T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-12

12


 弓削田ロサは恐々と絵美の報告を聞いていた。
 上司である絵美の知見の広さを誰よりもロサは知っている。
 だからこそ、その警鐘は深刻なものに感じた。
 ニコラエのことは知らなかったが、その残忍な仕立て上げ方は画像で確認している。
 まさか国際的な犯罪者を相手にするなんて、思いもしなかった。


《その情報は確かなんだね?》


 報告を聞いて、T.T.S.Masterは長い沈黙を挟んで問う。
 絵美の反応は淀みなかった。


《はい。加工痕跡も見当たりませんでした。確かです》


《そっか、ICPOウチの本部はなにやってんだろうね全く》


 溜息交じりの愚痴に、1拍の間を空けて絵美が切り込む。


《あの、Masterできれば》


 だが、T.T.S.Masterの反応は早く、冷たかった。


《ダメだ絵美ちゃん。さすがにそれを容認する訳にはいかない》


 僅かな間もなく絵美が返すのは、予測が立っていたからだろう。


《もし粟生田外相になにかあったら》


そういう・・・・建前が・・・あったと・・・・しても・・・、だ。Alternativeの全員にも言っておく、動くな》


 今更ながら、ロサはゾッとした。
 T.T.S.Masterという立場の人間は、いったいどこまで把握し、想定しているのか。
 Alternative全員の思考を瞬時に掌握する鈴蝶の洞察の正確さと速さが、未来予見のように感じて、思わずロサは周囲を見回した。
 そうして、彼女は偶然にも自分が国際線の近くにいることに気づく。


 国際線と言っても、マントル層を経る超高速地下鉄道のことだ。
 地殻の更に下、上部マントル層の中をグルリグルリと周回するリニア式の地下鉄道こそが、この時代の国際線のスタンダードだ。


 即座に、ロサは絵美との秘匿回線を繋いだ。


「絵美さん、私ちょうど国際線の前にいます。ベルリンの警察と私の所轄への口添え、お願いできますか?」


 絵美の反応は早かった。
 上司への離反など、毛頭も気にした様子もない。


《行って。後のことはどうとでもしてあげる》


 だが、やはり甘鈴蝶は凄まじい。
 すぐに直回線が割り込んできた。


《ロサちゃん。どうせ貴女たちは動くでしょうから先に言っておきます。深追いは禁物。そっちが勝手に動く以上、こっちも勝手にバックアップをつけさせてもらうけど、独行が過ぎるようなら抑止も手荒くなるから覚悟をしておくように。以上》


 一方的に警鐘を鳴らして、鈴蝶は通信を切った。
 残されたロサは、冷たい汗が背中をなぞる感覚を味わいながら、カラカラの喉になんとか1つ唾をのみ落とす。
 中断されていた絵美の通信が再開されるが、もはや頭に入ってこない。


《……てる!?ちょっとロサ!?聞いているの!?》


「……はい、委細、承知しました」


 なんとか言葉を絞り出して、絵美が感づく前に通信を切った。


「ホントとんでもないのねT.T.S.もうなんかいろいろ怖い」


 知らずに震えていた膝を手で抑えて、ロサは引き攣った笑いを浮かべる。
 冗談みたいな状況に、もはや笑うしかなかった。
 地下へとつながる国際線の入口が、地獄の口に見える。
 認めたくはないが、源との気楽なやり取りがほんの少し恋しかった。

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