BLIZZARD!

青色魚

第一章16『時間跳躍』

 物事というのは一つの真実を持つけれど、それは色んな人の主観が入り混じることど、ねじれ、絡まり、その結果「謎」となる。ならばこれはいったい、何がどう絡まったのだろうか。

「……もう一度言っておくが、俺はあの『氷の女王』が来た日、翔に手を引かれてここに来た。お前がここに連れてきてくれなかったら、多分今頃生きてはない」

 松つんはそう繰り返した。その目に迷いなど全くなく、長く苦楽を共にした翔は、彼が嘘をついている訳では無いとすぐに分かった。

「けど、だったら一体何なんだ……?」

 翔の実体験と松つんの話は矛盾している。翔は『氷の女王』が地球に来る前に時間跳躍しこの時に来たのだ。翔は松つんを助けた覚えもないし、まず助けることが不可能だ。翔はその時空に存在していないのだから。

「とりあえず、こちらの情報はあらかた出し終わりました。カケル様、もしよろしかったら、あなたの身に何があったか話してくれませんか?」

 フィルヒナーが慌てつつもそう場を取り繕う。翔は悩むまでも無かった。松つんがいるこの場所は、翔を助けてくれたこの場所は、きっと安全だ。そうして翔は、これまでの彼の経験をぽつりぽつりと話していった。


 ********************


「……『時間跳躍タイムスリップ』ねぇ……」

「なかなか話が大きくなってきましたね」

 これまでの翔の経験と、そして翔が巻き込まれたであろう時間跳躍の推測を話すと、やはり二人の反応は困惑そのものだった。しかし彼らは信じてくれるだろうと思ったから翔は話したのだ。しばらくして、フィルヒナーが口を開いた。

「一つ、いいですか
 まず、時間跳躍してからここ一週間ほどこの猛吹雪の中生活していたと聞きましたが、そこで矛盾が生じます」

 翔が怪訝な目でフィルヒナーを見ると、フィルヒナーはこう言い放った。

「……私達はこの猛吹雪の中外を出歩いている人が万一いた場合、もしくは遠征中やむを得ず外泊する場合のために、外にも簡易的な避難所を作ってあるんです」

 そう言うと、フィルヒナーは何か地図のようなものを取り出して続けた。

「…先程の話から想像するに、恐らくカケル様が拠点としていた洞穴がこの辺り」

 そう言ってフィルヒナーが地図の一点を指す。

「…けれどこの付近には、その避難所が一つ設置されているんです」

 フィルヒナーが指したのは森の中──翔も何度が訪れたであろう地点であった。

「この避難所は猛吹雪の中でも見つけやすくなっています。カケル様の話だとこの森の中にも何度かは足を踏み入れたと聞きますが、この避難所の存在に気付かなかったのですか?」

 ──確かに、それもおかしいと思った。それに翔は基本的に吹雪の弱い日を選んで森に行っていたし、周囲には細心の注意を払っていた。そのような設備があるならば、気付かないはずはない。

「……それと、カケル様の話の中で登場した崖ですが、

 ……そんなものは、存在しないんです」

 その言葉に翔は自分の耳を疑う。あの崖がなかったらマンモスを倒せていたはずもない。その矛盾はどうあっても説明できそうにないのだ。いったい、どうすればいいのか。

 そうして絶望する翔を他所に

「……フィルヒナーさん、ちょっと確認したいんだけど」

 と、隣の松つんがそう言った。

「その崖って、調査によると一年前くらい・・・・・・まではあった・・・・・・んだよな?」

 いったい何を聞いているのか翔は怪訝に思ったが、フィルヒナーは平然と答える。

「……ええ、そうです。ですが本当に今は崩れ去っていて見る影も……」

「いやいや、疑っているわけじゃなくて」

 松つんはさも当然のように続けた。

「ならさ、単純な話じゃないか。
 翔は複数回・・・・・時間跳躍に・・・・・巻き込まれた・・・・・・んだろ」

 その言葉に、翔は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

「避難所の設置は外に出る安全性が確保された、一年以内のことだ。崖が崩れたのも一年ほど前。それより前のこの世界に翔は『時間跳躍』して、そしてそのあともう一度『時間跳躍』してこの時空に来た。こう考えれば、辻褄は合わないか?」

 松つんがすらすらとそう言うのを聞いて、翔はその仮説に感動するとともに疑問を口にした。

「……いや、流石に出来すぎじゃないか?そんなスライムに遭遇するみたいに時間跳躍してたまるかよ」

「まぁ、そこの部分が少し説得力に欠けるな。けど、ならこうも考えられないか」

 松つんは翔に指を指して言った。

「翔、お前は『時間跳躍に巻き込まれた』なんて受け身な表現したけど、実は『お前自身が時をかけた』んじゃないの?」

 それは翔のこれまでの根底を覆す一言だった。

「……つまり松つん、お前が言いたいのは……
 俺が、時を翔る力でも持ってるって言うのか?」

「意識的か無意識的かは知らないけどな。少なくとも二回時間跳躍してるんだ。ないとは言いきれないだろ?」

 確かにそうだけれど、あるとも言いきれない。第一それを信じるには、証拠が弱すぎる。

「それがただの推測じゃないんだよな。
 フィルヒナーさん、例のアレ、持ってきてくれる?」

 松つんが翔の意中を察したかのようにそう言うと、フィルヒナーはなにかにはっと気づいたかのようにして、部屋の外に駆けていった。

「翔、俺らはこの安全な基地にこもるだけじゃなくて、度々外に出かけもしててな。まぁ周辺の地理やら、その他いろいろ調査する為でもあったりするんだが

 一年ほど前に、面白いものが見つかってな」

 松つんがそう言うのと同時に、フィルヒナーがどこかから帰ってきた。

 ──その手に一つの、白い牙を持って。

「……そういうことか!」

 それは紛れもなく翔が文字を『書いた』そのマンモスの牙。いつの間にか消えてしまっていたが、その理由がようやく分かった。

「なぁ、ここに書いてある字、お前のだよな?」

「……ああ」

 その通りである。つまりはきっと、こういう事なのだろう。

 翔の暮らしていたあの洞穴から、マンモスの牙やら拳銃やらが消えた日の朝。あの前日の夜から翌日の朝にかけて、どこかのタイミングで無意識的に翔は『時間跳躍』を行ったのだ。つまりはあの日に限っては寝て起きたら数日か数カ月先の朝であった。

 その翔が『飛ばした』期間のどこかでこの基地の誰かがその牙やらを見つけたのだろう。そしてその『時間跳躍』によって生じた翔の体感時間とのズレタイムラグが、洞穴に盗人が入ったという錯覚を生み出した。

 そして思えば、初めに時間跳躍をした、教室での居眠りの時と、その時の二度目の『時間跳躍』。共通するのは、『睡眠』と『夢』だ。翔はあの夢を見た時、『時間跳躍』をしていたと思っていいだろう。

「……待てよ、つーことは、俺は三回も『時間跳躍』をしたのか……?」

 あの奇妙な『夢』を見たのは三回ある。そのどれにおいても『時間跳躍』が発動したとしたら、それはなかなかの頻度であるだろう。確かに、偶然とは言い難い。

 何にしろ随分と壮大な話になってしまったものだ。ほんの少し前は──『二十五年前』には──翔はただの男子高校生であったというのに。

「まさに時をかける少年、ってか」

「松つんそれ笑えない。あと確かそれ『時間跳躍飛ばす方』じゃなくて『時間遡行戻る方』だったろ」

 もちろん無意識にでも時間跳躍など普通の人は出来ないのだが。松つんの仮説が正しいとすれば、翔も随分とデタラメ人間ということになりそうだ。

「……おまけにそのガスとやらによる活動限界なしか。これで凍気フリーガスとやらが使えたらマジで人間やめちまいそうだな」

「その事についてなのですが、先に一つ、カケル様にお話したいことが」

 と、そこでフィルヒナーが口を挟む。

「ここ、スルガ基地は度々凍気フリーガスが使え戦闘能力に優れた者から隊を編成して外に食料調達に遠征をしているのです。カケル様はまだ凍気フリーガスが使えませんが、時間無制限で屋外で活動できるのは遠征隊に理想的です。なので、一つ提案させてください」

 フィルヒナーが意を決して、その誘いを口にする。

「……その遠征隊に、加わってくれませんか?
 勿論お望みなら、お付きのフィーリニ様もご一緒に」

 フィルヒナーのその提案が、すぐには頷けるものでは無いことは分かっていた。

「危険、なんですよね?」

 何事も明快に、遠慮なく言い放つフィルヒナーがそこまで堪えたのだ。それでなくても外で一週間ほど生活した翔には分かる。外の世界は、外の世界での狩りは、危険だ。ましてやそこに時間制限タイムリミットも付くのだ。安心とは言い難い。

「……カケル様は、お話を伺った限りではもう充分危険な目には合いました。充分生きるために頑張りました。なので、もう休んでもいいと私は思います」

 フィルヒナーが静かにそう語る。

「しかし、私の意見ではなく、この基地の、この基地に住む沢山の人々のことを考えると、遠征隊に加わって欲しいことも事実です。本当に申し訳ありません。命の恩人にそのようなことを頼むのは、とても憚られることではありますが…」

 その言葉から考えるにフィルヒナーも沢山考えてのことだったのだろう。彼女一個人の意見と、この基地を引っ張っていく者としての意見。その対立に頭を悩ませていたのだ。

 翔はその提案にしばらく頭を悩ませる。確かに翔の中には、もう外に出たくない、危険な目に遭いたくない、そんな気持ちが存在する。翔だって人間なのだ。死にたくなどないし、楽な方があるならばそちらを選びたくなる。

 けれど目の前の女が、隣の親友が、翔を必要としてるならば、その気持ちが揺らぐ。自らの安全を取るか、友人の助けとなるか。即決できる案件ではない。

 そうして悩みながらしばらく黙り込んでいると、フィルヒナーが残念そうに呟いた。

「……そう、ですか……」

 その反応を見て、翔は思わず罪悪感を覚えた。確かに翔は彼女らの命の恩人かもしれないが、同時に彼女らも翔の命の恩人なのだ。あのまま猛吹雪の中に放り出されていたら、ガスが効かずとも凍死して終わりであっただろう。それなのに、その誘いを断ってしまうなど……

 と、そうした負の思考が松つんの言葉によって遮られる。

「……まぁ、すぐには決めなくていいだろ。
 フィルヒナーさん、翔も色々なことがあって今パニックになってると思うんで、今は一旦落ち着かせてあげてください」

「……はい。すみません、トモヤ様、カケル様」

 その松つんの助け舟によって、その場の暗さが好転するかのように思えたが決してそんなことは無かった。再び押し黙るフィルヒナーと翔を見て、一つため息をついてから松つんがある提案をした。

「そうだ、翔。お前まだこの基地のことよく知らないだろ?フィルヒナーに案内してもらえよ」

「あ……、え、いいんですか……?」

「もちろん、カケル様が望むなら」

 確かにここの、この避難所のことを知ることで遠征隊に入るか否かの決断も出来るかもしれない。何より翔はここのことも気になっていたのだ。その提案は願ったり叶ったりだ。

 空気を変えようと出してくれた松つんの助け舟に本当に感謝する。翔はありがたくその舟に乗らせていただくことにした。

「分かりました。が、お身体は大丈夫なのですか?カケル様。
 凍死の一歩手前まで身体が冷え込んで、何日も寝込んでいたんですよ?」

 フィルヒナーはそう言ってカケルを心配そうに見る。何日も寝込んでいたのか、と翔は驚いたが、その事はさておき答える。

「問題なさそうです。特に身体の痺れとかも感じません。……これも何か特殊な力なのかもしれませんが」

 翔自身も驚きだが、本当のことなのだ。あれほど『氷の女王』の冷気に凍えたというのに、翔の身体は以前と同じように動かすことが出来る。しかしその訳を説明しろと言われても困る。自分の未知数の身体の事は自分が一番分からないのだ。フィルヒナーはその答えを聞いて、「そうですか。では……」と前置きしてから、こう言った。

「先にここのことを紹介しましょうか。この、スルガ基地のことを」

 そうして微かに気まずい雰囲気が流れつつも、翔の基地見学が始まったのだった。

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