異世界冒険EX

たぬきち

丘の上の戦い③



「二人に対して発動しました!」

 ニヤリと新城が笑う。

 額には大粒の汗が浮かんでおり、荒い息を吐いている。魔力量の少ない彼にとって、固有魔法の常時発動は辛いものがあった。

「全員、攻撃中止! ……これで何とか……なったか?」

 アッシュはそれを聞き、安堵の息を吐く。

 はっきり言ってこれで駄目なら殺すしかない。少なくとも他の冒険者や魔物で試した時は、あっさりと仲間にすることが出来た。

 特に魔物は敵意が強かったからか、まるで長い時を共にしたパートナーのように従順に、盲目的に新城に従った。

「なんだ? 戦いは終わったのか?」

 戦士の男性、ゲインが尋ねる。悠斗との戦いで片腕が無くなり、血だらけになってはいるが生きている。

 転移者でもない彼が悠斗相手に生き残れたのは、ひとえに彼の武技が飛び抜けているからだ。

 純粋に戦闘技術を極めた者、それがゲイン。この世界でバトルマスターと呼ばれる男だ。

「アッシュが私達を呼ぶだけはあったわね」

 魔女帽子は吹き飛ばされ、髪もところどころ焦げているが、それでも傷一つない女性、アイラ。

 全ての属性に適性があり、特殊な魔法ですら簡単に使いこなす魔法を極めし者、魔妃と呼ばれている女性だ。

「それにしても何故ワシの固有魔法が通じんのだ……」

 ダグリスの固有魔法である<<時間経過>>は視界に入ったものの時を進める魔法。

 当然、人間にも効果がありおおよそ一秒見るだけで一年ほど進める事ができる。

 悠斗には効かないが、実は茜に対しては効果があった。だからこそ、悠斗はあえてその視線上に常に体を置き続けた訳だが。

「一体何が……」
「どういうことなのかにゃ?」
「せっかく楽しいところだったんだけどよぉ」「もう無理だ。魔力が足りない。俺は帰るぞ」

 背中合わせの四人も動かなくなった茜に戸惑いつつ、アッシュのところへやってくる。

 ヘーゲル。魔族との混血児は一言アッシュに伝えると、ただ一人その場を離れていった。

「ねえ、悠斗くん。どうしようか? ボク、結構あの顔がいいほうの筋肉さん気に入ってるんだけど……」

「ああ。あれ新城。俺もそっちのケは無いはずなのにちょっとなあ……」

 悠斗と茜はどちらとも無く近づくとそんな会話を始める。

「新城、邪魔しないなら助けてやる。この結晶を使えば元の世界に戻れるぞ」

「そうだよ。新城君、このままだとこの世界が壊れるのに巻き込まれちゃうよ?」

 二人は心配そうに新城を見つめている。

「……なるほど。一応ちゃんと効果はあったみたいだね。後はどうやって協力させるか……」

 アッシュは二人の様子を見て考えを巡らせる。

「駄目だな。まずは世界崩壊を止めないと」

 しかし、どう考えても時間が足りない。数人が死んだ事で容量が空き、緩やかになったとはいえ世界の崩壊は進んでいる。

 もってあと数分と言った所だろう。

「ニルギリ」

「はい」

 アッシュがニルギリの名を呼ぶと、すぐさまニルギリは反応し、何もない空間に手をかざす。

「あれ? ここは?」

 始めに出てきたのはケイトだった。

 それをきっかけに続々とカモミールの住人が出てくる。

「俺達は……あれ? 一体何が?」
「記憶がおかしい……何も思い出せねえ」
「俺もだ……」

 ざわざわと騒がしくなる住人達をアッシュは冷めた目で見ると、刃の無い剣を構える。

「あの、アッシュさん……?」

 新城と田沼はアッシュがしようとしていることを察するが、止める事はできない。

 他のゲインやアイラ、それ以外も誰一人止めようとはしない。
 
 何故なら世界が崩壊するよりは、一つの村の人間が全員死んだ方がマシだからだ。

 この場の誰もが、これまでに似たような選択をしてきた。そしてだからこそ生きてこられた、そして名声を手に入れて来られたのだ。

 アッシュの剣が横薙ぎに振るわれる。

「……ユウト、さん」

 その瞬間、人形のようだったケイトの瞳に光が宿る。

「さよなら」
 
 だが、まったく気にする素振りもなくアッシュは、冷たい目でそう告げた。


「あーーーもう! 嫌らしい奴だな!」

 しかし、アッシュの刃がケイトに届く事はなかった。

 いつの間にか悠斗がケイトの前に立ちはだかり、実体の無い刃を受け止めている。

「……やっぱり、か」

 アッシュが呟く。そう簡単にいく訳がなかったのだ。

「面倒な奴だなっと! 茜!」

 悠斗はそのままアッシュの剣を弾くと、ケイトの頭を押さえてしゃがませ、ぐるりと一回転する。

 手には概念刀、破断の太刀。

「くっ!」

 アッシュとゲイン、それから茜はそれをしゃがんで避ける。だが、

「っ……油断、したわね」
「はにゃ?」
「何だよ……その武器……」
「私はもっと……!」
「そんな……このワシが……?」

 アイラとカッシャ、ギルにセイントケイル、ダグリスの体が真一文字に切り離される。

 それぞれ身長差で斬られた部分は違えど、どれも明らかに致命傷だった。

 ……いや、彼らだけではない。カモミールの住人も……田沼護も新城司もみな一様に切り裂かれている。

 そんな中ニルギリだけは無傷のままだが。

「な、な、なにやってるのさ、悠斗くん!」

 茜が一瞬だけ新城を見て、それから眉を吊り上げながら悠斗に近付く。

「そうだ、茜ちゃん! 司君の敵を討つんだ」

 それを見たアッシュはここぞとばかりに煽る。

 実際、悠斗は魔力無効により新城司の固有魔法にかかっていないが、茜はそういった、魔法を無効にする様な能力は無いのだ。 

 だから当然、しっかりと固有魔法は発動している。

 だが、

「え? ボク? なんで?」

 茜は不思議そうな顔でアッシュの方を振り返る。

 そして悠斗は大きく溜息をつくと、ここぞとばかりに挑発を始める。

「アッシュくん……いや、誠くんさあ、馬鹿だよね」

「なんだと?」

「確かあの馬鹿の固有魔法はあらゆる感情を好意に変えて増幅する、だったっけ? 確かに普通の奴らならそれだけで新城の配下みたいになるかも知れないけどさー」

「…………」

 何故悠斗だけでなく、茜にも効果がないのか。

 おそらくは神木悠斗が魔力無効か何かの能力で森羅茜への魔法を無効化したのだろう。アッシュはそう考えた。

 だが。

「残念だけど、俺達には互いにこれ以上ない愛情を向ける相手がいるんだ。だから、俺達にはそんなの無駄な能力なんだよ」

「…………え?」

 悠斗の言葉にアッシュは思わず声をあげる。

 なんでもないことのように言っているが、はっきり言って新城の固有魔法による感情の増幅は異常と呼べるレベルだ。

 それなのにそれ以上の感情で相手を思ってるなんて異常、いや異常以上だ。

「そんなことより大丈夫なの? こんなに殺しちゃって」

 アッシュが呆然としていると、茜がもっともな事を言う。

 既に悠斗に頭を撫でられ、新城の固有魔法を無効化された以上、何ら気にした様子はないようだが。

「ユ、ユウトさん、この状況は一体?」

 一方でケイトは怯えた目で悠斗を見る。村には女性も子供も老人もいた。

 そのすべてが一様に屍となっているのだ。操られていたとはいえ、村を守ってきたケイトにはショックな光景だ。

「あー……茜。また頼むよ」

「やっぱりボク頼みかあ。……まぁ、いいけどさ」

 茜はそう言ってざっと村人達を眺め、そしてアッシュとゲイン、ニルギリにアイラを見る。

「ごめんね。で、ケイト。今の状況だけど……」

 悠斗は茜に一言告げ、ケイトに向き直る。

 一方で茜は、説明中に攻撃を受けないよう、油断なくアッシュ達を見張っている。

「……そういう訳だから、ケイト。君は早くここから離れた方がいい」

「……わかりました。正直、あまり理解が追いついていないのですが、とりあえず危険なのはわかりました。あなたも含めて」

「ねえ、悠斗くん」

 悠斗がケイトに早口で説明し、この場から離脱することを勧めていると、敵の様子を伺っていた茜が話しかけてくる。

「何かあの女の人、生き返ってるんだけど」

「え?」

 悠斗が驚き、アッシュ達の方を見ると確かに死んだはずの魔女、アイラがいる。

「……あー、そういうことか」

「やはりあなたは危険です」

 悠斗がアイラの復活に当たりをつけると同時に、ニルギリの体が消え、次の瞬間に現れたのは……茜の背後。

「……そっちかよ!」

 そのスピードに茜は反応できていないのか、動けない。

 いや、動かないだけのようだ。笑顔で待ち構えている。

 一方で悠斗は慌てて手を伸ばし、刀を振り迎撃するが、ニルギリには効果が無い。剣先から放った魔法もニルギリに傷をつけるどころか、怯ませる事も出来ない。

「…………茜!」

 ニルギリの槍が茜の体に到達する……その瞬間。

「ニルギリっ! そっちは駄目だ!」

 アッシュが慌てたように叫ぶ。ニルギリはその声にピタリと動きを止める。

「消えなさい」

「効果はないだろうけど……」

 それと同時にアッシュとアイラからえげつない量の魔力が込められた光の球体と闇の球体が放たれる。

「……んー」

 どれだけ魔力が込められていようと悠斗の魔力無効なら消し去れる。

 しかし、それじゃ面白くない。

「力の差を見せてやろうじゃないか」

 そう考えた悠斗は両腕をそれぞれの球体に向けると、光には闇の、闇には光の攻撃魔法を放った。

 固有魔法で強化されたであろう二人の魔法であっても悠斗の魔法を止めることは出来ない。

 基本の能力が違いすぎるのだ。加えて、女神からの補正も大きい。

 アッシュと魔女が放った魔法は飲み込まれ、悠斗の魔法はそのまま二人へと襲い掛かる。

 しかし、

 魔法が二人を飲み込んだかと思った瞬間、魔法は悠斗の方へと跳ね返ってくる。

「あ、魔法反射か……」

「自身の魔力も無効に出来るのかな?」
 
 先程見たアッシュの固有魔法の中にそんな魔法があったのを思い出し、悠斗は慌てて魔法解除した。
 
 ……最初に魔力無効で消していたら魔力の消費は極わずかで済んだというのに。

「これも消せるのか……」

 アッシュの狙いは魔力無効の効果範囲を知ることだった。

 剣技では武器の性能から勝てる気がしない以上、アッシュは魔法で倒すことを考えていた。

 しかし、その為には魔力無効を攻略しなければならない。アッシュにも魔法反射があるとはいえ、これは欠点も多い。

 だからこそ、同じように魔力無効にも触れないと無効化出来ない、自身の魔力は無効に出来ない等あっても良さそうなものだと考えたのだ。

 しかし、色々と試しては見たが欠点という欠点は見つからなかった。

「アッシュ、何故止めたのです?」

 考え中のアッシュにニルギリが尋ねる。あのタイミングなら殺せたはずなのだ。

「まだ森羅茜の能力を把握しきれていないからね。もしもニルギリが死んだら、勝ちの目が完全に無くなる」

「私の絶対防御であれば大丈夫と思いますが……」

「念の為だよ……」

「……しかし……それだと……」

 アッシュとニルギリはボソボソと小声で会話を行っている。

 それを見ながら悠斗は、ニルギリの絶対防御を崩す方法を考えていた。 

(悠斗くん、そろそろ……)

(っ!? ……ああ、じゃあどこかで奴らに隙を作るから……)

 急に頭に響いた茜の声に少しだけ驚き、しかし一度は経験していたので何とか返事をする悠斗。

 ちなみに通信を使えるようにしろと、脅されたアイギス。

 彼女は必死の形相で転移してくる地球人の記憶を消し、元の場所に戻しながら、ニルギリの仕込んだウイルスを駆除しつつ、茜と悠斗を繋ぐ通信を行っている。

 現状、一番頑張ってるのは彼女なのかもしれない。

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