。滴る汗が、まるで冬の雨のようだった。

「輝く宝石。価値ある名剣。そして選ばれた人間。それらは全てが美しい。だが――」

 勇者ブレイは、ゴミを見る目で言った。

「君は醜い。なんだその姿は」

 冷たい声と、まるで汚物を見るような目が、僕を貫く。僕の、変わってしまった体を。毛むくじゃらの体を。

「こ、これは、みんなを庇って……」

 今日の戦いを思い出す。
 今日戦っていたのは、魔王軍幹部モジャジャジャだ。獣系のモンスターを統括する大将軍。コイツを倒せば、獣系のモンスターの統率は失われ、魔王軍の力を大きく削ぐ事の出来る、重要な作戦だった。
 僕達は予め立てた作戦通りに行動し、一人の怪我人も出す事無く、モジャジャジャを撃破した。

 だが、敵が死に際に放ったのは、強力な攻撃だった。命を引き換えとした、強力な呪いの光。

 僕はとっさに最上級の魔法バリアを展開した。幸い、パーティーメンバーを守る事は出来たが、自分を守る事が出来なかった。光を浴びた僕は、全体的に太くなり、毛むくじゃらの化け物になってしまったのだ。

「ゴルドラ、君のその醜い姿は、かつてこの世に存在したという《ゴリラ》という獣の姿だ。下等な獣人族にすら劣る、ただの醜い獣になったのだお前は。解っただろうゴリラ」

「ゴリラとは失礼な。僕には
ゴルドラ・
リロ・
ライトニングという立派な名前があるんだ」

「ゴリラじゃないか」

 確かに。ぐうの音も出ない。僕は縋るように他のメンバーを見た。気弱な狙撃手と馬車主が顔を逸らした。そして、気の強い残り二人のメンバー、戦士ハニラと聖女メタは勇者に賛成だと言って来た。

「そんな……僕があそこで魔法バリアを張らなければ、君たちもこうなっていたかもしれないんだよ? 言わば僕は恩人じゃないか! そんな僕を、追い出すって言うのか?」

 自分でも恩着せがましいと思ったが、状況が状況だ。売った恩に、情に語りかけるしか、今の僕には手がない。それに、パーティの主力でもある戦士ハニラと聖女メタの意見ならば、勇者ブレイとて無下にはしないだろう。

「貴様が余計な事をしなくても、私にあんな攻撃は効かなかっただろう。賢者ゴルドラ。その無様は貴様の弱さが引き起こした結果だ」

「もし効いたとしても、私(わたくし)の美しさは損なわれません。もちろん、勇者様もです」

 二人の気の強い女は、そう言った。なんという事だ。こいつ等、僕がこの身を犠牲にしたことすら、無駄なことだったと言うのか。

「そういう訳だゴリラ」

「何がそういう訳なのか」

「君の様な醜い獣は、我が勇者パーティーに存在していたという事実が既に恥じだ。今すぐに消えてくれ」

 と、勇者ブレイは腰につけていた剣を抜く。これ以上ごねれば殺すという意思表示だ。そして、彼は本気だという事を、この数年の旅で知っていた。悪いやつではない。自分の中の正義を絶対と信じる心が、厄介なのだ。

「わかった。リーダーの君が言うのなら、従おう」

 納得はしていない。だが、ここは引き下がるしかない。

「ありがたい。この手を貴様の汚い獣の血で汚さずに済んだよ」

 生まれてこの方、体の弱かった僕は、縋る思いで魔法の鍛錬に勤しんできた。ギルドに所属してからは、魔王を倒すという目標に向かって精一杯努力した。いつしか賢者と呼ばれるようになり、国王から勇者パーティーに任命されるまでになった。

 だが……それもここまでか。

 オンリーワンの勇者とは違い、ただ魔法を使うしか能のない僕の代わりなんて、王都に戻ればいくらでも居る。それこそ、勇者ブレイ好みの美形だって、育っているだろう。

「待てゴリラ。……待て」

 キャンプから立ち去ろうとしたとき、背後から呼び止められた。

「君のアイテムボックスに入っているものを、全て置いて行け。金も装備も食料もアイテムも、全てだ」

「ま、待ってくれ。少なくとも装備は僕のものだろう?」

 僕が装備していたのは超賢者のローブと竜王の杖。どちらも冒険者時代に、当時の仲間と手に入れた愛着のある物だ。

「ゴリラになった今、装備できないのだろう? 何心配することはない。ちゃんと消毒して、次の美しいメンバーに装備して使ってやろう。その方がこの伝説級装備も喜ぶ」

「くっ……」

 湧き上がるドス黒い感情をなんとか押さえつつ、僕はアイテムボックス内のものを全て吐き出していく。
そして、数分の内に全てを出し切った。

「ほら、いつまで我が視界に存在しているつもりだ。消えろ」

「……必ず魔王を倒してくれ。必ず」

「獣の鳴き声など聞こえん。さっさと消えてくれ」

 僕はそれ以上何も言わず、キャンプを離れた。ダッシュで。

「はぁー臭かったわー獣臭かったぁ。ブレイが追い出してくれて助かったわー」
「しかし、普通に追い出すより自爆特攻させた方が効率が良かったのでは?」
「流石美しく賢いメタ。確かにそうすれば良かったかもな。醜い獣だ。せめて散り際ぐらいは美しくなれたかもしれんな」

「「「ふははははははははは」」」

 そんなかつての中間達の声を背に受けながら、僕は走った。腕が自然と前に出た。腕と足を使って、走った。僕の知識ではなく、この新しい体が知っていた、全くしらない走法だった。



***


 体は生まれつき貧弱だった。

 身長は女性よりも低く、逞しい兄達にはいつもバカにされていた。

 そのせいだろうか。僕にとって、体の頑丈さというのは、一種のコンプレックスになっていたのだ。

 それは、大賢者と呼ばれるようになった今でも。数多くの魔物を一瞬の内に葬り去れるようになった今でも。

 勇者ブレイは僕の事を醜いと言ったが……。

「素晴らしい。走っても走っても……全く疲れる事が無い!?」

 確かに、人間とは違う姿となった。でも、僕はこの体をとても気に入っていた。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • ノベルバユーザー140926

    頼む、続いてくれwww

    0
コメントを書く