T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 1-2

~2176年9月30日AM10:42 東京~


 爆音を響かせて、Ninja 250が疾駆する。
 漆黒の車上には、二人の影があった。
 一人はこの二輪車のオーナーかなはじめ源。
 その腰にしがみ付いているのは、かつての白バイ隊が使用していた白いメットを被った弓削田ロサだ。


「ロサちゃんよぉ!仕事放ぉり出していぃんかよ!」


「え!?何!?聞こえないんだけど!」


 慣れないガソリンエンジンの音にあてられたのか、ロサは若干テンションがおかしくなっていた。


「お前仕事いぃんかよ!」


「う、うるさいわね!アンタの監視が仕事よ!」


「んだそりゃ」


 絵美の不調を聞いた瞬間から、ロサは源以上に動揺していた。


 源は絵美の事を仕事上でしか知らない。
 故に、弓削田ロサと正岡絵美の関係性を知らない。
 だから、いつだって取り外せる手錠で署の入口に拘束された時も。今は使われていないヘルメットを備品倉庫の奥から引っ張り出して来る時も。源はロサを待っておいたのだ。


『そもそも、こいつホントに絵美の知り合いか?』


 今でこそ下火になったが、絵美はその美貌と来歴から時の人として持て囃された過去がある。
 それこそ、熱烈なファンを有する程に、その人気は高かった。
 信者ファン偶像アイドルに近付きたがるのは自然な行動だ。
 それが故に、日本警察からT.T.S.に移った絵美の所業を「裏切り」と捉える者がいても可笑しくはないし、ロサがそう言った輩でないという保証はどこにもない。


『ま、何かするってんなら俺が護りゃいぃか』


 ほんの僅かな間だが、ロサの行動を見る限り、決して常識知らずと言う訳でもないようだ。
 だから、源は下手に考えるのはやめる事にした。


「ロサちゃんよぉ、ちょい飛ばすからもっとしっかり摑まっとけ!」


 源の愛車たるNinja 250は廃車寸前のオリジナルをレストアした物で、近代改修以外にも多くの改造カスタムを施している。
 例えば。


「柴姫音、電磁浮遊機構レールフロート起動しろ。飛ばすぞ」


 Ninja 250は即座に動作を開始した。


「ちょっと何?うわ!わわわ!」


 前輪を上げ、ウィリーしたNinja 250の前輪が本来の回転ベクトルとは90度異なる方向にクルリと回転する。ホイールカヴァーの電磁盤が帯電路面と反発し合い、機体を支えた。
 翻って、今度は後輪が上がる。電子制御下で重心調整され、Ninja 250はバランスを一切失わず、後輪も浮遊機構フロートの起動を終えた。


「ちょっと!これ車検ちゃんと通してるんでしょうね!」


「…通してるよ、覚えてねぇけど」


「…おい止まれバカ」


 かくして、Ninja 250は何かを振り落とす勢いで速度を上げるのだった。


 T.T.S.本部に入るには、都合3ヶ所の検問を通過しなければならない。
 旧国立科学研究所付近には21世紀中頃から大量の東南アジア系移民が住み着き、一頃は夜道も歩けない程に危険な地域になった過去がある。
 仮にも国際機関の日本支部を置くとあって厳重な警備が敷かれているが、同時に、日本の警察組織が如何にT.T.S.を歓迎していなかったかが如術に窺えた。


「何だか色々面倒ね……」


 Ninja 250のチェックと乗員である源とロサのボディとIDのチェック、加えて簡易ではあるが各人の異常思考検査を受け、一段落した所で、ロサが呟く。
 しかし、こればっかりは付き合ってもらうしかない。


「まぁ、そりゃな」


 タイヤ走行に切り替わったNinja 250を再び始動させ、徐行で本部敷地に車体を滑らせた。
 トーン、トーンと流れる地面を時折蹴りながら、入口を鵜の目鷹の目するロサを盗み見て、源はT.T.S.の主治医であるI.T.C.のオースティン医師の詰め所を指示する。


「ほれ、絵美はあそこだ。俺ぁバイクコイツ停めて来っから先行ってろ」


 ロサに対する警戒はどこへやら、無造作に彼女を下ろした。


「え?いや、ちょっと……」


 唐突な無警戒に面食らうロサを置いて、源は発車する。
 建物の裏に消えるバイクを見送り、彼女は呆然と心情を吐露した。


「何よあれ」


 源の警戒には、ロサも気付いていた。
 当然だ、と思っていた。
 噂や報道でしか知らないが、T.T.S.は未知の時代に跳び、そこに住まう者達の中から未来人を見抜き、確保するのだという。
 稀に時間遡行を深めて時間的に先回りする事があるそうだが、基本的にはゲリラ戦に近い戦いを強いられる、と聞いた事がある。
 そんな彼等が警戒を怠る訳がない。
 ロサはそう考えていた。
 にも関わらず。


「私完全放置じゃない。大丈夫なの?あの男」


「どぉだろぉなぁ」


 思わず、悲鳴を上げた。
 見送った筈の男が肩を組んで来たのだから当然だ。


「な、アンタ、何で」


 予想を悉く外す男の行動に、ロサは動揺していた。
 それは包み隠さぬ彼女の行動であり、剥き出しの彼女の本音だ。
 これが確認できれば、源にとっては充分。
 結果に満足した源は、答える事なくウインクする。


「さぁこっちだ。行くぞロサちゃん」


「ちょっと放してよ!誰がロサちゃんだ馬鹿!」


「へぇへぇ、分ぁったよ。とにかく行くぞロサ」


 最後のチェックにも、源のIDは必要なのだ。
 仕方がないが、ロサにはもう少し我慢してもらう必要がある。

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