T.T.S.

沖 鴉者

File.5 Worthless Road Movie  Chapter 3-5


〜2170年8月19日PM10:18
ガボン共和国 リーブルビル〜

 アフリカ大陸の多くの国々とは違い、大規模な内戦や紛争を経験せずに民主主義政権を維持したまま世紀を跨いだガボン共和国にも、転換期がやって来ていた。
 アメリカ合衆国が合衆性国家という形態を変更し、中央政府を捨てたコミュニティの集合体となって以降、世界中の人間がその新しい国もどきの形に憧れた。
 彼らが心棒するのは、『自由』という新たなる神。
その名の下に、各々の『自由』で互いの『自由』を塗り潰しあっていく。
 そんな『自由』の潰し合いの陣取り合戦が、ガボン共和国にも起こっていた。
 エリカ・リグスビーはそんな動乱の中、何とか生き延びようと足掻く者たちの最後の希望となるべく、市街地を駆け回っていた。
 今まさにその役割を負えんとするガボン共和国政府からアフリカ連合AUを通して出された依頼は、取り残された子供と老人などの、いわゆる非戦闘員の最後の回収。つまり、避難誘導という名の撤退戦、しかも殿となる最終便の担当だった。
 やること自体は、言葉にすれば極めてシンプルだ。エリカの班と別働のもう一班で5つの学校施設を巡り、避難民を掻き集めて集合地点ランデブーポイントで落ち合う。
 ただ、言うは易く、行うは難し。
 混沌の只中で雪だるま式に増えていく非戦闘員を護りながらの行軍は、余りにも過酷な任務だ。
 実際、今現在、巡るべき学校施設4校の内3校を終えた時点で、28人いた小隊の半数近くが手負となり、内四半分は重傷を負っていた。
 現場指揮官として作戦に参加したエリカの力不足もあるだろうが、それにしても、損耗が大き過ぎる。こういった護衛任務が初めてというわけでもないはずなのに、だ。
 重傷者の搬送を一部非戦闘員にも協力してもらい、何とか4校目に辿り着いた時、事態は大きく動いた。
 別働隊との通信が、ふつりと途絶えたのだ。
 それだけではない。

「どうなってんだよ」

 広い体育館の中で保護すべき非戦闘員の人々が、折り重なって死んでいる。
 しかも、その死体の状況を見るに。

「殺し合ったのか?ここで」

 ある老婦人がグロッグ拳銃を握ったまま息絶えているかと思えば、その喉を裂いたナイフを、年端もいかぬ少年が握ったまま死んでいる。モップの金属部分で殴り殺された少女がいる。ンバンジャ投げナイフが腹に突き刺さった妊婦がいる。額を撃ち抜かれた老紳士がいる––。
 数々の遺体が、互いを攻撃し合っていた。
 すぐにでも別動隊に状況を共有し、急がなければならないのだが。

「クソッ何で繋がらないんだよ!」

 自身の機器の故障も考えて他の隊員たちにも接続を試みてもらっても、状況は変わらない。
 そうこうしている内に、またも異変が起こった。
 きっかけは、体育館の前で安全確認が済むまでの間待機していた避難民とその護衛の隊員の場所だった。
「何をする!」という聞き慣れた隊員の声に外に飛び出すと、避難民が数人がかりで複数の隊員を押し倒していた。

「何をしている!」

 そう一喝するエリカの足元に、コロリと何かが転がってくる。
 それが、押し倒された隊員の懐から引き抜かれた閃光手榴弾だと気づいた時には、景色は白飛びし、耳鳴りで鼓膜が過振動していた。
 咄嗟にその場に伏せたエリカは聞き取れなかった。
 幾つかの発砲音とナイフを奪われて刺突された隊員の声。そして、校舎の屋上で一人の女が大声で喚いた声を。

「大っ成功じゃん!」



〜2176年12月25日PM8:27
マッスルサプラマシィコミュニティ
ユリアン・スミス邸宅〜

 ローストターキーにクランベリーソース、リブロースとレタスに低脂質パルメザンチーズのたっぷりかかったサラダ。そしてたっぷりのマッシュポテトとフルーツケーキ。
 北アメリカでは一般的なクリスマスメニューがドカンと載った食卓は、その華やかさとは裏腹に沈んだ雰囲気に包まれていた。

「なら、そのアホみてぇにはしゃいでたのが、ヴェラってヤツなんだな?」

 妙に肌艶のいいエリカの語るかつての悲劇を聴きながら、源はマッシュポテトを頬張る。

「それって、もしかして“錆びたペーパークリップ”?」

 首肯するエリカの向こうで、何故か絵美に腰に軟膏を塗布してもらっているユリアンが反応した。

「錆びた?」
「まあ源は知らないでしょうね」

 軟膏を塗り終え、薬瓶の蓋を閉じながら絵美が当然のことのように呟く。
 源は小声でエリカに尋ねた。

「ちな何発搾った?」
「4」

「コラッ、子供がいる前でそんな話しないの!」

 耳聡く聞き取った絵美が源の正面に腰掛けながら2人の会話を咎める。
 話題の子どもたちは源から少し離れたテーブルのとい面で数日ぶりの豪華な夕食にありついていた。
 黄色人種と黒色人種の少女たちがリブロースにがっつく姿を尻目に、源は鼻で笑う。

「気にするこたぁねぇよ。中身はどっかのオッサンかオバサンだぜこいつら」
「そうじゃなくて」

 源の言葉を遮って、絵美が食卓を覆うように身を乗り出し、小声で告げる。

「ユリアンをこれ以上巻き込むわけにはいかないでしょう?」

 言いたいことはわかる。かつての正体を隠した源であれば、間違いなく賛同した。
 しかしながら、正体が暴かれたならむしろ開き直る彼の性格に加え、ある場面を目撃してしまった今、その提案を飲む気はない。

「まぁさか、今更んな心配ねぇだろ。なぁ?」

 赤面したユリアンがバツが悪そうに向ける睨みを、源は涼しげに受けた。
 こうして主導権を握れるのは、ある意味亜金のお陰だ。
 爆睡する彼女を自分も世話になったベッドに寝かそうと部屋に運び込むと、実に愉快な風景が広がっていた。

「いやぁ、しかし、筋肉いじめ抜くのが好きなのはわかんだけどよ、女にいじめられんのも好きってのは中々に純度高ぇな」
「うるさいな!この!……痛っ!」

 エリカの性豪っぷりに圧倒され、すっかり腰をいわしたユリアンは、激昂すると同時に強烈な痛みに崩れ落ちた。

「ああ、無茶しないで、大丈夫?源!アンタいい加減にしなさいよ!ごめんねユリアン。ゆっくり、ゆっくり立ってね」

 筋骨隆々の男を助け起こしながら、流石に見かねた絵美が源を叱責する。散々世話になっている身の上にも関わらず、挑発的な相棒バディの振舞いを、彼女は看過出来なかった。
 しかしながら、源の蛮行は止まらない。咥えていたフォークを放り投げて席を立ったと思えば、ユリアンの元までやってきてその頭を手で床に押さえつけた。

「エリカ、これ撮ってくれよ、もぉ少しでお別れだし、記念撮影だ」
「この!」

 いよいよ堪忍袋の緒が切れた絵美が掴み掛かろうとする腕を取って、源はユリアンと絵美の2人に聞こえるように低い声で呟く。

「ユリアン、何となく察してるとは思うが、俺はお尋ね者だ。匿ってたってことになると今以上に迷惑かけちまう。だから俺たちがここを発ったらすぐに、今エリカに撮ってもらう画像と一緒に警察組織に通報しろ。そぉすりゃお前に疑いの目が向くことはない」

 源の言葉を聞いている間、ユリアンは確認するように絵美と源の顔を交互に見やった。

「それとな、ちょっとした取引を提案したぃんだが、お前ん家のガレージ。あれぶっ壊していぃか?中にある物は一旦地下のトルネードシェルターに移しとくからよ」
「いいわけないだろ!」

「まぁまぁ、取引だっつってんだろ。今のは提供してもらうもんの話だ。こっからはこっちから提供できるもんの話すっから聞け」

 そう得意げに笑う源を、抑えつける手越しに睨み上げながら、ユリアンは吐き捨てるように返す。

「とりあえず一回退いてくれないか。もうこの体勢じゃなくていいだろ」

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