T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-16
16
~2176年9月30日PM3:32 東京~
とんでもない失態だ。
何故気付けなかった。
2つの事件が示し合わせたように起こったのに。
何故思い至らなかった。
あの時代、あの場所に跳んだ理由に。
振り返れば、あからさまに彼女を誘き出していると分かるのに。
「しかもチャフですって!? そんなピンポイントな武器どこで用意したのよ!準備万端すぎるでしょ!」
ようやく戻った時空間跳躍通信から聞こえた会話に、絵美は戦慄した。
敵は紗琥耶を熟知している。
恐らく、絵美や源よりも。
そんな相手が綿密な計画を立てて彼女を引き摺り出し、打倒しにきた。
はっきり言って洒落になっていない。
一方、紗琥耶の秘密なぞ知る由もないAlternativeのヴァーチャルロビーでの会話は気楽なものだった。
《チャフって何?》
《たしか電波遮断の兵器だったと思う》
《いやそれ以前に訊くことありますよね!明らかにヤバいこと聞いちゃいましたよね!》
《ヤバいことねぇ》
直後、ロサがヴァーチャルロビーの個人サロンで問い質してきた。
「紗琥耶さんのこと、本当ですか!?」
超高速地下鉄道からの問い掛けに、絵美の言葉は詰まった。
他のメンバーとは違い、ロサは紗琥耶に触れている。
それ故に、その正体には関心が高かったのかもしれない。
絵美としても、全知覚共有をすると決めた時点で紗琥耶の秘密がばれる可能性は覚悟していたが、できれば触れずに終わらせたかった。
しかし、その秘密が事態を左右するほど重要な要因になってしまっては仕方がない。
意を決して絵美は口を開いた。
「事実よ。ご法に触れることは確かだけど、救命のための超法規的措置だった。それに、言い訳じみているけど、彼女の腕は元からすべてナノマシンだったの」
「救命のためって、どう言うことですか?」
「……ちょっと待ってね」
ここ数日、絵美の頭の片隅に常にあった苦い記憶が、鎌首をもたげた。
それは、平時のT.T.S.ではタブーとされている話。
同時に、全メンバーが決して忘れられない話だ。
「T.T.S.がTLJ-4300SHの設計情報奪取と発明者誘拐の阻止に失敗したのは覚えている?」
「覚えてますよ。“始まりの惨事”ですもん。1名亡くなってるんですよね、確か」
「そうね、そんな風に呼ばれているわよね」
惨事と3事件を掛けた呼び名は、絵美自身は確認していないが、今や歴史の教科書にも載っていると言う。
ロサの言う通り、T.T.S.は重要任務に失敗し、貴重な人材を1名失った。
公表されている事実はここまでだ。
だが失念してはならない。
T.T.S.の出動形態の基本公式は、2人1組。
つまり、死亡した1名にも相棒がいたのだ。
「……じゃあ、それが、紗琥耶さん。なんですね?」
「……ええ」
絵美の同意に、水を打ったような静けさが広がった。
「何が、あったんですか?」
恐る恐るだが静かな覚悟を滲ませてロサが呟く。
絵美としても、もう肚は決めていた。
「跳躍先に時代錯誤遺物が仕掛けられていたの。跳躍先を強制的に変更させる装置よ」
「そんなのあるんですか?」
「ええ。恐竜とか持ち帰られたら洒落にならないからね」
古代遺跡などで発掘される時代錯誤遺物が跳躍時間の上限を制御する装置というのは、考古学者でも知らない歴史の真実だ。
浪漫もへったくれもない話だが、絵美の挙げたリスクを鑑みれば当然の話だ。
「じゃあ紗琥耶さんたちは」
息が詰まった。
わかってはいたが、いまだにこの話をすると肺を握られるような感覚が襲ってくる。
「……跳ばされた。とんでも、ない、ところ」
目の前が真っ暗になった。
脳が拒絶しているのだ。
肺が詰まってる。
脈が速い。
目が回る。
頭が痛い。
「絵美ちゃん!」
現実世界で肩を揺さぶられて、絵美の意識はヴァーチャルから浮上した。
「絵美ちゃんどうしたの!?何してるの!?」
視覚デバイスを取り外されると、マダムオースティンが深刻な表情でこちらを見ていた。
「生体情報ヒドいことになってるじゃない。何したの!」
気付くと、視界は真っ赤に点滅していた。
発汗、心拍、血圧が異常な数値に釣り上がっている。
「ごめんなさい。大丈夫です……大丈夫、ですから」
マダムに背中を擦られて、少しずつだが生体情報が収まってきた。
「大丈夫じゃないから私がきたんでしょう!?馬鹿なこと言ってないで寝なさい!」
それでも視覚デバイスに手を伸ばす絵美を見て、マダムは先手を打って引っ手繰った。
「誰だか知らないけど中止よ!絵美ちゃんの体力がもう限界なの!」
誰だろうと構わない!とばかりに怒鳴り付けるマダムの手から、再び絵美がデバイスを奪取する。
「絵美ちゃん貴女いい加減に」
「ヒロシマよ!」
絵美がその単語を吐いた瞬間、ピタリとすべてが凪いだ。
地殻より奥深くを進むロサにも、その様子は伝わる。
すべて理解した。
紗琥耶の秘密の真意も。
絵美のトラウマも。
全部全部理解した。
「そんな……」
薔薇乃棘はなんて残酷で、残忍なことをしてくれたのだ。
「紗琥耶さん……」
声を殺すロサの頬を、涙が伝う。
~2176年9月30日PM3:32 東京~
とんでもない失態だ。
何故気付けなかった。
2つの事件が示し合わせたように起こったのに。
何故思い至らなかった。
あの時代、あの場所に跳んだ理由に。
振り返れば、あからさまに彼女を誘き出していると分かるのに。
「しかもチャフですって!? そんなピンポイントな武器どこで用意したのよ!準備万端すぎるでしょ!」
ようやく戻った時空間跳躍通信から聞こえた会話に、絵美は戦慄した。
敵は紗琥耶を熟知している。
恐らく、絵美や源よりも。
そんな相手が綿密な計画を立てて彼女を引き摺り出し、打倒しにきた。
はっきり言って洒落になっていない。
一方、紗琥耶の秘密なぞ知る由もないAlternativeのヴァーチャルロビーでの会話は気楽なものだった。
《チャフって何?》
《たしか電波遮断の兵器だったと思う》
《いやそれ以前に訊くことありますよね!明らかにヤバいこと聞いちゃいましたよね!》
《ヤバいことねぇ》
直後、ロサがヴァーチャルロビーの個人サロンで問い質してきた。
「紗琥耶さんのこと、本当ですか!?」
超高速地下鉄道からの問い掛けに、絵美の言葉は詰まった。
他のメンバーとは違い、ロサは紗琥耶に触れている。
それ故に、その正体には関心が高かったのかもしれない。
絵美としても、全知覚共有をすると決めた時点で紗琥耶の秘密がばれる可能性は覚悟していたが、できれば触れずに終わらせたかった。
しかし、その秘密が事態を左右するほど重要な要因になってしまっては仕方がない。
意を決して絵美は口を開いた。
「事実よ。ご法に触れることは確かだけど、救命のための超法規的措置だった。それに、言い訳じみているけど、彼女の腕は元からすべてナノマシンだったの」
「救命のためって、どう言うことですか?」
「……ちょっと待ってね」
ここ数日、絵美の頭の片隅に常にあった苦い記憶が、鎌首をもたげた。
それは、平時のT.T.S.ではタブーとされている話。
同時に、全メンバーが決して忘れられない話だ。
「T.T.S.がTLJ-4300SHの設計情報奪取と発明者誘拐の阻止に失敗したのは覚えている?」
「覚えてますよ。“始まりの惨事”ですもん。1名亡くなってるんですよね、確か」
「そうね、そんな風に呼ばれているわよね」
惨事と3事件を掛けた呼び名は、絵美自身は確認していないが、今や歴史の教科書にも載っていると言う。
ロサの言う通り、T.T.S.は重要任務に失敗し、貴重な人材を1名失った。
公表されている事実はここまでだ。
だが失念してはならない。
T.T.S.の出動形態の基本公式は、2人1組。
つまり、死亡した1名にも相棒がいたのだ。
「……じゃあ、それが、紗琥耶さん。なんですね?」
「……ええ」
絵美の同意に、水を打ったような静けさが広がった。
「何が、あったんですか?」
恐る恐るだが静かな覚悟を滲ませてロサが呟く。
絵美としても、もう肚は決めていた。
「跳躍先に時代錯誤遺物が仕掛けられていたの。跳躍先を強制的に変更させる装置よ」
「そんなのあるんですか?」
「ええ。恐竜とか持ち帰られたら洒落にならないからね」
古代遺跡などで発掘される時代錯誤遺物が跳躍時間の上限を制御する装置というのは、考古学者でも知らない歴史の真実だ。
浪漫もへったくれもない話だが、絵美の挙げたリスクを鑑みれば当然の話だ。
「じゃあ紗琥耶さんたちは」
息が詰まった。
わかってはいたが、いまだにこの話をすると肺を握られるような感覚が襲ってくる。
「……跳ばされた。とんでも、ない、ところ」
目の前が真っ暗になった。
脳が拒絶しているのだ。
肺が詰まってる。
脈が速い。
目が回る。
頭が痛い。
「絵美ちゃん!」
現実世界で肩を揺さぶられて、絵美の意識はヴァーチャルから浮上した。
「絵美ちゃんどうしたの!?何してるの!?」
視覚デバイスを取り外されると、マダムオースティンが深刻な表情でこちらを見ていた。
「生体情報ヒドいことになってるじゃない。何したの!」
気付くと、視界は真っ赤に点滅していた。
発汗、心拍、血圧が異常な数値に釣り上がっている。
「ごめんなさい。大丈夫です……大丈夫、ですから」
マダムに背中を擦られて、少しずつだが生体情報が収まってきた。
「大丈夫じゃないから私がきたんでしょう!?馬鹿なこと言ってないで寝なさい!」
それでも視覚デバイスに手を伸ばす絵美を見て、マダムは先手を打って引っ手繰った。
「誰だか知らないけど中止よ!絵美ちゃんの体力がもう限界なの!」
誰だろうと構わない!とばかりに怒鳴り付けるマダムの手から、再び絵美がデバイスを奪取する。
「絵美ちゃん貴女いい加減に」
「ヒロシマよ!」
絵美がその単語を吐いた瞬間、ピタリとすべてが凪いだ。
地殻より奥深くを進むロサにも、その様子は伝わる。
すべて理解した。
紗琥耶の秘密の真意も。
絵美のトラウマも。
全部全部理解した。
「そんな……」
薔薇乃棘はなんて残酷で、残忍なことをしてくれたのだ。
「紗琥耶さん……」
声を殺すロサの頬を、涙が伝う。
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