BLIZZARD!

青色魚

間章06『換気』

 吹雪の鳴り止まないその世界の中、ポツンと立っているその白い基地。その基地を外から見た時一つだけ突出して見えるその空間に、少女と裏切り者は見合っていた。

 少女のその細く白い足には既に赤が滲んでいる。目の前の裏切り者のその拳銃から放たれた弾丸による傷だ。その足ではもう少女は走り回ることはできず、加えて走る道もない。そこは基地の端、それも少女が座り込んでいるのはその端にある階段の最上階、もはやどこにも逃げ場はないのだ。

「もう一度言う。『詰み』だよ。アサヒナ・アンリ。大人しくその白衣暗号を渡せ」

 しかし裏切り者は微塵も油断をせず、銃を構えたままそう言った。その裏切り者の隙のない様子に、少女は深く息を吐き後にもたれかかる。

 換気口といってもそれは常に開いている訳では無い。むしろ今この時それが開いていたならば、少女も裏切り者もそのガスを吸い込み意識が危ぶまれただろう。

 その閉じた換気口に身体を預け、少女は上を見る。何の変哲もない、何の面白みもない、ただの灰色の天井。外からの光も届かず、この周辺はそれほど明かりがないため、どこか気分も暗くなるような空間だ、とアンリはまたため息を吐いた。

「何を躊躇っている。その白衣を渡せ。お前にとっては、それは形見としての意味を成さないのだろう?」

 裏切り者は先の少女の言葉を聞いていた。研究やその白衣伝言のために、自分の娘の世話を蔑ろにした母親への軽蔑の言葉を。加えてその女は少女が生まれてから後失踪を遂げている。確かにそれは母親としては最低の行為であろう。

「何も考える必要は無い。お前が嫌いな母親の形見を、私達が有効活用してやるのだぞ?」

 裏切り者は少女の心を揺さぶるためにスラスラとその罵詈雑言を口にしていく。しかし少女はそんな裏切り者の言葉など聞く耳も持たず、ぼんやりと味気のない天井を眺めるだけだ。

 その様子を見かねて、裏切り者は交渉の方法を変える。

「……お前が何を企んでいるかは知らないが、おおかた時間稼ぎだろうな。だがそれも無駄だ」

 裏切り者は腰に備え付けたナイフを抜き階下に向ける。裏切り者は少女に注意を向けつつも、階段を登りこちらに迫る彼らの足音も聞き逃さなかった。

「──!」

「……じっとしていろ。この少女にこれ以上痛い思いをして欲しくないだろ?」

 アンリを助けるため全速力でその現場に向かっていた翔とフィーリニは、その男のその言葉に静止する。二人はもう裏切り者の目前、半階の距離まで来ていた。しかし裏切り者の構えるナイフのせいでその勢いは止められ、更に裏切り者の言葉でその動きは完全に止められた。

 ──くっそ、マズいな……。

 翔は思案した。少女アンリを人質に取られている以上下手な動きもできない。隣のフィーリニもそれは理解しているようで、獰猛に裏切り者を睨みながらもそれに飛び込んでいこうとはしていない。

 ──クソ、なんで俺は凍気フリーガスが使えないんだ……!

 その力があれば、目の前の裏切り者に一撃入れることができるかもしれない。しかしそれはたらればの話で、加えて真の時のようにハッタリをかまそうにも、翔が凍気フリーガスを使えないことは周知の事実である上に、ハッタリを使ったとしてもこの距離を詰める間に冷静に対処されるのは目に見えている。

 結果、翔はそこに呆然と立ち尽くす他なかった。牙を向くフィーリニを何とか手で制して、自らも目の前の裏切り者を睨み付ける。

「子供の浅知恵なんて大人には通用しない。さぁアサヒナ・アンリ。白衣遺言を渡すんだ」

 裏切り者のその言葉には何の驕りもない。しかし同時にその声に温情の余地はない。その言葉に従わなければ、次に裏切り者が取る行動は明白だった。

 助けに来た翔とフィーリニの奇襲も防がれ、逃げるための足も怪我をし、そして逃げる場所もない。まさに手詰まりと思われたその状況で、アンリはようやく裏切り者に向き直ると、大きく息を吸ってから言い放った。

「バッカじゃないの?」

 その声の大きさに裏切り者が怯む暇もなく少女は続ける。

「確かにこんなもの白衣、私にとっては形見でも何でもない。けど、それでも私の上を行く・・・・・・・・・・天才博士の遺言がある・・・・・・・・・・んだったら・・・・・これをアンタらに・・・・・・・・あげる義理はない・・・・・・・・

 そう言い切ってから、少女は裏切り者の考えを嘲るように続けて言い放つ。

「まず、アンタら凡人バカが解けるほど、この白衣暗号は甘くない。私ほどの天才少女がいなければ、凡人アンタらはこの遺言メッセージ存在自体・・・・気付けなかったでしょ。そんな阿呆共が解読? 笑わせるんじゃないよ」

 そうして最後に、狂人とも言えるその精神で、その絶望的な状況にて嗤い、言った。

天才私らを舐めんじゃない、凡人!」

 その言葉に裏切り者は青筋を立て、改めてその銃を構え直す。

「そうか。その天才少女の命を私なんかが奪ってしまっていいのかな?」

 少女が啖呵をきったところで、依然状況は一見して絶望だ。しかし少女は尚も笑って言い放つ。

「だからアンタらはバカ凡人なのよ。私が何も考えないで・・・・・・・ここに来たと・・・・・・思ってんの・・・・・?」

 そう言ってから、一階分真下にいる翔に向けて笑いかけて言った。

「いい仕事しましたね、『原始人カケルさん」

 そしてその瞬間、裏切り者の手が高速で飛んできた何かに弾かれ、その拳銃が宙を舞う。

 それは少女お手製の射出機シューターによって撃たれた、凍気フリーガスの氷礫。金髪の狙撃手スナイパーが翔に隠れ、その腕につけた射出機で裏切り者の手を撃ったのだ。

 その瞬間、翔とフィーリニが裏切り者に向かって駆け出す。裏切り者は即座に、判断した。「弾き飛ばされた銃を拾ってからでは間に合わない」、と。

 しかし裏切り者は冷静だった。牽制のために構えていたそのナイフを握り直し、それを構えて少女に向かっていく。

「大人しく渡しやがれぇ!」

 自暴自棄ヤケになったとも見えるその裏切り者の行動は、意外にもその状況の最適解であった。確かにナイフ得物ありきで幼女子供に負けるはずもないだろう。心配することなど、その暗号白衣の白が赤に染まることくらいのように思えた。

 しかしその瞬間、少女はまだ、笑っていた。

「だから言ったじゃないですか。ここまで全部・・・・・・計算通りだって・・・・・・・

 ──その瞬間、少女の後ろの換気口が開いた。そしてそこから猛吹雪BLIZZARDが、男を登り始めた裏切り者に襲い掛かる。

「がっ……!?」

 まさに完璧のタイミング。いくら突風が吹いたからといって、それによって体のバランスを崩すことは容易ではない。しかしそれが、階段を登るために・・・・・・・・足を上げたその瞬間・・・・・・・・・であったら・・・・・どうだろうか・・・・・・

 裏切り者は階上の少女を睨むが、その身体は既に翔とフィーリニによって押さえつけられている。しかし裏切り者は納得がいかなかった。

「……こんなマグレみたいなもん現象……!」

「マグレ?何言ってるんですか。さっき全部計算通り・・・・・・って言ったじゃないですか」

 裏切り者のその叫びに、少女はさも当然のようにそう返す。その言葉の意味を理解した時、裏切り者は戦慄した。

 ──まさか、ここに来るまで、ここで俺が段を登ろうとして足を上げたこの瞬間が、換気口が開く瞬間となるように計算していたとでも言うのか。

 それはつまりここに至るまでの走行速度、加えて裏切り者が少女を追い詰めてからの一挙手一投足、そして増援が辿り着いてからの全ての言動を予測・・し、時間の微調整を送っていたということ。それはあまりにも人智を超えている。『天才』などという言葉では事足りないように裏切り者には思えた。まるでそれは『計算』などという域を超えた、『未来予知』に他ならないのではないか。

 そしてそれに驚愕したのは裏切り者を取り押さえた翔も同様であった。頭を使うという点で似ている戦闘スタイルであるがために、翔は彼我の差をまじまじと叩きつけられた気分だった。

「……すっげぇ」

 感嘆の声とともに、翔は階上にいる少女を見やる。猛吹雪によりパタパタとはためく白衣を纏う天才は、戦いが終わった今その顔にいつものような笑みを浮かべており、もうただの十歳やそこら年相応の少女にしか見えなかったのだった。


********************


「アンリ、お前ってすげぇんだな」

「ふぇ?」

 その激戦が終わり、一行は裏切り者の処遇やアンリの足の治療のために居住区へ戻ることとなった。少女アンリは足を怪我したため、翔におぶられてその道を辿ることとなった。見た目通りとても軽いその身体を翔が背負った時、どこか心臓がうるさかったことと、隣のフィーリニが翔を冷ややかな目で見ていたことは、きっと気のせいに違いない、と翔は思った。

 そんな帰り道のさなか、翔がアンリに言ったのだった。

「あそこの局面に至るまでの時間を全部計算してたって……それもはや人間業じゃないだろ」

「ああ、あのことですか~。ぶっちゃけ、アレ少しは誇張ハッタリ混じってますよ~?」

「む、そうなのか」

 少女の言葉に翔は驚きの声を漏らす。

「そりゃそうですよ~。大体予想通り行ったのは半分くらいですかね~。行き先も告げず居なくなれば遠征隊の誰かが探しに来てくれることは分かってましたし、高確率でそこにカナリアさんランバートがいるのも予想できました。予想外だったのは足を撃たれちゃったことと、やってきたカケルさんが存外早く到着したことですね~。そこら辺は微調整してましたし、細かいところはうまく身振り手振りで引き伸ばしました、って感じですね~」

 少女はそう弁明するが、翔はそれでもその予想予知の精度の高さに舌を巻く。危うく命を取られるというあの状況でそこまで高精度に時間を調整し、最後の一手まで追い詰めたのはやはり天才の所業と言えるだろう。

 ふと、そんなことを思っていると、背中に乗ったアンリが顔を翔にピッタリと寄せてくる。途端にまた拍動が跳ね上がり、身体が熱を帯び、隣のフィーリニの視線が氷点下になった。

「ア、アンリ? 何してんの?」

「えへへ~」

 当の少女に疑問を呈してみてもそうはぐらかされるばかりだ。決まりの悪い顔をしながら翔がそのまましばらく歩くと、少ししてからアンリが口を開いた。

「でも、本当に助かりましたよ~。カケルさんがあんなに早く来てくれなかったら、もっと撃たれてたかもしれませんし」

 そう言ってから、にんまりと笑って少女は言った。

「本当にありがとうごさいました。カッコよかったですよ? 英雄ヒーローさん」

 その言葉に翔は目を見開いてから、苦笑し手をひらひらと振って答えた。面と向かって何か言い返そうかと思ったが、その照れ隠しがどうにもうまく行きそうにないので諦めたのだった。

 と、そうしてとてもいい雰囲気でその場が収まりそうになったその時、少女の口からそれをぶち壊す一言が滑り出る。

「というわけで、かっこいい英雄ヒーローさんにはご褒美として私の新作発明品をあげましょ~! カケルさんのために作ったんですよ~?」

「……ご褒美じゃなくて罰ゲームの間違いだろ。俺まだ死にたくないし、爆発物は遠慮しとくわ」

 その翔の率直な意見に少女アンリが翔の頭をポカポカと殴る光景は、まさに平和な日常の一風景だった。

 そうしてその騒動は一件落着し、次の日から基地にはまた発明少女の爆発音が鳴り響いていたのだった。



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どうも、久しぶりです青色魚です。まずは一章、そして一章と二章の中間となる間章の終わりまで読んでいただきありがとうございます。もしよろしかったら評価やコメント等よろしくお願いします。

以降の更新予定を報告します。

明日、つまり四月二十八日の朝八時より、八時間おきに二十三話分、五月六日の十六時まで定期更新をさせていただきます。

二章以降更に盛りあがっていくこの物語に、どうかお付き合い下さいませ。引き続き楽しんで読んでいただけると幸いです

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