T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 2-4




「お願いします!私に皇議員の説得にあたらせて下さい!」


 薬効で少し軽くなった頭を下げる絵美を、鈴蝶が一蹴した。


「駄目に決まってるでしょう。自分の体調を考慮なさい」


 ラウンジ前の廊下を足早に進む鈴蝶とマダムに、絵美とロサが追い縋る。


「ですが……」


 マダムが振り返って絵美に告げた。


「絵美ちゃん。症状が軽くなっているのはあくまで薬とナノマシンの効能であって、貴女の身体が快復した訳じゃない。感染拡大も考えれば、貴女を外に出す訳にはいかないわ」


 歯噛みする絵美の忸怩たる思いを感じて、ロサは助け船を出す。


「あの、それでは私からお願いしたいのですが」


「駄目です」


 にべもない鈴蝶の言葉に、ロサは食い下がった。


「いえ、T.T.S.Master。貴女は聞いて・・・おかなければいけない・・・・・・・・・・筈です」


「……どういう意味かな?」


 立ち止まりこそしないが、鈴蝶の歩調が緩んだ。
 ロサは一気に畳み掛ける。


「医務室に運ばれたエリザベート秘書官は、先程『議員の意向に背いた』と仰いました。恐らく、皇議員は幸美さんを切り捨てるつもりでしょう。もしかしたら既に動き出して警察への圧力をかけ始めている可能性もあります。議員の説得と幸美さんの保護は間違いなくあなた方の手で行われるでしょうが、この施設を出た後は丸腰です。そうなると今度は別の目的で命を狙われる可能性があります。もしかしたら、建物を出た瞬間に狙撃されるかもしれない。周辺警備が必要になります。それにはあなた方との連携を取る必要がある。ですからどうか、私との連絡係として絵美さんの協力をお願いしたい」


 息を切らせて言い終える頃には、鈴蝶の足は止まっていた。


『ダメか?』


 鈴蝶は考える様に沈黙している。
 その時間が、やたらと長く感じた。


「もし」


 だから、再び鈴蝶が口を開いた時には、そこから先の言葉は予想出来た。


「絵美さんから聞いていると思いますが、私はかつて本庁に勤めていました。事態が急変した以上、所轄署に出る幕はないでしょう。ですので、私はAlternativeに協力を仰ぎます。ご存じでしょうが、絵美さんの創った組織です。仮に皇議員の意向が変わらなかったとしても、彼女等は決して目的を見失いませんし、圧力にも屈しません。その点はご安心下さい」


 鈴蝶がロサに向けていた視線を絵美に転じる。
 顔を見ずとも、ロサには絵美の表情が分かった。
 非凡なT.T.S.のメンバーと肩を並べる絵美の、最大の武器。
 絶対に揺らがない、場合によっては手段も択ばない頼もしい指揮官の強い目で、真っ直ぐに鈴蝶を睨み返しているのだろう。


「分かりました……但し!」


 ホッと胸を撫で下ろすロサと絵美に、鈴蝶は指を立てて見せた。


「参加する全メンバーに私との全知覚共有センスシェアを義務付けます。絵美ちゃん、貴女はこの施設からは出ずに私が送る全知覚共有センスシェアのダイジェストをチェックして、こちらの動静をロサちゃん達に共有。マダム、これ位なら静養を脅かすほどではないと思うけど、どう?」


 鈴蝶のお伺いに、絵美とロサも縋り付く。
 マダムは自身に向けられる三対の目に溜息を漏らす。


「そうね、本人の意志もあるし、承認します」


「……ありがとうマダム。今度お礼をさせてね」


 マダムの言葉に応える絵美の笑顔は、老若男女をハッとさせる程晴れやかな顔だった。


「まったく、貴女って子は…無茶だけはしちゃ駄目よ」


 親が子供を励ます様に、マダムは絵美の頭を撫でる。
 その様子を見て、鈴蝶は手を叩いた。


「さあ、ここからは速さが肝要。マダム、あなたはエリザベート嬢の容態観察と幸美嬢の帰還時の負傷を考慮して銃創の治療等の準備を」


「承ったわ」


「ロサちゃんはAlternativeメンバーの招集と状況の共有を。私との全知覚共有センスシェア通行証パスは今し方送りましたので確認を。絵美ちゃん、貴女はこっちに来なさい」


「はい」


「了解しました!」


 テキパキと指示を出して歩き出した鈴蝶に続きながら、敬礼するロサを置いて、絵美はAlternativeのチャンネルを開いた。


《絵美?どうしたの?何かあった?》


《いきなり復活したからビックリしちゃったよ。もしかして、戻りたくなっちゃった?》


 今も変わらず仲間でいてくれるメンバーの言葉に、口元が綻ぶ。
 ただ、今は旧交を温めている時ではない。


《ロサ、後はよろしく》


 それだけ発して、絵美はチャンネルを一旦閉じた。

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