BLIZZARD!
第一章27『空』
意識を失っている間、翔は自らの揺れる身体に疑問を抱いていた。
──なぜこんなに揺れているんだろう。
誰かが翔を起こそうとしているのかもしれない。だったら早く起きなければ、なんて翔が思い薄目を開けたその瞬間、その目には高笑いをする真の姿が写った。
──!!
瞬時にこれまでに起こったことを思い出し、再び目を閉じる。意識を取り戻したことは気付かれない方が良さそうだ。どうやら幸いにも翔を連れ去るのに夢中で、真達は翔の身体を縛るのを忘れている。つまりは不意打ちをするのも可能そうだ。しかし……
──人、多くないか?
一瞬周囲を見渡した感じだと、この揺れる何かの中に真を含め五人程度の男が見て取れた。おそらく真の仲間であるから軍人であろうし、この狭い室内では満足に動けない。
──それにしても、ここはいったい何処だ。
それは「ここは地球だ」なんて返答を期待したものではなかった。もっと範囲の狭いもの、この揺れる部屋はなんだ、といったものであった。
その時、突如浮遊感が翔を襲う。そして先程から微かに聞こえるパラパラという特徴のある音。極めつけに意識を取り戻す前から感じていた揺れている感覚。
──空を、飛んでやがるのか。
心の中でそう推測してから、全く凄いことを考えるものだ、と翔は内心感心してしまったのだった。この猛吹雪の世界では空を飛ぶなど風にあおられる危険性があるため悪手としか思えない。それが、普段の風の強さならば。
──今日は特別風が弱い。元々遠征の安全を確保するためにそんな日を選んだんだから当然だ
よく考えられた作戦であるな、と翔は思った。そしてその為、ここから脱出する方法を考えても翔はそれを思い付くことができない。
──一応気絶してるって思われてるだろうから不意打ちは可能かもしれないけど、この人数全員を相手にするのは無理だ。外に出ようにも脱出口がない。せめて正面のドアでも開けば……
目を開けた一瞬、翔は奥の方にスライド式のドアを見つけていた。鍵がかかっていたかどうかは確認出来なかったが、翔の拘束を忘れているほど目の前の真は冷静を失っている。あるいは、そこから飛び降りるか。
──けどそれにしても、チャンスは一度きりだ
隙を見つけ、瞬時にドアを開け飛び降りる。それを決行するのは易いかもしれないが、もし失敗した場合、翔への警戒が強まるのは明らかであった。
──何か、何かないか。
だからその一度のチャンスを無駄にしないために、翔はその時を待った。奴らの気を引く、『何か』が起こるのを。
そしてそれはまもなく起こることになるのだった。
********************
「……クソっ!」
空高く飛んでいくその機体を見て、ランバートは悪態をついた。
当然敵が何かに乗って遠くに逃げようとする、ということは予想していた。しかしそれが、まさか空を飛ぶものだとは。
「……これじゃ届かねぇ」
一見人智を超えた力に見える凍気も、所詮は周囲の温度を下げるだけの力だ。あれほど遠くを飛ぶ物体に当てることの出来る攻撃などない。
「……どうする?」
思案するランバートに、ある一つの声が届いた。
「お困りのようですね~、カナリアさん~♪」
その間延びした声に、特殊な呼ばれ方。その声の主が、ランバートには瞬時に分かった。
「……アンリか。どうした」
「そうです、天才少女なのです~。
今、あなたの後ろにいるんですけどね?」
そう言われはっと振り返ると、確かにそこにいかついマスクをつけたその少女がいた。この寒さでもその服装は白衣のままであったが、それについて突っ込んでいる暇はないのでさておく。
「……なんだ?また『発明品』とやらか?」
「ご名答~!こちらをどうぞ~♪」
アンリが嬉嬉として取り出したそれは、サイコガンの中身がなくなったような筒であった。
「……なんじゃこりゃ」
「簡単に言うとですね~、あなたの腕に付いた氷を砕いて、射出する射出機になってます!」
その言葉にランバートは目を見開く。そんな代物があれば、あの飛行物体も撃ち落とせるかもしれない。が、その後ある懸念に気付き目の前の少女を疑う。
「……これ、爆発とかしないよな?」
「しませんよ~。……多分」
後半の部分は声を小さくしてそう答える少女にランバートは一つため息をついてから、その武器を受け取る。
「……まあいいや。とりあえず爆発するまで使わせてもらうわ」
そう言い彼の氷の刃のついた腕の上にそれを付け、空を飛ぶその物体に狙いを付ける。
「……祈るぜ」
こんな訳の分からないものに頼るのは初めてのことだ。不確定要素は多いが、そこは神とやらに祈るしかない。
仰々しい機械音ともに、ランバートの腕の氷が削られ、射出機に乗せられる。
「あとはここを引っ張れば飛んできますよ~♪」
「あっちょっ……」
そう言いアンリが無理に引っ張ると、その氷の礫はランバートの狙いを僅かにそれ、ヘリの尾の部分にぶち当たった。
「手前~!」
「あはは~、ごめんちゃい」
結果的に命中したからいいとするが。ともあれ使い方も分かったので、ランバートは改めてそのヘリに向き直る。
「……さて、逃がさねぇぞ」
そうしてランバートが狙いを定めているヘリコプターの中には混乱が広まっていた。
「おい! さっきなんか当たらなかったか!」
「知らねーよ! お前が見て来いよ!」
彼らがそうも慌てふためいていたのは、遠征隊にまともな飛び道具がないとふんでいたためだろう。予想外のその一撃に混乱は広まり、翔への意識は散漫になった。
──行ける!
翔はゆっくりと目を開けた。脱出までの最短ルートにある障害物は真一人だ。あれを崩し、瞬時にドアを開け飛び降りる。もう結構な高さまで浮上してしまってるが、きっと雪がクッションになって、死ぬことはないだろう。
動き出しは静かに、しかし力強かった。最速で障害物を処理し飛び降りるのだ。翔に油断などなかった。
「どけぇぇぇぇ!」
突然駆け出した翔に真は辛うじて反応するも、すぐに翔に足元をすくわれその場に倒れる。
──いける!いける!
翔の叫びから脱出のためのドアを開けるまで、恐らくたった二秒ほどのことであった。ドアを開けた瞬間、懐かしい冷たさと、一面白の景色が翔を襲う。
そうして翔は足を一歩踏み出そうとした。そこまでの流れは完璧であった。しかし、流れるように動いていたその翔の足が、下に見えた景色を見てしまってからピタリと止まった。
──あ、これはやばい
一面白のこの景色を恐ろしいと思ったのは初めてであった。比較対象がないその景色は、すなわち翔に高さを測ることを許さなかった。
──こんなに高いところから落ちて大丈夫なのか?
翔は断じて高所恐怖症などでは無かった。人並みには高所には不安も伴うが、疾患と呼べるほどのものではない。しかし、今目の下に広がるその一面白のキャンバスは、翔をそこに縛り付けて離さなかった。
その硬直が解けたのは、真に腕を掴まれた時であった。
「よくも逃げようとしましたね……! もう離しませんよォ!」
その瞬間、後悔が翔の頭を流れる。
──俺は、何を……!
翔は一世一大のチャンスを逃したのだ。これでもう翔への警戒は最大になってしまった。翔に逃げ場などない。このまま真にどこかに連れていかれて終わりである。
背後から翔の腕を握り、そして機内に連れ戻そうとする真の力は抗いようがないほど強い。遂に本気を出したのだろう。翔も全力で抵抗をするが、振り切ることは出来ず機内に連れ戻されていく。
──ちくしょう、何か、何かないか。
もう一回、もう一回だけチャンスがあれば、翔はすぐにでも飛び降りる覚悟だった。
しかし現実は甘くない。下から狙うランバートも翔の安全を考えれば無闇なことは出来ない。そして機内に翔の味方は一人もいない。その状況を理解したものならば、誰もが『詰み』だと判断したであろう。
しかし、ここは地球であった。つまりは『神様』も居、『奇跡』も存在する世界だ。
──神様とやら……
翔はその時、この世界に来て初めて、神に祈った。
──……頼む!
そしてその時、一つの『奇跡』が雪上を駆けた。
「──!!」
突然機体がバランスを崩す。何が起こったのか分からない誘拐犯達はその場に狼狽えるが、なおも機体は大いに揺れ、たまらず真はその掴んだ手を離した。
その時開け放たれたドアから見えた外の景色は、先程までの穏やかな気候からは考えられないほどの、白い弾幕。突如としてヘリを襲った猛吹雪であった。
「……感謝するぜ」
手短にその奇跡の創造主にそう言い、翔は駆け出す。その腕を再び真が掴もうとするが、それは間に合わない。
勢いよく地を蹴り、翔はその機体の外に飛び出した。
──なぜこんなに揺れているんだろう。
誰かが翔を起こそうとしているのかもしれない。だったら早く起きなければ、なんて翔が思い薄目を開けたその瞬間、その目には高笑いをする真の姿が写った。
──!!
瞬時にこれまでに起こったことを思い出し、再び目を閉じる。意識を取り戻したことは気付かれない方が良さそうだ。どうやら幸いにも翔を連れ去るのに夢中で、真達は翔の身体を縛るのを忘れている。つまりは不意打ちをするのも可能そうだ。しかし……
──人、多くないか?
一瞬周囲を見渡した感じだと、この揺れる何かの中に真を含め五人程度の男が見て取れた。おそらく真の仲間であるから軍人であろうし、この狭い室内では満足に動けない。
──それにしても、ここはいったい何処だ。
それは「ここは地球だ」なんて返答を期待したものではなかった。もっと範囲の狭いもの、この揺れる部屋はなんだ、といったものであった。
その時、突如浮遊感が翔を襲う。そして先程から微かに聞こえるパラパラという特徴のある音。極めつけに意識を取り戻す前から感じていた揺れている感覚。
──空を、飛んでやがるのか。
心の中でそう推測してから、全く凄いことを考えるものだ、と翔は内心感心してしまったのだった。この猛吹雪の世界では空を飛ぶなど風にあおられる危険性があるため悪手としか思えない。それが、普段の風の強さならば。
──今日は特別風が弱い。元々遠征の安全を確保するためにそんな日を選んだんだから当然だ
よく考えられた作戦であるな、と翔は思った。そしてその為、ここから脱出する方法を考えても翔はそれを思い付くことができない。
──一応気絶してるって思われてるだろうから不意打ちは可能かもしれないけど、この人数全員を相手にするのは無理だ。外に出ようにも脱出口がない。せめて正面のドアでも開けば……
目を開けた一瞬、翔は奥の方にスライド式のドアを見つけていた。鍵がかかっていたかどうかは確認出来なかったが、翔の拘束を忘れているほど目の前の真は冷静を失っている。あるいは、そこから飛び降りるか。
──けどそれにしても、チャンスは一度きりだ
隙を見つけ、瞬時にドアを開け飛び降りる。それを決行するのは易いかもしれないが、もし失敗した場合、翔への警戒が強まるのは明らかであった。
──何か、何かないか。
だからその一度のチャンスを無駄にしないために、翔はその時を待った。奴らの気を引く、『何か』が起こるのを。
そしてそれはまもなく起こることになるのだった。
********************
「……クソっ!」
空高く飛んでいくその機体を見て、ランバートは悪態をついた。
当然敵が何かに乗って遠くに逃げようとする、ということは予想していた。しかしそれが、まさか空を飛ぶものだとは。
「……これじゃ届かねぇ」
一見人智を超えた力に見える凍気も、所詮は周囲の温度を下げるだけの力だ。あれほど遠くを飛ぶ物体に当てることの出来る攻撃などない。
「……どうする?」
思案するランバートに、ある一つの声が届いた。
「お困りのようですね~、カナリアさん~♪」
その間延びした声に、特殊な呼ばれ方。その声の主が、ランバートには瞬時に分かった。
「……アンリか。どうした」
「そうです、天才少女なのです~。
今、あなたの後ろにいるんですけどね?」
そう言われはっと振り返ると、確かにそこにいかついマスクをつけたその少女がいた。この寒さでもその服装は白衣のままであったが、それについて突っ込んでいる暇はないのでさておく。
「……なんだ?また『発明品』とやらか?」
「ご名答~!こちらをどうぞ~♪」
アンリが嬉嬉として取り出したそれは、サイコガンの中身がなくなったような筒であった。
「……なんじゃこりゃ」
「簡単に言うとですね~、あなたの腕に付いた氷を砕いて、射出する射出機になってます!」
その言葉にランバートは目を見開く。そんな代物があれば、あの飛行物体も撃ち落とせるかもしれない。が、その後ある懸念に気付き目の前の少女を疑う。
「……これ、爆発とかしないよな?」
「しませんよ~。……多分」
後半の部分は声を小さくしてそう答える少女にランバートは一つため息をついてから、その武器を受け取る。
「……まあいいや。とりあえず爆発するまで使わせてもらうわ」
そう言い彼の氷の刃のついた腕の上にそれを付け、空を飛ぶその物体に狙いを付ける。
「……祈るぜ」
こんな訳の分からないものに頼るのは初めてのことだ。不確定要素は多いが、そこは神とやらに祈るしかない。
仰々しい機械音ともに、ランバートの腕の氷が削られ、射出機に乗せられる。
「あとはここを引っ張れば飛んできますよ~♪」
「あっちょっ……」
そう言いアンリが無理に引っ張ると、その氷の礫はランバートの狙いを僅かにそれ、ヘリの尾の部分にぶち当たった。
「手前~!」
「あはは~、ごめんちゃい」
結果的に命中したからいいとするが。ともあれ使い方も分かったので、ランバートは改めてそのヘリに向き直る。
「……さて、逃がさねぇぞ」
そうしてランバートが狙いを定めているヘリコプターの中には混乱が広まっていた。
「おい! さっきなんか当たらなかったか!」
「知らねーよ! お前が見て来いよ!」
彼らがそうも慌てふためいていたのは、遠征隊にまともな飛び道具がないとふんでいたためだろう。予想外のその一撃に混乱は広まり、翔への意識は散漫になった。
──行ける!
翔はゆっくりと目を開けた。脱出までの最短ルートにある障害物は真一人だ。あれを崩し、瞬時にドアを開け飛び降りる。もう結構な高さまで浮上してしまってるが、きっと雪がクッションになって、死ぬことはないだろう。
動き出しは静かに、しかし力強かった。最速で障害物を処理し飛び降りるのだ。翔に油断などなかった。
「どけぇぇぇぇ!」
突然駆け出した翔に真は辛うじて反応するも、すぐに翔に足元をすくわれその場に倒れる。
──いける!いける!
翔の叫びから脱出のためのドアを開けるまで、恐らくたった二秒ほどのことであった。ドアを開けた瞬間、懐かしい冷たさと、一面白の景色が翔を襲う。
そうして翔は足を一歩踏み出そうとした。そこまでの流れは完璧であった。しかし、流れるように動いていたその翔の足が、下に見えた景色を見てしまってからピタリと止まった。
──あ、これはやばい
一面白のこの景色を恐ろしいと思ったのは初めてであった。比較対象がないその景色は、すなわち翔に高さを測ることを許さなかった。
──こんなに高いところから落ちて大丈夫なのか?
翔は断じて高所恐怖症などでは無かった。人並みには高所には不安も伴うが、疾患と呼べるほどのものではない。しかし、今目の下に広がるその一面白のキャンバスは、翔をそこに縛り付けて離さなかった。
その硬直が解けたのは、真に腕を掴まれた時であった。
「よくも逃げようとしましたね……! もう離しませんよォ!」
その瞬間、後悔が翔の頭を流れる。
──俺は、何を……!
翔は一世一大のチャンスを逃したのだ。これでもう翔への警戒は最大になってしまった。翔に逃げ場などない。このまま真にどこかに連れていかれて終わりである。
背後から翔の腕を握り、そして機内に連れ戻そうとする真の力は抗いようがないほど強い。遂に本気を出したのだろう。翔も全力で抵抗をするが、振り切ることは出来ず機内に連れ戻されていく。
──ちくしょう、何か、何かないか。
もう一回、もう一回だけチャンスがあれば、翔はすぐにでも飛び降りる覚悟だった。
しかし現実は甘くない。下から狙うランバートも翔の安全を考えれば無闇なことは出来ない。そして機内に翔の味方は一人もいない。その状況を理解したものならば、誰もが『詰み』だと判断したであろう。
しかし、ここは地球であった。つまりは『神様』も居、『奇跡』も存在する世界だ。
──神様とやら……
翔はその時、この世界に来て初めて、神に祈った。
──……頼む!
そしてその時、一つの『奇跡』が雪上を駆けた。
「──!!」
突然機体がバランスを崩す。何が起こったのか分からない誘拐犯達はその場に狼狽えるが、なおも機体は大いに揺れ、たまらず真はその掴んだ手を離した。
その時開け放たれたドアから見えた外の景色は、先程までの穏やかな気候からは考えられないほどの、白い弾幕。突如としてヘリを襲った猛吹雪であった。
「……感謝するぜ」
手短にその奇跡の創造主にそう言い、翔は駆け出す。その腕を再び真が掴もうとするが、それは間に合わない。
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