BLIZZARD!

青色魚

間章03『母親』

 元二の呼びかけにより遠征隊は再集合した。彼らがもしかしたら白衣を見つけているかも、などという僅かな翔の願いは、集まった彼らの残念そうな顔を見て霧散した。

「……というわけでな。これは何者かによって引き起こされた事件の可能性も出てきた。つーわけで、作戦を切り替えるぞ」

 元二は簡単に事情を説明し終えて、そしてその作戦を言った。

「地道だがやるしかねぇ。レッツ聞きこみ調査だ」

 その言葉を聞いた瞬間、翔は気が遠くなるような思いがした。この基地にいるにはたった三百人ほどの人間、元の日本の人口から考えれば信じられないほどの少ない人間である。しかし、その全員から話を聞く、などというのは現実的には思えない人数だ。遠征隊は翔とフィーリニを含め七人ほどいるが、フィーリニは言葉を話せないため実質聞き込みをするにしても一人五十人ほどを担当することになる。

「……一人五分で終えたとしても、四、五時間はかかる計算ですね」

 それも休憩無しノンストップで聞きこみ基地を回るなど考えるだけで疲れてくる案件だ。翔は思わずため息をつくが、彼の上司元二は考えを変える様子は無さそうだった。

「色々と文句もあるだろうが、今は飲み込んで頑張ってくれ。見つけた場合の報酬シベリアは変わらず、だからな」

 その魔法の一言をもってしても、遠征隊の士気を上げることは出来なかった。のそりのそりと、明らかにやる気の見られない速度で遠征隊の面々は散っていった。

 その様子を苦笑いで見送ってから、未だ自分の隣にいる翔を見付け、短くため息をして元二は言った。

「……さて、と。
 じゃあ翔、お前もフィーリニと一緒に聞き込み頼んだぞ」

 頭を撫でながらそう言い立ち去ろうとした元二を止めるために、翔はその袖をつまむ。

「……待ってください」

 その翔の声が届いた時、元二はまるで悪巧みがバレたかのような様子だった。しかしそんなおどけた顔をされても翔の疑惑は晴れなかった。

「いくら何でも納得できません。この案件、ここまで俺ら遠征隊が介入する必要あるんですか?」

 翔は遠征隊に入り、一連の騒動に巻き込まれ、少しはその自己中心な面も治ったと、自分で思っていた。自分の思うことばかりが正しい訳では無い、そんなことを学んだばかりであった。

 しかしいくら何でも、翔には目の前のこの状況は異常に思えた。ただの白衣など無くしてもまた作るか、作れないとしても諦めれば良い。ここまで遠征隊が肩入れするというのは、まるでその白衣が何か特別な意味を持つかのようだった。

 目の前の元二はひとつため息をついて、頭を掻く。そしてその口を開いて、何かを言おうとしたその時、その背後から声が響いた。

「カケルが疑問に思うのも至極当然のことだ。私が説明しよう」

 その凛とした声は聞き間違えるはずもない、フィルヒナーのものだ。

 ──フィルヒナーさんまでお出ましとは、これ完全にただ事じゃないな……。

 翔は自分の洞察の正しさを確信し、ひとまずつまんでいた元二の袖を放す。

「ゲンジ様、というわけでカケルには私が話しますので。貴方は早く捜索に向かってください」

「……悪いな、ヒナ。んじゃお言葉に甘えさせてもらうわ」

 そう言い残し颯爽と立ち去る元二を見送ってから、翔はフィルヒナーに向き直る。

「……やっぱり、この事件何か裏があるんですね?」

「裏、という程の裏ではないがな。
 ここまで事が大きくなっている原因は主に三つだ。

 まず一つ。
 あの子アンリの白衣は、母親の形見・・・・・だということだ」

 形見。その言葉を聞いた瞬間、翔は突然自らの首を切られたような、鮮烈な衝撃とともにいたたまれない気持ちになった。

「……あいつ、母ちゃん死んでたのかよ」

 あの陽気な少女の裏に、そんな過去があるとは翔は思いもしなかった。先程両親の死を再確認した翔は、彼女にどこか親近感を覚える。

 ──いや、同じなんてものじゃない。

 翔は両親を亡くしたと言ってもその現場最期を目の当たりにした訳では無い。ましてやアンリはまだ十やそこらの少女だ。それほど小さい頃に亡くした母親の形見が、どれだけ少女アンリに大切なものかは計り知れない。

 翔は思わず口をつぐんだ。求めていた答えが、こんな重いものだとは夢にも思わなかったからだ。

「……今更聞くのをやめる、などとは言わないな?」

 その翔の様子をみて、フィルヒナーはそう尋ねる。翔はその疑問に苦笑いして、ゆっくりと頷いた。

 ──そうも苛烈に、強くいられちゃ俺も引き下がれない。

 フィルヒナーはその翔の答えに一度だけ小さく頷き、また口を開こうとしたその時、その声をかき消すようにその場に声が響いた。

「姉貴! カケル! 事件だ!」

 見ると、声の主は二人の遥か遠くで息を切らしていた。フィルヒナーと同じその金髪に片目を隠したその男は紛れもなくランバートそのものであったが、その様子がどこか変であった。

「……ラン、一体何が……」

あいつアンリが消えた。この白衣事件の犯人を追って、な」

 その言葉を聞くやいなや、翔とフィルヒナーは顔を合わせていた。

「続きはアンリを探しながらでいいな?」

「もちろんですよ。それより、早く探さなくちゃ」

 そうして事件は、ゆっくりと収束に向かっていったのだった。


 ********************


「……待ちなさい」

 その声を聞いた何者かは、ピタリと足を止めた。

 なぜ自分がバレたのか、驚きもあったのだろう。その驚きには、その声の主の、それほど真面目で冷静な声を初めて聞いたことによるものも混ざっていたが。

 しかしその者が足を止めたのは、その者を呼び止めたその少女・・くらいならば、自分一人で容易く倒すことが出来ると信じていたからだった。

「……白衣お母さんの形見を、返してもらいます」

 そう言い目の前の敵を睨んだアンリの表情はこれまでにないほど真剣であった。その眼差しを見ながらも、その敵は高笑いをした。

「ハッ! 俺を見つけたことは褒めてやる。だけどお前に何が出来る? 俺を倒す、とでも言うのか?」

 それは少女アンリへの明らかな油断であった。彼は別に遠征隊に入っているわけではなかったが、ただの一般人でもなかった。そもそもそうでなくても、成人男性おとなが、こんな幼女こどもに負けるはずもない。

 確かにそうであっただろう。相手が、この少女アンリでなかったら。

 目の前の敵のその余裕の高笑いを見ても、アンリは一歩も退くことは無かった。むしろその足を一歩前に出し、その口角を十分に上げ、笑ったのだった。


 ********************


「……二つ目の理由としては、この事件の犯人が、恐らくと同種の人間であるということだ」

 その懐かしい名前を聞いた瞬間、翔はその言葉の意味を一瞬で理解する。

「……裏切り者スパイ、ってことか?」

「その通りだ。あれほど大きな誘拐を企んでおいて、基地内にいる裏切り者が真一人とは思えない。基地内に裏切り者者はまだ居るというのが私の見解だ」

 その言葉に翔は首を傾げる。確かにその誘拐の標的となった翔は、あの作戦の綿密さをよく知っている。真一人だけではない、その理論は納得ができた。

「……けど、だからといってこの案件にその『裏切り者』が関わってるって確証はあるんですか?」

 繰り返しになってしまうが、たとえそれが一人の少女にとっては母親の形見であっても、それは他の人から見れば所詮ただの白衣だ。それを盗むためだけに、その裏切り者がその正体を晒す危険まで犯すとは到底思えない。

「……あの白衣は特別なものなのだ。アンリあの子以外の奴らにとっても」

 それ以上のことをフィルヒナーが言おうとしないので、翔はひとまずその先は見送る。

 しかし、そのフィルヒナーの推測が仮に正しかったとしたら、それはこの状況が相当危険であるマズいことは明白だった。

 ──『裏切り者』がこの案件に関わってるんだったら、それを追ったアンリが危ない。

 それは何も知らない翔にとっては当然導くであろう結論であった。

「フィルヒナーさん! 急がないと! アンリが危ない!」

 しかしその翔の言葉を聞いても、やはりフィルヒナーは冷静だった。

「焦るなカケル。安心しろ、私達が駆け付けるまで、あの子は絶対に負けない」

 そのフィルヒナーの悠長とも思える言葉に、翔は声を荒らげる。

「……アイツはただの少女でしょ!? 早く行かないと危険です!」

 そう叫びながらも翔は足を動かすのをやめない。これほど速く走りながら会話ができるようになったのは日々の鍛錬の賜物だが、それでも長くは続かない。早く少女アンリを見つけなければ、翔の焦燥は積もっていく。

 しかし尚もフィルヒナーは冷静に、そう叫ぶ翔の方を見向きもせずに、繰り返した。

「……大丈夫だ。あの子は、絶対に負けない。

 あの子は『天才』の血を継ぐ子だからな」

 その言葉に首を傾げる翔に、フィルヒナーは付け加えた。

あの子アンリの母親はこの基地の、引いては日本の救世主──朝比奈遥。

 彼女は正に、生まれた時から『 サラ 天才』であること ブレ が決められていた ッド 子だ」

 その言葉がフィルヒナーの口から出ていたその時、同じ基地内のどこかで、一人の少女アンリはニヤリと笑った。

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