T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 3-4
4
~2162年6月10日AM3:23 仏系左派集合地 キャバナック~
その時のことを、紗琥耶は忘れない。
「何だこれは……」
8畳ほどのスペースを血と精液の臭いがプンと満たし、死体とハエが床を埋めつくす。
生と死で彩られたモノクロの世界。
紗琥耶にとって何でもない日常にポツリと現れた男は、絶望的な顔で棒立ちしていた。
「だれ?また仕事?」
そう問うてみるが、部屋を見回すばかりで特に何もしないので、紗琥耶は男を観察する。
重装備だった。
視界諸共顔を覆う真っ黒なフルガードメットに弾数無制限携帯型機関銃。ショック吸収型防弾防刃生地の軍服には、サイドアームの反動抑制型マグナムと硬質カーボンナイフが出番を待ち侘びて光っていた。
『ALVだ』
国という自治形態が徐々に減少傾向にある世界では警察組織の需要は高く、中でも凶悪犯罪や武力蜂起を鎮圧する志願兵警察組織Suppressible Waveは社会的にも重要な位置を占める。男の装備は、その中でも最大勢力のAfter Life Volunteerのものだった。
「君は一体誰だ?」
ようやく紗琥耶に関心を向けた男は、実につまらない疑問を投げかけてくる。
だが、その言葉は紗琥耶の意志決定材料には充分だった。
「そっか、敵か。死神の聖女J-紗琥耶-A任務を遂行します」
いつも通り殺す。下知を受けた以上、迷うことなど何もない。
~2172年9月30日PM1:42 東京~
虹彩、掌紋、頸部静脈蔓状、あらゆるチェック項目が、2人を任務執行者と認めて行く。
その度に「何とかしてくれ」という懇願する声なき声が聞こえる気がして、紗琥耶は鼻で笑い飛ばしてやりたくなった。
『衆愚の極みね』
「紗琥耶」
「んー?」
「引き返すなら今だぞ?」
だから、エドワードの言葉には動揺した。
応えるのに一拍の間を空けた上、初めて出会ったあの時のエドワードよりも益体のない言葉を吐いてしまう。
「は?」
「無理に付き合うことはない」
首を巡らせたエドワードの真っ直ぐな瞳に射抜かれて、紗琥耶の胸が詰まった。
「これは俺のやりたいことだ。もし今君にやりたいことがあるのなら、無理に付き合わなくていい」
~2162年6月10日AM3:24 仏系左派集合地 キャバナック~
「何なのよアンタ、何で立ってられんの」
訊かれた言葉をオウム返しするようだった。
いつものように、紗琥耶は男の肝臓を潰した。
肝臓は血中毒素の除去や古くなった赤血球の処理も司る、血袋とも言える臓器だ。
普通、ここを潰されたら急激な血圧低下でショック状態に陥り失神する。
その後、運が良くてそのまま失血死、悪ければブクブクと内出血で膨れて行く腹を見ながらの失血死の2択だ。
だが目の前の男はよろめきもせず立っている。
「君と似たようなものだよ」
テラテラと紗琥耶の顔を映すフルガードメットの向こうで、男が笑った気がした。
だが、そんなことは紗琥耶が一番理解している。
「へえ、だからないってこと?臓器全部」
「そうだよ。よくわかったね」
人としてあるべきものがごっそりない身体は、不気味な感触がある。
だが、それ以上に笑えないのが、ナノマシンの集合で構成された紗琥耶の腕をその腹の中で固定していることだ。
背中には、自然と脂汗が浮かぶ。
だが、それでもまだ攻勢の手は残っている。
そんなことは、男にもわかっていたはずだ。
にも拘らず、あろうことか男はフルガードメットを外して笑った。
~2172年9月30日PM1:42 東京~
「お前とコンビを組んでもう10年になる。長い関係だ。だから言っておく」
迷わず進めていた歩を止め、エドワードは続けた。
「お前は優秀な相棒だ。でも今回はこれまでと違う。決して失敗の許されない勝つだけじゃない戦いだ。だから」
聞きながら、紗琥耶は心の底から溜息を吐いた。
まったく何もわかっていない。
~2162年6月10日AM3:25 仏系左派集合地 キャバナック~
「何してんのアンタ?」
紗琥耶は混乱していた。
殺してくれと首を差し出す者はこれまでにもいた。
だが、この男は違う。
「すでに外にいた君の部隊を全滅させた。そして今、君を勧誘しようとしている」
「すかうと?」
耳慣れない言葉だった。
任務でも食事でも休憩でもない。
すかうと、とは、一体何をすればいいのかが、分からない。
分からないのだから、殺すしかない。
「……っ」
だが、いくらもがいても腕は動かなかった。
それならば、と足を掛けて寝技に持ち込もうとするが、それも叶わない。
ビクともしない足掛けに躍起になっていると、壁に押さえ付けられた。
「君だけが特別製の身体だと思わないことだ」
無人ロボット同士の物量合戦の戦場に立つ人間が普通の人間のはずがないのだが、紗琥耶にはそれが分からない。
「だから何なのよ!アンタ、なんか!」
「君のナノマシンの出力じゃ絶対に逃れられないぞ。伝導電子制御式の拘束だからね。それから」
首筋に腕を押し当てられて頸動脈を絞められながら、紗琥耶は最後の言葉を聞いた。
「僕の前はトマス・エドワード・ペンドラゴン。君みたいな子を解放する仕事をしている」
意識が落ちる直前、紗琥耶が今まで見たことのない種類の笑顔を男は浮かべた。
~2172年9月30日PM1:42 東京~
「しつこい」
腕のナノマシンを霧散させて、紗琥耶はピョンと背中から飛び降りた。
そのまま、紗琥耶はエドワードの背中に頭を預ける。
「また言うの?」
「またってお前」
「これで6回目だよ、今までで」
「……そんなに訊いてきたか」
エドワードはグッと背中を縮めた。
恥ずかしがる時肩をすぼめるのは、彼の癖だ。
“優秀な相棒”として、自分も恥をかき捨てることにした。
「アタシね、エドが見せてくれる世界が好きだよ。“一番酷い場所に一番優しい場所を作る”凄く充実してて楽しい」
「……そうか」
確認はもう充分だ。
「行こう」
「うん♪」
~2162年6月10日AM3:23 仏系左派集合地 キャバナック~
その時のことを、紗琥耶は忘れない。
「何だこれは……」
8畳ほどのスペースを血と精液の臭いがプンと満たし、死体とハエが床を埋めつくす。
生と死で彩られたモノクロの世界。
紗琥耶にとって何でもない日常にポツリと現れた男は、絶望的な顔で棒立ちしていた。
「だれ?また仕事?」
そう問うてみるが、部屋を見回すばかりで特に何もしないので、紗琥耶は男を観察する。
重装備だった。
視界諸共顔を覆う真っ黒なフルガードメットに弾数無制限携帯型機関銃。ショック吸収型防弾防刃生地の軍服には、サイドアームの反動抑制型マグナムと硬質カーボンナイフが出番を待ち侘びて光っていた。
『ALVだ』
国という自治形態が徐々に減少傾向にある世界では警察組織の需要は高く、中でも凶悪犯罪や武力蜂起を鎮圧する志願兵警察組織Suppressible Waveは社会的にも重要な位置を占める。男の装備は、その中でも最大勢力のAfter Life Volunteerのものだった。
「君は一体誰だ?」
ようやく紗琥耶に関心を向けた男は、実につまらない疑問を投げかけてくる。
だが、その言葉は紗琥耶の意志決定材料には充分だった。
「そっか、敵か。死神の聖女J-紗琥耶-A任務を遂行します」
いつも通り殺す。下知を受けた以上、迷うことなど何もない。
~2172年9月30日PM1:42 東京~
虹彩、掌紋、頸部静脈蔓状、あらゆるチェック項目が、2人を任務執行者と認めて行く。
その度に「何とかしてくれ」という懇願する声なき声が聞こえる気がして、紗琥耶は鼻で笑い飛ばしてやりたくなった。
『衆愚の極みね』
「紗琥耶」
「んー?」
「引き返すなら今だぞ?」
だから、エドワードの言葉には動揺した。
応えるのに一拍の間を空けた上、初めて出会ったあの時のエドワードよりも益体のない言葉を吐いてしまう。
「は?」
「無理に付き合うことはない」
首を巡らせたエドワードの真っ直ぐな瞳に射抜かれて、紗琥耶の胸が詰まった。
「これは俺のやりたいことだ。もし今君にやりたいことがあるのなら、無理に付き合わなくていい」
~2162年6月10日AM3:24 仏系左派集合地 キャバナック~
「何なのよアンタ、何で立ってられんの」
訊かれた言葉をオウム返しするようだった。
いつものように、紗琥耶は男の肝臓を潰した。
肝臓は血中毒素の除去や古くなった赤血球の処理も司る、血袋とも言える臓器だ。
普通、ここを潰されたら急激な血圧低下でショック状態に陥り失神する。
その後、運が良くてそのまま失血死、悪ければブクブクと内出血で膨れて行く腹を見ながらの失血死の2択だ。
だが目の前の男はよろめきもせず立っている。
「君と似たようなものだよ」
テラテラと紗琥耶の顔を映すフルガードメットの向こうで、男が笑った気がした。
だが、そんなことは紗琥耶が一番理解している。
「へえ、だからないってこと?臓器全部」
「そうだよ。よくわかったね」
人としてあるべきものがごっそりない身体は、不気味な感触がある。
だが、それ以上に笑えないのが、ナノマシンの集合で構成された紗琥耶の腕をその腹の中で固定していることだ。
背中には、自然と脂汗が浮かぶ。
だが、それでもまだ攻勢の手は残っている。
そんなことは、男にもわかっていたはずだ。
にも拘らず、あろうことか男はフルガードメットを外して笑った。
~2172年9月30日PM1:42 東京~
「お前とコンビを組んでもう10年になる。長い関係だ。だから言っておく」
迷わず進めていた歩を止め、エドワードは続けた。
「お前は優秀な相棒だ。でも今回はこれまでと違う。決して失敗の許されない勝つだけじゃない戦いだ。だから」
聞きながら、紗琥耶は心の底から溜息を吐いた。
まったく何もわかっていない。
~2162年6月10日AM3:25 仏系左派集合地 キャバナック~
「何してんのアンタ?」
紗琥耶は混乱していた。
殺してくれと首を差し出す者はこれまでにもいた。
だが、この男は違う。
「すでに外にいた君の部隊を全滅させた。そして今、君を勧誘しようとしている」
「すかうと?」
耳慣れない言葉だった。
任務でも食事でも休憩でもない。
すかうと、とは、一体何をすればいいのかが、分からない。
分からないのだから、殺すしかない。
「……っ」
だが、いくらもがいても腕は動かなかった。
それならば、と足を掛けて寝技に持ち込もうとするが、それも叶わない。
ビクともしない足掛けに躍起になっていると、壁に押さえ付けられた。
「君だけが特別製の身体だと思わないことだ」
無人ロボット同士の物量合戦の戦場に立つ人間が普通の人間のはずがないのだが、紗琥耶にはそれが分からない。
「だから何なのよ!アンタ、なんか!」
「君のナノマシンの出力じゃ絶対に逃れられないぞ。伝導電子制御式の拘束だからね。それから」
首筋に腕を押し当てられて頸動脈を絞められながら、紗琥耶は最後の言葉を聞いた。
「僕の前はトマス・エドワード・ペンドラゴン。君みたいな子を解放する仕事をしている」
意識が落ちる直前、紗琥耶が今まで見たことのない種類の笑顔を男は浮かべた。
~2172年9月30日PM1:42 東京~
「しつこい」
腕のナノマシンを霧散させて、紗琥耶はピョンと背中から飛び降りた。
そのまま、紗琥耶はエドワードの背中に頭を預ける。
「また言うの?」
「またってお前」
「これで6回目だよ、今までで」
「……そんなに訊いてきたか」
エドワードはグッと背中を縮めた。
恥ずかしがる時肩をすぼめるのは、彼の癖だ。
“優秀な相棒”として、自分も恥をかき捨てることにした。
「アタシね、エドが見せてくれる世界が好きだよ。“一番酷い場所に一番優しい場所を作る”凄く充実してて楽しい」
「……そうか」
確認はもう充分だ。
「行こう」
「うん♪」
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