T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.2 In Ideal Purpose On A Far Day Chapter 1-1-Side:源 No.2


[Side 源]


「ベーコンはカリッとね!カリッと!!ベタッとはヤダよ!!」


「うるせぇうるせぇ、ほら、よそるから皿出せ」


「ヤ!まだベタッとしてるもん!!カリッとがいい!!」


「あぁ!?これ以上焼いたら焦げるぞ、ほら皿」


「んー」


「愚図るな、フルーツサラダ減らすぞ」


 ずっと腰に抱き着いていた紫姫音が、ようやく食器棚に向かった。
 結局、試みた二度寝は上手くいかず、源は(自称)出来るユーザーらしく、我儘な亜生インターフェイスFIAIに付き合う事にした。


『久々の休日だってぇのによ……』


 恨み言の一つでも言ってやりたくなるが、起動停止の小言がようやく止んで機嫌が上向きになったばかりなので、それも憚れた。
 何より。


「もってきた!」


 屈託のない笑顔で二人分の皿を差し出す紫姫音を前にすると、ゴールデンレトリバーに「馴れ馴れしくするな!!」と怒鳴る様な、不毛な労力に感じる。
 溜息を吐いてフライ返しでベーコンをよそると、再び紫姫音が噛み付いて来た。


「それは小さいからヤダ!!そっちのがいい!!」


 よし、キレよう。そろそろキレよう。


「いい加減に」


「でもしきねはやさしいから源におおきいほうあげる」


「……分ぁったよ、お前こっちのデケェ方食え」


 この亜生インターフェイスFIAI、段々と喰えない女児になって来た気がする。
 Neuemenschheitherstellungplanというドイツ連合国の軍事実験の被験者は、その目的の性質上、家事全般を一通りこなす事が出来、古今東西様々な料理に精通している。
 故に、かなはじめ家の食卓は意外と豪華だったりするのだが、本日は家主のテンションが低いので、実にシンプルな内容となった。
 フルーツサラダにサニーサイドアップ目玉焼き、ベーコン、そしてバターロールにカボチャのポタージュ、アメリカンコーヒーとオレンジジュースだ。


「かいたいのはね」


 向かいで嬉々としてカタログを広げる紫姫音を見ながら、源は喉慣らしのコーヒーを啜る。


『技術革新って面倒臭ぇなぁ』


 物凄い勢いでカタログを繰り、次々と目的の品をピックアップしていく紫姫音を見ながら、源はボンヤリとそんな事を思った。
 紫姫音本体はヴァーチャルな存在だが、彼女が這入っている人工憑依人体バイオロイドはこれ以上ないリアルな存在だった。
 ロボットが食事をする。
 奇妙な光景に思われる方が多いと思うが、これこそまさしく技術革新の賜物だった。
 紫姫音が当たり前の様に食すベーコンも、パンも、オレンジジュースも、全て人工憑依人体バイオロイド内で分解、吸収され、消化経路の一つである電子伝達系でもってしっかりと充電を果たす。
 勿論、紫姫音の本体たるWITを充電器にセットする事でも充足は出来るのだが、彼女が源と食卓を囲む事を望むので、二人はこうした形式を取っているのだ。


「ねえねえ、これとこれ、どっちがしきねににあう?」


 サニーサイドアップ目玉焼きに噛み付こうとした源の前に、紫姫音が二つのサンプルを送って来る。
 ムシャムシャと咀嚼していた源は何気なく目を走らせて、思わず噎せた。


「おま、これ……」


 表示されていたのは、スケスケレースのパンツやショール、ベビードールの数々。統一感と言えばカラーリング位。その名も、ルージュ&ノアールと来たもんだ。恐れ入る。
 が、どう考えたってローティーンの少女が着ける物ではない。


「……んでこんなもん欲しんだお前?」


 一応念の為、万が一を考えて、源は確認する。
 亜生インターフェイスFIAIは人間同様、好奇心を持って思考する。
 基本的には主の趣味趣向に沿ったものに意識が向く様になっている……筈なのだが。


『冗談じゃねぇ、ガキに興味ねぇぞ俺ぁ』


 しかもどちらも結構なお値段で、極めつけはおススメの機種欄だった。


『………全部性愛玩用人工人体セクサロイドじゃねぇか』


 自然と、ある人物が頭に浮かんだ。


「源、オンツーだよ。紗琥耶から」


「だろぉな」


「え?」


「ぃや、何でもねぇ」


「じゃあカイツーするよ」


 フォークを置いた源の前に、ヘッドホンのARが現れた。
 それを装着して、catchを告げる。


「モーニン」


っきしてる?》


 源は紫姫音に向けて親指を立て、真下に下ろした。


通話終了。


 朝は清々しくあるべきだ。


「またきた……」


 さようなら、清々しい朝。


「……繋げろ」


 心底不快な顔で、源は再びヘッドホンを着けた。


「……モーニン」


 二度目の挨拶は、全力で不快さを表した積りだった。
 だが、その意志はどうにも伝わっていない様だ。


《何で切んのよ?忍耐早漏過ぎ》


「うるせぇド変態、お前紫姫音に何勧めやがった」


《あら、お気に召さなかった?あれ股下にスリット入ってるから下着のまま挿れられんのよ?》


「知るかボケ!あんなもんガキに勧めんじゃねぇよ!」


《つまんない事言わないでよ。プエルトリコ系の血入ってんならセックスに寛容でしょ?》


「紫姫音を巻き込むな!あと血とか関係ねぇよ、全プエルトリコ系人類に謝罪しろ!」


《分かった謝罪する。賠償は身体で払う》


「それじゃ賠償じゃねぇ損害だ」


《贅沢ね、じゃあ一生下のお世話したげるけど、どう?》


「求めてねぇ!いぃ加減話題をベッドから出せっつってんだよ!この万年発情女」


《青姦がいいって事?》


「…………オーケー、女に必要なのは場所じゃなくて理由だって事を忘れてたのは認める。オーダーはハメるハメないの話から離れろ、だ」


《手と口がお好みって事か。意外と脇とかイイと思う》


 けど、と続く前に、源はARのヘッドホンを外した。


『相っ変わらず会話が成立しねぇ』


 通話相手は“る気とる気はT.T.S.で一番”のジョーン・紗琥耶・アーク。
 本人に言わせれば“セックスのない世界こそ地獄”なのだそうだが、知った事ではない。
 だが、続けて放たれた紗琥耶の言葉に、源はハッとした。


《アンタのパートナーとか今火照ってるから腋がイイ感じだと思うわよー》


「………どぉいう意味だ?」


《あらぁん?気になって勃っちゃったの?》


「絵美に何かあったんだな?さっさと言え」


《何でアンタに命令されなきゃなんねんだよ、どうせ暇してんだろ?自分で確かめろ》


 言うが早く、通話は一方的に切られた。
 再び雨音の支配下に置かれた室内に、柴姫音の食事音だけが響き渡る。
 源は凍り付いた様に動かずに一点を見詰めていた。


『どこの連中だ?まさかBNDの連中か?』


 BNDとは、ドイツの諜報機関Bundesnachrichtendienstの略。


「紫姫音」


「ん?」


 口の周りをケチャップでベトベトにした少女は即座に顔を上げる。


「シークレット、Prostitute Spiderに繋げ」


「ちょっとまってね」


 グシャグシャとナプキンで口を拭った紫姫音は、先程とは違う黒いヘッドホンとウィンドウのARを源に寄越した。


「たぶん、これでつうじてるとおもう」


 サンキュとウインクして、源は口を開く。


「朝早くから悪ぃな女郎・・


 すぐさま、モニタ上にキャピキャピのフォントが踊った。


《まったくなのだぞ☆朝七時過ぎなんてド深夜に一体何の用なのだぞ☆》


「すまねぇな。ここ二ヶ月でペルソナ・ノン・グラータを喰らった人間が入国してもぐりこんでねぇか調べてくれ、出来るだけ早く」


《いいケド、お目当てはどんなヤツなのだぞ????》


「クルト・ヴァントハイムみてぇなヤツだよ」


《って言うと、BND絡みなのだぞ????》


「あぁ、嫌な思い出でもあったか?」


《嫌と言うか、面倒臭いのだぞ☆ヤツ等に関わる以上はハブの二・三は捨てる覚悟がなきゃ駄目なのだぞ☆》


「……そいつぁお気の毒だ」


『まぁ国外任務に就く連中が正面切って入国する訳ねぇし……一応なんだが』


 そう、これは念の為だ。
 念の為、なのだが、その割には。


『今月も火の車か……』


 そう、それにしては、値が弾みそうな展開になってしまった。
 これまでも、源は立場上・・・、或るいは個人的事情・・・・・でもって何度か不明勢力アンノウンの襲撃を受けて来た。
 そしてその度に、住処を追われ、戦闘被害の弁償費用を抱える事となって来た。
 襲撃は、大抵が傭兵団や諸外国の特殊工作部隊によって行われた。
 しかしながら、その陰には、いつだって先行して入国した者がいた。
 コンダクターたる彼等の水面下での動きを掴む事は、生死を分ける。
 だから多少の出費は致し方ない……のだが。


『それにしても痛ぇ値になりそぉだ……』


 情報屋の女郎の名は、その筋では有名だ。
 確度と網の広さ、情報操作の剛腕っぷりに高額な報酬ギャラの請求等、枚挙に暇がない。
 だが、だからこそ聞かされた言葉は確かなもの、なのだが。


《ん????一人もいないのだぞ????》


「……は?」


《いやね、BNDは愚か、どこからもヒューミント、シギント的アプローチを君にしていないのだぞ☆》


「な……え?」


《どこから仕入れたのか知らないけど、とんだブラフだったみたいだぞ☆》


「あ……そぉ……」


 告げられたのは、残念極まりない結果だった。
 何はともあれ、襲撃の有無に関しては一安心だ。
 気掛かりなのは、調査費だ。
 どこぞの発情女の所為でとんだムダ金である。


《今回は特別にロハでもいいのだぞ☆》


「マジで!?」


 思わぬ朗報に源の声は弾む。


《貴方にはこの間のエメリン・サリーヴァの件で貸しがあるからねん☆それに免じて今回の失態は特別にチャラ、どうかなん????この提案は》


「いぃ!!!!最っ高にCoolな提案だそいつぁ!!!!ありがとな女郎!!!!!!マジでありがとぉ!!!!!!」


《まああたしに貸しのある人間なんて貴方ともう一人位だからね☆特別なのだぞ☆》


「ありがてぇ!温情感謝だ!」


《うんうん☆幾らでも感謝して良いのだぞ☆またお願い聞いてね☆》


「おぅ!」


《んじゃ☆毎度どうも~☆》


「ありがとな!ド深夜にごめんよ!」


 音声とドット表示という奇妙な通信を終え、無料優待に上機嫌の主を見詰めて、電子少女は首を捻る。


「ねえねえ源」


「あ?」


「女郎からまたおねがいごとされちゃうけどいいの?」


「……あ」


 我が主ながら、どうしてここまで迂闊なのか、と柴姫音は心中頭を抱えた。

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