BLIZZARD!

青色魚

第二章41『成長』

「久しぶりですね。

 ……カケル、兄ちゃん」

 その少年が発した言葉に、翔は思わずその場から立ち上がりその疑問を繰り返す。

「……お前、キラ、なのか……?」

 その翔の疑問に、その少年、キラは笑って返す。

「はい、そうですよ。三年前、あなたに助けてもらった、あのコガラシ・キラです」

 そのキラの返答に、改めて翔はその驚きを大きくしてキラの姿をまじまじと見る。そうして翔が驚愕しているのに気付いたキラは、苦笑して言う。

「驚きました? 僕結構、身長伸びましたよね」

 そのキラの言葉に翔は苦笑する。確かに翔がその身長の高さに驚いていたのは事実であった。三年前は翔が易易背負える程であったその身体は、今や翔とそう変わらない大きさまで成長しきっていた。既に身長は一七〇はあるであろうか。しかし翔が何よりも驚いていたのは、その背の高さだけではなく、全体的なキラの成長であった。

 ──なんか、色々育ったな、コイツも……。

 そうして翔は改めてそのキラの全身を舐めまわすように見つめる。格段に高くなった身長に伴って、その身体は三年前に比べて随分引き締まったようであった。その顔立ちも少し幼さが抜け、三年前には無かった凛々しさが加わっていた。それらの特徴に加えて三年前から変わらないその整った顔立ちから、キラは翔の見ぬ間になかなかの好青年になっていたらしかった。

「……って言っても、当然っちゃ当然か」

 と、感慨深くなる気持ちを翔は必死に振り払ってそう呟く。その翔の呟きに首を傾げるキラを他所に、翔はまた呟いた。

「……あの時から、三年、経ったんだもんな」

 その翔の言葉に、その真意を読み取ったらしいキラは黙り込む。そうして苦い顔になるキラは、遠征出発前の世界において十歳かそこらであった。そこから三年、元の世界では中学生ほどであろうキラに、成長期が既に訪れていてもおかしくはなかった。

 ──三年、か。

 その成長に、改めて翔は基地での時間の経過を感じていた。というのも、遠征からの帰還から今に至るまで、翔が目にした基地の人間がフィルヒナーだけであったことも理由であった。三年の月日を経てもその見た目が変わらず冷然としていたフィルヒナーと違い、キラなどの小さな子供にとって三年という月日はその身体に変化を起こすのに十分すぎる時間であった。そしてそのことは、キラの隣に立つその少女についても言えることであった。

「……えっと、こっちはコハル……だよな?」

 そうして翔は隣にいるその少女にそう声をかける。

 翔が名前を呼んだその少女、コハルは数少ない翔が知る基地の子供の一人であった。その少女は名前の通り、全体的に落ち着いた雰囲気の中に、滲み出る暖かな優しさのある少女だった。元々子供の相手など得意でない翔がそんな少女と巡り会うこととなったのは、翔が親友に進められて始めたある習慣のためであった。

 今からおよそ三十年ほど前、つまりは『氷の女王』が来る前の世界を実際に知っているものは、もう基地にそう多くない。ましてやその世界の美しさを鮮明に思い出せる者など、襲来時に既にある程度の年齢まで成熟している者に限られるのだ。

 しかしそんな状況でも、基地の人間はその元の世界のことを語り継がなければいけない。いつこの永遠にも思える『冬』が終わるかなどということは誰にも分からないが、もしそんなことがいつか起こったならば、元の世界のことを知っているだけでその復興は格段に楽になるであろうからだった。そんな訳で、元の世界のことをよく知る者達はしばしば、基地の子供に元の世界のことを語り聞かしていたのだった。

 その中で翔は、未だ成人もしていないその実年齢に反し、元の世界を克明に語ることが出来るということで、子供達の興味を大きく引いた存在でもあった。そんな訳で翔は、本来のその根暗な性格からは考えられないほど基地の子供とは接点を持っていた。もっともその子供たちの興味の大半は、回数を経るにつれ露呈していった翔の内気さコミュ障を知り間もなく離れていったのだが。

 そうして人気の下がっていく翔の話を、いつも真面目に聞いていた子供達の内の一人がそのコハルという少女であった。その時から三年の時を経て、キラ同様大きな変貌を遂げた彼女を翔はまじまじと見る。

 するとその直後、コハルの目はフィルヒナーも顔負けの氷点下の冷たさになる。その変化に翔が驚く暇もなく、開かれたコハルの口から冷徹な言葉が発せられた。

「……何をジロジロ見てるんですか」

「……え?」

 予想外のその冷徹な言葉に、翔は一瞬戸惑う。その素っ気ない言葉は、三年前かつての世界でのコハルのものと正反対であったからであった。その口調の理由が、自らの先の行動が気遣いデリカシーに欠けたものであったためだと推測した翔は、必死にその場の雰囲気を取り繕わんとおどけてみせる。

「……あー、すまん。確かにあんまりジロジロ見回すのも失礼だよな。ごめん、コハルがあまりにも可愛くてさ」

 その言葉に、コハルの眉がぴくりと動く。しかしそんな小さいながら重要な変化に翔はとうとう気付くことは無かった。翔はコハルの心中を知り損ねていたのだった。そのことが、この後の諍いを生むとも知らずに。

 そうしてらしくないような冗談を言い笑う翔であったが、その後の部屋に残ったのはその翔の乾いた笑いだけであった。その空気の冷たさに翔は少し戸惑いつつも、必死にその空気を改善しようと言葉を発し続ける。

「いやぁ、それにしてもちょっと感慨深いものがあるな。キラとコハル、俺が三年前に繋げた二人がこうして仲良くしてると、俺も嬉しいよ」

 そう語る翔の胸の内は、その言葉通り小さな感動に包まれていた。三年前、丁度翔が件の遠征に出発する前に、キラは確かに翔に友達作りを手伝ってくれるように頼んだのだった。その情景を思い出し、翔はまた小さな感動を覚える。そんな様子で、翔の心中はその再開によってすっかり上機嫌になっていた。その状況が、どんなものであったかなどということはすっかり忘れ去って。

「……人の気持ちも、知らないで」

「ん?」

 初めにコハルから滲み出たのは、そんな小さな呟きであった。しかしその小さな呟きの中に、どれだけの怒りの感情が含まれていたのかを翔は知らなかった。知る由もなかった。堰を切ったかのように、コハルはその後話し出した。

遠征隊あなたたちが居なかった三年間、私達がどんな怖い思いをしてたか知ってますか?」

「──ぁ」

「最大限節約するために毎日の食事も少なくなって、それでも少しずつ、確実に食べ物はなくなっていって。けどどれだけ待っても、待ち望んだ遠征隊たすけは来なくて。段々基地のみんなも怖くなって、恐ろしくなって、おかしくなって。

 ……そんな状況を創り出した他でもない貴方が、よくそんなに能天気に笑えますね」

 それはこの上ない翔へのコハルの『憎悪』であった。その言葉に翔はようやく思い出した。自らが犯した罪を、この状況がどんなものであったのかを。

 しかしそれでもコハルの追撃は止まらない。その厳しい口調を変えずに、コハルは再び語り出した。

「……キラはあなたのことを多少は許してるみたいだけど、私は認めない。絶対に、あなたのことを許さない」

 そのコハルの言葉は、決定的な決別の言葉であった。その残酷な、しかし現実的な言葉に、翔は思わず呆然とする。

 するとそのコハルの言葉に、顔をしかめた元二が言った。

「……あー、コハルちゃん。その件については本当に悪かった。俺もリーも、多分カケルも、重々反省してる」

 それは遠征隊隊長としてのせめてもの謝罪の言葉であった。それに続けて、元二は言う。

「けどよ、カケルだけを責めるのは間違ってる。この状況を引き起こしたのが何なのかは分からんが、悪いのは遠征隊全員だ。翔だけを責めるのは違って……」

「いえ、違ってませんよ」

 そうしてせめて翔を庇わんとする元二の言葉を遮って、フィルヒナーがそう言う。そして彼女はその冷たい視線を翔に向けて、冷徹に言った。

「この状況の責任の多くはカケルにあります。そうですよね?」

 そのフィルヒナーの言葉に、その場に訪れている最悪の状況に加えて、翔はその秘密の告白の時さえも近付いていることを悟り、絶望したのだった。

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