異世界冒険EX
それぞれの準備
「さて、と」
アッシュは悠斗を閉じ込めた後、カモミールの村の近くの丘に来ていた。
ここからなら、村を一望出来るのに加え、何か問題が起きた際にすぐに対応出来る。
「報告します! 現在、神木悠斗は結界内で本を読みながら食事中です!」
「……うん。わかった。もう油断しないように伝えて」
アッシュは報告に来た兵士にそう伝えると、目を瞑り考える。
一度ダラダラしている神木悠斗に油断し、結界に乱れが出来た。
終わりを覚悟したけれど……ギリギリ結界の再構成が間に合った。
僕が知っている神木悠斗ならあり得ない……つまり……。
アッシュは一呼吸置くと、目を開き呟く。
「制限は掛かっている……」
今が討ち取るチャンスなのは間違いない。
「だけど、出来れば手下に……」
アッシュの目的からすると、悠斗は邪魔ではあるが敵ではない。
もしも、制限のない神木悠斗を手下に出来たならアイギスとの交渉も、ニルギリだけに任せずに済む。
それだけじゃない。一時的にならともかく、女神達が未だに指輪を与えているのは信頼の証。
現在の神木悠斗の指輪の数は六。
アッシュ自身の記憶からまた数を増やしている。そして、それだけの女神から信用されている神木悠斗の利用法は無数にある。
「やっぱり……やるしかないか」
あまり趣味じゃないんだけどなぁ、と頭を掻きながら周囲を見回す。
「アッシュ!」
「アッシュ様!」
「アッシュさん!」
ニルギリ、そして仮面の集団の面々がアッシュを見つめている。
ニルギリ以外の瞳に映るのは作られた尊敬。思慕。敬愛。
「ニルギリ。アイギスの方はどうなっている?」
「三日程度なら抑えられます」
「……三日がタイムリミットか……」
まさか実力行使に出られるとは、アッシュは自身の想定の甘さにため息をつく。
「交渉して貰えると思ったのは僕の思い上がりだったみたいだね……」
実際の所は……そもそもニルギリはアイギスに対して交渉を持ちかけてもいないのだが、彼はそれを知らない。
「まずは……田沼君と新城君、二人を鍛えないとね。最低限、戦える程度には」
アッシュは二人を見ながら策を組み上げていく。
彼ら二人の記憶を読んだ所、彼らと神木悠斗の関係は薄い。動揺や手心は期待できないだろう。
だが、なるべくは生け捕りにしたいはずだ。
神木悠斗としては、元の世界にあまり影響を与えたくないだろうから。
だからこそ、期待は出来ないが出来損ないの盾としては使えるはず。
「我々は?」
ニルギリを除いた九人の仮面の集団が尋ねてくる。
2の仮面のフレア。熱エネルギーを操る無口な男性。
3の仮面のセリエ。空間に存在する水分、その全てを操る事が出来る女性。
4の仮面のダグリス。しわくちゃの顔に、しゃがれた声。視認した者の時を進める固有魔法を使える老齢の男性。
5の仮面のセイントケイル。神父の礼服を来たバフやデバフ等のサポートを得意とする優男。
6の仮面のテルル。無邪気な笑顔と裏腹に嗜虐的な魔法を得意とする少女。
7の仮面のアルル。気弱な性格でカウンター系の魔法を得意とする少年。テルルとは双子の兄妹だ。
8の仮面のヴェイグ。ライオンのようなたてがみを生やした獣人の男性。声に魔法を乗せ、動きを止める魔法を得意とする。
9の仮面のデイベッド。自身の体の大きさを変化させる魔法を得意とする巨人族の男性。
10の仮面のギル。あらゆる武具を生み出す魔法を使う。肉体的性能に優れており、魔法を使用しなくとも強い。
彼ら九人が、今現在の仮面の集団である。
「君たちはここに残って神木悠斗の迎撃の準備を頼む。セリエがまとめ役となって話し合ってくれ」
「はい! わかりました!」
アッシュがポンとセリエの肩を叩くと、セリエは嬉しそうな表情を浮かべ、大きな声で応えた。
「さあ、まずは作戦を決めましょう!」
「万全を期すなら人数を集めるが……」
「そうですね! アッシュ様の命令です! 失敗は許されません!」
仮面の集団のメンバー達は打ち合わせを始める。彼らだけでなくそれぞれの人脈を使い、大規模な集団を集めるつもりのようだ。
「彼らで勝てますか?」
ニルギリが小さな声で尋ねると、アッシュは自嘲的な笑みを浮かべて答えた。
「無理だよ。……だから、彼の弱みにつけ込む。で、それに関して、ニルギリにお願いしたいことがあるんだけど……」
そういってアッシュはニルギリの耳に口を近づけ、呟く。
「アッシュ……それは……」
「わかってる。でも、相手はあの神木悠斗なんだ。手段を選んではいられない」
ニルギリは少し苦い顔をしつつも、頷き、消えた。
「じゃあ、二人とも。僕たちも行くよ」
アッシュはセリエ達の邪魔にならないように、田沼と新城の二人を連れて、少し離れた場所に向かった。
「じゃあ、まだ来たばっかりで簡単な説明しかしてなかったし、基本的な所の説明から始めるね」
そういうとアッシュは指輪に魔力を込め、付加された固有魔法を発動する。
「これは創造魔法っていう固有魔法。二人にもこれと同じような特殊な魔法が使えるようになってるはずだよ」
そういってアッシュは創造したコアラの絵が特徴的なお菓子を二人に投げ渡す。
「さっき君たちの記憶を読んだ時、見たお菓子を創ってみた。記憶からものを創造するのが、創造魔法だ」
「す、凄い」
「しかも、これ全部眉毛コアラだ……」
新城はどこか嬉しそうに驚き、田沼は既に開け、中身を食べようとしている。
「あれ?」
田沼はお菓子を口に入れた瞬間、不思議そうな顔をする。
「味がしない」
遅れて食べた新城も不思議そうに少しだけかじる。
「僕は食べたことがないからね……」
カールの固有魔法を知った時は、これで他人の記憶からも創造出来ると喜んだアッシュだったが、実際に創造出来たものは見た目だけのものだった。
そこまで便利ではないか……と、アッシュは少し落胆した。
「アッシュさん、俺達の固有魔法は何なんですか?」
「俺も気になります」
田沼と新城の二人は、期待に満ちた顔でアッシュに尋ねる。この年頃の少年なら誰もが同じ顔をするだろう。
「それは……自分自身では見れなくてね、鑑定ってスキルを持った人から教えて貰うんだ」
「え? アッシュさんは鑑定出来ないんですか?」
二人は少し落胆した表情で尋ねると、アッシュは苦笑いを浮かべながら応える。
「出来るよ? もちろん。ただ、僕の鑑定だと固有魔法だけでなくステータスとかも見えるから君たちに悪いかなって」
「僕は構いません」
「俺も同じです」
早く自分の能力が知りたい。二人は一も二もなく答える。
「……じゃあ、見てみるね」
馬鹿な奴らだ。アッシュは内心で思わず冷笑を浮かべつつ、鑑定のスキルを発動する。
この二人を召喚してからアッシュはろくに説明もしていない。
しいて言えば、この世界の言葉をニルギリに頼んでわかるようにしてやったくらいだ。
アッシュ自身がもともとは地球から召喚されて来たことは話したが、だからと言って味方という訳ではない。
「…………」
だというのに、ろくに質問もせずに付いてくる……。全くもって主体性がない。その上、自身の情報を簡単に見せる。
馬鹿としか言えないなぁ。
……全く。僕の目的も知らないのにさ。そう考えるアッシュの目には二人のステータスが映っている。
本来、自分でもステータスと唱えるだけで見ることが出来る訳だが、アッシュはあえてその説明はしなかった。
更に鑑定もスキルではない。他に使える人なんて神木悠斗の様な女神の関係者以外にはいないたろう。
何故アッシュはそんな嘘をついたのか? それは二人を自分の鑑定で見たかったからだ。
ステータスにより自身で見られるデータと、鑑定で見られるデータは少し違う。
鑑定は込める魔力の量によっては、もっと深いところまで見ることが出来るのだ。
つまり……
名前:田沼 護
性別:男
種族:人間
職業:中学生
レベル:1
好きな食べ物:カレーライス
好きな音楽:電波系
好きな映画:特撮物
好きな言葉:一番
好きな異性:森羅茜
・
・
現在の精神状態:安定
体力:100/100
魔力:300/300
物理攻撃力:16
物理防御力:17
素早さ :12
魔法攻撃力:35
魔法防御力:29
運 :3000
スキル: ――
固有魔法: 我田引水……他者に与えられたバフ効果を自分のものにする。
名前:新城 司
性別:男
種族:人間
職業:中学生
レベル:1
好きな食べ物:だし巻き卵
好きな音楽:流行のもの
好きな映画:流行のもの
好きな言葉:モテる
好きな異性:森羅茜
・
・
現在の精神状態:安定
体力:800/800
魔力:90/90
物理攻撃力:43
物理防御力:32
素早さ :53
魔法攻撃力:15
魔法防御力:26
運 :9000
スキル: ――
固有魔法: 愛執染着Ⅰ……発動時、視界に入った人物が自身に好意を抱いていた場合、それを増幅させる。
……なるほどね。雰囲気でクラスメイトの神木悠斗と戦う事ぐらいはわかってるはずなのに、なんで止めようとしないのかと思ったらそういうことか。
くだらないけど、これは使えるな。
アッシュはそこまで考えた後、創造魔法で創造したメモ帳に二人のステータスを書き写す。もちろん、能力値と固有魔法のみを。
「うわ……こんなものなのかよ」
「流行の創作物ではもっと……」
二人が想像していたよりもかなり低かったようだ。そんな二人にアッシュは呆れた顔で呟く。
「……君たちは今までに戦いの訓練とかしたことがあるのかい? 世界が変わっただけで能力値が変わる訳ないだろ」
「でも、これじゃ……その……アッシュさん達は、よく分からないけど神木の奴と戦うんですよね?」
視線をあちらこちらに泳がせながら田沼が尋ねる。
自身の低すぎるステータスを見て、不安になっているのだろう。
「……そうだよ。君たちにも話しておこうか。僕たちが何をして、何を得たいのか……そして何故神木悠斗と戦うのかを」
アッシュは軽く目を閉じる。嘘の話を構成中だ。
「君達は……、元の世界、地球に生まれて良かったと思う?」
「それは……はい」
「他の世界を知らないと何とも言えません」
二人の答えを聞き、アッシュは目を開くと話を続ける。嘘の話が出来上がったようだ。
「例えば、この世界には魔物や魔族がいて、そいつらと人間で戦っている。そして、君たちの世界では人間同士がいつまでも戦っている。どうしてどちらの世界も戦いが終わらないのかわかるかい?」
「……えーと、考え方の違いや種族の違いがあるからですか?」
「惜しい。そう作られているからだよっと!」
そう言ってアッシュは腰に差していた刃のない剣を横薙ぎに振る。その先には獣の姿をした魔物がいる。
「あれを見て」
遠くで真っ二つになった魔物が光の粒子となり、消えていく。
「うわぁ……ゲームみたいだ……」
「そう、彼らはゲームと同じで作られた存在なんだ。僕たち人間の敵として」
「敵?」
「誰にですか?」
「彼らは世界に誕生したその瞬間から人間を敵視するように作られている……女神の更に上の存在に」
アッシュはそういって空を見上げる。
二人もつられて空を見る。地球と同じ真っ赤な太陽が、世界をオレンジ色に染めている。
「僕は……争いの無い世界を作りたい。この世界でも、元の世界でも……。誰かが傷つくことも、傷つけることもないような」
「アッシュさん……」
語るアッシュの顔はまさに勇者と言ったものだった。
おかげでそれを見る二人の目は尊敬としか言い様がないものになっている。
「その為に女神を束ねる女神長のアイギスと話をしたいんだけど、ね。話どころか刺客を差し向けられてさ……。それが、神木悠斗って訳だよ」
「アッシュさん……」
悲しげな笑みを浮かべるアッシュに二人は言葉に詰まる。
和平の為の話し合いをしたいのに、差し向けられたのは使者ではなく、刺客。
戦いたくもないのに戦わなければならないアッシュの気持ちを考えると、まだ中学生の二人にはかけることが出来る言葉はない。
「それに……もしも僕たちが女神達を支配下に置ければ、または女神達の力を使えるようになれば、ムカつく奴の能力を下げることも、可愛い子を自分に惚れさせることも可能だよ」
さっきまでと真逆の笑みを浮かべるアッシュ。
大義名分と実利。
それが人を動かすことをアッシュは知っている。まあ、もちろんこの話も大嘘なのだが。
「「…………」」
しかし案の定、二人の目には暗い欲望が宿る。独善的で考えの浅い思春期の少年には抗い難い、魅力的な話だった。
「で、でも俺達のステータスじゃ……」
「邪魔になるだけ……」
「大丈夫。僕に任せてよ」
そういってアッシュは指輪を四つ取り出し、二人に二つずつ渡す。
「その二つの指輪にはそれぞれ、《一攫千金》と《物理無効》の効果が備わっている」
「一攫千金? 物理無効は名前から推測できますけど……」
新城が指輪を手で転がしながら尋ねる。一攫千金と言えば金儲けの気がするが……。
「一攫千金は得られる全てが千倍になる能力だよ」
「え?」
「経験も筋力も通常の千倍の速度で上げられ
る。一時間のトレーニングで千時間分の効果が手に入るって訳だよ。今日はもう夕方だから朝方までの十時間。これで一万時間分の効果が得られる」
「す、すげえ。何かの本でスポーツにしろ芸術にしろ一流になるのに必要な時間は一万時間だって書いてあった。つまり……」
「僕もそれ読んだよ。僕たちも一日で一流に……」
「ただし!」
アッシュは浮かれる二人に人差し指を突きつける。
「得られるものには疲労や痛みも含まれる。つまり、転んだだけでもとんでもない痛みが襲うし、剣を振る、魔力を練るだけでも千回分の疲労が襲う」
「え? それって……」
「だからこそ物理無効を使った上で、僕と武器を使った模擬戦だ。そして回復魔法で疲れを誤魔化しつつ、動けなくなったら魔力を練り、魔法の練習だ」
まず肉体を疲労させ、限界を迎えたら今度は頭の方を疲労させる。そしてその状態で戦闘を行い、考えなくとも動けるレベルまで引き上げる。
一日目にはそこまで終わらせたい。アッシュはそう考えていた。
「じゃあ、始めよう。武器は何がいい?」
「「槍で!」」
……こんなところだけ堅実的だなあ。アッシュは苦笑しながらも創造魔法で生み出した槍を二人に渡す。
「重い……」
「これ……一回振るのも厳しいような……」
だが所詮、中学生の二人には槍は重すぎる。二人は取り合えず構えてみるがすぐに下げてしまう。
その瞬間、
「「っうわあああ!」」
アッシュの手に握られた剣が二人の首にぶち当たる。物理無効の効果でダメージこそ無いが、衝撃までは消えないようで二人の体が激しく地面を転がっていく。
「物理無効は物理的な攻撃でダメージを受けないだけで、衝撃までは消す事はできない……」
アッシュは続けて二人に最上級の回復魔法を使うと、二人が手放し、落ちてしまった槍を拾い、手渡す。
「もう一度構えてみて。大分楽になってるはずだから」
「わかりました」
二人はさっきと同じように構えてみる。すると、
「あれ? さっきと全然違う!」
「これなら何回でも……」
二人は軽く槍を構える。
が、しかし
「っぐぬ!」
「……なるほど」
またもやアッシュの剣が首に当たる。が、今度は二人とも吹き飛ばされずに、ギリギリ堪える。
「うん。いい感じだね。今度は防いでみようか」
そういってアッシュは今までより、明らかにスピードを落とし剣を振る。
二人とも槍を右に左に使い、防ぐ。が、一撃ごとに疲労が溜まる。
特に田沼は元々運動が苦手でして来なかった事もあって、滝のような汗を流している。
「段々と上げてくよー」
二人に回復魔法を使いながらも、アッシュは剣の速度を、威力を少しずつ上げていく。二人は必死な顔でそれを防ぐ。
「…………」
うーん……。これなら神木悠斗に掛かった制限次第では何とかなるかな。
アッシュは先のことを考えながら二人に途方もない数の連撃を行う。
「くっ!」
「いたっ! ……痛くないのについ叫んじゃうな」
二人の体のあらゆるところに衝撃が走る。
はっきり言ってもう二人に防げるレベルではなくなっている。だが、アッシュの剣はまだまだ速度も威力も上がっていく。
「一気にいくよー」
もはや姿すら見えなくなったアッシュ。しかし、衝撃は前後左右に上下、あらゆる所から襲ってくる。
「…………」
「…………」
体中に襲い掛かる衝撃に耐えながら二人は、本当に物理無効があってよかったと、そしてアッシュさんは意外とスパルタだと思った。
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