ゲームと良く似た異世界に来たんだけど、取り敢えずバグで強くなってみた
冒険者ギルドに来た!
長い長い苦行から解放されたのは、七時間後の事だった。
おおよそ昼過ぎになって、ようやく街の見える距離まで来た。
そこで、本当にようやくリョウが車を停車させたのだ。
ここに辿り着くまでは本当に色々あって、短いようで長い旅路だった。
出会う魔物は出会い頭に轢き殺され、その辺に生えてるだけの木は無慈悲に薙ぎ倒され、馬車が走ってる側をワザワザ並走してから、御者の驚く顔を横目に大笑いを上げて追い抜いてゆく。
精神的にも肉体的にも苦痛しかない旅だった…マジで…。
「ふぅ…」
それも、ここまで。ようやくだ。ようやくその苦行から解放されるのだ。
「はふぅ…マジ、最高…」
お隣さんも、これで満足していただけただろうか?
いや、そうでなければ困る。
本当に。切実に。困る。
「よ、よしっ、それじゃあ、後は歩いて街に向かうだけだよねっ!うん!そうだよねっ!それじゃあ、さっさと降りて、街に向かおっかっ!」
シートベルトを外し、ドアを開いてさっさと車外に降りようとするとーー。
「は?もう少しなんだから、乗っていけば良いじゃねぇかよ」
なんて言葉が聞こえて、一瞬だけ意味を理解しようとして考え込んでしまった。
「い、いや!あ、アレじゃん、アレ!こんな物で乗り込んだら、向こうだって『すわッ!?魔物かっ!?』的な事になって、困らせちゃうじゃん?だから、穏便に事を済ませるためにーー」
「いっくぜぇ!最後のフィナーレじゃあぁ!!」
「ちょっまっ!?」
俺が停止の声を掛けるよりも早くリョウはアクセル全開に踏み込んだ。
エンジンが唸りを上げて後輪が激しく空回りする音が遠くから聴こえてくるような気がしなくもない。
いや、実際には、すぐ近くに聞こえてるんだけど、俺は現実を知りたくなかった。
そして、数秒も経たずに、地面にタイヤが食らいつきーー急発進。
「意味一緒じゃねぇかよぉぉぉ!!」
俺の言葉が草原の遥か彼方まで響いた…ような気がした。
〜〜〜
『ハミレイス』の街。特にこれと言った特筆すべき事のなく、他の街と同様、魔物対策の為の大きな壁に囲まれた、普通の街。
街の出入り口は四箇所。東西南北に別けられる。
その東西南北の出入り口には何の為なのか分からないが、巨大な門が設置されており、その両脇に小さな門と詰所が設置されている。
小さいとは言え、車が二台並んでも余裕で通れるほどの広さはあり、右は貴族や金持ち専用。左は一般人用となっている。
そして、その北門ーーの詰所にて。
「だから、こんな事をされたら困るんだよ」
「はい…ごめんなさい…」
俺は兵士さんに謝り続けていた。
それと言うのも、全部あのバカの所為だ。
リョウが装甲車で街に乗り込もうとした所為で、辺りは騒然とし、兵士さんが大量に集まって門の前を固めた。
そして、リョウは何の気もなしに兵士さんを数人ばかり撥ね飛ばしてドリフト擬きで門の前に停車。
車から降りるなり速攻で捕まったよ…トホホ…。
「だから何度も言っとるやろがっ!このボケェッ!!テメェの小っせぇ脳味噌で少しは考えやがれっ!!」
ーーズダンッ。
隣の部屋から、すぐに誰のものか分かる怒声と鈍い低音が聴こえてくる。
おそらく…いや、間違いなく、リョウだ。
リョウがキレてる。
「ヒ、ヒィ…。も、もう無理!もう無理ですっ!あんなの相手にしてたら、命が幾らあっても足りませんっ!!」
あ、リョウの相手をしていた兵士さんが逃げて来た。
それを横目で確認した俺を担当している兵士さんが大きな溜息を吐きながら訪ねてくる。
「隣の彼、君のお友達…お友達だよね?」
「はい…なんかごめんなさい」
「お友達なら、大人しくさせる方法とか知ってるかな?」
「いえ、その…触らぬ神に祟りなしって言うじゃないですか。アレはその類です」
要するに、知りません。
「アハハ。そうか。そうか…」
リョウの担当の兵士さんは俺の返答を聞くなり見るからに落ち込んでしまった。
俺の担当の兵士さんも、軽く頭に手を置いて、頭痛を和らげようとし始めた。
でも、アレは俺でもどうする事も出来ない。
力尽く?いやいや、それこそ一番やっちゃいけない事だ。
後でどんなしっぺ返しが来るか分かったもんじゃない。
なら、言葉で?
それも無理。アイツに言葉で勝てる気はしない。
まぁ、要するに、だ。
俺はお手上げ。怒りを少しはマシにする事はできても、完全には無理。
「その、車で乗り上げた事とか、人を何人か撥ねた事とかは謝りますんで、見逃してくれませんか?」
「んー…そう言われても、こちらも仕事だから、そう簡単に『はい、そうですか』って見逃せる訳でもないしなぁ」
だよねー。
日本の世の中で治安を守る警察官が、目の前で暴走車を見かけて、目の前で人が撥ねられてるのを見たら、そりゃ見逃せる筈もないよね。
でも、この街のため。強いては、この兵士さん達の為に、なんとか見逃して貰わなきゃならない。
「じゃあ、どうすれば…」
どうすれば、見逃してくれる?
日本じゃ、轢き逃げは重罪だ。
人を殺してなければ死刑にはならないものの、懲役は間違いない。
……日本は?
あっ、ここ、日本じゃないじゃん。
じゃあ、話は簡単だ。
「お金…お金で解決できます?」
どんな世の中にも、賄賂と言うものがある。
お金があれば人の心は勿論、意思も自由も買える。
俺はそう信じている。
金の亡者とは言わないでくれ。
「金?まぁ、出来なくはないが…」
やっぱり。
「幾ら?」
「ん?」
「幾らで自由にしてくれます?」
「んー…被害損額とかで考えれば、金貨500枚って所が妥当だろうが、そんな大金ーー」
ーーズシンッ。
金貨500枚の入った皮袋を取り出して机に置くと、そんな音が鳴った。
『倉庫』には、貯めに貯めたお金がある。
勿論、ゲーム内マネーだ。多少の課金はしてるが、それは特殊アイテムや武器、防具を手に入れる為であり、ゲーム内マネーは自力で手に入れている。
これが使用できる事もミミルに尋ねて確認済みである。
「金貨500」
「…へ?」
「金貨500枚あります。確認して下さい」
お金なら腐る程ある。
無駄に溜め込むだけ溜め込んだお金が。
ストーリーを終えた後、使う宛もなく溜まる一方だったお金がある。
これからはお金も必要になるだろうし節約して使わなきゃならないと思う。
これは大きな無駄遣いになってしまうけど、この際、目を瞑った方が良いかもしれない。
それに、金は天下の回り物。
使わなきゃ損。使わなきゃ、手元にお金は入ってこない。
「ほ、本物…」
袋の中身を覗いた兵士さんが驚きに満ちた表情を浮かべて俺を見やった。
ちなみに、彼はさっき隣の部屋から逃げて来たリョウ担当の兵士さんだ。
「君はどこかの貴族様か何かか?」
金貨500枚。それがどれだけ大きな大金か分からないけど、ゲームだとそれだけあれば『鋼鉄の剣』を500本買えた。
と、言う事は、大金になるのだろうか?
兵士さんの反応からして、大金になるんだろうけど、イマイチ分からない。
調べる必要はありそうだ。
「違いますよ。見ての通り、旅をしている神父です。隣に居るのは、ちょっと性格とかはアレだけど、力のある用心棒みたいなものです」
「そ、そうか…。神父様か…。随分と若い神父様もいたもんだな」
「これでも25ですよ?」
「……すまん。15かそこらだと思っていた」
「………」
それはちょっと…傷付く。
日本人が童顔だとは知ってたけど、そこまで若く見られるなんて思っても見なかった。
いや、もしかすると、俺が老け顔だからなのか?そうなのか?
かなり傷付くんだけど…。
「な、なら、コイツと同い年だな」
あ、話を無理矢理変えやがった。
まぁいいけど。
「そ、そうなんですか?」
「ああ。コイツも今年で25歳だ。可愛らしい女房も居て家族円満で過ごしてやがる。羨ましい限りだぜ」
「い、いやぁ、照れますよ〜先輩」
それじゃあ、一つ下だね。
俺は今年で26歳だ。
それはそうと、絶賛照れてる兵士さんや。貴方は俺担当の兵士さんの瞳に宿る嫉妬の炎に気が付いた方が良いですよ?
いつか、背後からズップリと刺されますよ?
「じゃ、じゃあ、俺達はこれで釈放で良いですか?」
「おう。構わないぞ。上には話を付けておく。それと、あの鉄の塊は裏に置いてあるから、ちゃんと持ってってくれよ」
「はい。ありがとうございます」
ふぅいぃ。これで一段落。
一時はどうなるかと思ってヒヤヒヤした。
もう絶対にリョウには運転させない。そう心に誓いながら、俺とリョウは晴れて釈放された。
〜〜〜
「自由だーっ!!」
装甲車を『イベントリ』に収納中の俺の隣でバカが両手を挙げて声を張り上げている。
とは言え、収納は装甲車に触れるだけで簡単に終わるので、バカの奇行を目にする時間の方が長い。
「ほら、行くよ」
「おう!」
街に来るだけで、どうして一々騒動を起こすのか甚だ疑問しかないけど、終わった事を掘り返すのは好きじゃない。
この問題は終わったのだと割り切って、今はただ現実でこの街に来れた事を楽しむとしよう。
門付近は兵士達が駐屯する場所が多いみたいで、その他に倉庫やらと大きな建物で埋め尽くされている。
そこから暫く歩くとーー。
「おぉー。すげぇ。広ぇ。すげぇ」
リョウの語彙力なくなってるな。
でも、その気持ちも分からなくはない。
道は広々としており、これぞ街並みと言う建物がズラリと並び、馬車や人が行き交い、そこかしこで露店を開いて客引きをしている。
ゲームの時とは大違いだ。
あの時は、プレイヤーの数は多かったものの、NPCの数は異常に少なかった。
商店など普通はNPCが動かすものだろうに、なぜかプレイヤーが運営しており、鍛冶屋も、飯屋も、なぜかプレイヤーが全て運営していた。
NPCの店もあるにはあったが、プレイヤーが造る物と比べるとかなり質が落ちてしまい、どこも不人気で閑散としていた。
ゲームの時の面影が残っているからこそ、どうも街に入ってからは違和感しか感じない。
街に入った際に見かけた倉庫群も、その辺で開かれている露店も、普通の人間が行き交う街並みも、全てが物珍しく感じられる。
「なにボサッとしてんじゃ。どこかに向かってんだろ?」
「あ、ああ」
リョウに声を掛けて貰わなければ、もう暫くここで呆然としていたと思う。
それ程までに壮観だった。
少し急ぎ足で先に歩いて行くリョウの隣に並んで、歩幅を合わせて歩き出す。
ちなみに、リョウの身長は170センチほど。俺は180センチだ。
余り大差はないが、歩幅はかなり変わるので、いつも俺が合わせる感じだ。
「で、どこに向かってんだ?」
「冒険者ギルドって所。さっき詰所で言われたんだけど、そこで身分証明の代わりに出来る物が貰えるんだって」
まず、身分証自体なかったし、街は素通りで入れていた。
でも、ここでは違う。ゲームには無かった仕様がある。
身分証。または仮身分証がないと街には入れないし、その身分証はその街でのみ有効で、他の街に入るには税金と仮身分証が必要になるんだと。
仮身分証が通行税みたいな扱いになってる。とは思ったものの、言及はしなかった。
そして、それを解決するのが冒険者と言う職業。
街から街。国から国への横断に冒険者の身分証一つで可能となり、税金も払わなくて済む。
とは言え、受けた依頼の報酬額から税金額は差し引かれるらしいけど。
その冒険者ギルドだが、それ自体はゲームに存在していた。けど、ゲーム内でそこに参加していたかと問われれば否だ。
ゲームでは街中のどこかに居るNPCから情報を得て、クエストをこなして行くスタイルだった。
人から人へ。NPCからNPCへと伝言ゲームのように駆け回り、時には魔物を倒して素材を渡し、時には護衛として街と街を横断したりなどを行なっていた。
まぁ、最終的には、国王から騎士の勲章を渡されて魔王討伐に向かわせられるんだけど。
ついでに言うと、一緒に魔王討伐に向かう兵士達は、魔王城に辿り着く前に全滅。
実質、プレイヤー達のみで魔王を倒さなきゃならなくなる。
それはさておき。
「確か、ここだったはず…」
ハッキリとした自信はないけど、ゲームの時と同じならここであってる筈だ。
何度か冒険者ギルドから依頼されてクエストを手伝う事もあった為、一応、世界全土の街にある冒険者ギルドは把握している。
そして、目の前の建物も、その中の一つ。
無骨で所々に鉄板の補強が入り、看板には盾と剣が描かれた建物。
マップだと、こう言った主要部分にはマークが付いてーーあ、付いた。
盾と剣が描かれた看板と同じマークがマップ上に現れた。
どうも、このマップは使い勝手が悪い。
視界の右端にある時点で見難いのに、自分の居場所や周囲の人達の動きや建物などは分かるものの、念じないとその人が誰かだとか、フレンドがどこに居るのかとか、その建物が何なのかと言った事が分からないのだ。
まぁ、おいおい慣れて行けばいいか。
「取り敢えず、入ってみよう」
建物の外まで聞こえて来る喧騒に少し顔を顰めながら、俺はその建物に入って行く。
中は、思いのほか広かった。
決して綺麗だとは言えないが、キチンと机や椅子が整えられ、どこに何があるかは決まっているかのように一箇所に固めてある。
手前側に酒場を思い浮かべる長机が並べられ、中央を避けて左右に等間隔で広がっている。
中央の道を抜ければ、突き当たりに郵便局の窓口的な所がある。
窓口には、カウンターを挟んでこちらに向かう形で座ってる女性が暇そうに頬杖をついている。
その背後には同じ服装をした女性達が数人ばかり歩き回っている。全員が同じ服装だから制服みたいなものだろうか。
「おえ、酒臭ぇ。昼間っから酒飲んでるとかクソだろ」
「今は昼じゃなくて夕方だけどね」
酒臭い事は否定しない。
始めに酒場みたいな場所があると言ったが、そこで厳しい顔つきの男達が酒盛りをしているんだ。
中には、顔を真っ赤にさせて完全に出来上がってしまっている者達も居るようだ。
出来れば関わりたくない人種だ。
ちなみに、俺はこの歳になっても酒を飲めない。いや、飲まないと言った方が正しいか。
俺は酒に弱く、少し飲んだだけで出来上がってしまい、飲み過ぎると暴走する悪癖がある…らしい。
詳しくは知らない。生憎とその時の記憶がなくて、一緒に飲んでた友達に『急に暴れ出した』って言われた。
過去に一度、起きたら警察署の留置所だった事があった。話を聞く限り、道路で寝てた所を保護されたらしい。
あの時は本当に焦った。
と、まぁ、そんな事はどうでもいい。
リョウの発言が聴こえたのか、出入り口の近くを陣取ってる男達が睨み付けてきているのが、ビシビシと肌に感じる。
俺は関わりたくないから視線を向けないようにしてるけど、リョウは負けずと睨み返している。
どうしてそんな事するの…?
「ほら、リョウ。行くよ」
わざわざ自分から災いに飛び込む趣味はしてない。ああ言う連中と関わったら後々絶対に面倒になるのが目に見えているからだ。
だから、未だに立ち止まって昔のヤンキーみたいにガンの飛ばし合いをするリョウの襟首を掴んで、引き摺るようにしてその場を後にする。
ギャースギャースとリョウが何かを吠えているが、無視だ無視。
「あの、すみません。ここって冒険者ギルドであってます?」
リョウの所為で周囲から向けられる視線が痛いが、この際気にしてられない。
周囲の視線を一点に集めてしまい、恥ずかしくて赤面しそうになるのを必死で堪えながら、暇そうにしている受付嬢的な女性に話しかけた。
「はい。そうですよ。ここは冒険者ギルド、ハミレイス支店ですがどうしましたか?」
『ハミレイス』の街。マバツル村の一番近くにある街で、設定では王国領内に当たる場所。
「冒険者登録ってのをしたいんですけど、いけますか?」
俺がそう言うと、なぜか周りからクスクスと嗤い声が聴こえて来た。
なぜ?
「冒険者登録ですか?……失礼ですが、貴方は神父様…ですよね?」
あぁ、成る程。
要は俺が神父だから、冒険者ギルドに来るのが場違いすぎて笑われてるんだ。
声を大にして笑わないのは、誰もが神を信じて慕っているからなんだろうな。
「あー、俺はついでで、コイツを冒険者登録したいんだ」
これ以上笑われるのも御免だから、リョウを誤魔化しに使う事にする。
拾った猫のように、首根っこを掴んだままのリョウを持ち上げて受付嬢に見せつけておく。
ステータスがカンストしているから、リョウを持ち上げるのも楽々だ。
「そ、そうですか…」
苦笑いを浮かべられた。
解せぬ。
「では、登録手数料として一人銀貨15枚の頂きたいのですが、問題ないでしょうか?」
「あ、はい」
金取るんだ。
まぁ、別に良いけど。
一人銀貨15枚って事は、二人で30枚だね。
ポケットに手を突っ込んで、『倉庫』から取り出した銀貨を無造作に取り出してカウンターに置く。
「はい。二人分ですね。……確認しました。では、こちらに必要事項を記入してもらえますでしょうか?」
銀貨をカウンターの裏に引き取った受付嬢は、代わりに二枚の用紙を取り出した。
見た感じ、紙の材質は悪い。そして、硬そうに見える。いや、この場合は頑丈そうと言えば良いのか?
艶々した段ボールを平べったくしたような物だ。所謂、これが羊皮紙と言うものなのかな?
「ほら、リョウ。そろそろ自分で立って」
軽く持ち上げてリョウが自分の足で立てるような位置まで上げると、ふっと手の重みが消えたので、襟から手を離してカウンターに置かれているペンを手に取る。
っにしても、羽ペンか。
インクもある。
ちゃんと書けるかな?
「なぁ、俺、ここの字は書けねぇんだけど?」
……あ。
「ごめん。俺も」
ペンを手に取ったのは良いけど、この世界の文字は書けない。
翻訳を使えば読む事は出来るんだけど…。
「宜しければ代筆しましょうか?」
「お願いします」
俺の言葉に迷いはなかった。
「では、まずお名前をお教えして頂けますでしょうか?」
「タロウ・リョウだ」
リョウは即答した。
即答出来るような安直な名前だからね。
「タロウ・リョウ様ですね。神父様のお名前もお伺いして宜しいでしょうか?」
言いたくねぇーなぁ…。
けど、言わなきゃなんないし…止むなし。
「……ココハ・ドコ」
「…はい?ここは冒険者ギルド、ハミレイス支店ですよ?」
………だから、言いたくなかったんだ。
ミミルにも同じ感じで間違われたし。って言うか、間違えるような名前にしちゃったし…。
クソォ。名前変更からやり直したいっ!
「いえ、ココハ・ドコが名前です」
「ああっ。すみません。ココハ・ドコさんでしたか。珍しい名前ですね」
その愛想笑いが一番辛い。
内心で必死に笑いを堪えてる姿が容易く想像できる。
俺がジト目を向けていると、受付嬢は咳払い一つ。次の質問に移った。
「では、ジョブをお教えできますでしょうか?これは必須ではないのですが、依頼を斡旋する際などにジョブが明らかになっていれば、優先して斡旋できますので」
成る程。言わないと言う選択もあるのか。
けど、ここは敢えて言っておいた方が良いのかもしれない。
「賢ーー」
口を滑らせかけたリョウの口を片手で塞ぎ、代わりに俺が答える。
「リョウは剣士で俺は魔法使いです」
「剣士と魔法使いですね。回復魔法は使えますか?」
「はい」
カキカキと受付嬢は俺達の答えた内容を書き記す。チラリと覗き込んでみると、本当に質問通りの内容だ。
「最後に、レベルと特技を教えて下さい」
リョウの口から手を離してジェスチャーで『待て』をしてから、俺が答える。
「リョウが30。俺が20です」
「リョウ様がレベル30と神父様はレベル20ですか。見た目に削ぐわない高レベルですね。回復魔法も使えるとなると、すぐにランクを挙げれそうですね」
そう言ってニッコリと本心からニッコリと笑顔を見せてくれた。
なんだか、子供扱いされてる気がしてきたぞ。
しかし、なんだ。『これぐらいなら簡単に上げれる若輩者にピッタリのレベルかな?』って思って言ったレベルが、まさかの高レベル扱い。驚いた。
レベル713のハイエルフの下りはなんだったんだってツッコミを入れたくなる。
魔王を倒したって言われてる勇者がレベル500なんだから、普通の冒険者でもレベル100はあって不思議じゃないと思うんだ。
要するに、だ。
幾らなんでもレベル低すぎるだろ冒険者。
「では、ギルドタグを作製しますので、もう暫くお待ち下さい」
そう言うと、席を立って奥の部屋へと向かって行く受付嬢。
「なぁ。なんで嘘付くんだ?」
それを見届けて、受付嬢の姿が見えなくなった頃にリョウが神妙な顔付きで訪ねてきた。
絶対に口を塞いだ事に噛みつかれると思ったのに、思ったほか冷静に尋ねてきたのには驚いた。
ちょっとヒヤヒヤして、いつでも攻撃が来ても良いように構えていた俺がバカみたいに思えてくる。
こんなリョウを見れるのは凄く珍しい。いや、マジで。珍事だと言って良いぐらいだ。
だからこそ、俺も真面目に返答を返す。
「その方が都合が良いからだよ。変にレベルが高いなんて報告してしまったら、まず始めに疑われるのは間違いない。それに、それが露見してしまったら、俺等の有用性に気が付いたお偉いさん方に食い物にされちゃうからだよ」
「ん?うん。そうだな」
自信満々に分かったかのように頷いているけど、コイツとは長い付き合いの俺は知っている。
ーーこの顔、絶対に分かってない顔だ。
「…要するに、リョウは他人にアゴで使われるのは嫌いでしょ?」
「当たり前だろ」
「それを避ける為にした」
「なるほど。良くやったな、下僕」
リョウが満足気に頷きつつ、バシバシと背中を叩いてくる。
戦闘職が魔法職に叩かれても普通は痛くない筈なんだけど…なんでこんなに痛いの…?
「誰が下僕だ。誰が…痛いし…」
リョウの言葉に反論しながら、俺の背中を叩いてくる腕を掴んで次発を阻止する。
ーー刹那。
「オラッ!」
「っ!?」
もう反対側の空いた手をグーにして殴り掛かってきた。
なぜ!?どうして!?
訳が分からないっ!!
取り敢えず、咄嗟に手を突き出してパンチを受け止める。
リョウの拳と俺の手が衝突した場所からズダンッと衝撃波が発生し、軸足が床の板を破壊して減り込んでしまった。
力込めすぎだろっ!?
咄嗟に受け止めたけど、受け止めた手が凄くヒリヒリする。
コイツ…本当に魔法職…だよな…?
左手でリョウの腕を抑え、右手でリョウの拳を抑える。俺は戦闘職の筈なのに力が拮抗している。
グググッと、俺とリョウとの押し合い問答が始まった。
勿論、どちらも本気じゃない。
リョウも本気じゃないのは分かっている。
…嗤ってるし。
それに、俺達が本気で争えば、冒険者ギルドなんて一瞬で粉々になってしまう。
リョウもそれを分かってて力を抑えている筈だ。
でも、なぜ?
俺、リョウに何かした?
分からない…。
分からなさすぎる…。
やっぱり、リョウの考えは分からないよっ!
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