T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 4-7
7
~2176年9月30日AM10:20
廃国独自自治区バルセロナ~
一体どういうカラクリなのか、突然四方八方から矢を放たれ、グエル公園市場周辺の部隊は離散していた。
「おい!T.T.S.!無事かっ⁉」
アグネスを押し潰す瓦礫に向けて叫びつつ、エリンは身を躱す。
『畜生!分かっちゃいたが、ここは敵の腹の中そのものだ』
P.T.T.S.Unit No.5は、エリンの手で部隊編成されている。自身の単独行動と、その他複数の少数パッケージに別れての作戦遂行を主眼に据えた構成だ。
そのため、隊員たちの混乱は少ないものの、RRのロボットたちすら巻き込む雨霰の矢の奔流に、損耗は増していくばかりだ。
飛来する矢の材質も様々で、アルミニウムや鉄のような金属性もあれば、カーボンのような有機素材やセラミックス素材、果ては木の矢まで飛んで来る。
『一体どうなってる!どこにこんな装填が!』
恐ろしいことに、矢は四方八方から飛来して来ていた。市場に至っては、上下左右の見境もない。上の広場を支える柱も、貯水槽を覆う地面すらも貫通して来た。
《エリン、生きてる?》
いつどこから飛んで来るかもわからない矢を瓦礫の影でやり過ごしながら、エリンは大声でその瓦礫に向けて叫ぶ。
「おお!T.T.S.お前生きてたか!お互い悪運が強いな!アタシも無事だ!今助けてやるから待ってろ!」
《私は、いい。それより、秘書さんとロサさんを》
「あ?」
一瞬、耳を疑った。が、すぐにエリンは考え直す。
自分が相手にする者が何者なのか、を。
「アンタ、大丈夫なんだね?」
《うん、大丈夫。瓦礫の隙間、だから》
思わず口元が綻んだ。
「ふん、やっぱり悪運が強いじゃないか。いいさわかったよ、任せな!」
もはや攻守の役割を変えた突撃銃で矢を打ち落としながら、エリンは守衛小屋に向けて爪先を向けた。
襲い来る男とアンドロイドを、ロサとエリザベートが迎え撃つ。
アンドロイドの上段蹴りを、エリザベートは腰を屈めて躱した。その体勢のまま、今度は跳躍機内臓義足で前に向けて跳躍する。極端な前傾姿勢で蜘蛛のごとく地を這う彼女は、一瞬で殺戮機械の背後を取った。
しかしながら、相手は素材から異なる存在。軸足を中心に独楽のように身体を回転させ、上段蹴りを下段への蹴り下ろしに転じて来る。
エリザベートは猫のような跳躍でこれを躱し、トンファーで顎をかち挙げた。
だが、さすがはアンドロイド。大きく重心を崩されようとすぐに支点を切り替え、蹴りの軌道を横回転から側面へと切り替えて来る。
しかしながら、その軌道こそエリザベートの狙い通りのコースだった。
一方、傍らではロサが手を目の高さまで上げ、半身でマイクロフトと距離を測る。
マイクロフトは室内戦闘に向いたシンプルな装備で身を固めていた。触れれば大火傷必須の超高温を発した手甲に、片足立ちでも体重を乗せた拳を放てる脚力指向補正機と呼ばれる膝の装置が、脚甲のように蹴りの威力を上げている。
それに比べれば、ロサの装備は実に貧弱だ。しがない一介の警察官にして、つい今しがたまで捕らえられていた彼女には武器もない。採れる戦法の幅はほとんどなかった。
それでも彼女が自信を持ってマイクロフトと対峙出来るのは、脳内に響くAlternative専用の戦闘支援AIがいてくれるからだ。
《視覚情報より敵戦力の解析完了。海馬との連結確認》
武器のことを考えればX線フィルタがかかり、可動域を考えれば熱源探知を元にした筋肉分布がARで被さる。かつて正岡絵美の手により、北アメリカ共同社会群の自衛武力部隊の使用するAIをベースに、Alternative用にカスタマイズされた戦闘支援ソフトは、その能力を遺憾なく発揮していた。
沈着冷静にマイクロフトの拳や蹴りを躱し、捌きながら、ロサは背後の壁にジリジリとにじり寄る。
一気呵成に攻め立てるマイクロフトは、自身の手数にロサが追いつけなくなる瞬間を狙っているのだろう。暴走ともいえる運動量からは興奮剤などの薬物使用すら窺えた。
しかし、だからこそ、ロサはそれが狙える。
背中が壁に触れた。
チャンスは一度キリ。ミスをすれば即死、ないし重症だ。
《目標地点到達を確認。敵前腕部の温度も200℃を超えました。直拳誘発挙動のガイドを表示します。誘発まで3……2……1……今!》
首をほんの少し前に出し、一時的にガードを解いた。
マイクロフトは、当然その隙を逃さない。
灼熱の拳がロサの顔に向かって来た。
『狙い通り!』
膝を折り、腰を屈め、背中を壁に擦りつけながら、身体を真下にスライドさせる。
かくして頭部は超高温の軌道を外れ、代わりにそれは石壁へと突き刺さった。
だが、その一撃で融かされた石がゲル状に垂れ落ちるのは予想していなかった。
「うわっっぶな!」
慌ててマイクロフトを思い切り蹴飛ばし、空いた場所に身体を捻じ込む。
床板が焦げる熱気と臭いを背中に感じながら、ロサはマイクロフトを見上げる。
「どうしたAlternative!そんなものか!」
ブスブスと音を立てる壁から重たそうに拳を引き抜きながら、マイクロフトが吠える。
だがその様子は、ロサの顔に嫣然とした笑みを浮かべさせた。
「ええ、私なんてこんなものよ。だからお願いするのよ、彼女にね」
立ち上がったロサはウインクしながら身を反らす。
そう、まさにその時、アンドロイドの蹴りに即応したエリザベートが跳躍機内臓義足でアンドロイドの足を捉え、矢のように跳躍。凄まじい勢いでマイクロフトに跳びついた瞬間だった。
跳躍機内臓義足の跳躍に加え、アンドロイドの蹴りの勢いも乗ったカタバルトのような一撃が、マイクロフトの身体を捉え、彼の身体を壁ごと守衛小屋の外に押し出した。
「アンドロイドと人間。どっちを先に始末すべきか、教えてあげよっか?」
ロサが見下ろしながら呟くのを苦々しくに睨みつけながら、マイクロフトは落下していく。
愉快痛快のロサだが、未だ脅威は去っていない。
「逃げましょう!」
「お願いします!」
アンドロイドがうごめく音を背中に聞きながら、エリザベートが伸ばした手を掴み、マイクロフトの身体が空けた壁の穴から跳躍した。
跳躍機内臓義足の跳躍力は長い孤を描き、ちょうど市場を抜けたエリン・オルゾンの前に着地した。
「無事か!」「はい!」「え、誰?」
再会を喜ぶ間もなく、エリンは2人の背後に発砲する。
振り返ると、アンドロイドとマイクロフトがこちらに向かって来るのが見えた。
どうやら、マイクロフトはアンドロイドの補助により致命的なケガからは逃れたようだ。
エリザベートは舌打ちし、ロサは息を飲む。
「やはり足止めにもならなかったようですね」
「脱出出来ただけでも充分ですよ。逃げましょう」
「アンタたち2人で逃げな!」
正門に爪先を向けた2人の足が止まった。
「早く行きな!」
2人が躊躇ったのだと、エリンは思ったのかもしれないが、理由が違う。
「いえ」
「それが」
誤解に気づいたエリンが振り返ると、2人の前にニコラエが立ちはだかっていた。
敵に挟まれ、戦力差は開くばかり、援護も望めない。
悪状況だけが更新される。地獄の盤面。
絶望が、万力のようにジリジリと局面を締めつけていた。
~2176年9月30日AM10:20
廃国独自自治区バルセロナ~
一体どういうカラクリなのか、突然四方八方から矢を放たれ、グエル公園市場周辺の部隊は離散していた。
「おい!T.T.S.!無事かっ⁉」
アグネスを押し潰す瓦礫に向けて叫びつつ、エリンは身を躱す。
『畜生!分かっちゃいたが、ここは敵の腹の中そのものだ』
P.T.T.S.Unit No.5は、エリンの手で部隊編成されている。自身の単独行動と、その他複数の少数パッケージに別れての作戦遂行を主眼に据えた構成だ。
そのため、隊員たちの混乱は少ないものの、RRのロボットたちすら巻き込む雨霰の矢の奔流に、損耗は増していくばかりだ。
飛来する矢の材質も様々で、アルミニウムや鉄のような金属性もあれば、カーボンのような有機素材やセラミックス素材、果ては木の矢まで飛んで来る。
『一体どうなってる!どこにこんな装填が!』
恐ろしいことに、矢は四方八方から飛来して来ていた。市場に至っては、上下左右の見境もない。上の広場を支える柱も、貯水槽を覆う地面すらも貫通して来た。
《エリン、生きてる?》
いつどこから飛んで来るかもわからない矢を瓦礫の影でやり過ごしながら、エリンは大声でその瓦礫に向けて叫ぶ。
「おお!T.T.S.お前生きてたか!お互い悪運が強いな!アタシも無事だ!今助けてやるから待ってろ!」
《私は、いい。それより、秘書さんとロサさんを》
「あ?」
一瞬、耳を疑った。が、すぐにエリンは考え直す。
自分が相手にする者が何者なのか、を。
「アンタ、大丈夫なんだね?」
《うん、大丈夫。瓦礫の隙間、だから》
思わず口元が綻んだ。
「ふん、やっぱり悪運が強いじゃないか。いいさわかったよ、任せな!」
もはや攻守の役割を変えた突撃銃で矢を打ち落としながら、エリンは守衛小屋に向けて爪先を向けた。
襲い来る男とアンドロイドを、ロサとエリザベートが迎え撃つ。
アンドロイドの上段蹴りを、エリザベートは腰を屈めて躱した。その体勢のまま、今度は跳躍機内臓義足で前に向けて跳躍する。極端な前傾姿勢で蜘蛛のごとく地を這う彼女は、一瞬で殺戮機械の背後を取った。
しかしながら、相手は素材から異なる存在。軸足を中心に独楽のように身体を回転させ、上段蹴りを下段への蹴り下ろしに転じて来る。
エリザベートは猫のような跳躍でこれを躱し、トンファーで顎をかち挙げた。
だが、さすがはアンドロイド。大きく重心を崩されようとすぐに支点を切り替え、蹴りの軌道を横回転から側面へと切り替えて来る。
しかしながら、その軌道こそエリザベートの狙い通りのコースだった。
一方、傍らではロサが手を目の高さまで上げ、半身でマイクロフトと距離を測る。
マイクロフトは室内戦闘に向いたシンプルな装備で身を固めていた。触れれば大火傷必須の超高温を発した手甲に、片足立ちでも体重を乗せた拳を放てる脚力指向補正機と呼ばれる膝の装置が、脚甲のように蹴りの威力を上げている。
それに比べれば、ロサの装備は実に貧弱だ。しがない一介の警察官にして、つい今しがたまで捕らえられていた彼女には武器もない。採れる戦法の幅はほとんどなかった。
それでも彼女が自信を持ってマイクロフトと対峙出来るのは、脳内に響くAlternative専用の戦闘支援AIがいてくれるからだ。
《視覚情報より敵戦力の解析完了。海馬との連結確認》
武器のことを考えればX線フィルタがかかり、可動域を考えれば熱源探知を元にした筋肉分布がARで被さる。かつて正岡絵美の手により、北アメリカ共同社会群の自衛武力部隊の使用するAIをベースに、Alternative用にカスタマイズされた戦闘支援ソフトは、その能力を遺憾なく発揮していた。
沈着冷静にマイクロフトの拳や蹴りを躱し、捌きながら、ロサは背後の壁にジリジリとにじり寄る。
一気呵成に攻め立てるマイクロフトは、自身の手数にロサが追いつけなくなる瞬間を狙っているのだろう。暴走ともいえる運動量からは興奮剤などの薬物使用すら窺えた。
しかし、だからこそ、ロサはそれが狙える。
背中が壁に触れた。
チャンスは一度キリ。ミスをすれば即死、ないし重症だ。
《目標地点到達を確認。敵前腕部の温度も200℃を超えました。直拳誘発挙動のガイドを表示します。誘発まで3……2……1……今!》
首をほんの少し前に出し、一時的にガードを解いた。
マイクロフトは、当然その隙を逃さない。
灼熱の拳がロサの顔に向かって来た。
『狙い通り!』
膝を折り、腰を屈め、背中を壁に擦りつけながら、身体を真下にスライドさせる。
かくして頭部は超高温の軌道を外れ、代わりにそれは石壁へと突き刺さった。
だが、その一撃で融かされた石がゲル状に垂れ落ちるのは予想していなかった。
「うわっっぶな!」
慌ててマイクロフトを思い切り蹴飛ばし、空いた場所に身体を捻じ込む。
床板が焦げる熱気と臭いを背中に感じながら、ロサはマイクロフトを見上げる。
「どうしたAlternative!そんなものか!」
ブスブスと音を立てる壁から重たそうに拳を引き抜きながら、マイクロフトが吠える。
だがその様子は、ロサの顔に嫣然とした笑みを浮かべさせた。
「ええ、私なんてこんなものよ。だからお願いするのよ、彼女にね」
立ち上がったロサはウインクしながら身を反らす。
そう、まさにその時、アンドロイドの蹴りに即応したエリザベートが跳躍機内臓義足でアンドロイドの足を捉え、矢のように跳躍。凄まじい勢いでマイクロフトに跳びついた瞬間だった。
跳躍機内臓義足の跳躍に加え、アンドロイドの蹴りの勢いも乗ったカタバルトのような一撃が、マイクロフトの身体を捉え、彼の身体を壁ごと守衛小屋の外に押し出した。
「アンドロイドと人間。どっちを先に始末すべきか、教えてあげよっか?」
ロサが見下ろしながら呟くのを苦々しくに睨みつけながら、マイクロフトは落下していく。
愉快痛快のロサだが、未だ脅威は去っていない。
「逃げましょう!」
「お願いします!」
アンドロイドがうごめく音を背中に聞きながら、エリザベートが伸ばした手を掴み、マイクロフトの身体が空けた壁の穴から跳躍した。
跳躍機内臓義足の跳躍力は長い孤を描き、ちょうど市場を抜けたエリン・オルゾンの前に着地した。
「無事か!」「はい!」「え、誰?」
再会を喜ぶ間もなく、エリンは2人の背後に発砲する。
振り返ると、アンドロイドとマイクロフトがこちらに向かって来るのが見えた。
どうやら、マイクロフトはアンドロイドの補助により致命的なケガからは逃れたようだ。
エリザベートは舌打ちし、ロサは息を飲む。
「やはり足止めにもならなかったようですね」
「脱出出来ただけでも充分ですよ。逃げましょう」
「アンタたち2人で逃げな!」
正門に爪先を向けた2人の足が止まった。
「早く行きな!」
2人が躊躇ったのだと、エリンは思ったのかもしれないが、理由が違う。
「いえ」
「それが」
誤解に気づいたエリンが振り返ると、2人の前にニコラエが立ちはだかっていた。
敵に挟まれ、戦力差は開くばかり、援護も望めない。
悪状況だけが更新される。地獄の盤面。
絶望が、万力のようにジリジリと局面を締めつけていた。
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