BLIZZARD!

青色魚

第二章37『幕開け』

 黒、黒、黒。何も無い、ただ『無』だけが存在するその空間で、少女は一人ため息をついていた。

「……やはり、使ってしまったのですね、カケル」

 その少女の嘆息の理由は、自らがわざわざ夢にまで現れてその少年に忠告したにも関わらず、その少年がその『力』を使ってしまったことであった。その少女はっていたのだ。その少年が今、『時間跳躍』に関する力を使えばどうなるか・・・・・を。

「……これは、大幅に軌道を修正しないといけませんね」

 そう言ってもう一度ため息をついてから、その少女は立ち上がった。そのあどけない顔を、かつてなく険しくして。

「本当に、厄介なものですね。運命の強制力というものは」

 その少女が口走った何とも仰々しい言葉にも、反応を返すものは誰もいない。しかしその少女はそんなことは気にしない様子で、むしろその眉間により一層しわを寄せて、その虚空に向かって呟いた。

「……ですが、私は諦めませんよ」

 その呟きは、その少女が自分の決意を再確認するためのものであった。そうしてその少女は、とある獣の少女によく似たその少女は、苛立ちを含んだ顔できっぱりと言った。

「……これはあの人が英雄ヒーローになるための物語ストーリー。そのために私が用意した脚本ドラマ

 誰にも邪魔なんか、させない」

 そうして少女は改めて自らと世界に誓ったのだった。

 少女が何度も夢に見た、あの夢のような光景を取り戻すと。

 少女の最愛の少年を、その死の運命から救い出すと。

 自らを犠牲にして、その二つを成し遂げる覚悟を改めて決めてから、その少女はまた現実世界へと回帰していった。


 ********************


 突然の地響きによる基地の喧騒が収まったのは、その地響きが始まってから十分ほど後、地響きが収まってからおよそ五分後のことであった。

「……何やら分かりませんが、終わった、ようですね……」

 ようやく静まり返った基地の中で、フィルヒナーはか細い声でそう呟いた。その地響きが鳴り響いていたのは時間にしてたった五分弱であったが、それはフィルヒナーを始めとした基地の人間にとっては永遠のように思われる地獄の時間であったのだ。

 突然始まったその世界の異変は、まるで今から世界が終焉を迎えるのだと言わんばかりの不気味さを孕んでいた。何が不気味であった、と言語化することは出来ない。ただ基地の人間は皆、本能に近い部分で感じ取っていたのだ。このままではまずい・・・・・・・・・死んでしまう・・・・・・と。

 幸い、その予感に反してその『異変』による死者は出ていないようだった。その『異変』による被害は、強いて言うならば揺れた地面の影響で基地の内装が大地震の後のように雑然としている程であった。

 ──けれど、『次』がないと限らない。

 フィルヒナーは冷静であった。冷静であったからこそ、その天変地異が収まった直後のその時にも、次に来るかもしれない第二の『異変』に備えたのだった。

「……みなさん、しばらくそのまま何かに掴まっていてください。何があったのか、私が少し遠征隊と連絡を取ってみようと思います」

 フィルヒナーはそう言い、急いで遠征隊の備品の残る部屋に向かった。その怪我のため今回の遠征にはフィーリニが参加していないため、彼女のマスクは未だ基地の中に存在したのだ。

 彼女は駆け足でそのマスクを見つけると、その通信を遠征隊全員に繋いでから、はっきりとした声で言った。

「……遠征隊、聞こえますか。今の地鳴りの原因は何ですか? そちらに異常は?」

 フィルヒナーがその通信を全員に繋いだのは、万一元二が遠征の途中力尽きていたとしても、遠征隊の中に一人でも生き残りがいれば通信が成功すると思ったからであった。そして彼女もそういった状況に慣れていた・・・・・ため、その緊急事態においても決して焦らず、多少雑音ノイズが入っても問題ないようにはっきりとした口調でそう通信を繋いだのだった。それらを考慮に入れると、フィルヒナーの『異変』直後のそれらの対処の方法はほぼ完璧であったのだ。

 にもかかわらず、その通信の返答はいくら待ってもフィルヒナーに届くことは無かった。

 ──全滅……!? いや、これは通信不良……?

 まず最悪の場合ケースのことを考えたフィルヒナーだったが、すぐにその考えを振り払う。いつもよりその人数が少ないとはいえ、熟練の遠征隊が全滅するとは考えられなかったからだ。そして同時に、その可能性を彼女が考えたくなかったことも理由であった。

 となればその返信不在の理由として推測されるのは、先程の『異変』による通信障害であった。基地の備品ももれなくあちらこちらに飛び散るほどの地鳴りであったのだ。あの天変地異の余波により、何かしら電波が通りにくい状況になっていてもおかしくはない。フィルヒナーはそう推測し、ひとまずそのマスクを置いたのだった。

「……だったらあとは、祈るしかありませんね」

 フィルヒナーは遠くの方を見つめてそう呟く。次の『異変』がいつ来るかが分からない以上、基地のリーダーたるフィルヒナーはその場を離れる訳にはいかない。そのうえで遠征隊との通信が繋がらないとなれば、もうフィルヒナーが遠征隊にしてやれることは何も無かったのだった。ただ唯一、その無事を祈ること以外は。

 ──無事で、いてください。ゲンジ。

 そうして彼女が自らの恋人のことを想っていたその頃、『異変』が収まったその病室にて、アンリは一人頬を膨らませていた。

「ちぇー。結局さっきの轟音おとの正体はからずじまいですか~」

 そうして子供っぽく悔しがってみせるアンリは、どうやらその『異変』の正体を突き詰めることができなかったことを悔やんでいるようであった。とはいえそれは彼女が任された役割・・のことを考えれば仕方の無いことだとも言える。

 ──ま、フィーリニちゃんこの子に無理をさせないって任務は果たせたことですし。良しとしますか~。

 そう、アンリはフィルヒナーから言付かってフィーリニのことを監視していたのだった。フィルヒナーはそれまでの経験上、フィーリニが基本的に翔と行動を共にしようとすることを予想していた。そのため、重篤な状態から回復した直後においても、フィーリニが翔を追いかけようとすることを読んでいた。そのためその暴走の歯止め役ストッパーとしてアンリを起用したのだった。

 ──にしても、なんでこの子はこんなにカケルさんに執着するんでしょうかね~……。

 そうして自らの役割を成し遂げたアンリは、少しの達成感に包まれながらもふとそう疑問に思う。

 ──単純になついているから、って訳じゃなさそうなんですよね~。カケルさんのことになると、フィーリニちゃんは人が変わったように暴走しますし。

 そうしてアンリが思い浮かべるのは、真の裏切り騒動などでの彼女の様子であった。あの翔が攫われた時然り、先程彼女が目を覚ました時然り、彼女は翔のために自らの命を投げ打たんとする程必死に翔を追い求めようとしていた。その彼女の切実さは、ただ翔に懐いているだとか、かつて自分を助けてくれた恩に報いるだとか、そんな理由では説明できそうになかったのだ。

 ──それにこの子、初めて会った時よりに、どこかで見たことがあるような……。

 アンリがそうして思案していると、突然フィーリニがベッドの中で身じろぎを始めた。

「……っ! だから、動いちゃダメですって~」

 そうしてアンリはフィーリニのその動きを止めようとする。が、それよりも早く、フィーリニは素早くベッドから足を突き出し、そしてその二本の足でその病室に立ったのだった。

 ──っ!?

 そのフィーリニの身軽そうな動きにアンリは驚愕する。

「……え……っと? フィーリニちゃん? もう立って大丈夫なんですか~?」

 そのアンリの問い掛けに、フィーリニは小さく頷く。そしてその身体の怪我が何てこともないように、すたすたとその病室から出ていったのだった。

 ──おかしい。たとえフィーリニちゃんが人獣だったとしても、あの回復速度は異常すぎる・・・・・

 アンリはその立ち去るフィーリニの背中を見て、思わずそう戦慄する。そしてどこかに向かっていく彼女の横顔を見て、アンリはふと呟いた。

「……貴方アナタは一体、何者なんですか……?」

 しかしアンリのその呟きにフィーリニは何かを返すことはなく、ただ基地の暗がりの方に歩いていったのだった。

 そうしてスルガ基地を襲った世界の『異変』はひとまず幕を閉じた。その天変地異による死者は出ることは無かったが、それによる基地の損害は決して無視できるものではなく、その異様な雰囲気から基地内にも様々な不安が渦巻いていた。

 しかしそれでもその基地の人間の目が絶望に染まることがなかったのは、その後のフィルヒナーの対応が優れていたことと、まだ『希望』が残されていたからであった。

「……みなさん、彼らの、遠征隊の帰りを待ちましょう。彼らが基地に戻ってきてくれたら、きっと何が起こっても対処できます」

 フィルヒナーのその演説は基地の人間の心を揺さぶり、彼らに遠征隊の帰還という一つの希望を植え付けた。その希望こそが、基地の人間が唯一生きる糧であったといえよう。

 しかしその基地の人間の期待を裏切るかのように、遠征隊かれらは何日経っても、基地に戻ってくることはなかったのだった。

 そうして物語はまた別の時空へと移っていく。たった一つの、何とも情けない新たな英雄譚の幕開けと共に。

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