T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Last Chapter-3
3
ジェーン・紗琥耶・アークはゴルゴダの丘を見上げながら欠伸する。
『身体構成ナノマシン36%……まだ10分以上かかるか……チャフ対策、すぐにヤらないとだね、面倒くせえし興が醒める』
彼女の体細胞たるナノマシンは、その後のチャフの巻き上げや源とニコラエの戦闘の衝撃によって、かなり広範囲に散らばっていた。自らナノマシンを探しに行くためにも、まずは足を回復させなければならない。
そう考え、ナノマシンのリソースを足に割いた時だった。伸展する脚の先を、幸美が歩いて行く。
一体なぜ彼女が?と内心首を傾げながら幸美の顔を見て、紗琥耶の口は綻んだ。
『あらあら、随分とムけたわね』
体感では2時間ほど、歴史的には239年ほど前、源がグレゴリーと戦っている間のことだ。
紗琥耶は幸美の護衛を務めた。
短い間ながら、とても複雑で濃厚な時間を。
~1937年5月15日PM3:18 カタルーニャ共和国 バルセロナ~
「随分浮かない顔してるのね?」
源の元から駆け戻り、息を切らせながら項垂れるばかりの幸美に、紗琥耶は新鮮な驚きを持って訪ねた。「念願叶ってヤリたかった男とヤレたのにちっともイケなかったって顔してる」という言葉を呑んだのは、紗琥耶なりの気遣いだ。
幸美がこの事件の仕掛け人の1人なのは明らかだ。なのに、どうして浮かない顔でいられるのか、紗琥耶には分からなかった。
やりたいことをやり遂げたなら歓喜が来るべきだ。 紗琥耶にとってはそれが当前で、そうあるべきだった。
なのに幸美は、今にも泣きだしそうな顔で黙って紗琥耶を見上げている。
「なんでそんな顔するの?貴女はちゃんとやりたいことをやれたでしょう?パパにはきっと貴女のやりたいことが伝わったわよ。きっとね」
「貴女は……」
再び項垂れた幸美がポツリと呟いた。
「アタシがなに?」
「自分が、惨めに……哀れに、ならないんですか?」
「は?」
心底絶望した震える声で、幸美は吐き捨てた。余りに弱々しすぎて、紗琥耶は噛みつかれたことにすらすぐには気づけない。
「私は、貴女を知っています。ジェーンさん」
「……なんで?」
「貴女やグレゴリーのいた組織を裁いたのは、私の父です」
その言動の理由がストンと腑に落ちて、紗琥耶は笑いそうになった。クソ生意気だけど可愛らしいお嬢さん、くらいに認識を改めてやろうという気になった。
「なるほどね。そんで?アタシの経歴に感化されてグレゴリーに接触して、結果まんまと自分が利用されたって気づいた貴女が、アタシのどこに同情したの?」
噛みつかれたら噛みつき返すまでだが、思いのほか手心を加えている自分に、紗琥耶は驚いた。
しかしながら、幸美は怯みもせずに顔を上げ、真っすぐに睨み返してくる。声も震えていなかった。
「同情なんかじゃありません」
「……そう。でもアタシを参考にするのは止めときなさい。亡くしたら、今度こそ堕ちるだけ……アタシはそれでも楽しいけど、アンタに続かれても無意味よ」
柄にもなく誠実な対応をしている自分が急に恥ずかしくなって、紗琥耶は索敵に意識を振るべく、自身の身体を霧散させる。
『あてられてどうすんだ。バカかアタシは』
そう心の中で毒づくことが、屈辱的でさえあった。
~2176年9月30日AM12:03 廃国独自自治区バルセロナ~
「ジェーンさん」
幸美は紗琥耶の前で足を止めた。
虫の羽音のような、整体師の使う赤外線投射機の稼働音のような、ブーンともジーとも聞こえる、不自然な音の中で、2人は笑った。
「私は貴女には続きませんよ。私が縋った人は、貴女が縋った人より強い。だから私、戦って来ます」
「言うじゃない尻軽のガキが。せいぜいパパに泣かされないように気を張っておきなさい」
再び、管理小屋の扉が開く。
源の神を掴む手でマーキングされ、サルベージされた議員2人は、拘束服で囚人のようにガチガチに固定されていた。
あの状態で実の娘から更に鞭を受けるとは、皇栄太も不幸なものだ。
『でも、すっごく愉快ね♪』
脚の再生を少しだけ遅らせながら、紗琥耶は内心ほくそ笑む。
ジェーン・紗琥耶・アークはゴルゴダの丘を見上げながら欠伸する。
『身体構成ナノマシン36%……まだ10分以上かかるか……チャフ対策、すぐにヤらないとだね、面倒くせえし興が醒める』
彼女の体細胞たるナノマシンは、その後のチャフの巻き上げや源とニコラエの戦闘の衝撃によって、かなり広範囲に散らばっていた。自らナノマシンを探しに行くためにも、まずは足を回復させなければならない。
そう考え、ナノマシンのリソースを足に割いた時だった。伸展する脚の先を、幸美が歩いて行く。
一体なぜ彼女が?と内心首を傾げながら幸美の顔を見て、紗琥耶の口は綻んだ。
『あらあら、随分とムけたわね』
体感では2時間ほど、歴史的には239年ほど前、源がグレゴリーと戦っている間のことだ。
紗琥耶は幸美の護衛を務めた。
短い間ながら、とても複雑で濃厚な時間を。
~1937年5月15日PM3:18 カタルーニャ共和国 バルセロナ~
「随分浮かない顔してるのね?」
源の元から駆け戻り、息を切らせながら項垂れるばかりの幸美に、紗琥耶は新鮮な驚きを持って訪ねた。「念願叶ってヤリたかった男とヤレたのにちっともイケなかったって顔してる」という言葉を呑んだのは、紗琥耶なりの気遣いだ。
幸美がこの事件の仕掛け人の1人なのは明らかだ。なのに、どうして浮かない顔でいられるのか、紗琥耶には分からなかった。
やりたいことをやり遂げたなら歓喜が来るべきだ。 紗琥耶にとってはそれが当前で、そうあるべきだった。
なのに幸美は、今にも泣きだしそうな顔で黙って紗琥耶を見上げている。
「なんでそんな顔するの?貴女はちゃんとやりたいことをやれたでしょう?パパにはきっと貴女のやりたいことが伝わったわよ。きっとね」
「貴女は……」
再び項垂れた幸美がポツリと呟いた。
「アタシがなに?」
「自分が、惨めに……哀れに、ならないんですか?」
「は?」
心底絶望した震える声で、幸美は吐き捨てた。余りに弱々しすぎて、紗琥耶は噛みつかれたことにすらすぐには気づけない。
「私は、貴女を知っています。ジェーンさん」
「……なんで?」
「貴女やグレゴリーのいた組織を裁いたのは、私の父です」
その言動の理由がストンと腑に落ちて、紗琥耶は笑いそうになった。クソ生意気だけど可愛らしいお嬢さん、くらいに認識を改めてやろうという気になった。
「なるほどね。そんで?アタシの経歴に感化されてグレゴリーに接触して、結果まんまと自分が利用されたって気づいた貴女が、アタシのどこに同情したの?」
噛みつかれたら噛みつき返すまでだが、思いのほか手心を加えている自分に、紗琥耶は驚いた。
しかしながら、幸美は怯みもせずに顔を上げ、真っすぐに睨み返してくる。声も震えていなかった。
「同情なんかじゃありません」
「……そう。でもアタシを参考にするのは止めときなさい。亡くしたら、今度こそ堕ちるだけ……アタシはそれでも楽しいけど、アンタに続かれても無意味よ」
柄にもなく誠実な対応をしている自分が急に恥ずかしくなって、紗琥耶は索敵に意識を振るべく、自身の身体を霧散させる。
『あてられてどうすんだ。バカかアタシは』
そう心の中で毒づくことが、屈辱的でさえあった。
~2176年9月30日AM12:03 廃国独自自治区バルセロナ~
「ジェーンさん」
幸美は紗琥耶の前で足を止めた。
虫の羽音のような、整体師の使う赤外線投射機の稼働音のような、ブーンともジーとも聞こえる、不自然な音の中で、2人は笑った。
「私は貴女には続きませんよ。私が縋った人は、貴女が縋った人より強い。だから私、戦って来ます」
「言うじゃない尻軽のガキが。せいぜいパパに泣かされないように気を張っておきなさい」
再び、管理小屋の扉が開く。
源の神を掴む手でマーキングされ、サルベージされた議員2人は、拘束服で囚人のようにガチガチに固定されていた。
あの状態で実の娘から更に鞭を受けるとは、皇栄太も不幸なものだ。
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