異世界冒険EX

たぬきち

女神長アイギス

「…………」

 え?

 まさか俺死んだ?

 目覚めて、起き上がり、辺りを見回す。

 なんだこの真っ白な空間は。

「すいませーん!」

 …………返事がない。ただの……ってそんな場合じゃないか。

「嘘……」

 え? まじで? 俺死んだの? んな馬鹿な。だって俺まだ……うそだろ。

「いや、ありえない。俺は死んでないよ、うん。そうだ。だって我思う故に我ありんぐ」

「そう、死んでないよ。まだ、ね」

「うわっ! びっくりした! 誰だよ! って……」

 しょうもないことを考えていたところ、声をかけられる。

 羽の生えためちゃくちゃ美人な女性に。

 ……これは死んでる可能性出てきたなぁ。

 茜と少し似ているような……いや、全然違うな。こっちの方は性格悪そうだ。目つきも鋭いし。

 ……でも美人だ。銀色の髪に切れ長の目、そして背中に生えた美しい羽、そしてそこそこの胸。

 ああ、そうか。……この人は女神だな!

「初めまして! 神木悠斗です! よろしくお願いします!」

「……その態度の変わり様、私は嫌いじゃないよ。女神長のアイギスだ」

「女神長ですか?」

 挨拶を返してくれたアイギスさんは、想像よりもう少しだけ偉かったようだ。惜しかった。

「そうだ。まあ、私の上には一人しかいないからナンバー2でも副社長でもいいぞ」

「……はあ。それで俺はなんでこんな所に? ていうかここはどこですか?」

「ここは私の空間だ。だから大概のことは出来る。悠斗の傷も治ってるだろう?」

「え? あ、そういえば」

 野犬に噛まれた傷がいつの間にか無くなり、血やヨダレや土で汚れた服も元通りになっている。

「だが、元の世界に戻れば傷も戻り、数秒後には死んでしまうだろう。今は時間を止めているから死なずにすんでいるがな」

「うえー。マジですか……」

 そういえば、何で復元されなかったんだろ? ちょっと聞いてみようか――

「だが、そんな悠斗にラッキーチャアアアンスウウウ!」

「…………」

 躁うつ病かな。この女神。あ、女神長。

 突き出された指を折りたい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。

「……あー、私の手下として働くなら、なんとかなる、かもしれないこともないのかもしれないのかもしれないのかもしれないのかもしれ……」

「…………」
 
 こいつはやべえ。明らかに狂ってやがる。触らぬ女神に祟りなしだな。

 ノータッチだ。ここは。

「……しれないのかも……っていい加減止めてよ」

「いや、息継ぎなしで凄いなあ……って。……それよりアイギスさんの手下になればなんとかなるんですか?」

「ああ。なるのかもしれないこともないの「それはもういいんで」

 無駄な時間が過ぎるから。

「実はな、悠斗のいた地球の他にも色々な世界があるんだ。剣と魔法の世界って奴や、デスゲームの世界もあるし、ゲームの世界もある。中には最近作られ始めた世界もあるな」

「……異世界ってやつですか……」

「そうだ。基本的には敵性存在のいるファンタジー世界が多いんだけど、そういった世界では生命の危険がある。だから誰にでも頼める訳じゃないんだけれど……」

 ……なるほど。そういう事か。

「だからこうして弱みというか、交換条件の提示できる相手を選んで話をしている、という訳ですか」

「まあ、悠斗に関してはそれだけが理由でもないけど……。あ、とにかくそういった世界の問題を解決するのが私や他の女神の手下というか部下の仕事な訳だ」

「それで、その見返りとして俺の傷を治してくれるんですか?」

「……いや、それはちょっと違うな。というか、その必要はない」

「え? どういう事ですか?」

「お前には復元……まあ、正確には少し違うが……とにかくその力を使えば傷も治せるはずだ」

「え? でも……」

「発動しなかった、だろ」

「はい」

「大丈夫だ。私の手駒として働くなら、悠斗の能力も、その使い方も教えてやる。だから、どうだ?」

 いつの間にかふざけた雰囲気も無くなり、真剣な表情でこちらを見るアイギス。

 ちょっと怖い。なんというか、既に選択の余地が無いことを知っているような、聞いているというより、確認の印象を受ける。

「………うーん」

「まぁ正直に言うと能力に関しては、ちゃんと調べてみないと詳しい事まではわからないけれど、既に当たりはついている」

「えーと……ちなみに解決した後は自由なんですか?」

「基本的にはな。また頼みたいことがあったら呼ぶけど」

 何かブラック臭がするなぁ。休みの日もいつ呼び出されるかドキドキして休めない、そんな悲しい日曜日。なんてね。

「……そういう事なら、わかりました。手下とやらになります」

「いいのか? もっと悩まなくて?」

「……はい。もう一度、茜と生きられる可能性があるのなら考えるまでもないです」

 ……せっかく本気で好きな相手が出来たんだから、死んでる場合じゃない。

 結局のところ、選択の余地はないんだ。

「そう……ならいいけれど。それじゃあ、まずは……修行だな」

「……え?」

「修行だ」

 俺の聞き返しを聞こえなかったと判断したのか、アイギスさんは繰り返す。

 そうじゃないんだよなぁ。

 こういうのって修行なしでも最強にしてくれるものじゃないの? いや、別にいいけどさ。

「……そりゃいいですけど、そんなに悠長にしてていいんですか?」

 確か別の世界の問題を解決しないといけないはずだ。

 問題は時間が経てば経つほど面倒になるのだから、なるべく早く解決しないといけないのが普通だろう。

 俺はそう考え、尋ねる。

 が、アイギスは何でもないように手を振り、答える。

「ああ。大丈夫だ。問題の世界は時間を止めているからね。ただ、それだといつまでたっても発展が無いからね、上から怒られてしまうんだよ」

 ……なるほど。

 上の奴が求めてるのは何かが発展した世界なのか。

 それが人類なのか、文化なのか、はたまた別の何かなのかはわからないけれど。

「じゃあ、やっぱりなるべくは急いだ方がいいですね。修行の予定はどれくらいなんですか?」

「七十年だな」

「は?」

 ふざけるな。

 七十年も茜と会えないとかありえない……というか……。

「そんな時間かかってたら俺、お爺さんになってると思うんですけど」

「ああ、それは大丈夫。肉体の時間を止めているから年はとらないよ」

 ……ふむ。

 確か地球の時間も止まっている筈だし、俺の意識だけが七十年、年をとるだけか。

 なら確かに他の世界とやらは命の危険がある訳だし、修行はしていて損はないのかも知れない。茜と会えないのは寂しいけれど、死ぬのは一番駄目だ。

「それならいいですけど……」

「まあ、その弊害で筋力もつかないけれど」

「……は?」

 ご冗談がお好きな女神様だこと。あ、女神長か。

 ……確かに常識的に考えれば肉体の時間が止まってる以上、発達もしないのだろうけれど……。そこは魔法とか何かそんなふわふわしたので何とか出来ないのかよ……。

「この修行で学ぶのはあくまで技術と経験だからな」

「あの……俺まだ九歳なんですよ? 筋力なんて無いに等しいんですが」

 具体的に言うと五キロのバケツでヒイヒイ言うぐらい。まだ茜の方が力ありそう。

「大丈夫、大丈夫。飲み込みが早ければ魔法も教えてあげるから。それに、力を使わない技もあるしね」

「うーん……それならわかりました。よろしくお願いします」

 正直……納得いかないが、爺さんになるよりはマシだ。

 それに魔法……やっぱりちょっと憧れちゃうな。俺も男だし。

 茜のお姉さんのこと馬鹿に出来ないなぁ。

「よし。じゃあ、まずは武器術と格闘術からだな。始めるぞよ」

「はい!」

 ぞよって何だよ。

「ちなみに、当然ダメージや痛みは普通にあるからな。弱った状態での立ち回りも教えたいし」

「え?」

「行くぞ。剣を構えろ」

 よく考えれば当然なのだが、あまりに急な展開でそこまで頭が回らなかった俺は、思わず呆けてしまう。

「遅い」

 いつの間にかアイギスの手には剣が握られており、その体は俺の目の前に迫っている。

「ちょっと待って! 剣なんて無、うわあああああああああああああ!」

「どうした? もう腕が無いぞ? それでは剣も握れないではないか?」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「そうだ! 回復してやろう! まあ、また切り落とさせてもらうがな!」

「う、あわああああえええああああああああああああああ!」



◆◇◆



「ちょっと待って」

 記憶の再生を止めると同時に、俺の叫び声が消える。ここは現在のアイギスの空間。

 ニルギリとアッシュ達、茜とアイギスとおっさん達と記憶を見ていた。

「なんだよ、いい所で」

「どこがだよ。殺すぞ」

「アイギスさん。後で……やっぱり今、お話があるんだけれど」

「茜ちゃん……目が怖いよ」

 茜にドナドナされているアイギスを尻目に、残りのメンバーに話しかける。

「……この最初の修行は俺には本当トラウマなんだよ。この時に俺はこの世のありとあらゆる肉体的、精神的苦痛を知ったよ。だからここはスキップだ」

 修行シーンはともかく、ちょっとまだ茜には見せられない出来事があるのだ。

 カットはされると思うが……そこまでの流れも見せられない。若さゆえの過ちが俺を追い詰める。くそう。

「でも大分ここで鍛えられたんだろ?」

「クフフ」

「そりゃそうだけど……ってニルギリ。何笑ってるんだよ。殺すぞ」

 ニルギリが、口元に手を当てニヤニヤしている。ぶち殺したい。

「いえ。あの神木悠斗が無様に叫んでいるものですから……」

「お前なぁ……この時、俺は九歳だぞ。小学三年生で両腕切られて叫ばない奴なんかいないっつーの」

「確かにな。子供相手にこれは……ちっとやりすぎだろ」

「ええ。本当にね。流石に同情するわ」

 ニルギリとは逆に、アイラとゲインは哀れみの視線を俺に向けてくる。

 常識人はこの二人だけか……。

「お前らはわかってるな。そうなんだよ、この女、頭おかしいんだよ」

 茜から逃げ惑うアイギスを指差し、告げる。

 本当は人の皮を剥いだりする俺が言えた事ではないのだが、良くも悪くもそのときの記憶が無い常識人の二人は静かに頷く。

「待って待って! 茜ちゃん! 結界解除して! そして近寄らないで!」

 アイギスは遂に茜の結界に囚われており、そこに茜が一歩ずつ近づいている。

 罰を受けるのだ。アイギスよ。 

「違うんだって! これはちょっと最初だから逆らえないように躾けとこうと思って……待って! 本当に! ちょお悠斗! 止めてよ!」

「……あ、そういえば一円玉の直径は二センチなんだって。物差しが無いときに使える豆知識」

「「へー」」

「悠斗おおおお! 待って待って待って! そこのおっさんでもいいから助けて!」

「おっさん……じゃあ、一円玉を二つに割ればわかりやすく一センチで測れるな」

「はい、貨幣損傷等取締法違反」

「それは悠斗の世界だけの法律だろ」

 和気あいあいとおっさんと豆知識トークを繰り広げる。

 なかなか面白い。流石に女神の上なだけあって知識が幅広い。

「待って! それにあれは飴と鞭で言うところの鞭だから厳しいだけで、あのあとめちゃくちゃ甘やかしてるんだって!」

 待てや。

「っ!? 何言おうとしてるんだよ! アイギス!」

「うるさい! こうなりゃお前も道連れじゃーい!」

 どうやったのかわからないが、アイギスは結界を壊し、止めていた記憶を再生させる。

 あの野郎……!

「させるかっ!」

 このまま再生を許してしまえば、間違いなくデッドエンドルートに入ってしまう。

 時間停止!

 アッシュ達から奪った固有魔法を使い、時間停止を発動させる。

 この空間でも効果があるのか、そして俺に発動出来るのかわからなかったが、一か八かの賭けに出た。

 それしかデッドエンドを回避する方法が無かった。

 そして……俺はその賭けに勝った。

 空間の時間が止まり全ての動きが停止する。

 よし……なんとか成功だ……。あ、アイギスの羽が片方無い。その上もう結界張りなおされてる……っと。とにかくここは……

 欠点消去。
 現状維持。
 確定未来っと。

 ……くそ。やっぱり発動しないか……どうしようかな……。

「仕方ない。修行シーンはカットしてやるか……」

 おっさんはそう呟いて、何でもないように停止中の空間を歩いている。

 ……なんで動けるんだろう。

「我は全能だからな。……というかお前も……いや、それより我の確定未来によるとお前も含め、我以外の全員が死ぬようだな。まったく……」

 心の声まで読んできやがった。……やはり敵対するのは避けた方が懸命なようだ。

 というか、おっさんでも止められないのか。

「……おっさんってお前……まあ、そうだな。最悪のパターンでは我まで消されてしまうからな。……お前が思っているよりも、森羅茜は化物だぞ?」

 でも可愛いじゃんか。

 ……まぁ、とりあえずおっさんも言っていた通り、カットして第一の世界へ行くところから始めて下さい。

「それしかないか……」

 じゃあ、お願いします。

「ああ」

 よし。時間停止解除っと。

「……あら?」

「今のは……」

 アイラとニルギリが何か違和感があったのか、チラチラとこちらを見てくるが無視だ。

 それよりもっと大事な事があるからな。

「茜、とりあえず続きを見よう。それに一応は、アイギスのおかげでまた茜とこうしていられるんだしさ。許してやってくれよ」

「……まあ、悠斗くんがそう言うのなら……」

 俺が茜に声をかけると同時に、アイギスを捕らえていた結界が消え、汗だくだくのアイギスがへたりと座り込む。

 ……もしかしてアイギスも確定未来使ったのか? いや、おっさんがいる以上それは無理か。

「じゃ、じゃあ、修行シーンは長いしカットして終わったところからだな」

 おっさんに目配せし、茜の手を引いて隣に座らせ、アッシュ達からの反論を無視し、記憶の再生を始めた。

 


◆◇◆


「悠斗、よくぞやり遂げた。もう教えることは……色々あるけれど、とりあえずはない。時間が。免許皆伝だ」

「何ですかその微妙な免許皆伝。そもそもなんの免許だよっていう」

 七十年間、ずっとボケられ続け、疲れてはいたがそれでも一応、突っ込んでおく。

 頭の上に置かれたリンゴではなく、右目にナイフを投げられ、避けることも叶わず右目にナイフが刺さったまま『リンゴを狙えよ!』って突っ込んだ時を思えば楽勝だ。

 他にも隠し味はトリカブト、だるまさんが死んだ、リアル格闘ゲーム、連鎖コンボで魔法攻撃などなど、アイギスには本当に世話になったよ……。

 いつか必ず同じ事をやってやる。

「名残惜しいがそろそろ送らないといけない。カードと魔法の世界、デュエルへ」

「……七十年も付き合ってくださってありがとうございます」

「技術的なものは教えたが、もっと筋トレをしときなよ? アレのおかげで少しは鍛えられてはいるけれど、筋肉はどれだけあっても損はないから」

「はい。わかりました」

「あと余った時間じゃ魔法は強化魔法しか教えられなかったから、物理攻撃メインで戦うといいよ」

「はい。魔法に関してはアレがありますしね」

「そうだね。ただ、アレはちょっと他の女神には知られない方がいいと思う。……うん。魔力無効や魔法解除として使うといい。その力は、女神にとっても危ういから」

「……確かにそうですね。じゃあ、お願いします」

「ああ。あっちの世界の詳しい話はあっちの女神に聞いてね。……じゃあね。また会えることを祈っているよ」

 アイギスのその言葉を最後に、体から光が溢れ出す。

 良くサドンデスエンドレス鬼ごっこで使われた転移魔法だ。タッチしに行った所を何度スタート地点に戻らされた事か。

 最終的に目的はタッチではなく、殺すことになってたね。うん。

「……それにしても。何か隠してるなー? 雪刀神様」

 消える瞬間、アイギスがそう呟いてるのが聞こえた。

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