BLIZZARD!

青色魚

第二章45『父子』

 その少女は、ある意味でフィルヒナーよりも三年間・・・で変化がなかったようであった。もちろん既に成長期を迎えているであろうその身体は、翔の見ない間に随分と成長したようであった。以前よりもその身長は格段に伸び、その顔立ちからも少し幼さが抜けて、全体的により理知的な印象を抱かせるようになっていた。

 しかしそれでも翔がその少女を瞬時に識別しえたのは、それ以外の彼女の要素が全く変わっていなかったからであった。その薄汚れた白衣は変わらず丈の会わないまま愛用されているようであり、その目にかけた相当レンズの厚い眼鏡も三年前と何ら変わりなかった。そして何より、先の言葉から推測される限り、その風変わりなな性格キャラも健在のようだった。

「お前は……アンリ、だよな?」

「だからそーですって。何度も言わせないでくださいよ」

 その翔の言葉に、アンリはそうぶっきらぼうに返した。その口調にどこか違和感を覚えつつも、翔はなんとか話を繋ごうと口を開いた。

「……何というか、お前は変わんないな」

「カケルさんも変わりませんね。あ、そもそも三年も時間を超えたんですから当然ですか」

 だがその翔の言葉も、そうしてアンリに皮肉とともに打ち返される。そのアンリの言葉に思わず翔が押し黙ると、アンリはひとつため息をついて言った。

「というか、カケルさんはなんでこんな所でぼーっとしてるんです? 確か今日、事情聴取ジジョーチョーシュだとかなんとかでしたよね?」

 そのアンリの言葉に、奇しくもその話の流れを変えるチャンスが来たと悟り、翔は話し出した。

「……もう終わったんだよ。とりあえず持ってる情報は共有しあったし、あとは自然解散した」

「そりゃオカシイですね。遠征隊の今後だとか、今回の事件の責任だとか、もっと色々話すことありますよねー?」

 そのアンリの素朴な疑問に、翔はため息混じりに答えた。

「ああ。……けど、もうそんな空気じゃなくなったんだよ」

 その翔の言葉に、アンリが訝しげに翔を見る。その動作だけでアンリがその理由を知りたがっていることを悟った翔は静かに語り出した。

「その空気が変わった一連の出来事は、リー先輩が会議室を出ていった、あの時から始まったんだ」

 そうして翔は語り始めた。あの話し合いの場の、後味の悪過ぎる結末を。


********************


「俺はお前を、絶対に許さないからな!」

 そう叫んだベイリーは、その後すぐに掴んだ翔の胸ぐらを乱暴に手放し、その会議室から出ていった。その足音の重さから彼の怒りの深さを悟った翔は、思わずその場に倒れ込む。

「……そんな……俺は、俺はこんなことを望んだわけじゃ……」

 翔の心はその時点で既に壊れかかっていた。自らの失態で遠征隊と基地との間に三年もの時の差ギャップを生んだという事実が、先程発せられたベイリーの凄まじい程の怒りが、そして何よりも、自らの手で憧れの先輩フレボーグを死なせてしまったという悲しみが、何よりも翔の心を締め付けていたのだった。

 その翔の絶望しきった顔を見てか、元二はその翔の腕を掴んだかと思うと、その腕を優しく引き上げて言った。

「おら、大丈夫か?」

 その元二の配慮に、翔は小さく礼を言って立ち上がる

「……すいません、ありがとうございます」

 その言動を見たフィルヒナーが怪訝な顔をしているのに気付いた元二は、頭をポリポリと掻きながら彼女に言った。

「ああ、分かってるさ。カケルのやったことはそんなに簡単に許されるもんじゃない。けど、それをカケルだけのせいにするのは違うんじゃねえか?」

 その元二の言葉にフィルヒナーは眉をぴくりと動かすが、その論を妨げることはしなかった。それを見て、元二はその話を続ける。

「少なくとも俺は、あんな複雑な戦況が出来上がっちまってた時点で隊長オレにも責任はあると思う。悪かった。『新種』の力を侮ってたし、俺も半ば冷静さを失ってた……と思う」

 その元二の言葉に、翔は彼が自分を庇おうとしているのだと気付く。その突然現れた味方に、翔は戸惑いつつもその元二の言葉に対してのフィルヒナーの反応を見る。

 すると彼女は、意外にもその意見に同調して言った。

「……ええ、そうかもしれませんね。この状況の直接的な原因はカケルにありますが、それでもそれ以外の要因も決して見逃せません。確かにカケル一人を責めるのは間違っています。ですが……」

 と、その前半部分だけでフィルヒナーも自分の味方をしてくれるのだと先走った翔は、最後に加えられたその逆説につまづく。その先の言葉を翔は待つが、フィルヒナーはその続きを言いかねているようだった。そうして口をもごつかせるフィルヒナーに、元二は問い掛ける。

「『ですが……』、なんだ?」

 その元二の問い掛けにも、フィルヒナーは答えづらそうにしているようだった。そうしてその場に沈黙が流れかけたその時、その会議室の扉が静かに開けられる。

「──?」

 そうしてそこから顔を覗かせた小さな子供の顔に、翔はどこか既視感を覚えた。しかし翔はその子供のことなど見たことは無かったし、見たことがあるはずもなかったのだ。その子供は、金髪碧眼という日本人離れした見た目のため憶測でしかないが、未だ二、三歳といった感じであったのだ。つまりはその子供は翔達遠征隊が『居なかった』間に誕生、成長をした子供である。にも関わらず、翔はその既視感を拭うことはできなかった。

 その子供を見た瞬間、フィルヒナーはその元に駆けていった。そしてその愛くるしい顔を抱きしめて、基地のリーダーではなく一人の『母親』の顔になって言った。

「ゲンキ……!」

「……ママ・・?」

 そのフィルヒナーが呼んだ子供の名前と、そして子供がフィルヒナーを呼んだその俗称から、翔はそれまで抱いていた既視感の正体を知った。

 ──そうか、隊長とフィルヒナーさんの……。

 翔は遠征出発前、フィルヒナーの腹がすでに相当大きくなっていたことを思い出していた。そうして帰還したあの時、彼女の腹はもう既にその膨らみをなくしていた。三年という月日があれば、当然彼女が既にその子を出産し、そして女手一人でその子供を育てていてもおかしくはなかった。

 ゲンキ、と呼ばれたその子供は、金髪やその目などその特徴の多くはフィルヒナーの遺伝であるようだったが、それでもその顔立ちは確かに元二を彷彿させるものであった。両親から受け継いだその整った顔立ちに、元二のその少し優しい雰囲気が相まって、その子供はとても愛らしい雰囲気を放っていた。

 その子供、ゲンキを見つめる元二の目は、どこか悲しそうであった。翔はその目を見た瞬間、その悲しさの理由にすぐに気付いてしまい、思わずいたたまれない気持ちとなった。

 ──ゲンキ君は、隊長の初めての子供。あんなに生まれるのを楽しみにしてたのに、俺が隊長を未来に連れてきちまったせいで、隊長はゲンキ君の誕生の瞬間も、この三年間の成長も、何も見れなかった・・・・・・・・……?

 それは元二がどれだけ我が子の誕生を楽しみにしていたかをよく知っている翔にとっては、とても耐えられない事実であった。しかし翔が想像しうるその悲しみも、所詮は他人の思い描くものに他ならない。ある日突然三年後の未来に来てしまい、そこで自分が成長を見届けることの出来なかった自分の子供と出会う。そんなことを今まさに体験している元二が、一体今どれだけの『悲しみ』を抱えているのか翔は想像することが出来なかった。

 それでもその子供に巡り会えた喜びがその時はまさったのだろうか、元二がその手をゲンキに恐る恐る伸ばし、小さな声で呟いた。

「俺の……子供」

 その元二の呟きに、フィルヒナーは少しその目を潤ませて頷いた。その母親フィルヒナーは、三年の月日を超えようやく我が子ゲンキ元二を巡り合わせることが出来たことに喜んでいるようだった。その光景に思わず翔も心を動かされながらも、その様子をまじまじと見ていた。

 元二の手がゲンキに近付いていく。そうしてその一家は、三年という時間の差をようやく埋め、初めて一つに──

 ──なる、はずであった。

 その子供がその瞬間呟いたのは、あまりに純朴な言葉であり、だからこそ同時に、この上なく残酷な呪いの言葉であった。

「……おじちゃん・・・・・だぁれ・・・?」

 そのゲンキの言葉に、元二はその目を見開き、思わずその場に膝から崩れ落ちた。

「……は、は……」

 その元二の目からは涙が流れていた。それは先程、我が子とようやく触れ合えると思った時に生み出された喜びの涙のはずであった。しかしそれは今や、多大な悲しみと共に元二の頬を伝っていた。

 三年という空白の期間の中で、元二ちちおやの中にゲンキむすこがいなかっただけではない。同様にゲンキむすこの中にも元二ちちおやは居なかったのだ。そして特に後者のその事実は、父親にとっては悲し過ぎるものであった。ゲンキの中に、父親である元二は存在しないのだ。その悲しみに打ちひしがれる元二に、翔は掛ける言葉を見つけることができなかった。

「ゲンキ! 貴方にもこの人の写真は何十回も見せたでしょ! この人は貴方の父親よ!」

「パ……パ?」

 そのフィルヒナーの必死な言葉に、ゲンキはそうか細い首を傾げる。そのフィルヒナーの言葉から察するに、彼女も我が子と父親とのギャップを埋めるために、色々と四苦八苦していたようであった。しかしそんな苦労も、こんな小さな子供には伝わるはずもない。

 そうしてその話し合いの場は、最悪の雰囲気のままお開きとなった。それは既に互いの情報は交換しきったため特にもうするべきことが無かったことと、基地のリーダーたるフィルヒナーと元二の間に起こったその悲劇のためであった。

 そうして他の者達が去っていき翔一人となった会議室にて、翔は一人とびきりの後味の悪さとともに、並々ならぬ罪悪感をその心で感じていたのだった。

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