T.T.S.

沖 鴉者

File.5 Worthless Road Movie  Chapter 3-2


〜2176年12月26日AM10:42
           日本国 芝浦埠頭〜

 師走の慌ただしさの中にあって、芝浦埠頭の一角は異様な雰囲気に包まれていた。
 発端は、骨まで凍るほどの寒波に耐えながら出勤した作業員たちによって発見された。
 後ろ手に拘束されてアルミブランケットに包まれた夜勤スタッフたちと、内側から爆発でもしたかのように破壊された40フィートのドライコンテナの数々。まるで映画の中のような光景だが、そこにはゾンビの姿も怪獣の姿もなく、重機の姿すらない。
 加えてぐっすりと安眠していた夜勤スタッフたちは誰一人として何が起こっていたかの記憶がなく、破壊されたコンテナの中にあった物も見つからず、何が入っていたかも判然としなかった。データが書き換えられて復元すらも叶わない。
 記録からも記憶からも奪われた物が、一体誰から誰に向けた何だったのか、そんな奇怪な事件に埠頭は大混乱だ。
 弓削田ロサもその混乱に呑まれた一人だった。

「それじゃあ、本当に一切の損傷がないの?あのクレーンには」
「はい。現状確認しているスプレッダの傷は基本的に海風で錆びついているんです。新しい傷だったら錆が禿げてるはずでしょう?でも、そんなのどこにも見当たらないんです」

 小柄なロサからすれば、見上げるだけで首が痛くなるほど巨大なガントリークレーンは、自らの潔白を主張するかのように、コンテナを掴むスプレッダ部分を揺らしていた。

『何か匂うな……T.T.S.絵美さんたち絡みっぽさが』

 常人の発想では、どうしても説明のつかない状況から垣間見える、デタラメかつメチャクチャな、人知を超えた連中の存在。
 もし彼らが関わっているとなると、事件解決の旗色は悪い。迷宮入りも十二分にあり得る。
 しかしながら、今ロサにはその確証を得る手段がなかった。
 現にAlternativeのロビーに顔を出してみても、3日前から絵美は一切入ってきていない。
 彼女がいつまた顔を出してくれるかもわからない。
 手詰まりだ。

「被害届は未だ港湾管理事務所のみ、か……」

 姿の見えない被害者と加害者が、今この瞬間も水面下で争っている。
 そんな確証にも似た予感がロサの中に渦巻いていた。


 さて、現場でロサが感じた予感はどこまで当たっているのか?
 その答え合わせは、彼女が見上げるガントリークレーンよりも遥かに高い天空で行われていた。
 ただし、緯度は大きく南下した場所で、だが。


〜2176年12月26日AM10:48 日本国 青ヶ島無人空輸基地〜

 地殻ほどの深度から成層圏の高度まで、地球というココナッツに刺さったストローのような宇宙エレベーターの天辺に、帷子ギルバートは佇んでいた。
 目が眩むほど、なんてレベルではない。あと少しで地球の重力圏を離れる高度だ。
 有毒なオゾンも豊富な空域ではあるのだが、ギルバートは何の装備もなしにいた。
 もちろん、これにはタネも仕掛けもある。

「驚いたな。本当に呼吸も内圧膨張もなしとは……」
《ったりめぇだろ。アタシがやってんだからよ》

 タネは、全身の細胞のほとんどをナノマシン化しているジェーン・紗琥耶・アークだからこそ出来るサポートだ。ギルバートの体表にまとわりつき、さながら潜水服のように彼の身体を有毒ガスと体膨張から守っていた。

 当初、別々のアプローチから捜査を始めた2人だったが、蛇の道は蛇。行き着いた先は同じ埠頭であり、同じ空域だった。
 終着点に近づいたが故の収束地点は、高高度からカーボン素材の大型コンテナに巨大な翼と小型のジェットエンジンを搭載した機体を射出する空輸基地。
 太平洋沿岸すべてを射程範囲に収める巨大な物流機構は、同時に地下の大型集約機構にも通じており、飛ばしたコンテナを集荷システムに転用して、地下のリニア式運搬で青ヶ島上空まで持ってくる。地表を無視した地下と天空を廻るダイナミックな物流機構はウォーターフローシステムとも呼ばれ、全てがAI制御で行われており、人の手は一切用いられていない。世界的な富豪によって構築されて以降、あっという間に業務用国際物流システムの覇者となった。市井の者の立ち入ることのできない鉄壁の聖域だ。

「それにしても敵が多いね、君たちは」

 心底面白がるように、ギルバートは足元を見下ろしながら笑った。
 500メートル径の円柱の頂からは、紫外線カットのガラスで覆われ、次々と昇ってきては翼を広げてフワリと飛んでいくコンテナ群が見える。
 そのコンテナに載る企業ロゴのどれもが、T.T.S.に非協力的なことで知られる社名ばかりだ。

《お上が嫌われなかったことある?》
「至言だな。君、中々攻撃的だけど、嘘がないね。源にそっくりだ」

《……うるせえな、殺すぞ》
「……来たな、コイツだ」

 飴色の上面に白色でデフォルメされた拳を背景に“Braços de chama炎の腕”とポルトガル語で書かれたロゴのコンテナが翼を広げて迫り上がってきた。
 地球温暖化によって成層圏に溜まった二酸化炭素を空気圧に利用した発射機構により、コンテナは初動でマッハ5まで加速する。
 その瞬きよりも速い初動を捉えるのに、ギルバートの神を追う足Beineum Gott zu jagenほど適正の高い能力はなかった。

「ちゃんとしがみついていてくれよ」
《アンタこそ、無様に堕ちんなよ》

 軽口を交わすや否や、ギルバートはペストマスクを手で押さえながら跳んだ。
 立ち幅跳びの要領で地を蹴った左脚の力加減は完璧で、音速を上回る中とは思えない静粛性での着地に成功する。

「着いて来てるかい?」
使用限界機体いらねえやつ以外ね。今し方コンテナ伝いに滑空機構に侵入った。始めるんなら始めていいぜ》

「重畳だ……それじゃあ、蹴るよ」

 宣言通り、ギルバートは左足でコンテナを踏みつけた。たったその一撃の威力だけで、T.T.S.が彼専用にカスタマイズしたブーツのダイヤナノロッド凝集体の靴底が潰れる。
 コンテナは大きく地面に蹴落とされ、揚力によって減速していた落下速度を大きく増し、ギルバートを中空へと置き去りにする。

《おいおい、ちょっと堕ちすぎじゃねえか?》
「問題ない。むしろもう少し高度を落とさないとオーバーライドする可能性もある。君の方はどうだ?」

 遥か下の海上で待機する絶滅寸前のれいめい型巡視船の座標を確認しながら、ギルバートは落下速度を加速させながら紗琥耶に尋ねた。

《今アンテナが……出来た!陰姫ぇ!聞こえる?》

 自身の身体ナノマシンを使い、先ほど侵入した滑空機構をスタンドアローンからオンラインに変えた紗琥耶は、急ぎれいめい型巡視船の艦上に待つアグネスに連絡する。

《聞こえる。けど、まだ……2人は、見えない……》

 いつも通りのアグネスらしい生気のない答えを聴きながら、紗琥耶は機体の支配権を滑空機構から姿勢制御にまで拡大。おおよその軌道予測を算出する。

《ランディング予測、視界に被せるぞ!》

 直後、視界に未来の虚像が薄く顕現する。

「……やっぱり少しオーバーランだな」
《そうか?割といい感じにずっぽしハマってない?》

「さっき壊せなかったのを見ただろう?あの位置で本寸法の開扉でもしてみろ、中身が海に落ちる」
《……何でもいいが、早めにシないと余裕なくな》

 紗琥耶が言い終わるより前に、コンテナは再び下に突き落とされた。
 ただし、今回はギルバートの蹴りで、ではない。
 彼が虚空に振り下ろした足の、その衝撃でだ。

《デタラメ野郎、一声かけるぐらいしろ!》

 急いで平衡制御を行いながら、紗琥耶はコンテナの重量にギルバートの体重を上乗せしての軌道を再計算する。彼女の苦手な分野ではあるが、絵美がいない以上、背に腹は変えられない。

「これで乗ったんじゃないかな?」

 コンテナの上に柔らかく着地をした加重物が、これまでで一番弾んだ声で尋ねて来た。

《んで楽しそうなんだよ》
「そう聞こえたかい?」

《違うのか?》
「いや……わからないな」

 遮る物もなく、吹き荒ぶ気流は凄まじい勢いでギルバートの身体を冷やしていく。
 しかしながら、大きな脚の筋肉を光速に近い速度で伸縮させた結果生まれた高体温が、氷点下を大きく下回る外気温の熱吸収を上回り、さながらコンテナから火の手が上がったような白煙を巻き上げていた。
 そんな、人とは思えぬ状態の男を見て、紗琥耶は理解を放棄する。

《何だそりゃ……まあいいや。軌道に乗った。陰姫、誤差20前後で指定座標に滑空中。そろそろ視認域に入ると思うから確認よろ》

 まもなく、アグネスから目視で確認の報を受けた紗琥耶は、今一度コンテナの中に入っているであろうブツの確認をした。
 目標はBraços de chama炎の腕社製のバケットホイールエクスカベーター用に日本のキッチン用品製造の会社が納品する、電気コンロだ。

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