T.T.S.
FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-6
6
医務室横の手狭なスペースに設置されたリクライニングシートの上で、絵美は視覚デバイスを装備した顔を綻ばせた。
真っ暗闇の部屋では、視覚デバイスの起動ランプだけがぼうっと灯っている。
だが、対照的に絵美の視界は彩り豊かだった。
「ふふ、イイ感じね、そのまま二人で頑張って頂戴」
未だにギャーギャーと押し寄せる2人の文句が、赤い波となって押し寄せる。
アクティブプログラムを切り替える事でこれを回避した絵美は、真昼間のオープンカフェに座っていた。
目の前にはホワイトボードがあって、そこには白墨の文字が躍っている。
今、そこに一つの質問が投げられた。
《絵美、大体の事情は分かったけど、皇議員は粟生田外相の補佐でバルセロナよ。動静も確認したから間違いない。これってどういう事?》
「バルセロナ?何で?」
その疑問は、メンバーにも共通していた様だ。
《何しに行ってんの?G6の下拵えって時期でもないでしょ?》
《難民政策で奔走してるけど、その一環とか?》
誰にも心当たりはない様子を見て、絵美は別のチャンネルを展開する。
「ちょっと探ってみるわ。何か分かり次第共有する」
そこは、おもちゃ箱をひっくり返した様な空間だった。
上下を認識する指標は、常に頭上にあるモビールだけ。
シャボン玉やゴムボールが野放図に飛び回り、チャチな物から精巧な物までありとあらゆる人形や小物が漂っている。
ノスタルジックな雰囲気すらあるファンタジー空間に向かって、絵美は語り掛けた。
「Hi,Silk.元気?ちょっと訊きたい事があるのだけど。粟生田外務大臣がバルセロナに行っているそうなのだけど、何しに行っているか分かる?」
やや間があって、返答が文字になって踊る。
《ヤホッ☆絵美ちゃん久しぶり♪ってか、いきなり要求めっちゃハードでウケる☆でも実は、何を隠そうあたしも粟生田外相の動きが気になってたのだ☆だから、今回はあたしの好奇心に免じてロハで教えてあげる♪》
「あら、それはいいニュースね。出来るだけ早く教えてくれるとありがたいわ。私の方でも色々探ってみるから、何か分かったら共有スペースに貼って行きましょう」
《あらあら、あたしと絵美ちゃんの二人掛かりで調べられるなんて、粟生田さんもかわいそうね☆じゃあ外務省サイドお願いね♪あたしはユーロ連合国側のお歴々を当たってみるわん♪》
珍しく不吉な笑いを浮かべながら、絵美は侵入プログラムを起動させた。
「そうね、隅から隅まで丸裸にしてあげましょう」
《……どしたの絵美ちゃん、何か今日過激☆》
もしかしたら、紗琥耶の癖が映ったのかもしれない。
そう思うと、何だか猛烈に恥ずかしくなった。
「……ゴメン今のなしで」
《えー♪いーんじゃない、たまには☆》
絵美は通信を遮って視覚デバイスを外す。
「やっぱ体調に引っ張られて変になっているわね、私」
二種類のナノマシンを混成して流す通気ダクトに見上げていると、部屋の扉が開く音がした。
「あの、正岡さん」
その声を聞いて、絵美はホッと肩の力を抜く。
『そうだ、私にはこっちの手もあったのよね』
「服部秘書官。もうお身体はよろしいのですか?」
逆光故表情こそ伺えないが、服部エリザベート秘書官は申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「ええ、マダムオースティンのお陰で大分回復しました」
「そうですか、それは重畳です。……どうぞ、こちらにお掛け下さい」
餅は餅屋だ。そして、本件においてエリザベート程の餅屋はいない。
それを自覚してだろう。
エリザベートの声には力強さが宿っていた。
「失礼します。早速ですが正岡さん、皇と私の間だけのホットラインを貴女にお譲りしますので、是非お使い下さい」
その申し出は心強く響いたが、同時に、その言い方に絵美は疑問を懐いた。
「貴女、最初からそれが狙いだったのね?」
エリザベートは小首を傾げながらも笑って見せる。
「さて、何の事でしょう?私は外務副大臣皇栄太の私設秘書。議員のご意向の為に動くのが務めです」
「そうですか。それなら、外務副大臣様をお待たせしては申し訳ないですね」
さり気なく議員の肩書さえ切り替えて不敵に笑うエリザベートに釣られて、絵美もまた口の端を吊り上げた。
喰えない女達が、静かな熱気を秘めて動き出す。
医務室横の手狭なスペースに設置されたリクライニングシートの上で、絵美は視覚デバイスを装備した顔を綻ばせた。
真っ暗闇の部屋では、視覚デバイスの起動ランプだけがぼうっと灯っている。
だが、対照的に絵美の視界は彩り豊かだった。
「ふふ、イイ感じね、そのまま二人で頑張って頂戴」
未だにギャーギャーと押し寄せる2人の文句が、赤い波となって押し寄せる。
アクティブプログラムを切り替える事でこれを回避した絵美は、真昼間のオープンカフェに座っていた。
目の前にはホワイトボードがあって、そこには白墨の文字が躍っている。
今、そこに一つの質問が投げられた。
《絵美、大体の事情は分かったけど、皇議員は粟生田外相の補佐でバルセロナよ。動静も確認したから間違いない。これってどういう事?》
「バルセロナ?何で?」
その疑問は、メンバーにも共通していた様だ。
《何しに行ってんの?G6の下拵えって時期でもないでしょ?》
《難民政策で奔走してるけど、その一環とか?》
誰にも心当たりはない様子を見て、絵美は別のチャンネルを展開する。
「ちょっと探ってみるわ。何か分かり次第共有する」
そこは、おもちゃ箱をひっくり返した様な空間だった。
上下を認識する指標は、常に頭上にあるモビールだけ。
シャボン玉やゴムボールが野放図に飛び回り、チャチな物から精巧な物までありとあらゆる人形や小物が漂っている。
ノスタルジックな雰囲気すらあるファンタジー空間に向かって、絵美は語り掛けた。
「Hi,Silk.元気?ちょっと訊きたい事があるのだけど。粟生田外務大臣がバルセロナに行っているそうなのだけど、何しに行っているか分かる?」
やや間があって、返答が文字になって踊る。
《ヤホッ☆絵美ちゃん久しぶり♪ってか、いきなり要求めっちゃハードでウケる☆でも実は、何を隠そうあたしも粟生田外相の動きが気になってたのだ☆だから、今回はあたしの好奇心に免じてロハで教えてあげる♪》
「あら、それはいいニュースね。出来るだけ早く教えてくれるとありがたいわ。私の方でも色々探ってみるから、何か分かったら共有スペースに貼って行きましょう」
《あらあら、あたしと絵美ちゃんの二人掛かりで調べられるなんて、粟生田さんもかわいそうね☆じゃあ外務省サイドお願いね♪あたしはユーロ連合国側のお歴々を当たってみるわん♪》
珍しく不吉な笑いを浮かべながら、絵美は侵入プログラムを起動させた。
「そうね、隅から隅まで丸裸にしてあげましょう」
《……どしたの絵美ちゃん、何か今日過激☆》
もしかしたら、紗琥耶の癖が映ったのかもしれない。
そう思うと、何だか猛烈に恥ずかしくなった。
「……ゴメン今のなしで」
《えー♪いーんじゃない、たまには☆》
絵美は通信を遮って視覚デバイスを外す。
「やっぱ体調に引っ張られて変になっているわね、私」
二種類のナノマシンを混成して流す通気ダクトに見上げていると、部屋の扉が開く音がした。
「あの、正岡さん」
その声を聞いて、絵美はホッと肩の力を抜く。
『そうだ、私にはこっちの手もあったのよね』
「服部秘書官。もうお身体はよろしいのですか?」
逆光故表情こそ伺えないが、服部エリザベート秘書官は申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「ええ、マダムオースティンのお陰で大分回復しました」
「そうですか、それは重畳です。……どうぞ、こちらにお掛け下さい」
餅は餅屋だ。そして、本件においてエリザベート程の餅屋はいない。
それを自覚してだろう。
エリザベートの声には力強さが宿っていた。
「失礼します。早速ですが正岡さん、皇と私の間だけのホットラインを貴女にお譲りしますので、是非お使い下さい」
その申し出は心強く響いたが、同時に、その言い方に絵美は疑問を懐いた。
「貴女、最初からそれが狙いだったのね?」
エリザベートは小首を傾げながらも笑って見せる。
「さて、何の事でしょう?私は外務副大臣皇栄太の私設秘書。議員のご意向の為に動くのが務めです」
「そうですか。それなら、外務副大臣様をお待たせしては申し訳ないですね」
さり気なく議員の肩書さえ切り替えて不敵に笑うエリザベートに釣られて、絵美もまた口の端を吊り上げた。
喰えない女達が、静かな熱気を秘めて動き出す。
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