BLIZZARD!

青色魚

第一章09『喪失』

「あぁ……っ! くっ……そ」

 あの後何とか洞穴に戻った翔は、その凍った足を火で温めていた。あの防護服から遠ざかるに連れて氷は砕けたが、それでも足首は痺れ、赤くなっている。

「……凍傷、ってやつかね……」

 だとしたらこの吹雪の環境下で治療など出来るのだろうか。また翔が狩りに出ないことで食料の問題も出てくる。何よりもこの凍傷で後遺症が残ったら…。

「……考えたくないな」

 ひとまず無事に治ることを願うのみである。今や扉石もほぼ閉め切っている。この洞穴にいれば安心であろう。

「……とりあえず、一つ教訓だな」

 見知らぬものには近付かない、特にこの世界においては、それを遵守しなければ、と翔は心に留めたのだった。


********************


 そうしてその日、翔は夢を見た。フィーリニにこの洞穴に連れてこられた日に見たのと同じような夢だった。これが夢であって夢でないことがうっすらと分かる。そしてまた、その夢で声がした。

「カケル」

 聞き慣れた声のようで知らない声。年老いたようで幼い声。その声の主が誰なのか、翔は分からなかった。

 そうしてまた、前回と同じように、深い海から浮上するように、翔は目を覚ました。


********************


「……寒い」

 目覚めた時最初に感じたのは寒さであった。見ると扉石が開け放たれている。

「──!」

 何者かがここに侵入したのかもしれない、そう緊張し、辺りを見渡す。

 側にはまだ眠っているフィーリニ、前には昨日燃やした薪の燃えカス。昨日のような防護服も何か動物のようなものも見当たらなかったが、違和感は確かにあった。

「……あれ?」

 銃やその他の、昨日防護服から奪った武器が消えている。スタン警棒だけは唯一、翔が寝ている時護身用と手に持っていたから奪われなかったのかもしれないが、昨日まで確かにあった、それらの武器が跡形もなく消えている。

「……あと、牙もねぇ」

 洞穴の奥の方に保存しておいた、翔が字を刻んだマンモスの牙だ。それに関しては動物などが興味本位で持って行ってしまうことも想像出来たが、それ以外の武器が全て消えているのは、あまりにも不可解だ。

「……やっぱり、この世界何かいやがるな」

 あの防護服といい、翔達にとって危険な存在がまだまだ存在するようだ。狩りも安定し、物資も整ってきていたことで少し油断もしていたが、改めて気を引き締めなければならない。

 と、そんなことを考えていると横のフィーリニが目を覚ました。今日からしばらく彼女には多くの仕事を頼むことになる。申し訳ないが、この足では翔は狩りに出かけられそうにはない。

「……フィル、悪いが今日は狩りは一人で行ってくれるか」

 眠そうなどんぐり眼を擦りながら、フィーリニはこくりと頷いた。事前に近くの森には罠をいくつか仕掛けてあるから、運が良ければ昨日のように鹿を追いかけ回さずともそこに何かかかっているかもしれない。

 フィーリニを見送って、翔は足首の療養も兼ねながら、考え事をしていた。あの防護服のような奴らがこれからも襲って来たならば、いったいどうすればいいのか。
 一人ならば昨日のようにフィーリニと協力して倒すことが出来るだろうが、もし集団になって攻めてきた場合、あれらの武器に対して二人の勝ち目はほぼ無いだろう。

「……もし装備を奪えたり無効化できたとしても、向こうにはまだ奥の手がある」

 翔の足を凍らせたあの力だ。あれがあの防護服にだけ出来る芸当ならば問題は無いが、恐らくそんなことはないだろう。この世界の住人は、ああいうような超能力じみた力を持っている、と最悪のケースを想定した方がいい。

「……待てよ、なら俺も何か超能力が使えるんじゃ……」

 人が使えるならば自分も、と思って腕に力を入れてみるも、一見して何も変化が起こらない。どうやら翔には何の力も無いようだ。本当に冷たい世界だ。二重の意味で。

 などと寒いことを言っていると、フィーリニが寒い中狩りを終えて帰ってきた。狩りの成果は昨日獲ったような鹿二匹のようだ。フィーリニだけでこれだけ狩れるのなら、改めて翔の存在意義が少し揺らいでくるが。

「……悪いな、フィル。迷惑かけて」

 その言葉にフィーリニは、そんなことない、と言わんばかりに首を振る。彼女の為にも早く足首を治さなければ。鹿肉を食べながらも、翔は焦りと共にそう考えていた。

 そんな日々が数日続いた。盗みがあったその日の夜からは翔はなるべく深い眠りにつかないように気を付け、周囲を警戒したがその後盗みは無かった。最も、もう盗むものなどそれほど洞穴にはないのだが。

 そうして防護服との遭遇から五日が経った日のことだった。
 その日も翔は深い夢を見ていた。また盗みが入っていることを警戒したが、今度は何も消えていないようで翔は一安心したのだった。

 その日もフィーリニを狩りに送り出し翔は洞穴で待っていた。しかし、その日はいつもフィーリニが帰ってくる時間になっても彼女は帰って来なかった。やがて辺りも暗くなり、夜になろうとした時、翔は覚悟を決めた。

「……フィル、今探しに行くぞ」

 もしかしたらフィーリニは防護服のような存在に囚われてしまったのかもしれない。足首はまだ赤く腫れているが、歩けないほどではない。最低限の荷物を持ち、意を決して外に出る。

 外はその日は吹雪いていた。といってもマンモス戦の時よりも弱く、まだ視界も晴れている方だ。フィーリニが狩りをしているのは恐らくいつもの森の辺りであろう。そちらに向けて足を一歩、また一歩と踏み出していく。

 足首はやはり少し痛んだが、歩けないほどではなかった。森に入ると、もう暗くなったせいで足下が見えず、何度も転びそうになったのだが。

「……フィル、どこだ……?」

 まだ彼女の姿は見つからない。記憶を頼りに罠を仕掛けたポイントを廻るが、それでも見つけることは出来なかった。

「……どこに行ったんだ、本当に」

 ここまで来て翔を見捨て一人どこかに行く、などということはフィーリニはしないと翔は信じていた。狩りの場所にもおらず、翔を置いていったのでないならば、やはり──

「止まれ」


 その時、一つの声が、翔の動きを制した。

 声は後ろからしていた。振り返ることは出来ない。微かに呻く声から、そこにフィーリニがいることも分かっていた。

 同時に、恐らく防護服のような連中であろうということもだ。フィーリニを人質に取り、翔とフィーリニ諸共攫うのか、殺すのかは分からないが、翔達の敵であろうことは疑うまでもない。

 背後にいる男に気付かれないようにスタン警棒に手を伸ばす。念の為、と持ち運んでおいて良かったと思った。そのスイッチに手をかけ、相手の気を逸らすために口を開く。

「……お前達は、な」

 言葉が途中で区切られた。防護服に頭を殴られたのだ。翔の意識が遠のく。警戒しなければ、なんて思っていたのに。こんなにも呆気なく捕まってしまうのか。

「付いてきてもらうぞ、私たちの国に」

 防護服がそう言うのを遠くで聞きながら、翔の意識は落ちていった。

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