僕は間違っている

ヤミリ

19話

彼杵はやはり自分の意思で出て行ったのかもしれない。その可能性が一番高い。居なくなった原因は分かっても、失踪した後の事が分からずじまいだ。
「颯海。彼杵は見つからないのかな」
獅恩が出て行ってから、これからの調査について三人で話し合っていた。獅恩から聞いた話は二人にも話したが、やはり知らなかったみたいだった。
「そういえば一枚の置き手紙残してたんだよな? どんな内容だったっけ」
「え? 二枚だろう?」
達秋はそんなことも忘れてしまったのか。
「一枚だよ。颯海ったら頭ぶつけておかしくなっちゃったんじゃない?」
「そんなはずはない。僕の家にもう一つあるはずだ」
そうだ。五番目の引き出しの奥に。
「見つかったのは彼杵の部屋にあったものだけだよ」
どういうことだ。じゃあなぜ僕の部屋にもう一つの手紙があるんだ。
「しっかりしろよ、颯海」
僕の気のせいなのか? 頭を打ってから別世界に踏み込んでしまったような感覚に陥っていた。
「ごめん、親には先に帰るって言っておいて。確かめなくちゃ」
「え、ちょ、颯海!?」
最小限の荷物を持って病院から出る。息が切れても走るのをやめずに家へと向かう。
数十分、いや、数分程経って家に着く。迷いもなく自分の部屋へと上がり込み、五番目の引き出しを開ける。
「まさか、本当に、ないよな?」
これを見てしまえば真実が分かるかもしれない。しかし本当に知ってしまっていいことなのか? ここまで来て何故か心に迷いが生じる。
意志を固めて奥へと腕を移動させる。
────カサッ
何か四角い物体がそこにはあった。
「本当にあった」
何故僕はみんなが知らなかった事を知っている? その疑念で自分の唇が蒼ざめていくのが分かる。心の中を何か震えおののくような感情が走り、苦しげな表情になる。
四角い物体を取り出し、手紙なのだと再確認した。その手紙を読む。全てを読み終わった瞬間、
────ギイイイ
背後で扉が開かれる音がする。
「颯海。何? その手紙」
「ズズズズズ」と何かを引き摺る音も聞こえてくる。体中が縄に縛られたように硬直し始める。
「貴方、なんで彼杵の鈴を持っていたの?」
「鈴ってなんのことだよ」
「とぼけないで!!!!」
刹那、顔のすぐ横で斧が振り下ろされる。間一髪で横に避けることが出来たが、腕に擦過傷ができてしまった。挙句の果て部屋の壁はズタズタになっていて、本気で殺す気なのだと分かる。
「貴方が、貴方が殺したんでしょう」
僕は、殺していない。殺していない。
「違う!!」
「その置き手紙でもっと確信が持てたわ。なんで今まで気付かなかったんでしょうね」
「なんで信じてくれないんだよ。友達だろ」
「ずっと気に食わなかった! 彼杵の隣を独占して! 本当は、私が……」
千夏は途端に涙目になり、体が震えていた。
「だから彼杵の最後までも独占する貴方を、私は許さない」
妙に冷静を保っている声なのに、目は猛毒のように殺気立っていた。ああ、逃げなければ。本能が直感的にそう思う。
「死んで償え!!!!」
その声が聞こえた瞬間、バネの様に体が動き、部屋から飛び出す。
「ガシャン!」と物が壊される音が聞こえ、こちらに向かってきているようだ。
本当に殺す気だ。なるべく遠くへ逃げないと。
手紙を握りしめて、森の方角へ走っていく。もうここまで走ると光も無く、暗闇をただただ永久に走っているだけだ。足音が聞こえなくなったと思っても、「ガサッ」と音がし、気が気ではない。
今日が人生最後の日かもしれない。けれど恐怖の足音は聞こえなくなり、肩の凝りが無くなった様に気楽になる。
そう思ったのも束の間、頭痛が走る。
「あ、たまが。思い出したくない。思い出したくない」
ある筈のない記憶がなだれ込んでくる。頭がはち切れそうだ。自分が自分じゃないみたいに、あの日の記憶が蘇ってくる。
「ああ、そうだ。僕は……」
パンドラの箱を開けてしまったんだ。

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