T.T.S.
FileNo.4 『Sample 13』 Chapter 1-5
5
~2176年12月24日AM8:30 東京~
視界の中で、紫色の髪がピコピコと揺れていた。
「ランチ♪ランチ♪ゴーカなランチ♪」
つい1時間ほど前までは、口も利いてくれないほど不機嫌だったAI少女は、今や期待に胸を膨らませてウキウキとした足取りで源を先導している。
『……クソッ、またハメられた』
鈴蝶の説得は巧みだった。せっかくのクリスマスを潰され、傷つき怒る紫姫音に、彼女はかつてない豪華なもてなしを約束したのだ。
それが、T.T.S.が特別にチャーターした国際地下リニアのレストラン車両が提供する最高級ディナーコースだった。
プライベートで予約すればシングルでも¥90,000。ペアではお得な¥160,000と、強気も強気のお値段のディナーは、ジャズの演奏や聖歌隊による讃美歌などを鑑賞しながら楽しめる、リッチなクリスマス体験だ。
それをわざわざランチにずらしてみせた鈴蝶の粋な計らいに、本来は感謝すべきなのだろう。
さて、突然だがここで読者諸賢に質問しよう。
こんな豪勢なクリスマスを知ってしまった少女を、来年以降も満足させるにはどうすればいいだろうか?
そう。来年以降は、今年か今年以上の規模のクリスマスをしなければならない。
しかも相手は少女のAIだ。ハードルはあっさり上がる。
「たのしみだねぇー♪」
「……そぉだな」
「来年もこんなだといいなー」
『出来るかんなもん!』
ハメられたと気付いたのは、出掛けに医務室に寄るよう鈴蝶に言われた時だった。
~2176年12月24日AM7:47 東京~
「そうだ。絵美ちゃんたちにも挨拶して行きなよ」
アギーに話し掛けられた時点でよもやと思ったが、案の定だ。
「やっぱいんのかアイツら」
「みんなヤル気ゼロだけどね。一応午前中はいてもらうつもり……早めに解散するつもりだけど」
その言葉で、源はすべてを悟った。
「……ったく、丁寧に仕込みやがって」
「ありゃ、今更それ言う?……っと、さすがに今のは意地が悪すぎた。ごめん。……いやね、いくら君の嫌いなタイプの任務とはいえ、源ちゃんは断らないだろうけど、クリスマスを潰された紫姫音ちゃんは絶対にゴネるし、ジェーンちゃん辺りは呼応するでしょ?だからこうするしかなかったのよ。絵美ちゃんの助言のお蔭なんだけどね」
「また絵美か……俺に何か恨みでもあんのかよ……」
「喧嘩はよしてよ。個人間の問題とはいえ、周りの雰囲気まで悪くなるから」
「しねぇけどよぉ……はぁ……行って来る」
「ん、本当にすまない。頼んだよ」
手を上げて鈴蝶に応えつつ、源は医務室に爪先を向けた。
T.T.S.は、ある理由から圧倒的に女性率が高い。
実際、男性メンバーは源1人だ。
それ故、イジられることや面倒ごとを押しつけられることは日常茶飯事で、もはや何とも思わない。
だが、いくら何でも今回の頼み方は酷い。
一言くらい文句を言っても罰は当たらないはずだ。
「おぃ、絵美」
「あ、来た来たカウパー野郎」
「かわいそうに、休日返上ですって?」
レイアウトを平時から大きく変更したベッドの上で、紗琥耶とマダム・オースティンが顔を上げる。
一方、絵美は顔を上げなかった。
「おぃ絵……どんだけ集中してんだコイツ」
恐らく、紗琥耶とマダムの手札を予想しているのだろう。小刻みに震える唇が、時折、ダイヤだのクイーンだのと音を紡いでいた。
気怠そうに欠伸をした紗琥耶が肩を竦める。
「プレイが始まると大体いつもこんな感じよ。揉むなら今!って感じ」
再び絵美に視線を向けた源は、ボソッと呟いた。
「揉むってどこ揉みゃいぃんどぅふ!」
「でも聞いてないわけじゃないんだよね」
ノーモーションで放たれた絵美のエルボーを綺麗に鳩尾に貰い、源は背を丸める。長身の彼が身を屈めたことにより、各プレイヤーの手札が覗き込めた。
『……さすがだな、フラッシュで揃えてやがる……』
ホールカードで強運を引いたのはもちろん、コミュニティカードも4枚目で見事に運を引き寄せる。もはや、絵美の順調は整っていた。
相棒の強運に感心しつつ、源は仕返しを決めた。
『フラッシュから無役に格下げだ』
源は動く。今の絵美の集中力ならば、神を掴む手を使わずとも気づかれまい。
マダムと紗琥耶に目配せし、2人の手札を1枚ずつ交換。コミュニティカードの横の山をオーバーハンドで軽くシャッフルする。これで、ここまでの彼女の努力は無に帰す。
僅かばかりの復讐はそれで終わる。
だが、絵美は源の手を逃さなかった。
「ちょっと、止めなさいよ」
「……そこは無視しねぇのかよ……」
「切れ長のお蔭でちょっとだけ視野が広いのよ、私」
「そぉかよ……なぁおぃ、絵美、どぉいぅつもりだ?」
ガッチリ手首を掴まれたまま絵美の顔を覗き込むと、彼女の目は気まずそうに逃げる。
「お?何ナニ?何の話?」
「2人の話みたいだし、外すわよ紗琥耶ちゃん」
「え、何で?別にい~じゃん」
「ごめん紗琥耶、外してくれる?」
「ええ~絵美たんいけず~」
「いいから行くわよ」
「陰姫は~?」
「アギーは関係者なの……ごめんね」
「ふ~ん、そう……後で喋ってもらうかんね」
「ええ、もちろん。そのつもりよ」
医務室の扉を開け、紗琥耶とマダムが退室するのを見送った絵美は、一呼吸おいてアグネスに視線を向けた。
「ううん……まだ、話して、ないよ」
「ありがとうアギー……源、アイツがT.T.S.の所に合流するの。今日アナタが呼ばれたのは、アイツがそれを望んだからよ」
アグネスに向けていた冷静な表情とは打って変わって、源に向ける絵美の顔は不安そうだった。僅かに震える声音が、その表情が演技でないことを物語っている。
「……なるほど。そぉいぅことか」
絵美のいうアイツが誰のことか、源はすぐに理解した。
彼女の様子に加え、アグネスが関わり、紗琥耶に情報が回っていない、この状況を考えれば、答えは容易に導き出せる。
「ギルバートだな」
静かに頷く絵美の目は、不安に揺れていた。
帷子ギルバート。
かつて、2人を襲った違法時間跳躍者にして、源と同じ新人類組成計画によって生まれた神を追う足。圧倒的な力で2人に死の恐怖を与えた男が、T.T.S.にやって来る。
その出迎えこそが、今日源が呼ばれた理由だった。
「アギーが思想の根本を司るマインドアンカーを仕込みながら思想矯正してくれたんだけど……正直……色々恐いの」
「だろぉな」
源だって、ギルバートの相手など2度とゴメンだ。
同時に、紗琥耶に伏せられている理由にも得心した。
SEXと戦闘に夢中の狂女と、規格外の化物ギルバート。
暴発しやすい爆弾2つの事を考えると、眩暈がした。
「ホント……冗談じゃねぇな」
「……本当にね……」
脳裏に、鮮明に地獄絵図が浮かぶ。
気分は、さながら焼野原を眺めるようだった。
~2176年12月24日AM8:45 東京~
未だかつて、こんなに最悪なクリスマスはない。直近から来年のクリスマスイブまで、源の未来はお先まっ暗だ。
そりゃもう、テンションだってどん底だ。
「たのしみだねー♪」
「そーだなー……」
使用者が死んだ目で譫言のような返事をしているにも関わらず、亜生インターフェイスはそんな事など意にも介さない。
紫姫音は足をプラプラと揺らしながら、コンパートメントに背中を預けて車両設備の紹介パンフレットのチェックに余念がなかった。
もはや源は、そのパンフレットの文字を何となくぼんやりと追うくらいでしか、安らぎを感じない。
『クリスマス休暇でセントラルタイムゾーン運休かー』
ハイテンションなAIと、若干壊れ気味なその主は、AM8:45。定刻通りにダラスに向けて出発した。
~2176年12月24日AM8:30 東京~
視界の中で、紫色の髪がピコピコと揺れていた。
「ランチ♪ランチ♪ゴーカなランチ♪」
つい1時間ほど前までは、口も利いてくれないほど不機嫌だったAI少女は、今や期待に胸を膨らませてウキウキとした足取りで源を先導している。
『……クソッ、またハメられた』
鈴蝶の説得は巧みだった。せっかくのクリスマスを潰され、傷つき怒る紫姫音に、彼女はかつてない豪華なもてなしを約束したのだ。
それが、T.T.S.が特別にチャーターした国際地下リニアのレストラン車両が提供する最高級ディナーコースだった。
プライベートで予約すればシングルでも¥90,000。ペアではお得な¥160,000と、強気も強気のお値段のディナーは、ジャズの演奏や聖歌隊による讃美歌などを鑑賞しながら楽しめる、リッチなクリスマス体験だ。
それをわざわざランチにずらしてみせた鈴蝶の粋な計らいに、本来は感謝すべきなのだろう。
さて、突然だがここで読者諸賢に質問しよう。
こんな豪勢なクリスマスを知ってしまった少女を、来年以降も満足させるにはどうすればいいだろうか?
そう。来年以降は、今年か今年以上の規模のクリスマスをしなければならない。
しかも相手は少女のAIだ。ハードルはあっさり上がる。
「たのしみだねぇー♪」
「……そぉだな」
「来年もこんなだといいなー」
『出来るかんなもん!』
ハメられたと気付いたのは、出掛けに医務室に寄るよう鈴蝶に言われた時だった。
~2176年12月24日AM7:47 東京~
「そうだ。絵美ちゃんたちにも挨拶して行きなよ」
アギーに話し掛けられた時点でよもやと思ったが、案の定だ。
「やっぱいんのかアイツら」
「みんなヤル気ゼロだけどね。一応午前中はいてもらうつもり……早めに解散するつもりだけど」
その言葉で、源はすべてを悟った。
「……ったく、丁寧に仕込みやがって」
「ありゃ、今更それ言う?……っと、さすがに今のは意地が悪すぎた。ごめん。……いやね、いくら君の嫌いなタイプの任務とはいえ、源ちゃんは断らないだろうけど、クリスマスを潰された紫姫音ちゃんは絶対にゴネるし、ジェーンちゃん辺りは呼応するでしょ?だからこうするしかなかったのよ。絵美ちゃんの助言のお蔭なんだけどね」
「また絵美か……俺に何か恨みでもあんのかよ……」
「喧嘩はよしてよ。個人間の問題とはいえ、周りの雰囲気まで悪くなるから」
「しねぇけどよぉ……はぁ……行って来る」
「ん、本当にすまない。頼んだよ」
手を上げて鈴蝶に応えつつ、源は医務室に爪先を向けた。
T.T.S.は、ある理由から圧倒的に女性率が高い。
実際、男性メンバーは源1人だ。
それ故、イジられることや面倒ごとを押しつけられることは日常茶飯事で、もはや何とも思わない。
だが、いくら何でも今回の頼み方は酷い。
一言くらい文句を言っても罰は当たらないはずだ。
「おぃ、絵美」
「あ、来た来たカウパー野郎」
「かわいそうに、休日返上ですって?」
レイアウトを平時から大きく変更したベッドの上で、紗琥耶とマダム・オースティンが顔を上げる。
一方、絵美は顔を上げなかった。
「おぃ絵……どんだけ集中してんだコイツ」
恐らく、紗琥耶とマダムの手札を予想しているのだろう。小刻みに震える唇が、時折、ダイヤだのクイーンだのと音を紡いでいた。
気怠そうに欠伸をした紗琥耶が肩を竦める。
「プレイが始まると大体いつもこんな感じよ。揉むなら今!って感じ」
再び絵美に視線を向けた源は、ボソッと呟いた。
「揉むってどこ揉みゃいぃんどぅふ!」
「でも聞いてないわけじゃないんだよね」
ノーモーションで放たれた絵美のエルボーを綺麗に鳩尾に貰い、源は背を丸める。長身の彼が身を屈めたことにより、各プレイヤーの手札が覗き込めた。
『……さすがだな、フラッシュで揃えてやがる……』
ホールカードで強運を引いたのはもちろん、コミュニティカードも4枚目で見事に運を引き寄せる。もはや、絵美の順調は整っていた。
相棒の強運に感心しつつ、源は仕返しを決めた。
『フラッシュから無役に格下げだ』
源は動く。今の絵美の集中力ならば、神を掴む手を使わずとも気づかれまい。
マダムと紗琥耶に目配せし、2人の手札を1枚ずつ交換。コミュニティカードの横の山をオーバーハンドで軽くシャッフルする。これで、ここまでの彼女の努力は無に帰す。
僅かばかりの復讐はそれで終わる。
だが、絵美は源の手を逃さなかった。
「ちょっと、止めなさいよ」
「……そこは無視しねぇのかよ……」
「切れ長のお蔭でちょっとだけ視野が広いのよ、私」
「そぉかよ……なぁおぃ、絵美、どぉいぅつもりだ?」
ガッチリ手首を掴まれたまま絵美の顔を覗き込むと、彼女の目は気まずそうに逃げる。
「お?何ナニ?何の話?」
「2人の話みたいだし、外すわよ紗琥耶ちゃん」
「え、何で?別にい~じゃん」
「ごめん紗琥耶、外してくれる?」
「ええ~絵美たんいけず~」
「いいから行くわよ」
「陰姫は~?」
「アギーは関係者なの……ごめんね」
「ふ~ん、そう……後で喋ってもらうかんね」
「ええ、もちろん。そのつもりよ」
医務室の扉を開け、紗琥耶とマダムが退室するのを見送った絵美は、一呼吸おいてアグネスに視線を向けた。
「ううん……まだ、話して、ないよ」
「ありがとうアギー……源、アイツがT.T.S.の所に合流するの。今日アナタが呼ばれたのは、アイツがそれを望んだからよ」
アグネスに向けていた冷静な表情とは打って変わって、源に向ける絵美の顔は不安そうだった。僅かに震える声音が、その表情が演技でないことを物語っている。
「……なるほど。そぉいぅことか」
絵美のいうアイツが誰のことか、源はすぐに理解した。
彼女の様子に加え、アグネスが関わり、紗琥耶に情報が回っていない、この状況を考えれば、答えは容易に導き出せる。
「ギルバートだな」
静かに頷く絵美の目は、不安に揺れていた。
帷子ギルバート。
かつて、2人を襲った違法時間跳躍者にして、源と同じ新人類組成計画によって生まれた神を追う足。圧倒的な力で2人に死の恐怖を与えた男が、T.T.S.にやって来る。
その出迎えこそが、今日源が呼ばれた理由だった。
「アギーが思想の根本を司るマインドアンカーを仕込みながら思想矯正してくれたんだけど……正直……色々恐いの」
「だろぉな」
源だって、ギルバートの相手など2度とゴメンだ。
同時に、紗琥耶に伏せられている理由にも得心した。
SEXと戦闘に夢中の狂女と、規格外の化物ギルバート。
暴発しやすい爆弾2つの事を考えると、眩暈がした。
「ホント……冗談じゃねぇな」
「……本当にね……」
脳裏に、鮮明に地獄絵図が浮かぶ。
気分は、さながら焼野原を眺めるようだった。
~2176年12月24日AM8:45 東京~
未だかつて、こんなに最悪なクリスマスはない。直近から来年のクリスマスイブまで、源の未来はお先まっ暗だ。
そりゃもう、テンションだってどん底だ。
「たのしみだねー♪」
「そーだなー……」
使用者が死んだ目で譫言のような返事をしているにも関わらず、亜生インターフェイスはそんな事など意にも介さない。
紫姫音は足をプラプラと揺らしながら、コンパートメントに背中を預けて車両設備の紹介パンフレットのチェックに余念がなかった。
もはや源は、そのパンフレットの文字を何となくぼんやりと追うくらいでしか、安らぎを感じない。
『クリスマス休暇でセントラルタイムゾーン運休かー』
ハイテンションなAIと、若干壊れ気味なその主は、AM8:45。定刻通りにダラスに向けて出発した。
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