T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-12

   12

~2176年9月30日AM8:58 廃国独自自治区バルセロナ~

「まもなく当便は廃国独自自治区バルセロナに到着いたします。お降りのお客様はお荷物をご準備の上、降車口までお進みください」

 ロサは超高速地下鉄道の国際線ホームで買った簡単なバゲッジパックを担いで立ち上がる。
 一時間ちょっとでバルセロナまで行ける超高速地下鉄道がある以上、ムダな荷物になるかもしれないが、相手が相手だけに捜査に時間がかかる可能性が高い。それを見越しての即席の旅支度だった。
 しかしながら、絵美の根回しはさすがの周到さをみせる。下車したロサを、一人の男が待っていた。
 まるで駅構内のオブジェクトのように佇む男は、存在が希薄で、声を掛けられなければロサは気づきもしなかっただろう。

「弓削田ロサさん、ですね。はじめまして、バルセロナ自治区警察組織個別の正義の意志リスタ・インディビドゥアルのマイクロフト・シメノンと申します。ミズ・絵美からの要請により、こちらでの活動の助手を務めさせていただきます。まずはこちらのキーを認証してください。こちらでの警察行動が司法部より保障されます」
「は、はい。ありがとうございます」

 自己紹介も手短に、電子キーのインストールを求められ、ロサは泡を喰って応じる。エリザベートの脅しを老獪に躱した鈴蝶との差に、ロサは自分に失望した。

『いけない!こんなことで動揺してどうするのよ!』

 自身の甘さを叱責しながら、差し出された手袋に覆われた手を握って、ロサはハッとする。
 人の手には決してない、硬さがあった。もしや、と思いマイクロフトの顔を覗き込むと、彼は穏やかにロサの目を見つめ返してくる。端正とまではいえないが、それでもスッキリした顔が僅かに微笑んだ。

「私は身体を半アンドロイド化しており、脳機能の一部も機械的に補完しています。ですが、もともと私は感情表現が豊かな方ではありません。ですのでどうか、遠慮はなさらないでください」
「は、はあ。そうですか」

 忌憚も起伏もない、まさに諸注意を告げるアナウンスに、ロサはただただ頷く。首肯するロサを確認して、マイクロフトは背を向けて歩き出した。

「では早速参りましょう。ニコラエ・ツェペシュの確保は我々個別の正義の意志リスタ・インディビドゥアルにとっても悲願です。Alternativeのみなさんのご協力がえられるこの機を逃したくない」
「はい!頑張りましょう!」

 気を取り直してマイクロフトに続こうとした。
 その時だった。

Bajar伏せろ!!」

 突如ロサは背後から首根っこを掴んで引き倒され、直後、彼女の眼前。丁度、首のあった場所を半月型の刃が一閃した。

『なに⁉』

 混乱の中、ロサはマイクロフトの背中から突き出したブレードを見る。すると、背中から倒れたその先に、前にいるはずのマイクロフトの顔があった。

「動かないで。すぐ済むから」

 マイクロフトがウインクする。
 先ほどとはまるで違う彼の行動に、ロサは疑問符を浮かべるしかなかった。
 マイクロフトは前を指して声を張る。

Dispararてい!!

 途端、銃が吼えた。ガンッと硬い金属に喰い込む音が間を置かずに続いて、鎧兜でも崩れたような派手な音が地面を揺さぶる。
 後に残ったのは、痛いほどの沈黙と轟音の残響たる耳鳴りだけだった。
 瞬間に詰め込まれた情報量の多さに、ロサは事態がまるでのみ込めない。

「大丈夫ですか?」

 後から現れたもう一人のマイクロフトが手を差し出してくる。到底、その手を取る気にはならなかった。

「なにが……」
「ニコラエの罠ですよ。今のは半アンドロイドではなく、純粋なアンドロイドそのものです。もちろん、アシモフが知ったら激昂するような、国際アンドロイド規定に触れる存在です。顔の部品パーツだけ取り換えられるようになっているようで、今回は大変不名誉ながら私の顔が選ばれてしまったようです」

『……信じられるわけないでしょう!』

 苦笑しながら、なおも差し出し続けるマイクロフトの手を払い除け、ロサは立ち上がる。

「色々と確認したいことが出来ました。ですので、申しわけありませんが、今はご一緒出来ません。後ほどこちらから伺い」
「そいつは困るな」

 マイクロフトの顔が、口調が、一変した。

『まずい』

 即座に踵を返す。気休めに、Alternativeのメンバー全員が携帯している閃光弾を一つだけ落として。
 下車して以降のすべての情報を絵美と鈴蝶に共有しつつ、ロサは構内を走った。急いで絵美にチャンネルを合わせる。

「絵美さん!私たちの動き、察知されて……」

 だが、そこから先は、音にならなかった。

『ああ、クソ、さっきの電子キーか……』

 頭の中で、アウトプットに制限がかけられている感覚がある。アウトプットの低下はパフォーマンスの低下に直結した。足首が、膝が、腿のつけ根が、関節が固まっていく。身体が凍結フリーズされていく。

『絵美さん……』

 やがて首も回らなくなった時、ロサの視界に絵美からのメッセージが届いた。

「今から行く」

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