BLIZZARD!
第二章68『学習しない男──その②』
「……今頃、あいつは外のどこかで戦ってんのかな」
 
一人基地の椅子に座り、外の猛吹雪の世界を眺めながら一人の中年──友哉はそう呟いた。
 
「……翔、わかってるよな? あの時話したこと」
 
そうして友哉が頭に浮かべたのは、彼が遠征の直前翔と話した場面であった。
 
 
 
 
「……じゃあ、行ってくるわ」
 
「あー翔、ちょい待ち」
 
遠征の出発の直前にそう挨拶に来た翔を、友哉はそう呼び止めた。
 
「なんだよ、松っ──じゃなかった、友哉」
 
「また定着しないな、その呼び名。まぁ、今はそれはいいんだけど」
 
友哉が呼び止めるのにそう反応した翔の言葉に、友哉はそう苦笑しながら答える。その友哉の様子に、翔は不機嫌そうに眉をひそめて言った。
 
「だから悪かったってば。それで? もうそろそろ俺、遠征に行かなきゃいけないんだが」
 
その翔の疑問に、友哉は神妙な顔になって問いかけた。
 
「……翔、お前は前までの自分は間違っていたと、そう思うか?」
 
「は、ぁ?」
 
その友哉の妙な質問に、翔の口から変な声が出る。
 
「過去の自分が間違ってたと思うかなんて……。そんなの、答えは分かり切ってるだろ。
俺が勝手なことをしたから遠征隊は望まず三年の時を超えた訳だし、そのせいで基地の人間も怖い思いをすることになった。そんなことをしでかした過去の俺が、間違ってないわけないだろ?」
 
その翔の答えに、友哉は「……やっぱりか」と呟いて言った。
 
「翔、その考えじゃ、いざってときに自分を追い詰めるだけだぞ」
 
その友哉の突然の厳しい一言に、翔は再度疑問を口にした。
 
「……? さっきから友哉、何を言ってんだ? 『俺』は、……過去の俺は間違ってた。それはもう、自覚してるよ」
 
その翔の言葉に、友哉は少し考えこんでから、何かを思いついたように翔に笑いかけながら言った。
 
「……やっぱりなんでもないわ、すまんな呼び止めちまって」
 
「お、おう……。まぁ、それじゃ行ってくるわ」
 
その友哉の煮え切らない答えを不審に思いながら、翔はそうして遠征へと向かっていった。その後ろ姿を見送りながら、友哉は小さな声で呟いた。
 
「……まぁ、そのうち自分で気が付くか」
 
そうして友哉はその疑問に対する答えを翔に教えないまま、翔を見送ったのだった。
 
 
 
 
──翔、もし今お前が追い詰められてるなら、きっとあの時の答えがわかるはずだ
 
遠くで戦っているであろう親友の姿を思い浮かべながら、友哉はそう心の中で呟いた。
 
「翔、ここが正念場だ。負けんじゃねぇぞ」
 
そう呟いて、友哉は今も戦っている親友の無事を祈ったのだった。
 
 
 
 
 
「ぐはっ……!」
 
「カケル先輩!」
 
雪が吹き荒ぶその雪原に、その悲痛な叫びが響いた。翔が『新種』と戦い始めてからおよそ三十分経ったその時、ついに『新種』の一撃が翔に命中した。それを食らった翔は力なく雪原に倒れ、その一部始終をまさに目の前で目撃したコハルは、急いで翔に駆け寄った。
 
「カケル先輩! 目を覚ましてください! カケル先輩!」
 
そのコハルの声にも、もう翔は反応を示さなかった。『新種』の攻撃が当たったその腹部からは防寒着越しでもわかるほど大量の血が出ており、翔が食らってしまった一撃の重さを顕著に表していた。
 
「嫌……、カケル先輩、冷たい……!」
 
倒れこんだ翔の身体を抱き寄せたコハルは、その身体の冷たさに思わず涙を浮かべる。コハルはハッとして翔の手首に手を当てると、そこからは微かに脈拍が感じられた。しかしその血の流れは見るからに弱弱しく、翔がまさに生死の境にいるのだということがコハルにも感じられた。
 
「……カケル先輩……!」
 
コハルは今も苦しそうに気を失っている翔の顔を見て悲痛に顔を歪ませた。
 
──カケル先輩、こんなになるまで私のことを守って……っ! それなのに、私は……!
 
コハルは今も微かに震える自分の手を見て、そう自責の念に駆られた。翔がまさに命を懸けてコハルをそこまで守ったにも関わらず、未だその場に救援は到着せず、またコハルの力も戻っていなかった。それはつまり、その場に『新種』と戦えるものがいなくなったことを意味していた。
 
──悔しい。もっと私に凍気の体力があれば、カケル先輩の代わりに『新種』と戦えるのに……!
 
今も力の入らない自分の手を恨めしそうに見ながら、コハルはそう心の中で呟いた。しかし、どれだけ気持ちを込めてもその手からは凍気は放出されない。ただの気合で使い切った体力が元通りになるなど、そんな甘い現実はないのだ。
 
そのことを察知した『新種』は、静かに二人との距離を縮め始める。その口には厄介な敵を倒した達成感による笑みが浮かんでおり、その目は鋭く獲物を見据えていた。
 
「──っ! こうなったら……!」
 
迫り来る『新種』を前に、コハルは覚悟を決めた。その身体に力が入らない状態のまま、彼女は『新種』に向かい合った。
──凍気が使えなくても、やってやる! 今度は、私がカケル先輩を守るんだ!
そうして覚悟を決めたコハルの前で、『新種』はニタリと笑った。まるで、コハルのその様子がおかしいかのように。
「……っ! うぉぉぉぉぉぉ!」
その『新種』の気色の悪さに少し震えながらも、コハルはその雄叫びと共に『新種』に特攻を仕掛ける。しかし、雪兎などによる加速もなく、凍気も伴っていないそのコハルの特攻は、『新種』に届くはずもなかった。
「ぐっ……!」
素早く振り払われたその『新種』の腕により、コハルの身体は容易に吹き飛ばされる。急加速し雪原を転がっていくコハルの身体は翔の身体に衝突したところでようやくその勢いを止め、その場に静止した。
そのコハルに追撃を仕掛けんと、『新種』がゆっくりとその距離を詰める。コハルにはもうその場から逃げるだけの力は残されていなかった。傍で今も気絶している翔の身体を必死に揺さぶりながら、コハルは呟いた。
「……嫌、嫌……っ! カケル先輩、助けて……!」
しかし、やはり翔は何の反応も示さない。そうしてようやく、『新種』がコハルの眼前まで辿り着いた。
「……っ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その先の未来を感じとったのか、コハルの悲痛な叫びがその雪原に響く。
しかしそのコハルの叫びも虚しく、コハルに向けて『新種』の一撃が素早く繰り出されたのだった。
黒、黒、黒。四方八方全てが暗闇に包まれたその空間に、翔は揺蕩っていた。
──ここは……。
薄らぼんやりと目を開けた翔は、その周囲の暗闇を見て状況を把握せんとする。
──俺は確か、『新種』にやられて……。
そうして翔が自らに起こったことを思い出そうとしたその瞬間、その空間にひとつの声が響いた。
『……翔、お前は前までの自分は間違っていたと、そう思うか?』
──これは……。
それは、翔が遠征の出発前、親友に言われた不可解な言葉であった。
──そりゃ、間違ってたに決まって……
頭の中でそう答えようとしたその時、その場の暗闇が全て、『三年前』の基地の風景へと変わった。
──っ! これは……?
そこにいたのは、過ちを犯す前の翔であった。まだ自らの弱さに気付かず、自分勝手に英雄を名乗り、子供たちに慕われていた頃の自分であった。
──なんで、こんな……。
翔はその奇妙な状況に戸惑った。突然映し出されたその幸せな過去の情景の意味が分からなかったのだ。
──こんなの見たって、もう俺には……。
それは翔にとって幸せな光景であるのと同時に、もう二度と戻らないものであった。仮に翔が基地の人間の信頼を取り戻すことが出来たとしても、翔のせいで帰らなくなった人がいた。翔のせいで重大な傷を負った人がいた。その光景は、翔にとっては眩しすぎたのだった。
その眩しすぎた過去の光景に、翔は思わずその場から目を背ける。しかし、その瞬間翔はあることに気が付いた。
──そうか、そうだろ。違うだろ。
突如閃いた翔の頭に、再度その質問が蘇る。
『……翔、お前は前までの自分は間違っていたと、そう思うか?』
その質問に、翔は目を見開いて堪える。
──自分が弱いことに気づいてなくても、自分勝手でも、なんの問題もなく基地の皆と笑い合えていた。あの幸せな過去が、間違ってる訳ないだろ!
翔がそう脳内で答えたのと同時に、その空間が崩壊し始める。
──俺は、俺の過去は……
そうして、翔の意識は覚醒に向かっていったのだった。
「……っ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲痛に叫ぶコハルに、『新種』の一撃が迫る。一見、その場にはもう『新種』の相手になるものは存在せず、勝負は決したかのように思われた。
しかし、コハルに当たるかのように思われたその『新種』の一撃は、突如起き上がった翔の手により受け止められた。
「……っ!? カケル先輩!?」
突然目を覚ました翔に、コハルは思わず素っ頓狂な声を出す。その攻撃を阻まれた『新種』も驚いて翔を見るが、その翔の様子を見て瞬時にまたその顔に勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「……そうだ、俺は……間違って……」
立ち上がり、『新種』の一撃を受け止めた翔の目は虚ろにどこかを見つめており、その口からはうわ言が流れ出ていた。
「カケル先輩……?」
その翔の妙な様子に、コハルは思わず翔にそう問い掛ける。しかし、そんなコハルの言葉にも反応を示さず、翔は焦点の合わない目でボソボソと何かを呟き続けていた。
「……松つ……じゃなかった……友哉、俺は……俺はようやく……」
「……っ! カケル先輩! 上!」
そんな妙な様子の翔に、『新種』は躊躇いもなく次の一撃を仕掛ける。翔に受け止められ、掴まれたその左腕はそのままに、空いている右腕で茫然自失と立っている翔目掛けて攻撃を仕掛けたのだった。
「俺は……気付いたんだ」
「カケル先輩! 避けてぇ!」
その今にも繰り出されようとしている『新種』の攻撃にも、翔は反応を示さない。そんな翔の様子に、コハルは思わずその先の惨状を頭に思い浮かべ、その場から目を逸らした。
一方、翔の頭には未だにその質問が鳴り響いていた。
『……翔、お前は前までの自分は間違っていたと、そう思うか?』
その質問に、翔は脳内で答える。
──俺は、確かにあの時『間違って』、遠征隊を三年後の未来に連れてきちまった。でも……
そうしてその先の答えを、今度こそ翔はキッパリと言い切った。
「──あの頃の俺が、すべて間違ってたとは思えない。だから……!」
翔がそう言い切った瞬間、まさにその攻撃を翔に届かせようとしていた『新種』が、突如その場から消失した。
「……え?」
その突然の現象に、コハルは理解が追いつかなかった。そんなコハルの身体をしっかり抱き寄せてから、翔は呟いた。
「……コハル、もうちょっと頑張れるか。ちょっと飛ぶぞ」
そう言いながら、翔は自らの右足に力を入れ始める。その様子から何をしようとしたのかを察したコハルは、その先起こることに覚悟を決めながらも翔に問い掛けた。
「カケル先輩! それより、今のって……」
そのコハルの問い掛けに、翔は静かに答えた。
「……ああ、そうだよ。俺が、『新種』を未来に飛ばしたんだ」
そう翔が答えるのと同時に、翔はその足に力を入れ、雪兎で急加速を始めた。
「……っ! カケル先輩! それって……! 確か、『時間跳躍』にまつわる力は……」
「……ああ、そうだよ。でも、気付いたんだ」
その翔の言葉にコハルがそう反応するのに、翔は静かにそう答える。コハルが言いかけた通り、翔はフィルヒナーから『時間跳躍』にまつわる力の使用を禁止されていた。しかし、翔はその力を使った。その力を使おうと決断した、理由があった。
「……確かに俺は、三年前のあの時失敗した。でも、あのころの全てが間違ってた訳じゃない」
「……? 何を……」
その翔の的を得ない答えに、コハルは困惑する。それと同時に、翔の力により時空の果てに飛ばされていた『新種』がその場に帰還した。
「──っ! ────────!!!」
「……っ! カケル先輩! 『新種』が! 『新種』が来ます!」
自らの一撃が空振りに終わり、そしてその獲物がいつの間にか遠くに逃げ去っていたことに怒った『新種』は、そう叫び声を上げた。それを察知したコハルがそう言うのに、翔は静かに答えた。
「……ああ。でも、もう何も手が……」
「……っ! そんな!」
その会話の最中も、雪兎の加速は弱まっていく。それに対し『新種』は全速力で翔との距離を詰めつつあった。それだと言うのに、二人にはとうとう『新種』に対する対抗策をもう何も持っていなかった。
「……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
万事休すかのように思えたその瞬間、一人の人影がその場に現れた。
「──ぁ」
その人影の正体に気がついた瞬間、翔の身体から力が抜ける。そうして、その顔に満足そうな笑みを浮かべたまま、翔は呟いたのだった。
「……遅せぇよ、フィル」
翔がそう言うのに、二人を助けに来た獣の少女、フィーリニは犬歯を剥き出しにして笑い返したのだった。
 
一人基地の椅子に座り、外の猛吹雪の世界を眺めながら一人の中年──友哉はそう呟いた。
 
「……翔、わかってるよな? あの時話したこと」
 
そうして友哉が頭に浮かべたのは、彼が遠征の直前翔と話した場面であった。
 
 
 
 
「……じゃあ、行ってくるわ」
 
「あー翔、ちょい待ち」
 
遠征の出発の直前にそう挨拶に来た翔を、友哉はそう呼び止めた。
 
「なんだよ、松っ──じゃなかった、友哉」
 
「また定着しないな、その呼び名。まぁ、今はそれはいいんだけど」
 
友哉が呼び止めるのにそう反応した翔の言葉に、友哉はそう苦笑しながら答える。その友哉の様子に、翔は不機嫌そうに眉をひそめて言った。
 
「だから悪かったってば。それで? もうそろそろ俺、遠征に行かなきゃいけないんだが」
 
その翔の疑問に、友哉は神妙な顔になって問いかけた。
 
「……翔、お前は前までの自分は間違っていたと、そう思うか?」
 
「は、ぁ?」
 
その友哉の妙な質問に、翔の口から変な声が出る。
 
「過去の自分が間違ってたと思うかなんて……。そんなの、答えは分かり切ってるだろ。
俺が勝手なことをしたから遠征隊は望まず三年の時を超えた訳だし、そのせいで基地の人間も怖い思いをすることになった。そんなことをしでかした過去の俺が、間違ってないわけないだろ?」
 
その翔の答えに、友哉は「……やっぱりか」と呟いて言った。
 
「翔、その考えじゃ、いざってときに自分を追い詰めるだけだぞ」
 
その友哉の突然の厳しい一言に、翔は再度疑問を口にした。
 
「……? さっきから友哉、何を言ってんだ? 『俺』は、……過去の俺は間違ってた。それはもう、自覚してるよ」
 
その翔の言葉に、友哉は少し考えこんでから、何かを思いついたように翔に笑いかけながら言った。
 
「……やっぱりなんでもないわ、すまんな呼び止めちまって」
 
「お、おう……。まぁ、それじゃ行ってくるわ」
 
その友哉の煮え切らない答えを不審に思いながら、翔はそうして遠征へと向かっていった。その後ろ姿を見送りながら、友哉は小さな声で呟いた。
 
「……まぁ、そのうち自分で気が付くか」
 
そうして友哉はその疑問に対する答えを翔に教えないまま、翔を見送ったのだった。
 
 
 
 
──翔、もし今お前が追い詰められてるなら、きっとあの時の答えがわかるはずだ
 
遠くで戦っているであろう親友の姿を思い浮かべながら、友哉はそう心の中で呟いた。
 
「翔、ここが正念場だ。負けんじゃねぇぞ」
 
そう呟いて、友哉は今も戦っている親友の無事を祈ったのだった。
 
 
 
 
 
「ぐはっ……!」
 
「カケル先輩!」
 
雪が吹き荒ぶその雪原に、その悲痛な叫びが響いた。翔が『新種』と戦い始めてからおよそ三十分経ったその時、ついに『新種』の一撃が翔に命中した。それを食らった翔は力なく雪原に倒れ、その一部始終をまさに目の前で目撃したコハルは、急いで翔に駆け寄った。
 
「カケル先輩! 目を覚ましてください! カケル先輩!」
 
そのコハルの声にも、もう翔は反応を示さなかった。『新種』の攻撃が当たったその腹部からは防寒着越しでもわかるほど大量の血が出ており、翔が食らってしまった一撃の重さを顕著に表していた。
 
「嫌……、カケル先輩、冷たい……!」
 
倒れこんだ翔の身体を抱き寄せたコハルは、その身体の冷たさに思わず涙を浮かべる。コハルはハッとして翔の手首に手を当てると、そこからは微かに脈拍が感じられた。しかしその血の流れは見るからに弱弱しく、翔がまさに生死の境にいるのだということがコハルにも感じられた。
 
「……カケル先輩……!」
 
コハルは今も苦しそうに気を失っている翔の顔を見て悲痛に顔を歪ませた。
 
──カケル先輩、こんなになるまで私のことを守って……っ! それなのに、私は……!
 
コハルは今も微かに震える自分の手を見て、そう自責の念に駆られた。翔がまさに命を懸けてコハルをそこまで守ったにも関わらず、未だその場に救援は到着せず、またコハルの力も戻っていなかった。それはつまり、その場に『新種』と戦えるものがいなくなったことを意味していた。
 
──悔しい。もっと私に凍気の体力があれば、カケル先輩の代わりに『新種』と戦えるのに……!
 
今も力の入らない自分の手を恨めしそうに見ながら、コハルはそう心の中で呟いた。しかし、どれだけ気持ちを込めてもその手からは凍気は放出されない。ただの気合で使い切った体力が元通りになるなど、そんな甘い現実はないのだ。
 
そのことを察知した『新種』は、静かに二人との距離を縮め始める。その口には厄介な敵を倒した達成感による笑みが浮かんでおり、その目は鋭く獲物を見据えていた。
 
「──っ! こうなったら……!」
 
迫り来る『新種』を前に、コハルは覚悟を決めた。その身体に力が入らない状態のまま、彼女は『新種』に向かい合った。
──凍気が使えなくても、やってやる! 今度は、私がカケル先輩を守るんだ!
そうして覚悟を決めたコハルの前で、『新種』はニタリと笑った。まるで、コハルのその様子がおかしいかのように。
「……っ! うぉぉぉぉぉぉ!」
その『新種』の気色の悪さに少し震えながらも、コハルはその雄叫びと共に『新種』に特攻を仕掛ける。しかし、雪兎などによる加速もなく、凍気も伴っていないそのコハルの特攻は、『新種』に届くはずもなかった。
「ぐっ……!」
素早く振り払われたその『新種』の腕により、コハルの身体は容易に吹き飛ばされる。急加速し雪原を転がっていくコハルの身体は翔の身体に衝突したところでようやくその勢いを止め、その場に静止した。
そのコハルに追撃を仕掛けんと、『新種』がゆっくりとその距離を詰める。コハルにはもうその場から逃げるだけの力は残されていなかった。傍で今も気絶している翔の身体を必死に揺さぶりながら、コハルは呟いた。
「……嫌、嫌……っ! カケル先輩、助けて……!」
しかし、やはり翔は何の反応も示さない。そうしてようやく、『新種』がコハルの眼前まで辿り着いた。
「……っ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その先の未来を感じとったのか、コハルの悲痛な叫びがその雪原に響く。
しかしそのコハルの叫びも虚しく、コハルに向けて『新種』の一撃が素早く繰り出されたのだった。
黒、黒、黒。四方八方全てが暗闇に包まれたその空間に、翔は揺蕩っていた。
──ここは……。
薄らぼんやりと目を開けた翔は、その周囲の暗闇を見て状況を把握せんとする。
──俺は確か、『新種』にやられて……。
そうして翔が自らに起こったことを思い出そうとしたその瞬間、その空間にひとつの声が響いた。
『……翔、お前は前までの自分は間違っていたと、そう思うか?』
──これは……。
それは、翔が遠征の出発前、親友に言われた不可解な言葉であった。
──そりゃ、間違ってたに決まって……
頭の中でそう答えようとしたその時、その場の暗闇が全て、『三年前』の基地の風景へと変わった。
──っ! これは……?
そこにいたのは、過ちを犯す前の翔であった。まだ自らの弱さに気付かず、自分勝手に英雄を名乗り、子供たちに慕われていた頃の自分であった。
──なんで、こんな……。
翔はその奇妙な状況に戸惑った。突然映し出されたその幸せな過去の情景の意味が分からなかったのだ。
──こんなの見たって、もう俺には……。
それは翔にとって幸せな光景であるのと同時に、もう二度と戻らないものであった。仮に翔が基地の人間の信頼を取り戻すことが出来たとしても、翔のせいで帰らなくなった人がいた。翔のせいで重大な傷を負った人がいた。その光景は、翔にとっては眩しすぎたのだった。
その眩しすぎた過去の光景に、翔は思わずその場から目を背ける。しかし、その瞬間翔はあることに気が付いた。
──そうか、そうだろ。違うだろ。
突如閃いた翔の頭に、再度その質問が蘇る。
『……翔、お前は前までの自分は間違っていたと、そう思うか?』
その質問に、翔は目を見開いて堪える。
──自分が弱いことに気づいてなくても、自分勝手でも、なんの問題もなく基地の皆と笑い合えていた。あの幸せな過去が、間違ってる訳ないだろ!
翔がそう脳内で答えたのと同時に、その空間が崩壊し始める。
──俺は、俺の過去は……
そうして、翔の意識は覚醒に向かっていったのだった。
「……っ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲痛に叫ぶコハルに、『新種』の一撃が迫る。一見、その場にはもう『新種』の相手になるものは存在せず、勝負は決したかのように思われた。
しかし、コハルに当たるかのように思われたその『新種』の一撃は、突如起き上がった翔の手により受け止められた。
「……っ!? カケル先輩!?」
突然目を覚ました翔に、コハルは思わず素っ頓狂な声を出す。その攻撃を阻まれた『新種』も驚いて翔を見るが、その翔の様子を見て瞬時にまたその顔に勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「……そうだ、俺は……間違って……」
立ち上がり、『新種』の一撃を受け止めた翔の目は虚ろにどこかを見つめており、その口からはうわ言が流れ出ていた。
「カケル先輩……?」
その翔の妙な様子に、コハルは思わず翔にそう問い掛ける。しかし、そんなコハルの言葉にも反応を示さず、翔は焦点の合わない目でボソボソと何かを呟き続けていた。
「……松つ……じゃなかった……友哉、俺は……俺はようやく……」
「……っ! カケル先輩! 上!」
そんな妙な様子の翔に、『新種』は躊躇いもなく次の一撃を仕掛ける。翔に受け止められ、掴まれたその左腕はそのままに、空いている右腕で茫然自失と立っている翔目掛けて攻撃を仕掛けたのだった。
「俺は……気付いたんだ」
「カケル先輩! 避けてぇ!」
その今にも繰り出されようとしている『新種』の攻撃にも、翔は反応を示さない。そんな翔の様子に、コハルは思わずその先の惨状を頭に思い浮かべ、その場から目を逸らした。
一方、翔の頭には未だにその質問が鳴り響いていた。
『……翔、お前は前までの自分は間違っていたと、そう思うか?』
その質問に、翔は脳内で答える。
──俺は、確かにあの時『間違って』、遠征隊を三年後の未来に連れてきちまった。でも……
そうしてその先の答えを、今度こそ翔はキッパリと言い切った。
「──あの頃の俺が、すべて間違ってたとは思えない。だから……!」
翔がそう言い切った瞬間、まさにその攻撃を翔に届かせようとしていた『新種』が、突如その場から消失した。
「……え?」
その突然の現象に、コハルは理解が追いつかなかった。そんなコハルの身体をしっかり抱き寄せてから、翔は呟いた。
「……コハル、もうちょっと頑張れるか。ちょっと飛ぶぞ」
そう言いながら、翔は自らの右足に力を入れ始める。その様子から何をしようとしたのかを察したコハルは、その先起こることに覚悟を決めながらも翔に問い掛けた。
「カケル先輩! それより、今のって……」
そのコハルの問い掛けに、翔は静かに答えた。
「……ああ、そうだよ。俺が、『新種』を未来に飛ばしたんだ」
そう翔が答えるのと同時に、翔はその足に力を入れ、雪兎で急加速を始めた。
「……っ! カケル先輩! それって……! 確か、『時間跳躍』にまつわる力は……」
「……ああ、そうだよ。でも、気付いたんだ」
その翔の言葉にコハルがそう反応するのに、翔は静かにそう答える。コハルが言いかけた通り、翔はフィルヒナーから『時間跳躍』にまつわる力の使用を禁止されていた。しかし、翔はその力を使った。その力を使おうと決断した、理由があった。
「……確かに俺は、三年前のあの時失敗した。でも、あのころの全てが間違ってた訳じゃない」
「……? 何を……」
その翔の的を得ない答えに、コハルは困惑する。それと同時に、翔の力により時空の果てに飛ばされていた『新種』がその場に帰還した。
「──っ! ────────!!!」
「……っ! カケル先輩! 『新種』が! 『新種』が来ます!」
自らの一撃が空振りに終わり、そしてその獲物がいつの間にか遠くに逃げ去っていたことに怒った『新種』は、そう叫び声を上げた。それを察知したコハルがそう言うのに、翔は静かに答えた。
「……ああ。でも、もう何も手が……」
「……っ! そんな!」
その会話の最中も、雪兎の加速は弱まっていく。それに対し『新種』は全速力で翔との距離を詰めつつあった。それだと言うのに、二人にはとうとう『新種』に対する対抗策をもう何も持っていなかった。
「……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
万事休すかのように思えたその瞬間、一人の人影がその場に現れた。
「──ぁ」
その人影の正体に気がついた瞬間、翔の身体から力が抜ける。そうして、その顔に満足そうな笑みを浮かべたまま、翔は呟いたのだった。
「……遅せぇよ、フィル」
翔がそう言うのに、二人を助けに来た獣の少女、フィーリニは犬歯を剥き出しにして笑い返したのだった。
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