T.T.S.
File.5 Worthless Road Movie Chapter 3-8
8
問題。
先ほどまで満身創痍だった自分の恋人と、随分と思い詰めた様子だった職場で最も親しい同僚が、2人揃って少し怪訝な表情で並んで目の前に現れた時の、男の気持ちを答えなさい。
「……え?これ……は、どういう……いや、えっと、ど、どーかなさいましたぁ?」
では解答を発表しよう。
別段後ろめたいことがあるわけではない。が、何となく畏まらざるをえない。だ。
ポイントは、何となく畏ってしまうところだろう。
公私それぞれの面から自身を切り取った2人の人間が、互いの解釈を擦り合わせた結果、どんな像を描き、それにどんな評価を下したか。
その可能性が、とんでもない重圧に感じる。
しかして、別解は以下の通りだ。
『メチャクチャ恐ぇ!』
抜き打ちで試されているようなシチュエーションに、源はお尋ね者になってから一番のプレッシャーを感じていた。
まあ、実際は気を揉む必要なんて全くないのだが。
「そのメット、そろそろ用済み?アタシたち、それ持ってちょっと一緒に出掛けたいんだけど」
「は?」
想像だにしなかった亜金の言葉に、今日一どころか人生初レベルの素っ頓狂な声が出た。
「欲しい情報は引き出せた?」
亜金の後ろから絵美が目を合わせずに問うてくるので、2人の関心が自身ではなくアーマーメットの方に向いているのがわかった。
そうなると、一気に気分は軽くなる。
「あ、コイツ?大体のこたわかったし、もぉ持ってっていぃぜ。うん……何だ、コレね。俺じゃなくコレ」
「……何か後ろめたいことある感じだね。そっちはそっちで訊かせてもらうね、後で」
「その後は私ね。亜金さんにどこまで情報漏洩したのか、じっくり訊かせて貰うから」
「え、そ、れは……ズルくない?違うじゃんそれは」
メットと主導権を一気に持って行かれ、軽くなった手元と対照的に重くなった心に、源は項垂れる。
そんな拘泥など気にも止めず、最悪のコンビの足音が遠ざかっていく。
「何?あの2人どこ行くん?」
入れ替わるようにやってきたエリカが尋ねてくるが、源も何となくでしか答えられない。
「……何か話してぇことあんだよ多分、知らんけど」
「……そっか……」
訊いてきた割には淡白な反応をするエリカを無視して、源はできるだけ業務的に話を進める。
「ほれ、ヴェラの武装と予想される増援部隊の情報だ。お前から見て気づいたことあったら共有してくれ」
「ん、りょーかい……悪い、アタシもちょい行ってくるわ、アレ」
言うが早く、エリカは絵美たちの方に走り出した。
遠ざかっていく背中を見送りながら、源は嘆息と共に思考を切り替える。
『やれそぉなことやって待ってっかね』
まずは現状の確認だ。出来るだけ客観的に状況を整理したいので、手を借りる。
「女郎、ヴェラの動向が知りたい。さっき連中の作戦要綱確認したら補給が現地調達推奨になってた。どっかでそんな痕跡出てねぇか?」
本人の返答より先に女郎が送って来たハザードマップの被害件数は、中々に多かった。
ヴェラが準備を推し進めているのは明白だが、同時に、その被害者情報に彼女の有能さが見て取れる。
「……お前、一杯食わされたな?」
《申開きのしようもない。仰る通り、まんまとやってしまった。君らが電車を降りた辺りから、一気に客が増えたと思ったら、今度はその客たちの場所情報を買うってヤツがね》
「あの女、思ったよりずっと厄介そぉだな」
恐らく、列車で接触した後すぐに、ヴェラは源と絵美の素性を調べ上げたのだろう。
賞金首の源はすぐ突き止められただろうが、感心するのが絵美へのアプローチのかけ方だ。
街の自警団に列車脱出時の絵美の人素描きを回して、スーパーに買い出しに行った時点で彼女を捕捉していた。
それどころか、旧型の強化外骨格によるあの奇襲でさえも、残る不明戦力だった源に探りを入れるために自警団をけしかけていたようだ。
思いの外、ヴェラはこちらを知っている。
そうして彼我の戦力差を冷静に分析した彼女は、的確な次手を打とうとしているわけだ。
今の源にとって最も冒し難い存在であるブリー・ウィリアムズを人質として、あるいは自らの身を守る倫理的盾として使うために。
「……ちょい待てよ、この女もしかして……」
《うん、複数のメディアのドローン基地飛行船がこっちに向かって来てる》
被害者と加害者。
これほど正邪の依拠がわかりやすい言葉はない。
その両名が対面し、あまつさえ加害者側が一方的に処断される風景は、さぞ大衆受けがよかろう。
そんな、誰もが納得する勧善懲悪な劇を、ヴェラはプロデュースしたいのだろう。
「表に出していぃもんと悪ぃもんの区別もつかねぇのか。見境ねぇな」
《いい感じに人を乗せるのが上手いのかもしれない。でもこのヴェラって女は、同じ温度感でその人を平然と後ろから撃てるんだ。そんな人間じゃないと、こんなことはできない》
どこか核心を突く女郎の言葉に、源は視線を巡らせる。
ヴェラのような手合いに滅法強い一本気な性格の人物に心当たりがあったが、カウンターピックとして出れるほどメンタルが回復したかどうか。
「まぁ、その内戻って来んだろぉし、相手武装のチェックだけもぉ一回やっとくかね」
そう、この場面において、やはり彼女が最後の鍵を握っていた。
「……ところでアンタ、覚悟は決まったの?」
銘々が思い思いのスタイルで捧げていた黙祷を、亜金の声が貫いた。
その発言が自身に向けられたものだと、目が合って再認識した絵美は、質問者に訊き返す。
「……源のことですよね?」
「それ以外何があんの?アイツはアンタを選んでる。アタシもアンタならいいんじゃないかとは思ってる。そうなれば、後はアンタの意思次第よ。どうするの?」
しかめ面で唸る絵美を見て、後追いで参列したエリカが口を挟む。
「なんか複雑な話してる?」
「別に。シンプルな話だよ」
鼻で笑いながらエリカの傍に来た亜金が、彼女の服を捲り上げた。レールガンの動力源たるリアクターの眩い回転が、賞金稼ぎの顔を下から照らし上げた。
「コレと同じ話」
小首を傾げるエリカに、亜金は尋ねる。
「アンタのこの身体、自力で肉体改造したわけじゃないでしょう?」
「そりゃあ、うん。部隊の重火器として予算は下りてるけど」
「つまりアンタの肉体は部隊のもの、よね?」
「それはそうだ」
首肯するエリカの視線を、そのまま人差し指で導いて、少し離れた場所にたたずむ源を示す。
「じゃあ、アレは誰のもの?」
即座に、絵美がその指を叩き落とした。
「そんな扱い、冗談でもやめてください!」
「何で?源がそう造られたのくらい、聞かされてるでしょう?」
自身の恋人の話をしているとは思えないほど醒めた表情の亜金に、絵美の表情は渋さを増していく。
失踪すれば探し出し、その責任を恋人ではなく同道者に求めるほど盲目的に愛すのに、どうしてそんな冷たい態度が取れるのかが、絵美にはわからなかった。
「でも源は人間です。それを物みたいに」
「人間の源はアタシのモンだ」
突如、亜金が牙を剥いて唸りだす。
『え?ん?あ!そういうこと?』
どうやら、絵美は境界線に触れた。
人間としてのい源と、人間兵器としてのい源。
兵器の使用権はお前に譲るが、人としてのパートナー権は絶対にくれてやらない。
亜金のメッセージは、ただのそれだけ。
シンプルでわかり易く、そしてとんでもない提案だ。
「私に核兵器の発射ボタンだけ持ってろって言うんですか?」
「別に好きに使っていいって」
「使えるわけないでしょう!」
互いの導火線が決定的にズレていて、会話が上手くいっていない。
そうなると、必要なのは第三者の公平な裁定か、どちらかが正しいとする決定的な証拠だ。
「ちょっ、一旦ちょっといい?」
すなわち、エリカの出番になる。
「まずさ、絵美が源に選ばれてるってのは本当なの?」
これは亜金に投げた質問だったが、意外にも答えたのは絵美だった。
「本当よ。今まで何度か言われたことある」
「……で、それは別に浮気じゃないと」
「道具としての源が決めたことだからね」
と、ここでエリカの頭に疑問が湧く。
「道具としてってのは、どういうこと?源が決めたことなわけだから、結局本人の意思なわけでしょ?」
その言葉に、即座に亜金は否定の頭を振る。
「自由意志なわけじゃないみたい。どっちかっていうと生物兵器としての本能、みたいな感じらしいよ。源が言うには」
「はあ、本能」
要領を得ない亜金の言葉にエリカが辟易としていると、絵美がボソリと呟いた。
「武器として使い手を選ぶってことでしょう?ファンタジー作品の伝説の剣みたいに」
「ある種の安全装置のつもりなんでしょう。自分が危険な存在ってわかってるからこそ、使い手と運命を共にする操を立てない限り、十全な機能が解放されない。ある種のトリガーよね」
「わかるような、わかんないような話だな」
亜金が補完した言葉にエリカが得心していると、ふと、選定された勇者が呟く。
「ん?待って?……それってつまり……Destiny Partner トリガーってこと?」
問題。
先ほどまで満身創痍だった自分の恋人と、随分と思い詰めた様子だった職場で最も親しい同僚が、2人揃って少し怪訝な表情で並んで目の前に現れた時の、男の気持ちを答えなさい。
「……え?これ……は、どういう……いや、えっと、ど、どーかなさいましたぁ?」
では解答を発表しよう。
別段後ろめたいことがあるわけではない。が、何となく畏まらざるをえない。だ。
ポイントは、何となく畏ってしまうところだろう。
公私それぞれの面から自身を切り取った2人の人間が、互いの解釈を擦り合わせた結果、どんな像を描き、それにどんな評価を下したか。
その可能性が、とんでもない重圧に感じる。
しかして、別解は以下の通りだ。
『メチャクチャ恐ぇ!』
抜き打ちで試されているようなシチュエーションに、源はお尋ね者になってから一番のプレッシャーを感じていた。
まあ、実際は気を揉む必要なんて全くないのだが。
「そのメット、そろそろ用済み?アタシたち、それ持ってちょっと一緒に出掛けたいんだけど」
「は?」
想像だにしなかった亜金の言葉に、今日一どころか人生初レベルの素っ頓狂な声が出た。
「欲しい情報は引き出せた?」
亜金の後ろから絵美が目を合わせずに問うてくるので、2人の関心が自身ではなくアーマーメットの方に向いているのがわかった。
そうなると、一気に気分は軽くなる。
「あ、コイツ?大体のこたわかったし、もぉ持ってっていぃぜ。うん……何だ、コレね。俺じゃなくコレ」
「……何か後ろめたいことある感じだね。そっちはそっちで訊かせてもらうね、後で」
「その後は私ね。亜金さんにどこまで情報漏洩したのか、じっくり訊かせて貰うから」
「え、そ、れは……ズルくない?違うじゃんそれは」
メットと主導権を一気に持って行かれ、軽くなった手元と対照的に重くなった心に、源は項垂れる。
そんな拘泥など気にも止めず、最悪のコンビの足音が遠ざかっていく。
「何?あの2人どこ行くん?」
入れ替わるようにやってきたエリカが尋ねてくるが、源も何となくでしか答えられない。
「……何か話してぇことあんだよ多分、知らんけど」
「……そっか……」
訊いてきた割には淡白な反応をするエリカを無視して、源はできるだけ業務的に話を進める。
「ほれ、ヴェラの武装と予想される増援部隊の情報だ。お前から見て気づいたことあったら共有してくれ」
「ん、りょーかい……悪い、アタシもちょい行ってくるわ、アレ」
言うが早く、エリカは絵美たちの方に走り出した。
遠ざかっていく背中を見送りながら、源は嘆息と共に思考を切り替える。
『やれそぉなことやって待ってっかね』
まずは現状の確認だ。出来るだけ客観的に状況を整理したいので、手を借りる。
「女郎、ヴェラの動向が知りたい。さっき連中の作戦要綱確認したら補給が現地調達推奨になってた。どっかでそんな痕跡出てねぇか?」
本人の返答より先に女郎が送って来たハザードマップの被害件数は、中々に多かった。
ヴェラが準備を推し進めているのは明白だが、同時に、その被害者情報に彼女の有能さが見て取れる。
「……お前、一杯食わされたな?」
《申開きのしようもない。仰る通り、まんまとやってしまった。君らが電車を降りた辺りから、一気に客が増えたと思ったら、今度はその客たちの場所情報を買うってヤツがね》
「あの女、思ったよりずっと厄介そぉだな」
恐らく、列車で接触した後すぐに、ヴェラは源と絵美の素性を調べ上げたのだろう。
賞金首の源はすぐ突き止められただろうが、感心するのが絵美へのアプローチのかけ方だ。
街の自警団に列車脱出時の絵美の人素描きを回して、スーパーに買い出しに行った時点で彼女を捕捉していた。
それどころか、旧型の強化外骨格によるあの奇襲でさえも、残る不明戦力だった源に探りを入れるために自警団をけしかけていたようだ。
思いの外、ヴェラはこちらを知っている。
そうして彼我の戦力差を冷静に分析した彼女は、的確な次手を打とうとしているわけだ。
今の源にとって最も冒し難い存在であるブリー・ウィリアムズを人質として、あるいは自らの身を守る倫理的盾として使うために。
「……ちょい待てよ、この女もしかして……」
《うん、複数のメディアのドローン基地飛行船がこっちに向かって来てる》
被害者と加害者。
これほど正邪の依拠がわかりやすい言葉はない。
その両名が対面し、あまつさえ加害者側が一方的に処断される風景は、さぞ大衆受けがよかろう。
そんな、誰もが納得する勧善懲悪な劇を、ヴェラはプロデュースしたいのだろう。
「表に出していぃもんと悪ぃもんの区別もつかねぇのか。見境ねぇな」
《いい感じに人を乗せるのが上手いのかもしれない。でもこのヴェラって女は、同じ温度感でその人を平然と後ろから撃てるんだ。そんな人間じゃないと、こんなことはできない》
どこか核心を突く女郎の言葉に、源は視線を巡らせる。
ヴェラのような手合いに滅法強い一本気な性格の人物に心当たりがあったが、カウンターピックとして出れるほどメンタルが回復したかどうか。
「まぁ、その内戻って来んだろぉし、相手武装のチェックだけもぉ一回やっとくかね」
そう、この場面において、やはり彼女が最後の鍵を握っていた。
「……ところでアンタ、覚悟は決まったの?」
銘々が思い思いのスタイルで捧げていた黙祷を、亜金の声が貫いた。
その発言が自身に向けられたものだと、目が合って再認識した絵美は、質問者に訊き返す。
「……源のことですよね?」
「それ以外何があんの?アイツはアンタを選んでる。アタシもアンタならいいんじゃないかとは思ってる。そうなれば、後はアンタの意思次第よ。どうするの?」
しかめ面で唸る絵美を見て、後追いで参列したエリカが口を挟む。
「なんか複雑な話してる?」
「別に。シンプルな話だよ」
鼻で笑いながらエリカの傍に来た亜金が、彼女の服を捲り上げた。レールガンの動力源たるリアクターの眩い回転が、賞金稼ぎの顔を下から照らし上げた。
「コレと同じ話」
小首を傾げるエリカに、亜金は尋ねる。
「アンタのこの身体、自力で肉体改造したわけじゃないでしょう?」
「そりゃあ、うん。部隊の重火器として予算は下りてるけど」
「つまりアンタの肉体は部隊のもの、よね?」
「それはそうだ」
首肯するエリカの視線を、そのまま人差し指で導いて、少し離れた場所にたたずむ源を示す。
「じゃあ、アレは誰のもの?」
即座に、絵美がその指を叩き落とした。
「そんな扱い、冗談でもやめてください!」
「何で?源がそう造られたのくらい、聞かされてるでしょう?」
自身の恋人の話をしているとは思えないほど醒めた表情の亜金に、絵美の表情は渋さを増していく。
失踪すれば探し出し、その責任を恋人ではなく同道者に求めるほど盲目的に愛すのに、どうしてそんな冷たい態度が取れるのかが、絵美にはわからなかった。
「でも源は人間です。それを物みたいに」
「人間の源はアタシのモンだ」
突如、亜金が牙を剥いて唸りだす。
『え?ん?あ!そういうこと?』
どうやら、絵美は境界線に触れた。
人間としてのい源と、人間兵器としてのい源。
兵器の使用権はお前に譲るが、人としてのパートナー権は絶対にくれてやらない。
亜金のメッセージは、ただのそれだけ。
シンプルでわかり易く、そしてとんでもない提案だ。
「私に核兵器の発射ボタンだけ持ってろって言うんですか?」
「別に好きに使っていいって」
「使えるわけないでしょう!」
互いの導火線が決定的にズレていて、会話が上手くいっていない。
そうなると、必要なのは第三者の公平な裁定か、どちらかが正しいとする決定的な証拠だ。
「ちょっ、一旦ちょっといい?」
すなわち、エリカの出番になる。
「まずさ、絵美が源に選ばれてるってのは本当なの?」
これは亜金に投げた質問だったが、意外にも答えたのは絵美だった。
「本当よ。今まで何度か言われたことある」
「……で、それは別に浮気じゃないと」
「道具としての源が決めたことだからね」
と、ここでエリカの頭に疑問が湧く。
「道具としてってのは、どういうこと?源が決めたことなわけだから、結局本人の意思なわけでしょ?」
その言葉に、即座に亜金は否定の頭を振る。
「自由意志なわけじゃないみたい。どっちかっていうと生物兵器としての本能、みたいな感じらしいよ。源が言うには」
「はあ、本能」
要領を得ない亜金の言葉にエリカが辟易としていると、絵美がボソリと呟いた。
「武器として使い手を選ぶってことでしょう?ファンタジー作品の伝説の剣みたいに」
「ある種の安全装置のつもりなんでしょう。自分が危険な存在ってわかってるからこそ、使い手と運命を共にする操を立てない限り、十全な機能が解放されない。ある種のトリガーよね」
「わかるような、わかんないような話だな」
亜金が補完した言葉にエリカが得心していると、ふと、選定された勇者が呟く。
「ん?待って?……それってつまり……Destiny Partner トリガーってこと?」
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