異世界冒険EX

たぬきち

魔王①



「……何だと?」

 城の三階の奥の部屋。
 かつてフロリアの両親の部屋であったその場所で、俺はスレイにあることを頼んでいた。

「だから、一人で魔王は厳しいから最初ぐらいついてきてくれって」

 勇闘会で俺に与えられた条件、それは勇者パーティーの代わりに魔王を討伐すること。

 とはいえ、初回から俺一人は不安だ。そもそも魔王という存在自体よく知らない訳だし。

「……そうは言ってもな、俺達にもやることがあるしな」

「あ、そうだ。王女様たちにでも手伝わせたらどうかなー?」

 どこにでもわいてくるアロードが、横からニヤニヤと意地の悪い笑みで会話に混ざる。

「わかってるだろ? 今の俺とフロリア達の関係は」

「あはは。そうだね! 君は僕たちの計画に乗ったんだもんね。そりゃ仲直りは無理か」

 勇闘会から一ヶ月。

 勇者パーティーと俺は、魔法の研究に加え、各地の子供のいる親を殺して回っている。

 スレイ達がそれをして回る理由は、単純だ。

 憎しみこそが強くなる為に最も必要な感情だと信じているからだ。

 そして、親の存在は甘やかすだけ。ただ邪魔な存在。それが勇者パーティーの考えだった。

 どうやらこいつらの過去に起因しているようだが……知りたくはない。

 とにかく、俺に説明した事が本当ならば、奴らは自分たちがいなくなったあとも魔王を倒せるよう、自分たちに代わる存在を求めて殺して回っているようだ。

 歪みきっているが、世界を守るために行っているとも言える。

「それに俺が死んだらもう魔王を倒せそうな人材とかいないんじゃねーの?」

 今の今まで後釜が決まっていなかったという事はそういうことなのだろう。

 つまりは俺がいなくなればまた勇者パーティーは魔王と戦わざるをえない。

「……仕方ない。アロード、全員を集めろ」

「はいはーい」

「ありがとさん」

 案の定、少し顔を顰めながらもスレイは承諾した。

 アロードは指示を受け、返事をしたかと思うと固まっている。恐らく別の分身体に意識を移したのだろう。

「だが、手は出さないぞ? 俺たちの協力がないと勝てないようでは話にならないからな」

 ……パターン3か。同行はしてくれるようだが、流石に協力はしてくれないようだ。

「わかってるって。ただアドバイスはしてくれよ。俺だって死にたくはないからさ」

「わかった。だが、次回からは同行は無しだ。だから次回までにその為の仲間でも作っておけ」

「了解」

 そう言って俺は部屋を出る。

 魔王の新たな出現まであと四日。それまでに準備を進めないと……。


◆◇◆


「ここが魔王の生まれる場所か」

「そうだ。魔王は前回死んだ場所に復活する。つまり、ここ魔王城にな」

 俺たちがいるのは魔王城の最上階。天井は無く、魔王城だというのに綺麗な青空が見える開放的な一室だ。

 天井と同じように床や壁にも穴や傷、ひび割れなど戦闘の後が残っている。

「さて、と。まだ少し時間はあるし、魔王について説明してくれよ」

「孤児でも知ってる話だぞ?」

 俺が何気なく聞いた所、スレイはキョトンと少し驚いた顔をしている。

「怪しいなぁ。魔王のこと知らないなんてちょっと考えられないんだけどー?」

「そうよねぇ。私達だって知ってる話よ?」

 横からアロードとカーラが俺の腹と頬を指でつついてくる。

 ノードとスフィリアはどちらも無言だ。片方は無口なだけだが、スフィリアはアイマスクまで着けて完全に眠っている。

「…………」

 思えばこいつらともずいぶんと打ち解けられた様に思う。

 まぁアロードは未だに油断ならない奴だが、意外とドジな所もあり、この前も何もない所で転んで、立ち上がると恥ずかしそうにキョロキョロと辺りを見回していた。

 カーラは同性愛者であり、俺に女装させようとして来るのが玉に傷だが、戦闘訓練では真面目な表情となり、何度も俺に挑んでくる。

 その度に転がして、投げ飛ばし、蹴っ飛ばしているのだが、最近少し腕を上げたようでちょっと危うい。

 ノードは無口でコミュニケーションが取りにくいが、誰にも聞こえない程の小声で冗談を言っていたり、話題として適当に地球の漫画や小説の話をしてやった所、毎日俺に話を聞きに来て、最近は自分で物語を考えているようだ。

 スフィリアの奴はよく分からないが、それでもたまにこいつらの事を好ましく思っている自分がいる。

 だからもう終わらせないと。これ以上俺の気持ちがブレる前に。

「まあいい。魔王はいつ生まれたかはわかっていない。俺たちが倒した魔王が最初だと教えられてはいるが、本当かどうかはわからない」

「それでもその魔王は何百年もの間、人間を支配してたんだから凄いよね。まあ、それを倒した僕たちはもっと凄いんだけどさ!」

 邪魔とも補足とも言えない合いの手を入れてきたアロード。

 ……どうして張れるほどの胸の無いやつに限ってすぐに胸を張るんだろうか。

「その魔王の死に際の話では、『我が死んでも第二、第三の魔王が生まれるだけ。絶望しろ、人類。貴様らに救いはない』との事だった」

「例え魔王がまた生まれたとしても、赤子ならすぐに殺せるし、成長するまで動かないならそれはそれでいいと思ったんだよねー」

「私たちが生きてる間は私たちが倒せばいいし、十何年に一度程度なら暇つぶしに丁度いいからね」

 遂にカーラも混ざってきた。その目はどこか遠くをみている。

 過去の事でも思い出しているのだろう。

「だが、半年後。新たな魔王が生まれた。青年と思しき外見でな」

「……それは今いる魔族の中から魔王が決まったとかじゃねーの?」

「そう。俺たちもそう思った。だが、違った。俺たちが倒した後、城を管理していた国の兵士が見たのだ。何もないこの部屋に新たな魔王が生まれたのを」

「………………」

 おいおい。バレてるじゃん、アッサム。いいのかね? 仕組みと言うか何というかバレたら不味い気もするんだけど。

「それも赤子でもない、成長した姿でな。……それから半年ごとに生まれる魔王を倒し続けて来た」

「もっと感謝して欲しいよ。僕たちがいなかったら、世界は魔王に支配されたままだっ――」

「アロード!」

 俺がアロードを突き飛ばすと同時に、アロードのいた場所に鋭い氷の針が突き刺さる。

 攻撃のあった方向、つまりは上空を見上げると、黒い翼をはためかせる赤い髪の少女がいた。

「あれが魔王か?」

「……そのようだが、おかしいな。いつもより早いし、いつの間に上空に……」

「そんなのどうでもいいからさっさと殺してよ! ユウト! 僕を狙うなんて許せないでしょ!」

「ハハ……」

 傷一つないくせに怒るアロード。思わず苦笑してしまった。

「……それはともかく上を取られるのは少し困るな」

「了解」

 俺はスレイの言葉を聞きながら、頭の中では別の事を考えていた。

 ……何で助けちまったかなぁ。どうせ分身だろうし、死なせても良かったのに……。何で俺は……。いや、駄目だ。今はあいつとの戦いに集中だ。

「妾こそは魔王ミレイユ・ラフィール。何故こんなところに人間がいるかわからないが、滅ぼしてやろう」

「はいはい」

 魔王の前口上を流しながら、俺は奴の背後に飛び上がる。

 飛行の魔法は魔力消費が大きいからあまり使いたくない。

 すぐに終わらせる。

「<<ALL UP LV.10>>」

 一秒間。神速の斬撃をこれでもかと浴びせ続ける。悲鳴すら聞こえない圧倒的な速度で、魔王の肉体を細切れにする。

 下の奴らの中でも見えているのはスレイ位だろう。

「…………っ」

 カチリと納刀すると同時に、無数の肉片と血液が音を立てて落下する。

 ドシャっという嫌な音と共に、短く高い声の悲鳴が響く。

 慌てて下を見ると、

「……この野郎。僕を狙ったね?」

 ちょうど落下位置にいたアロードがニッコリと寒気のする笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

 着ていた白のフード付きのマントは真っ赤に染まり、彼女自身も血肉にまみれた姿になっている。

「ぐ、偶然だって。<<ウォーター>>」

「ちょ、まっ!」

 洗い流してやろうと手から水を出してみたところ、予想以上の勢いでアロードを押しつぶしてしまう。

 しまった……。

「…………いいよ。許すよ、この場はね。明日以降、僕の復讐に怯え続けるがいい……」

「その方が怖えよ」

 幽鬼のようにゆらりと立ち上がったアロードは、顔を隠すように垂れ下がった前髪の隙間から鋭くこちらを睨みつけている。

「アロード、落ち着け。それからユウト、良くやった。全然問題ないじゃないか」

「あ、うん」

 スレイはアロードの頭に手を軽く置くと、俺の方を向き、そう言った。ぎこちない笑顔で。

 珍しいな。初めて見る。薄笑いなら見た気がするけれど。

「スレイのそんな笑顔、初めて見たよ……」
 
 アロードも俺と同じようにポカンと口を開けている。

「え? スレイが笑ってるの?」

「…………」

「……え?」

 カーラはわざわざスレイの前へと回り込み、ノードもこっそり無言で回り込む。

 果てはスフィリアまでもがアイマスクを外し、慌てて見に来ようとしている。

「な、なんだ? 俺だって笑う事ぐらいある」

 焦ったようにいつもの仏頂面に戻るスレイ。

「気持ちはわかるよ、スレイ。これで僕たちは自由だ。僕もこれからの未来が楽しみでしょうがないよ」

「そ、そうよね! 実は遠すぎて行くの取り止めてた街があるのよ! そこは住人全員が女……」

「そんな所よりさ、龍人が暮らす隠れ里があるらしいんだよ! 僕の分身達で探してるんだけど未だに見つかってなくてさー! 一緒に探そうよ!」

 ワイワイと盛り上がる五人を見て、俺の心臓が締め付けられるように痛む。

 まだ迷っているのか。……いや、違う。今だから俺は…………。

「ユウト。何ぼーっとしてるのさ! 今から半年は猶予あるんだから、君も一緒に探すんだよ!」

「え?」

「嫌とは言わせないよ! 僕をこんな姿にしておいて」

 全身ずぶ濡れのアロードが、両手を広げアピールしてくる。

 未だに前髪からは水滴が落ちており、まるで

「濡れネズミみたいだな」

「ネズミは酷くない?」

「ふっ」

「あ、また笑った」

 俺とアロードの会話にスレイが吹き出し、それを見た他の三人も思わず笑っている。

「だから、俺だって笑うって言ってるだろう。全く。……じゃあ、帰るぞ」

「あいあいさー。ユウトも行くよー」

「ていうか、本当いい街なのよ。そこはなんとね……」

「…………そうか」

「スレイさんの笑顔なんて珍しいものが見れましたし、いい夢が見られそうです」

 階段を降り、城の出口へと向かう五人の後を追う。

 油断しきっている五人は横並びに歩いていく。

「………………あ」
 
(何を言おうとしている。ユウト)

 わからない。俺にもわからないのに、なぜか声が出てしまった。

(迷っているのか? 自分で立てた計画だろうに)

(俺は……だって……こんな)

(戻りたいのだろう? 元の世界に。なら、義務を果たせ)

(でも……こいつらはその、そんな殺さないといけない程悪い奴らじゃ)

(笑わせる。本当にアイギス様から教育を受けたのか? 善悪なんて概念で語るなんて)

 楽しそうに降りていく四人。

 俺は気づいて欲しいのか、それとも気づかれたくないのか。何も言わないまま、彼らの後を追う。

(いいか? 善悪とは立場で揺らぐものであり、絶対的なものではない。例えば殺人は悪だが、戦争時にはそれが正義となる。それは何故か?)

(視点が変わるから……)

(そうだ。個人目線で見るなら殺人は悪だ。何故なら自分にとって不利益だから。だが、逆に国家目線で見ると相手を殺し、益を得る戦争は正義だろう)

(……だから、世界目線で見るなら勇者達を殺すのは……その、魔王を倒す存在が……)

(それは人類目線だろう? 奴らを放置しておけば人類は増え、世界は滅ぶ。お前は滅びから世界を救うんだ。もっと大きな、世界視点を持て)

(…………)

(それに、だ。個人目線で見てみても、たくさんの人を殺しているアイツらは悪だ。フロリアやメアリー、アルフにエレナもそう言うだろう)

 わかっている。わかっているんだ。フロリアにとっても、メアリーにとっても、街の人たちにとってもこいつらは悪だって。

 でも、今の俺にとってみんなは……。

 もしもこんな関わらなかったら簡単に殺せていたはずだ。

 でも、一緒に居てあいつらだって普通の人間だって気づいてしまった。泣いたり、怒ったり、笑ったりするただの人間なんだ。

 敵の時はわからなかったあいつらの顔が、俺の心を揺らがせる。仲間には甘い、ただそれだけなんだろうけど……割り切れない。

(そういえばお前は面白い事を言っていたな。命に重いも軽いもない、命は命だろ。だったか?)

 そうだ。スレイ達の命も、俺の命も変わらない。同じ命なんだ。

 それを勝手な都合で奪うなんて……。

(肉や魚や野菜。たくさんの命を犠牲にして生きている人間がそんな事を言うなんてね、笑っちゃったよ)

 嘲笑を帯びたアッサムの言葉が、頭の中に響く。

(……そ、それはだってそんな動物とかと比べたらそりゃ……)

(違うだろ? 種族どうこうじゃなく、自分が生きたいから他者を喰らうだけだろう。ここに来た時の最初の気持ちを思い出せ。大事な何かの為に来たんだろ? その大事なものと五つの命。どちらが重いんだ?)

 …………大事なもの。

 ……茜。

 そうか。そうだよな。俺の一番大事なものは茜だ。

 だから俺は……あいつらを殺して、また茜と生きるんだ。

 その為ならどんな犠牲を払っても。誰を殺しても。どれだけ傷つこうとも。平気な筈だろ。

 だから泣くなよ。俺。

(はい。時間切れだ)

 俺よりも一足先に、魔王城から一歩出た五人の足元に浮かぶ円形の魔法陣。

「え、エリアテレポート!?」

「なっ!?」

「…………っ!」

「ええ?」

 スレイの仲間の四人は光と共に消失し、この場には俺とスレイだけが残された。

 もともとの計画ではこうして魔王を討伐した所、疲弊した所を狙う計画だった。

 魔王との戦いで疲れた勇者パーティーを、メアリーのエリアテレポートでバラバラにし、勇者を叩く。

 それだけだったんだ。簡単な筈だったんだよ。

「やってくれるな。ユウト」

「……ごめん」

「……戦うんだな? なら、上に行くぞ」

「わかった」

 坦々と言葉を交わしながら、俺は必死に考えていた。誰も犠牲にならない方法はないか。

 だが、思いつかないまま最上階の部屋に辿り着いてしまう。

 さっきまで笑い合っていた部屋。

 今は……。

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