BLIZZARD!
第二章06『遊撃』
目の前の巨象は遠征隊を未だ視界に捉えていなかった。彼らはゆっくりとそれとの距離を縮めていき、そして戦闘を始める。
「……じゃあ毎度悪いが翔、よろしく頼んだ」
「了解です」
元二の通信を聞き、翔はマンモスとの距離を縮めていく。その姿がマンモスの目に止まる直前、翔は駆け出す。
「……全身活性化」
その言葉を発してから翔の身体はみるみるうちに変化していき……、などということは全くなく、ただその直前と同じように雪原を走っているに過ぎない。
しかしその早さ以前と比べて段違いであった。高速でその目標に近付いていき、そしてその身体に急接近した後……その下をくぐり抜けた。
マンモスは自分に向かってきたそのニンゲンが突然姿を消したことにより戸惑う。その間に翔は再び駆けマンモスの眼前に立つ。
「……どうした? かかってこいよ」
目の前の翔にそう言われ、マンモスはその鼻を振り下ろす。しかしそれが氷の大地に叩き付けられる時、翔は既にその場にいなかった。彼は再び走り回っていた。他でもない、マンモスの周囲を。
「……ホント、我ながらしょぼい役割だよな」
高速でマンモスの周囲を駆け回りながら翔はそう嘆息した。翔がしているのは至極単純なこと、つまりは挑発であった。標的の周囲を駆け回り標的の注意を自分に集めることで、遠征隊の戦闘を補助する。何ともカッコ悪いその行為が、他でもない翔の仕事であったのだった。
「しかもそれも何も特別な力とかじゃなくて、ただ走り回ってるだけだからな……」
先ほど意気揚々と言った技名も特に意味は持ち合わせていない。何も超能力を使っている訳ではなく、翔はただ身体を動かしているだけに過ぎない。強いて言うならば、驚くべきはその運動能力であった。
「……アイツ、本当に運動能力は上がったよな」
「運動能力? 運動神経じゃなくて、ですか?」
元二に話しかけられたその大柄な男、ヒロはそう疑問を返す。すると元二は少し考え込んでから答えた。
「捉え方にもよると思うが、俺は『運動神経』ってのは生まれ付きのもの、つまりは才能に近いもんだと思う。それに比べて『運動能力』はただシンプルにどれだけ身体を自由に動かせるか、だ。つまりは後天的なもの、鍛えればどんな奴でも手に入れられる力なのさ」
元二はひとつ息をついて続ける。
「カケルは物覚えは恐ろしくいいのに、むしろ物覚えが恐ろしくいいからこそ、自分の身体の扱い方は知らなかった。けどそれは知らなかっただけだ。『できない』とは違うのさ」
元二がそう言うのを翔は聞くことができない。元二の通信は今ヒロとのみ繋がっており、その声は翔に届くはずがないのだ。しかしその時、翔は偶然にも元二と同じことを思っていた。
──ただ『動ける』ようになっただけで、ここまで違うもんなんだな。
何も卓抜な力を使っているわけでも、強化薬の類を使っている訳でもない。ただ身体を思い通りに動かせるというだけで、翔の世界は一変していたのだ。
「カケルはこの半年誰よりも身体を鍛えた。ついでにあの真の騒動でトラウマも乗り越えたらしいしな」
既に翔とマンモスが会敵してから数分の時が経っていた。しかし、翔の動きは未だ止まる様子はない。
「もうあいつは、運動能力だけの話だったら俺をも超える、むしろランをも超えるやつになったのさ」
体力、瞬発力、筋力、その他諸々の力。極限まで高められたそれらは、けっして古代の猛獣達にも引けを取らない。翔がマンモスの周りを挑発しながら走り回りながら、遠征隊は易々とその標的との距離を縮めることができる。
と、その時マンモスは気付いた。自分の周りを駆け回っているこのニンゲンは、目障りではあるが自分を攻撃することはない、と。
そうしてマンモスが近付く遠征隊に攻撃を仕掛けようとしたその時、翔の持つ高圧電流棒がそのマンモスの身体に当てられ、マンモスの身体に電流が走る。
「……あくまで『遊撃』だからな。俺も攻撃しないとは一言も言ってないんだぜ?」
翔はそう言いニヤリと笑う。標的の周りで駆け回るだけでなく、時折それに攻撃をすることで標的の意識を翔に向けさせる。そうしていれば遠征隊がマンモスに近付くのもそう難しいことではない。
けれど確かに翔のやっているのは所詮は『遊撃』である。人間では最高級の運動能力を持ってようが、翔はマンモス級の相手には決定打に欠ける
「だから俺たちがいるんだよ、な」
元二達残りの遠征隊はもうマンモスを射程範囲に収めていた。マンモスは自らが窮地に追い詰められていることに気付き、憤然としながらその鼻を翔に振り下ろす。
「──!」
振り下ろされたその強靭な鞭に、翔は一瞬息を呑む。しかしそれは、絶望によるものではなかった。
「身体能力ってもんは何も『走る』ことだけに限ったもんじゃねぇ。『こうしよう』と頭で思ったことを実際に『こう』できる力のことなのさ」
元二がそう呟くのと同時に、翔が張り出した手により、その鼻の軌道が変わる。もちろん真っ向から力勝負をすれば翔がこのマンモスに勝てるはずもないだろう。しかし力勝負などする必要も無い。振り下ろされる鼻の脅威を防ぐには、ただその軌道を少し変えればいいだけなのだから。
翔は振り下ろされたそれに横向きの力を加える。それにより鼻は翔の横に逸れて振り下ろされた。
マンモスが次の一撃を繰り出す暇もなく、マンモスに一人金髪の男が迫る。彼我の距離を縮めながら、その男は自らの腕を氷の刃で武装して言った。
「凍刃!!」
そうしてその刃がマンモスのその巨躯を切り裂き、マンモスは力なくその場に倒れた。その様子をしっかり見届けてから元二は全員に通信を繋げて告げる。
「……マンモス一頭、討伐完了。お疲れさん」
その言葉を聞き遂げてから翔は力なくその場に座り込む。翔の防寒着の中からは汗がじわじわと滲んでおり、そして息もあらい。いくら運動能力が高かろうが、人の持久力には限界がある。翔は元二に通信を繋いで言った。
「隊長……助けに来るの遅すぎじゃないですか……もうヘトヘトなんですけど」
「ああ、悪いな。ちょっとお前の動きに見とれてたわ」
「何言ってんですか……。冗談としては面白くないですよ?」
息絶え絶えに翔はそう反論するが、意外にもそれは元二の本心であった。翔のその運動能力は決して才能によるものではない。むしろ翔は元は運動神経は悪い方であったと、少なくとも元二は見定めていた。そんな翔がこれほどの運動能力を手に入れたのは、偏に翔の努力の賜物に他ならなかったのだった。
「……よく頑張ったな、カケル」
呟いたその元二の言葉は、通信は繋がっていたが、あまりに小さいものであったためか本人に伝わることは無かった。そうして一息置いてから、元二は再び全員に通信を繋げ話し出した。
「さて……と。ぶっちゃけもう今回の遠征はほぼ終わったことになるんだが」
その言葉にぽつりぽつりと遠征隊の疑問の言葉が聞こえたため、元二は付け加える。
「もちろんもう少し周辺を捜索してから帰るが、食料の備蓄は十分、これ以上狩り続ける理由はないんだ。今回の遠征は『新種』との遭遇もひとつの狙いに入れてたんだが、どうやら見当たらないしな」
元二の言う通り、ここまで歩いてきて遠征隊はその『新種』には遭遇もしないどころか影も見かけなかったのだった。勿論危険性を考えれば遭遇しないに越したことはないのだが、あまりにも不可解であった。それはまるで、その『新種』というのは──
「まぁ、考えても仕方ねぇか。
つー訳でそろそろ帰還するぞ。準備しとけ」
ふと頭をよぎったその考えを振り払い、元二は遠征隊の全員にそう通信する。ところどころから気の抜けた返事が返ってきて、遠征隊はぞろぞろと集結していく。
翔もようやく息を整えて、ゆっくりと立ち上がった。そしてその列に加わろうとした、その時。
「──!?」
靴の中で足が何かを踏んづけた感覚があった。そしてその瞬間、翔の身体が前方に急加速する。
咄嗟に翔は受け身の姿勢をとるが、翔の身体は減速することなくそのまま前方に速度を増していき、そして衝撃とともに何かにぶつかりその速度を失くした。
「……いってぇ」
翔は衝撃のダメージにそう呟きながらも何とか立ち上がる。翔の急加速した身体を止めた何かはどうやら相当硬いものらしく、ぶつけた身体の節々がズキズキと痛んだ。その痛みに溜息をつきながら、その急加速の原因であると推測されるその靴を見た。
「……爆発はしなかったけど、やっぱマトモなものじゃないな。くそ、何なんだこの靴」
その靴を渡してきた少女のあの得意げな顔を内心睨みながら翔はそう呟く。アンリの作ったものであるためタダの靴だとは最初から思っていなかったが、それにしてもなかなか奇抜なものらしい。
「……ったく、帰ったら散々文句言ってやる」
そう言い再び翔が遠征隊の列に加わろうとした時、その時になって初めて気付いた。翔を除く遠征隊の面々が、皆翔の方を凝視していることに。
「……あ、この靴アンリが作ったやつで、さっきの急加速はこれのせいっすよ?」
翔は『時間跳躍』をしたその時と同じように遠征隊に変な目で見られているのだと誤解しそう弁解したが、その誤解はまもなく元二の呟いた一言によって解かれることになった。
「……なんじゃ、こりゃ」
ふと翔の方を見つめる遠征隊を見て気付いた。彼らが見ているのは翔ではない。その視線が向かっているのは、翔よりも後ろである。その彼らの視線に合わせて翔が振り返ると、その時になってようやくその異常な物体の存在に気付いた。
それは翔が急加速した後激突したものであった。翔の身体にアザを作るほどの硬度を持ちながらその物体はなかなかの透明度を誇っており、その性質からその大きな物体が氷であることに翔は気付いた。
そしてその氷の中心、翔の頭よりも少し上部のところに、何かが氷漬けにされていたのだった。全長一メートルと少しのその『何か』は──人間の子供であった。
「……は? ……え?」
その異様な光景に、翔の口からもそんな情けない言葉が滑り出る。
そうして順調に進んでいたその遠征は、また一つの動乱を引き起こすことになったのだった。
「……じゃあ毎度悪いが翔、よろしく頼んだ」
「了解です」
元二の通信を聞き、翔はマンモスとの距離を縮めていく。その姿がマンモスの目に止まる直前、翔は駆け出す。
「……全身活性化」
その言葉を発してから翔の身体はみるみるうちに変化していき……、などということは全くなく、ただその直前と同じように雪原を走っているに過ぎない。
しかしその早さ以前と比べて段違いであった。高速でその目標に近付いていき、そしてその身体に急接近した後……その下をくぐり抜けた。
マンモスは自分に向かってきたそのニンゲンが突然姿を消したことにより戸惑う。その間に翔は再び駆けマンモスの眼前に立つ。
「……どうした? かかってこいよ」
目の前の翔にそう言われ、マンモスはその鼻を振り下ろす。しかしそれが氷の大地に叩き付けられる時、翔は既にその場にいなかった。彼は再び走り回っていた。他でもない、マンモスの周囲を。
「……ホント、我ながらしょぼい役割だよな」
高速でマンモスの周囲を駆け回りながら翔はそう嘆息した。翔がしているのは至極単純なこと、つまりは挑発であった。標的の周囲を駆け回り標的の注意を自分に集めることで、遠征隊の戦闘を補助する。何ともカッコ悪いその行為が、他でもない翔の仕事であったのだった。
「しかもそれも何も特別な力とかじゃなくて、ただ走り回ってるだけだからな……」
先ほど意気揚々と言った技名も特に意味は持ち合わせていない。何も超能力を使っている訳ではなく、翔はただ身体を動かしているだけに過ぎない。強いて言うならば、驚くべきはその運動能力であった。
「……アイツ、本当に運動能力は上がったよな」
「運動能力? 運動神経じゃなくて、ですか?」
元二に話しかけられたその大柄な男、ヒロはそう疑問を返す。すると元二は少し考え込んでから答えた。
「捉え方にもよると思うが、俺は『運動神経』ってのは生まれ付きのもの、つまりは才能に近いもんだと思う。それに比べて『運動能力』はただシンプルにどれだけ身体を自由に動かせるか、だ。つまりは後天的なもの、鍛えればどんな奴でも手に入れられる力なのさ」
元二はひとつ息をついて続ける。
「カケルは物覚えは恐ろしくいいのに、むしろ物覚えが恐ろしくいいからこそ、自分の身体の扱い方は知らなかった。けどそれは知らなかっただけだ。『できない』とは違うのさ」
元二がそう言うのを翔は聞くことができない。元二の通信は今ヒロとのみ繋がっており、その声は翔に届くはずがないのだ。しかしその時、翔は偶然にも元二と同じことを思っていた。
──ただ『動ける』ようになっただけで、ここまで違うもんなんだな。
何も卓抜な力を使っているわけでも、強化薬の類を使っている訳でもない。ただ身体を思い通りに動かせるというだけで、翔の世界は一変していたのだ。
「カケルはこの半年誰よりも身体を鍛えた。ついでにあの真の騒動でトラウマも乗り越えたらしいしな」
既に翔とマンモスが会敵してから数分の時が経っていた。しかし、翔の動きは未だ止まる様子はない。
「もうあいつは、運動能力だけの話だったら俺をも超える、むしろランをも超えるやつになったのさ」
体力、瞬発力、筋力、その他諸々の力。極限まで高められたそれらは、けっして古代の猛獣達にも引けを取らない。翔がマンモスの周りを挑発しながら走り回りながら、遠征隊は易々とその標的との距離を縮めることができる。
と、その時マンモスは気付いた。自分の周りを駆け回っているこのニンゲンは、目障りではあるが自分を攻撃することはない、と。
そうしてマンモスが近付く遠征隊に攻撃を仕掛けようとしたその時、翔の持つ高圧電流棒がそのマンモスの身体に当てられ、マンモスの身体に電流が走る。
「……あくまで『遊撃』だからな。俺も攻撃しないとは一言も言ってないんだぜ?」
翔はそう言いニヤリと笑う。標的の周りで駆け回るだけでなく、時折それに攻撃をすることで標的の意識を翔に向けさせる。そうしていれば遠征隊がマンモスに近付くのもそう難しいことではない。
けれど確かに翔のやっているのは所詮は『遊撃』である。人間では最高級の運動能力を持ってようが、翔はマンモス級の相手には決定打に欠ける
「だから俺たちがいるんだよ、な」
元二達残りの遠征隊はもうマンモスを射程範囲に収めていた。マンモスは自らが窮地に追い詰められていることに気付き、憤然としながらその鼻を翔に振り下ろす。
「──!」
振り下ろされたその強靭な鞭に、翔は一瞬息を呑む。しかしそれは、絶望によるものではなかった。
「身体能力ってもんは何も『走る』ことだけに限ったもんじゃねぇ。『こうしよう』と頭で思ったことを実際に『こう』できる力のことなのさ」
元二がそう呟くのと同時に、翔が張り出した手により、その鼻の軌道が変わる。もちろん真っ向から力勝負をすれば翔がこのマンモスに勝てるはずもないだろう。しかし力勝負などする必要も無い。振り下ろされる鼻の脅威を防ぐには、ただその軌道を少し変えればいいだけなのだから。
翔は振り下ろされたそれに横向きの力を加える。それにより鼻は翔の横に逸れて振り下ろされた。
マンモスが次の一撃を繰り出す暇もなく、マンモスに一人金髪の男が迫る。彼我の距離を縮めながら、その男は自らの腕を氷の刃で武装して言った。
「凍刃!!」
そうしてその刃がマンモスのその巨躯を切り裂き、マンモスは力なくその場に倒れた。その様子をしっかり見届けてから元二は全員に通信を繋げて告げる。
「……マンモス一頭、討伐完了。お疲れさん」
その言葉を聞き遂げてから翔は力なくその場に座り込む。翔の防寒着の中からは汗がじわじわと滲んでおり、そして息もあらい。いくら運動能力が高かろうが、人の持久力には限界がある。翔は元二に通信を繋いで言った。
「隊長……助けに来るの遅すぎじゃないですか……もうヘトヘトなんですけど」
「ああ、悪いな。ちょっとお前の動きに見とれてたわ」
「何言ってんですか……。冗談としては面白くないですよ?」
息絶え絶えに翔はそう反論するが、意外にもそれは元二の本心であった。翔のその運動能力は決して才能によるものではない。むしろ翔は元は運動神経は悪い方であったと、少なくとも元二は見定めていた。そんな翔がこれほどの運動能力を手に入れたのは、偏に翔の努力の賜物に他ならなかったのだった。
「……よく頑張ったな、カケル」
呟いたその元二の言葉は、通信は繋がっていたが、あまりに小さいものであったためか本人に伝わることは無かった。そうして一息置いてから、元二は再び全員に通信を繋げ話し出した。
「さて……と。ぶっちゃけもう今回の遠征はほぼ終わったことになるんだが」
その言葉にぽつりぽつりと遠征隊の疑問の言葉が聞こえたため、元二は付け加える。
「もちろんもう少し周辺を捜索してから帰るが、食料の備蓄は十分、これ以上狩り続ける理由はないんだ。今回の遠征は『新種』との遭遇もひとつの狙いに入れてたんだが、どうやら見当たらないしな」
元二の言う通り、ここまで歩いてきて遠征隊はその『新種』には遭遇もしないどころか影も見かけなかったのだった。勿論危険性を考えれば遭遇しないに越したことはないのだが、あまりにも不可解であった。それはまるで、その『新種』というのは──
「まぁ、考えても仕方ねぇか。
つー訳でそろそろ帰還するぞ。準備しとけ」
ふと頭をよぎったその考えを振り払い、元二は遠征隊の全員にそう通信する。ところどころから気の抜けた返事が返ってきて、遠征隊はぞろぞろと集結していく。
翔もようやく息を整えて、ゆっくりと立ち上がった。そしてその列に加わろうとした、その時。
「──!?」
靴の中で足が何かを踏んづけた感覚があった。そしてその瞬間、翔の身体が前方に急加速する。
咄嗟に翔は受け身の姿勢をとるが、翔の身体は減速することなくそのまま前方に速度を増していき、そして衝撃とともに何かにぶつかりその速度を失くした。
「……いってぇ」
翔は衝撃のダメージにそう呟きながらも何とか立ち上がる。翔の急加速した身体を止めた何かはどうやら相当硬いものらしく、ぶつけた身体の節々がズキズキと痛んだ。その痛みに溜息をつきながら、その急加速の原因であると推測されるその靴を見た。
「……爆発はしなかったけど、やっぱマトモなものじゃないな。くそ、何なんだこの靴」
その靴を渡してきた少女のあの得意げな顔を内心睨みながら翔はそう呟く。アンリの作ったものであるためタダの靴だとは最初から思っていなかったが、それにしてもなかなか奇抜なものらしい。
「……ったく、帰ったら散々文句言ってやる」
そう言い再び翔が遠征隊の列に加わろうとした時、その時になって初めて気付いた。翔を除く遠征隊の面々が、皆翔の方を凝視していることに。
「……あ、この靴アンリが作ったやつで、さっきの急加速はこれのせいっすよ?」
翔は『時間跳躍』をしたその時と同じように遠征隊に変な目で見られているのだと誤解しそう弁解したが、その誤解はまもなく元二の呟いた一言によって解かれることになった。
「……なんじゃ、こりゃ」
ふと翔の方を見つめる遠征隊を見て気付いた。彼らが見ているのは翔ではない。その視線が向かっているのは、翔よりも後ろである。その彼らの視線に合わせて翔が振り返ると、その時になってようやくその異常な物体の存在に気付いた。
それは翔が急加速した後激突したものであった。翔の身体にアザを作るほどの硬度を持ちながらその物体はなかなかの透明度を誇っており、その性質からその大きな物体が氷であることに翔は気付いた。
そしてその氷の中心、翔の頭よりも少し上部のところに、何かが氷漬けにされていたのだった。全長一メートルと少しのその『何か』は──人間の子供であった。
「……は? ……え?」
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