T.T.S.
FileNo.3 The truth in her memory Chapter 1-5
5
~1600年10月21日PM3:23 美濃~
小さな押し入れを開ける。
何かに引っかかって非常に開け辛かったが、その正体はすぐに知れた。
だが、それを確認した途端、源は呻いた。
「酷ぇなクソ……」
兵士の死体だ。喉元を突かれた兵士の死体が、襖のレールを塞いでいる。
その死体から視線を外したとて、部屋の中は凄惨だった。
畳も土壁も梁も、何もかも血に塗れている。加えて、その血の発生源たる死屍累々が床を埋めつくし、足の踏み場すらない。
凝った空気は、土や血の臭気をたっぷりと含んで、噎せ返りそうなほど強く鼻腔を着く。
戦場を歩き慣れた源さえ、息が詰まった。
主力武器を刃物が占めていた時代ならではのスプラッターな光景に、自然と眉間に皺が寄る。
外に出たところで、状況は変わらなかった。どこもかしこも死体やその一部で満ち溢れている。
血と水の混じったドロドロの水溜りに満ちた道は、さながら血と肉の沼といった様相だ。
ところで、地を埋めつくす死体の多くが丸に十字の旗を背負っていることに、源はまったく気に留めない。
島津十文字。
絵美ならば、これだけですぐに状況が分かっただろう。
島津の退き口。洋の東西を問わず、史上類を見ない戦線離脱作戦が行われた最後の現場だった。
東軍の勝利が決まり、包囲が狭まる中、敵陣正面に突っ込み、徳川軍本隊の正面を掠めて逃亡した島津義弘率いる薩摩軍の決死行。その詰め。美濃上石津村で座禅陣と呼ばれる足止め役を務めた 島津豊久率いる軍勢が散った地だ。
何故そんな所に?とも思うが、木佐幸太郎が15分前ここに降り立ったのだから仕方がない。
『Master聞こえてっか?』
《ええ、聞こえますよ。全感覚共有の感度は良好。全然喜ばしい光景じゃない点を除けば、至極ご機嫌な出来だ》
『せぇぜぇジジィの査定に反映してやれ』
T.T.S.史上初の単独任務とあって、今回の任務は遂行する環境も特殊だ。
遂行時の決定フロートも違う。基本は現場に立つ源の独断で動くが、扱いに細心の注意を払うべき違法時間跳躍者、木佐幸太郎に関する判断は、源と鈴蝶が見解を一致させてから決定する。
そのため、今回WITには紫姫音が入っていたが、いくらAIとはいえ、子供に見せていい光景ではないので、源は紫姫音の感覚受容をすべてカットにしていた。
『光学迷彩のほぉは効いてることを祈るばかりだけどな』
《そうね、鏡でもあればいいんだけど》
血の池地獄が具現化したような景色のショッキングさを和らげようと、自然と軽口を叩いてしまう。
もちろん、鈴蝶は責めることなく付き合った。
だからこそ、2人は凍りつく。
「……誰ぞ、おるんか?」
1人の武者が、木に背を預けてまっすぐに源を見ていた。
ずれ落ちそうな兜の一部が欠け、前頭部から右目までバッサリと切り落とされている。胴体に空いた幾つもの穴は、槍に突かれた後だろうか……いつ死んでも、否、もう死んでいてもおかしくないのに、残った左目だけが、まっすぐこちらを捉えていた。
『おぃ、んでコイツ』
しかも、その刀折れ矢つきた生霊そのもののような男は。
『笑ってんだこの男』
口元に笑みを浮かべていた。
「義弘様は、島津ん殿様は、抜け、られたか、のぉ……」
うわ言のようにそう呟いて、道行く者に道を訊くように、愛想笑いしていた。
『冗ぉ談だろ……』
悪夢のような光景に、強い吐き気を覚える。
逃げるように、源は血の沼の奥へ奥へと足を速めた。
~1600年10月21日PM3:23 美濃~
小さな押し入れを開ける。
何かに引っかかって非常に開け辛かったが、その正体はすぐに知れた。
だが、それを確認した途端、源は呻いた。
「酷ぇなクソ……」
兵士の死体だ。喉元を突かれた兵士の死体が、襖のレールを塞いでいる。
その死体から視線を外したとて、部屋の中は凄惨だった。
畳も土壁も梁も、何もかも血に塗れている。加えて、その血の発生源たる死屍累々が床を埋めつくし、足の踏み場すらない。
凝った空気は、土や血の臭気をたっぷりと含んで、噎せ返りそうなほど強く鼻腔を着く。
戦場を歩き慣れた源さえ、息が詰まった。
主力武器を刃物が占めていた時代ならではのスプラッターな光景に、自然と眉間に皺が寄る。
外に出たところで、状況は変わらなかった。どこもかしこも死体やその一部で満ち溢れている。
血と水の混じったドロドロの水溜りに満ちた道は、さながら血と肉の沼といった様相だ。
ところで、地を埋めつくす死体の多くが丸に十字の旗を背負っていることに、源はまったく気に留めない。
島津十文字。
絵美ならば、これだけですぐに状況が分かっただろう。
島津の退き口。洋の東西を問わず、史上類を見ない戦線離脱作戦が行われた最後の現場だった。
東軍の勝利が決まり、包囲が狭まる中、敵陣正面に突っ込み、徳川軍本隊の正面を掠めて逃亡した島津義弘率いる薩摩軍の決死行。その詰め。美濃上石津村で座禅陣と呼ばれる足止め役を務めた 島津豊久率いる軍勢が散った地だ。
何故そんな所に?とも思うが、木佐幸太郎が15分前ここに降り立ったのだから仕方がない。
『Master聞こえてっか?』
《ええ、聞こえますよ。全感覚共有の感度は良好。全然喜ばしい光景じゃない点を除けば、至極ご機嫌な出来だ》
『せぇぜぇジジィの査定に反映してやれ』
T.T.S.史上初の単独任務とあって、今回の任務は遂行する環境も特殊だ。
遂行時の決定フロートも違う。基本は現場に立つ源の独断で動くが、扱いに細心の注意を払うべき違法時間跳躍者、木佐幸太郎に関する判断は、源と鈴蝶が見解を一致させてから決定する。
そのため、今回WITには紫姫音が入っていたが、いくらAIとはいえ、子供に見せていい光景ではないので、源は紫姫音の感覚受容をすべてカットにしていた。
『光学迷彩のほぉは効いてることを祈るばかりだけどな』
《そうね、鏡でもあればいいんだけど》
血の池地獄が具現化したような景色のショッキングさを和らげようと、自然と軽口を叩いてしまう。
もちろん、鈴蝶は責めることなく付き合った。
だからこそ、2人は凍りつく。
「……誰ぞ、おるんか?」
1人の武者が、木に背を預けてまっすぐに源を見ていた。
ずれ落ちそうな兜の一部が欠け、前頭部から右目までバッサリと切り落とされている。胴体に空いた幾つもの穴は、槍に突かれた後だろうか……いつ死んでも、否、もう死んでいてもおかしくないのに、残った左目だけが、まっすぐこちらを捉えていた。
『おぃ、んでコイツ』
しかも、その刀折れ矢つきた生霊そのもののような男は。
『笑ってんだこの男』
口元に笑みを浮かべていた。
「義弘様は、島津ん殿様は、抜け、られたか、のぉ……」
うわ言のようにそう呟いて、道行く者に道を訊くように、愛想笑いしていた。
『冗ぉ談だろ……』
悪夢のような光景に、強い吐き気を覚える。
逃げるように、源は血の沼の奥へ奥へと足を速めた。
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