T.T.S.
FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 5-11
11
~2168年9月9日AM7:24 アリススプリングス~ 
突如、受肉のコマンドを入力されて、紫姫音は幼い擬似人体を顕現させられた。
突然の実体化に無防備だった人工知能は、陽光にレンズを焼かれ、目を白黒させながら強烈な紫外線を手で遮る。
「……え?」
「所有者権限発動。“動くな”」
直後、少女の肉体は映像を一時停止したようにピシリと固まり動かなくなった。眼球運動さえ許されない絶対静止の中に閉じ込められた紫姫音に背を向けて、源は大岩へと踵を返す。
~2176年12月23日PM10:49 薔薇乃根~
形勢は、今一度逆転していた。紫姫音が姿を現したことで瞬間的に動揺したSample 13だったが、持ち直すのもまた一瞬だった。
Sample 13は追撃に走ったギルバートをアッサリと殴り飛ばし、鳩尾に膝を差し込んで固めた源の首を脚で締め上げる。
「まだ分からないの?アナタたちじゃ私には勝てない。私は自分の速度に振り回されるような未熟者じゃないんだから」
ギチリと気道を締められながら、実妹がそう呟くのを聞いて、源は考える。
なぜ彼女はすぐに首の骨を折らないのか?
紫姫音との接触で見せた動揺はなんだったのか?
そんな疑問は、すぐに氷解した。
他でもない。
「ヤメて!源をイジめないで!」
「……やっぱりね。出て来ると思ったんだ」
Sample 13の狙いは、源の手首から紫姫音の実体を薄暗いトンネルに引き摺り出すことにあった。
疑似人体の首根っこを掴み、源を思い切り蹴飛ばして、Sample 13は己が分身を正面から睨みつける。
「もう一回だけ訊く。お前は何だ?」
紫姫音がAIだと理解しているからだろう、ギチリギチリ締めつける手に容赦はなく、血走った目は今にも少女を模した人体をバラバラに引き裂きそうだ。
紫姫音もまた、自身が非生物である事を隠そうとしなかった。その表情に苦悶はなく、ただただ純粋な疑問だけが視線に宿り、真っ直ぐにSample 13に注がれていた。
そうしてお互いの目を見て、1人と1機は、相手が自らが望む質問の答えを持っていないことを悟る。同時に、その共感性の高さゆえに、もはや言い逃れできないほど相手を「自分」として1人と1機は認識した。
自分と同じで、自分ではない何か。
禅問答が具現化したような異常な状況の中で、それでもSample 13は答えを探すことを諦めなかった。
「Sample 9!説明しなさい!コレは何!?」
源を蹴り飛ばした先、巨大なブロックのようなコンテナ折り重なった瓦礫の山に向かって怒鳴り散らすSample 13に返って来たのはしかし、源の声ではなかった。
「痛たた、跳躍直後に部屋ごと崩れるとか、どうすりゃいいのよ……うわ、ホントだ。声だけじゃなくて見た目までソックリね」
自信と余裕を感じさせる落ち着いたトーンで紡がれる大人の女性の声。別の瓦礫の山で痛みに呻くギルバートの顔をますます顰めさせる、T.T.S.の要の凛とした響き。
「こんばん……あ、こっちじゃまだこんにちは、か。紫姫音ちゃんのソックリさん。T.T.S.No.3の正岡絵美です。悪いけど、今から貴女の動きは封じさせてもらうわ。……紫姫音ちゃん、今助けるからね」
薄暗いトンネルをボンヤリと照らす正岡絵美は、翠色の瞳で真っ直ぐにSample 13を捉えていた。
Sample 13に正面から啖呵を切る絵美の声を聞きながら、コンテナの隙間で源は呻くように呟く。
「くっそ……絵美……やめ」
だが、カスカスに掠れた心許ない声は言葉の途中で止まり、代わりに噴き出たのは破裂した呼吸器官からせり上がってきた血だった。
それでも、何故絵美が源やギルバートにすら敵わない相手に立ちはだかっているのかを考えると、焦燥感が募って行く。肺に血が溜まり、狭くなった肺でも何とか呼吸しようとヒューと甲高い呼吸音と共に咽せ返っていると、亜金が駆けつけた。
「源!!……紫姫音、いる?……いないのね。じゃあ仕方がないか……」
なんでお前がここにいる!?と瞠目し、口を開ける源だが、そこから溢れるのは血ばかりで、言葉が出ない。
「喋らないの……いい?今からマダムに渡されたコレ、打つからね」
それは、源でさえ初めて見る代物だった。初代T.T.S.No.1を失った経験を元にマダムオースティンが提案し、彼女と平賀青洲の共同開発で生まれた緊急救援時用の回復ナノマシン投与アンプルだ。
臨床試験はされているのだろうが、不運にも実戦での初被験者に選ばれた源は、絵美が新装備を亜金に託した事実に驚く。
同時に、亜金の信頼を勝ち取るために心情を曲げた絵美の決意に感服した。
動脈注射用の太い針を頚切痕から深々と差し込まれ、その痛みに耐えていると、ポツリと亞金が呟く。
「……まさか私をここまで連れて来てくれるなんてね……癪だけど、絵美になら任せられるかもって、少しだけ……」
体内に投与されたナノマシンが脳内にアクセスし、重篤箇所を割り出して散開する。内臓された推進機構で血中を泳ぐように蠢くソレは血小板を絡め取りながら肺に達し、あっという間に傷を塞いで行った。全てがアミノ酸やタンパク質で構成されたナノマシンは、やがてその役目を終えて血小板とともに患部を塞いで沈黙する。
そうして目に見える回復を見せた源は、プッと血痰を吐き捨て、血に塗れた手を亜金の頭に被せる。
「気に病むな、とは言わねぇけど……絵美も中々のやるもんだろ?」
不本意さを隠すことなく頷く亜金の前髪を、そっとかき上げてやると、傍らのコンテナ群にとてつもない衝撃で何かが突っ込んだ。
『まずい!』
絵美の首が千切れて吹き飛ぶ最悪の光景を想像すると共に、慌てて立ち上がろうとした源を尻目に、衝撃の発生源から驚嘆する少女の声が聞こえた。
「どうして……?」
「……ウソだろ?」
先ほどまで自身を一方的に見下していたその声が、今まさに動揺しているSample 13のものであることは、疑いようもなくて。
だからこそ−−
「ほら、立ちなさいよソックリさん。せっかくのお洋服が汚れちゃうわよ」
明確に見下す煽り文句を吐く声は、聞き違うことなく正岡絵美の声だった。
~2168年9月9日AM7:24 アリススプリングス~ 
突如、受肉のコマンドを入力されて、紫姫音は幼い擬似人体を顕現させられた。
突然の実体化に無防備だった人工知能は、陽光にレンズを焼かれ、目を白黒させながら強烈な紫外線を手で遮る。
「……え?」
「所有者権限発動。“動くな”」
直後、少女の肉体は映像を一時停止したようにピシリと固まり動かなくなった。眼球運動さえ許されない絶対静止の中に閉じ込められた紫姫音に背を向けて、源は大岩へと踵を返す。
~2176年12月23日PM10:49 薔薇乃根~
形勢は、今一度逆転していた。紫姫音が姿を現したことで瞬間的に動揺したSample 13だったが、持ち直すのもまた一瞬だった。
Sample 13は追撃に走ったギルバートをアッサリと殴り飛ばし、鳩尾に膝を差し込んで固めた源の首を脚で締め上げる。
「まだ分からないの?アナタたちじゃ私には勝てない。私は自分の速度に振り回されるような未熟者じゃないんだから」
ギチリと気道を締められながら、実妹がそう呟くのを聞いて、源は考える。
なぜ彼女はすぐに首の骨を折らないのか?
紫姫音との接触で見せた動揺はなんだったのか?
そんな疑問は、すぐに氷解した。
他でもない。
「ヤメて!源をイジめないで!」
「……やっぱりね。出て来ると思ったんだ」
Sample 13の狙いは、源の手首から紫姫音の実体を薄暗いトンネルに引き摺り出すことにあった。
疑似人体の首根っこを掴み、源を思い切り蹴飛ばして、Sample 13は己が分身を正面から睨みつける。
「もう一回だけ訊く。お前は何だ?」
紫姫音がAIだと理解しているからだろう、ギチリギチリ締めつける手に容赦はなく、血走った目は今にも少女を模した人体をバラバラに引き裂きそうだ。
紫姫音もまた、自身が非生物である事を隠そうとしなかった。その表情に苦悶はなく、ただただ純粋な疑問だけが視線に宿り、真っ直ぐにSample 13に注がれていた。
そうしてお互いの目を見て、1人と1機は、相手が自らが望む質問の答えを持っていないことを悟る。同時に、その共感性の高さゆえに、もはや言い逃れできないほど相手を「自分」として1人と1機は認識した。
自分と同じで、自分ではない何か。
禅問答が具現化したような異常な状況の中で、それでもSample 13は答えを探すことを諦めなかった。
「Sample 9!説明しなさい!コレは何!?」
源を蹴り飛ばした先、巨大なブロックのようなコンテナ折り重なった瓦礫の山に向かって怒鳴り散らすSample 13に返って来たのはしかし、源の声ではなかった。
「痛たた、跳躍直後に部屋ごと崩れるとか、どうすりゃいいのよ……うわ、ホントだ。声だけじゃなくて見た目までソックリね」
自信と余裕を感じさせる落ち着いたトーンで紡がれる大人の女性の声。別の瓦礫の山で痛みに呻くギルバートの顔をますます顰めさせる、T.T.S.の要の凛とした響き。
「こんばん……あ、こっちじゃまだこんにちは、か。紫姫音ちゃんのソックリさん。T.T.S.No.3の正岡絵美です。悪いけど、今から貴女の動きは封じさせてもらうわ。……紫姫音ちゃん、今助けるからね」
薄暗いトンネルをボンヤリと照らす正岡絵美は、翠色の瞳で真っ直ぐにSample 13を捉えていた。
Sample 13に正面から啖呵を切る絵美の声を聞きながら、コンテナの隙間で源は呻くように呟く。
「くっそ……絵美……やめ」
だが、カスカスに掠れた心許ない声は言葉の途中で止まり、代わりに噴き出たのは破裂した呼吸器官からせり上がってきた血だった。
それでも、何故絵美が源やギルバートにすら敵わない相手に立ちはだかっているのかを考えると、焦燥感が募って行く。肺に血が溜まり、狭くなった肺でも何とか呼吸しようとヒューと甲高い呼吸音と共に咽せ返っていると、亜金が駆けつけた。
「源!!……紫姫音、いる?……いないのね。じゃあ仕方がないか……」
なんでお前がここにいる!?と瞠目し、口を開ける源だが、そこから溢れるのは血ばかりで、言葉が出ない。
「喋らないの……いい?今からマダムに渡されたコレ、打つからね」
それは、源でさえ初めて見る代物だった。初代T.T.S.No.1を失った経験を元にマダムオースティンが提案し、彼女と平賀青洲の共同開発で生まれた緊急救援時用の回復ナノマシン投与アンプルだ。
臨床試験はされているのだろうが、不運にも実戦での初被験者に選ばれた源は、絵美が新装備を亜金に託した事実に驚く。
同時に、亜金の信頼を勝ち取るために心情を曲げた絵美の決意に感服した。
動脈注射用の太い針を頚切痕から深々と差し込まれ、その痛みに耐えていると、ポツリと亞金が呟く。
「……まさか私をここまで連れて来てくれるなんてね……癪だけど、絵美になら任せられるかもって、少しだけ……」
体内に投与されたナノマシンが脳内にアクセスし、重篤箇所を割り出して散開する。内臓された推進機構で血中を泳ぐように蠢くソレは血小板を絡め取りながら肺に達し、あっという間に傷を塞いで行った。全てがアミノ酸やタンパク質で構成されたナノマシンは、やがてその役目を終えて血小板とともに患部を塞いで沈黙する。
そうして目に見える回復を見せた源は、プッと血痰を吐き捨て、血に塗れた手を亜金の頭に被せる。
「気に病むな、とは言わねぇけど……絵美も中々のやるもんだろ?」
不本意さを隠すことなく頷く亜金の前髪を、そっとかき上げてやると、傍らのコンテナ群にとてつもない衝撃で何かが突っ込んだ。
『まずい!』
絵美の首が千切れて吹き飛ぶ最悪の光景を想像すると共に、慌てて立ち上がろうとした源を尻目に、衝撃の発生源から驚嘆する少女の声が聞こえた。
「どうして……?」
「……ウソだろ?」
先ほどまで自身を一方的に見下していたその声が、今まさに動揺しているSample 13のものであることは、疑いようもなくて。
だからこそ−−
「ほら、立ちなさいよソックリさん。せっかくのお洋服が汚れちゃうわよ」
明確に見下す煽り文句を吐く声は、聞き違うことなく正岡絵美の声だった。
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