BLIZZARD!
第二章07『子供』
その目の前の巨大な物体に、翔は目を白黒させた。何度瞬きをしても、どの角度からそれを見ても、翔にはそれはマンモス程の大きさの氷に閉じ込められた一人の子供にしか見えなかったのだ。
「……隊長、なんですかこれ」
翔は思わず元二にそう問い掛けるが、元二もそれにはっきりとは答えられない。しかし、少なくともこの場で分かることとしては……
「……凍気によるもの、だろ」
いくら猛吹雪の世界といえど、人が一人凍り付いてしまうほど気温が低いわけではない。それほど極寒の世界であったら、翔は基地に辿り着く前にとっくに凍死していただろう。
ならば可能性はほぼひとつに絞られる。この氷塊は凍気によるもの、つまりはこの子供は凍気によって氷漬けにされたということらしい。しかしそれならばと、翔は隊長を怪訝な目で見ながらまた疑問を投げかける。
「……これ、隊長の仕業じゃないですよね?」
元二は凍気によりマンモス程の相手を一瞬で凍らせることができる。ならばこの氷漬けの子供に関してもその技によるものかと翔は考えたが、その考えはすぐに本人に否定される。
「バカ言え。俺でもここまで大きくは凍らせられないよ」
その元二の言葉に翔が驚く暇もなく、元二は続ける。
「それに俺はこの子供を知らない。凍らせる理由もないって訳だ。カケル、お前はこいつのこと知らないか?」
翔はそう言われ氷に閉じ込められたその子供を改めて観察する。日本人離れしているのはその髪が白いことだけで、それ以外はなんてこともないただの子供のようであった。その目はまるで眠っているかのように優しく閉じられており、その口は微かに呼吸をしているかのように少し開かれていた。
と、その時、その氷塊が鋭い音とももに砕け散る。そしてその中に閉じ込められていた子供の身体が、地面目掛けて落下し始めた。
「──!」
翔は咄嗟に踏み切り子供の落下地点に走る。そしてなんとか、翔はその子供が地面に激突するのを防ぐことができた。
「……はぁ、はぁ……」
その咄嗟の事態に対処することができたのも、翔の高められた運動能力のお陰であろう。翔は息を整えつつ、その子供を改めてまじまじと見る。
やはり顔立ちは日本人に近かった。氷に閉じ込められていた時は気付かなかったが、どうやら男の子供らしい。年はアンリと同じくらい、十歳ほどであろうか。白い髪に美形な顔立ちのその少年は、今や安らかな寝息を立てて眠っており……
そうしてその時に初めて気づいた。この子供は、まだ息をしている、ということに。
「隊長!」
その事実に気付いた瞬間、翔は叫んでいた。まだ息をしているということはまだこの子供が助かる見込みがあるというのと同時に、このまま放っておけばガスにより死んでしまうことを意味していた。
急いでこちらに駆けてきた元二に、翔は問い掛けた。
「この子まだ生きてます! 予備のマスクを!」
その翔の言葉に元二は目を見開きながらも、翔の腕を抱えられたその子供の様子を見て頷いた。そして懐からマスクを取り出してその少年に被せて言った。
「……この子、何者なんだ?」
その元二の疑問に、翔は答えることができず押し黙る。確かにこれが普通の子供であると思うのはさすがに無理がある。この猛吹雪の世界で一人、氷漬けにされておりしかもその状態で生きていた、というのは人間の所業ではない。凍気などという力を考慮しても、その事実はさして変わりはしない。
そして何よりも恐ろしいことに、その異常な存在は今も普通に寝息を立てているという点であった。まるで宇宙人が人の中に混じり人のような生活を送っているような、そんな不気味な雰囲気がその場に流れ始める。
その沈黙を破ったのは元二であった。
「この子、基地に連れて帰ろう」
その元二の言葉に翔は目を見開く。しかしその驚きを沈めるかのように元二は続けた。
「……この子がどんな存在なのかも、なんで氷漬けになっていたのかも、俺らの敵か味方かもわからない。けど、少なくとも見た目は普通の子供だ。俺は保護したい」
その元二の考えは自分がもうすぐ父親になるという状況も起因したものであったかもしれない。しかしその元二の考えに、反論をする者はその場に一人もいなかった。
「よし、じゃあ連れて帰るぞ。子連れだから今まで以上に周囲を警戒しないとな」
そう元二が歩き出し、遠征隊は彼に続いて帰路についた。
その中の数名が、どこか嫌な予感を感じながら。
********************
「……なんですか、その子供は」
遠征隊の帰還直後、フィルヒナーが発したのはその何とも情けない疑問だった。元二がフィルヒナーに事情を説明すると、フィルヒナーは少し考え込んでから言った。
「……事情は把握しました。しかし、それほど謎めいた存在をそう軽々と基地に住まわせる訳もいきません」
その言葉に翔はムッとするが、思えば半年前の真騒動も少し前にあったアンリの白衣喪失事件も、基地内の裏切り者によって引き起こされたものだった。これ以上不安要素を基地に招きたくない、その考えも最もであろう。
しかし、それならばと元二は口を開く。
「……じゃあこの子が起きたら遠征隊がこの子に尋問する。それでいいか?」
尋問、とその響きに翔はぎょっとして元二を見る。すると元二は口に人差し指を当てて翔に囁いた。
「安心しろ。尋問とはいえ何も怖いことはしないよ」
その元二の言葉にひと安心し、改めてフィルヒナーを見つめる。彼女は少し悩んでから、「いいだろう」と答えてから、
「ただし私も同席する。私が危険な存在と判断したらすぐに外に連れて帰ってもらうからな」
と言った。そのフィルヒナーの言葉に元二も一度頷いて、そうしてその場が収まろうとしたその時……
「……?」
フィルヒナーの目に留まったのは、その子供の手に握られていたなにかであった。子供からそれを奪ったフィルヒナーは、それが何か封筒のようなものであることに気付いた。
「……なんで、こんなものが……」
疑問を抱きながらもそれを開き、中に入っていた紙を取り出す。するとそこに書いてあった内容は、フィルヒナーを震撼させるものであった。
「──!これは……!」
その手紙にはこう綴られていた。
『拝啓、スルガ基地の皆さんへ
私がこんな慣れない手紙なんてものを書いているのは、あなた達に三つのことを伝えたかったからです。紙幅も限られているもので、早速本題に入らせていただきます。
まず一つ。この手紙を持っているこの子供は決してあなた達の敵となる存在ではありません。私はこの子をあなた達に保護してもらいたいと思います。
二つ目、あなた達は凍気という力をまだ全然扱えていない。丁度その子供が新しい力を開く鍵になっています。参考にしてみてください。
三つ目、これはそこにいるであろう、スサキ・カケルくんへのメッセージです』
と、そこまでフィルヒナーが目で追ってから、その先の内容を口に出した。そのどこか上から目線の、手紙の送り主の名前を最後に告げて。
「……『あなたはもう少し後になってから私に会うことになります。あなたと会って、話をすることを楽しみにしています。
朝比奈遥より』……!」
そのフィルヒナーの読み上げた手紙の内容を聞いて、翔は思わず声を出す。
「……『朝比奈遥』、って……!
確か十年前に失踪して、亡くなってたんじゃ……」
翔は以前も聞いたその女の名前を反芻する。『氷の女王』の襲来を予知し、基地を作った天才博士。しかし翔が疑問に思ったとおり、彼女は十年前、娘のアンリを産んでからまもなく基地を出ていったのだった。
するとフィルヒナーは苦々しい顔をして翔のその疑問に返した。
「……彼女の遺体は見つかっていない。しかし、ガスの蔓延した外の世界にマスク無しで出ていったのだ。もうこの世にはいないものだと思っていたが……」
その顔色はこの上なく悪そうだ。以前翔はフィルヒナーと朝比奈遥の関係性を疑ったことがあった。二人がもし親しい間柄であったのだとしたら、フィルヒナーは一体その手紙をどんな思いで読んでいたのか、翔は想像することができなかった。
しかし悩みの種は翔にも植え付けられていた。もしあの手紙に書いてあることがすべて正しいのならば、翔は未来の世界で朝比奈遥と邂逅することとなる。
──仮に朝比奈遥がまだ生きてたとして、なんでそう言い切れるんだ?
朝比奈遥が翔との遭遇を予知したとでも言うのか、と翔は心底身震いする。
──『氷の女王』の襲来を予知したり、俺と未来で会うことを予知したり、本当に底の知れない人だな。
時間跳躍などができる翔には言えることではないが、本当に人間離れしている。そして異常な存在であるのは、この子供に関しても同じであった。
その朝比奈遥からの手紙を持っていたということは、高確率でこの子供はその天才と接点を持っているということになる。
「……マジで何者なんだ、この子」
翔がそう呟くも、子供は安らかな寝息を立てるばかりであった。
「……隊長、なんですかこれ」
翔は思わず元二にそう問い掛けるが、元二もそれにはっきりとは答えられない。しかし、少なくともこの場で分かることとしては……
「……凍気によるもの、だろ」
いくら猛吹雪の世界といえど、人が一人凍り付いてしまうほど気温が低いわけではない。それほど極寒の世界であったら、翔は基地に辿り着く前にとっくに凍死していただろう。
ならば可能性はほぼひとつに絞られる。この氷塊は凍気によるもの、つまりはこの子供は凍気によって氷漬けにされたということらしい。しかしそれならばと、翔は隊長を怪訝な目で見ながらまた疑問を投げかける。
「……これ、隊長の仕業じゃないですよね?」
元二は凍気によりマンモス程の相手を一瞬で凍らせることができる。ならばこの氷漬けの子供に関してもその技によるものかと翔は考えたが、その考えはすぐに本人に否定される。
「バカ言え。俺でもここまで大きくは凍らせられないよ」
その元二の言葉に翔が驚く暇もなく、元二は続ける。
「それに俺はこの子供を知らない。凍らせる理由もないって訳だ。カケル、お前はこいつのこと知らないか?」
翔はそう言われ氷に閉じ込められたその子供を改めて観察する。日本人離れしているのはその髪が白いことだけで、それ以外はなんてこともないただの子供のようであった。その目はまるで眠っているかのように優しく閉じられており、その口は微かに呼吸をしているかのように少し開かれていた。
と、その時、その氷塊が鋭い音とももに砕け散る。そしてその中に閉じ込められていた子供の身体が、地面目掛けて落下し始めた。
「──!」
翔は咄嗟に踏み切り子供の落下地点に走る。そしてなんとか、翔はその子供が地面に激突するのを防ぐことができた。
「……はぁ、はぁ……」
その咄嗟の事態に対処することができたのも、翔の高められた運動能力のお陰であろう。翔は息を整えつつ、その子供を改めてまじまじと見る。
やはり顔立ちは日本人に近かった。氷に閉じ込められていた時は気付かなかったが、どうやら男の子供らしい。年はアンリと同じくらい、十歳ほどであろうか。白い髪に美形な顔立ちのその少年は、今や安らかな寝息を立てて眠っており……
そうしてその時に初めて気づいた。この子供は、まだ息をしている、ということに。
「隊長!」
その事実に気付いた瞬間、翔は叫んでいた。まだ息をしているということはまだこの子供が助かる見込みがあるというのと同時に、このまま放っておけばガスにより死んでしまうことを意味していた。
急いでこちらに駆けてきた元二に、翔は問い掛けた。
「この子まだ生きてます! 予備のマスクを!」
その翔の言葉に元二は目を見開きながらも、翔の腕を抱えられたその子供の様子を見て頷いた。そして懐からマスクを取り出してその少年に被せて言った。
「……この子、何者なんだ?」
その元二の疑問に、翔は答えることができず押し黙る。確かにこれが普通の子供であると思うのはさすがに無理がある。この猛吹雪の世界で一人、氷漬けにされておりしかもその状態で生きていた、というのは人間の所業ではない。凍気などという力を考慮しても、その事実はさして変わりはしない。
そして何よりも恐ろしいことに、その異常な存在は今も普通に寝息を立てているという点であった。まるで宇宙人が人の中に混じり人のような生活を送っているような、そんな不気味な雰囲気がその場に流れ始める。
その沈黙を破ったのは元二であった。
「この子、基地に連れて帰ろう」
その元二の言葉に翔は目を見開く。しかしその驚きを沈めるかのように元二は続けた。
「……この子がどんな存在なのかも、なんで氷漬けになっていたのかも、俺らの敵か味方かもわからない。けど、少なくとも見た目は普通の子供だ。俺は保護したい」
その元二の考えは自分がもうすぐ父親になるという状況も起因したものであったかもしれない。しかしその元二の考えに、反論をする者はその場に一人もいなかった。
「よし、じゃあ連れて帰るぞ。子連れだから今まで以上に周囲を警戒しないとな」
そう元二が歩き出し、遠征隊は彼に続いて帰路についた。
その中の数名が、どこか嫌な予感を感じながら。
********************
「……なんですか、その子供は」
遠征隊の帰還直後、フィルヒナーが発したのはその何とも情けない疑問だった。元二がフィルヒナーに事情を説明すると、フィルヒナーは少し考え込んでから言った。
「……事情は把握しました。しかし、それほど謎めいた存在をそう軽々と基地に住まわせる訳もいきません」
その言葉に翔はムッとするが、思えば半年前の真騒動も少し前にあったアンリの白衣喪失事件も、基地内の裏切り者によって引き起こされたものだった。これ以上不安要素を基地に招きたくない、その考えも最もであろう。
しかし、それならばと元二は口を開く。
「……じゃあこの子が起きたら遠征隊がこの子に尋問する。それでいいか?」
尋問、とその響きに翔はぎょっとして元二を見る。すると元二は口に人差し指を当てて翔に囁いた。
「安心しろ。尋問とはいえ何も怖いことはしないよ」
その元二の言葉にひと安心し、改めてフィルヒナーを見つめる。彼女は少し悩んでから、「いいだろう」と答えてから、
「ただし私も同席する。私が危険な存在と判断したらすぐに外に連れて帰ってもらうからな」
と言った。そのフィルヒナーの言葉に元二も一度頷いて、そうしてその場が収まろうとしたその時……
「……?」
フィルヒナーの目に留まったのは、その子供の手に握られていたなにかであった。子供からそれを奪ったフィルヒナーは、それが何か封筒のようなものであることに気付いた。
「……なんで、こんなものが……」
疑問を抱きながらもそれを開き、中に入っていた紙を取り出す。するとそこに書いてあった内容は、フィルヒナーを震撼させるものであった。
「──!これは……!」
その手紙にはこう綴られていた。
『拝啓、スルガ基地の皆さんへ
私がこんな慣れない手紙なんてものを書いているのは、あなた達に三つのことを伝えたかったからです。紙幅も限られているもので、早速本題に入らせていただきます。
まず一つ。この手紙を持っているこの子供は決してあなた達の敵となる存在ではありません。私はこの子をあなた達に保護してもらいたいと思います。
二つ目、あなた達は凍気という力をまだ全然扱えていない。丁度その子供が新しい力を開く鍵になっています。参考にしてみてください。
三つ目、これはそこにいるであろう、スサキ・カケルくんへのメッセージです』
と、そこまでフィルヒナーが目で追ってから、その先の内容を口に出した。そのどこか上から目線の、手紙の送り主の名前を最後に告げて。
「……『あなたはもう少し後になってから私に会うことになります。あなたと会って、話をすることを楽しみにしています。
朝比奈遥より』……!」
そのフィルヒナーの読み上げた手紙の内容を聞いて、翔は思わず声を出す。
「……『朝比奈遥』、って……!
確か十年前に失踪して、亡くなってたんじゃ……」
翔は以前も聞いたその女の名前を反芻する。『氷の女王』の襲来を予知し、基地を作った天才博士。しかし翔が疑問に思ったとおり、彼女は十年前、娘のアンリを産んでからまもなく基地を出ていったのだった。
するとフィルヒナーは苦々しい顔をして翔のその疑問に返した。
「……彼女の遺体は見つかっていない。しかし、ガスの蔓延した外の世界にマスク無しで出ていったのだ。もうこの世にはいないものだと思っていたが……」
その顔色はこの上なく悪そうだ。以前翔はフィルヒナーと朝比奈遥の関係性を疑ったことがあった。二人がもし親しい間柄であったのだとしたら、フィルヒナーは一体その手紙をどんな思いで読んでいたのか、翔は想像することができなかった。
しかし悩みの種は翔にも植え付けられていた。もしあの手紙に書いてあることがすべて正しいのならば、翔は未来の世界で朝比奈遥と邂逅することとなる。
──仮に朝比奈遥がまだ生きてたとして、なんでそう言い切れるんだ?
朝比奈遥が翔との遭遇を予知したとでも言うのか、と翔は心底身震いする。
──『氷の女王』の襲来を予知したり、俺と未来で会うことを予知したり、本当に底の知れない人だな。
時間跳躍などができる翔には言えることではないが、本当に人間離れしている。そして異常な存在であるのは、この子供に関しても同じであった。
その朝比奈遥からの手紙を持っていたということは、高確率でこの子供はその天才と接点を持っているということになる。
「……マジで何者なんだ、この子」
翔がそう呟くも、子供は安らかな寝息を立てるばかりであった。
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