T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 4-3


~2168年9月6日PM9:34~

 涼しい風の中に僅かに残る夏の香りが、残り僅かな夕焼けの中に残っていた。
 ドイツ連合国が誇る工業都市デュッセルドルフの9月は、高緯度ゆえの長い西日に照らされてノスタルジックな雰囲気に包まれていた。
 ライン川から吹き付ける涼しく湿った空気に吹かれながら、かなはじめ源は旧市街の歴史的な建造物の間を縫っていく。
 賞金稼ぎバウンティハンターの恋人からくすねた資料によれば、目的地はこの辺りだ。石造りの古めかしい街並みは、ともすればどれも同じように見える。
 しかしながら、その中の一つ、厚い木材を鉄板と鉄鋲で補強された扉の向こうに、源は用があった。
 躊躇うことなく扉を破壊し、真暗な室内に押し入る。
 埃の少ない、まだ人の気配を感じるリビングには、あらゆる機器や計器が雑然と散らばっていた。
 だが、源はそれらには目もくれず、まっすぐキッチンに足を運んだ。
 鍋やフライパンが並んだ、当たり前の台所風景。
 それを脇に、源は床に爪先を打ちつけて行く。
 コンコンと反響を確かめながら奥へと進むと、ある箇所からゴンゴンと空洞を感じさせる音に変化した。
 容赦なく拳を振り下ろして床板を破壊し、源は本来ワインセラーであったろう空間に降り立つ。
 もちろんそこには、年代物のエチケットを貼ったワインボトルも、古びたオーク樽もなかった。
 ワインセラーなんて目じゃないサイズに拡張されたそこには、博物館のように動物の剥製や鉱石、恐竜の化石が並んでいる。恐ろしく静かなその最奥部には、巨大な地球儀がドカリと居座っていた。

「おぃ、来てやったぞ」

 両腕を広げても覆いきれないほどの地球儀をクルリと回し、周辺をくまなく探す。
 しかし、どこを見ても目当ての人物の姿はなかった。

「ったくよぉ、呼びつけといてどこ行きやがった」

 この場所の主にぼやいた言葉も、無言でたたずむ展示物たちに吸い込まれていくだけだ。
 その時。
 球体の裏で何かがうごめいた。

「シオン……じゃねぇな。出て来い。誰だお前?」

 声の警戒レベルを少し高めた源の言葉に、紫色の髪をした小さな少女が応える。

「しらないヒトにジブンのことはなしちゃダメってシキネいわれてるもん!おしえてあげない!」
「ほぉんシキネってのか」

「あ!ダメだよ!それはヒミツなの!」
「お前が言ったんだろぉが」

「ダメ!わすれて!」
「元気いぃなお前」

 ポコポコと柔らかい拳を腿に受けながら、源は用意していたセリフを放った。

「安心しろ。別にシオンが知らねぇヤツってわけじゃねぇ。俺はアレだ。ほれ、アモロウナグの遣いだ」
「アモロウナグ⁉あのヒトしってるの⁉」

「あぁ、知ってるぜ。仲間なんだ」
「そうなんだ……」

「あぁ、だから教えてくれねぇか?シオンがどこに行ったか」
「……わかった。おしえる」

 言うが早く、少女の姿がパッと消えた。
 同時に、眼前の地球儀がゆっくりと回転を始める。
 そして、どういう原理かは不明だが、周囲にあった博物館の展示物のようなオブジェクトたちが生命を得たように動き出した。鉱物でさえ、転がりながら発掘前の姿に戻っていく。
 さながら、この地下空間そのものが息を吹き返したようだった。
 ポルターガイストにも似た奇妙な現象を前に、源は自身の腿に残る小さな拳の感触を確認し、頭を捻る。

立体映像ホログラムか?いや、だったらあの感触は何だ?』

 だが、そんなことで驚いてもいられない。
 何故なら、この家の主こそが、ヨハン・ルートヴィヒ・フォン・ノイマンの再来とも言われた儁秀のエンジニア。あらゆる分野に精通し、世界で初めてタイムマシンを作った男。シオン・平賀その人なのだから。
 ゆえに、どのような技術がどのように働いているかは源にもわからない。
 しかしながら、あの少女を納得させ、懐柔する手間を強いてまでシオンが隠そうとした情報だ。彼の重要性と危険性も計算に入れて鑑みれば、空手で帰るわけにはいかない。
 ふと視線を正面に戻すと、地球儀では面白いことが起こっていた。
 一般的な地球儀とは少し違うそれは、陸地部分が細かい金属突起の連なりで形成されており、それが今まさに目の前でワラワラと蠢いている。もし絵美がその場にいたならば、その意味が分かったことだろう。
 それは長い時の中で地殻変動によって大地が動いた痕跡を、そのまま遡る動きだった。
 やがてワラワラとした大地の動きが緩み、地球儀の回転が緩みだしたところで、オーストラリア大陸を模る金属突起の一点が、スーッと隆起した。

「シオンはイマここにいるっていってる」

 どこからともなく聞こえた少女の声が、そう告げる。

「どこだココ?」
「えっとね……ウルルだって!」

「ウルル?何だそりゃ?」
「……わかんない」

 そこは、オセアニアをまったく知らない源には何処のことやらサッパリだが、世界的には超有名な観光スポットだった。
 世界最大の一枚岩、エアーズロック。ウルルカタジュター国立公園内に鎮座ましますその巨影は、世界自然遺産にも選ばれたオセアニア原住民の聖地だ。

「まぁいぃ、そこにシオンはいんだな?」
「うん!アモロウナグが来たらそう伝えてくれってシオン言ってた」

「なるほどな」

 ふと手に何かが触れて、源が視線を転じると、そこにはイヌの剥製の鼻先があった。
 内部にロボット犬の骨格が隠されているのだろう、滑らかな動きで源の手に頭を押しつけてくる。
 適当に頭を撫でてやっていると、シキネが思い出したように付け加えた。

「それじゃあいこう!シキネがいかないとカンセイしない・・・・・・・ってシオンいってたから!」

~2176年12月23日PM10:45 薔薇乃根~

 かなはじめ源は、久しぶりに自らの目を疑った。さながら思い出の焼き直しのような少女の姿に、目か頭のどちらか、あるいは、その両方がおかしくなってしまったのかとさえ思った。

「お前、紫姫音じゃないのか?」
「……シキネ?……何ソレ?」

 自然と口から零れ落ちた源の疑問に、しかし少女は誠実に応えてはくれない。瞬く間に、彼女は2枚のパレットを飛ばしてきた。

「源!どうした⁉呆けてる暇はないぞ!」

 飛来する強化プラスチックを弾き飛ばしながら放たれたギルバートの喝は、源にも聞こえている。届いている。なのに、それでも、源は動くことが出来なかった。

『どぉいぅことだ』

 口元を手で多い、瞠目の眼差しのまま固まった源を前に、いよいよギルバートも状況を看過できない。
 間断なく襲い来るパレットやフォークリフトロボットをいなしながら、怒鳴りつけるように問い詰めた。

「何なんだ!何がそんなに気になってる!」

 源が震える手を上げる。かつてないほど鈍い腕の上げ方に、彼の躊躇いと葛藤が痛々しいほど表れていた。

「あのガキ……俺の妹かもしれねぇ」

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