T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 4-2




「……へ?」


 背後から聞こえる間の抜けた源の声を無視し、絵美は玄山を直視する。


「いるでしょう?貴方の中に、意味、手続き、エピソードの全ての玄山朝眉の記憶が」


 視線の先の玄山は、瞠目し、絶句している。


「妙だと思ったのよ」


 絵美は円を描く様に遠巻きに歩き出した。
 玄山が、彼の中の彼女が、どう動くのかが予想出来ないからだ。


「仮にも国際機関である私達が、方々手を尽くして必死に掻き集めた情報ですら風化していた。そりゃそうよね、もう100年近く前の極東のローカルニュースなのだから……にもかかわらず」


 ピッと白魚の様な指を玄山に突き付ける。


「貴方はあの雑然とした道を迷わず進み、クリスマス景気に沸く雑踏の中ターゲットを見付け、手に掛けて見せた」


 こっそりと、柴姫音に指示を出した。
 同時に、玄山の死角になる様に救済の溜息サァイ・ウィズ・レリーフを展開、万が一に備える。


「どうやって?って考えた時、答えが出たの」


《絵美、じゅんびおーけーだよ!》


 電子少女の声が聴覚神経に直で響き、絵美は意を決して敵に対峙する。


「簡単な話よね。貴方がその記憶を持っていればいい」


 私は全て見透かしている。
 そんな主張を眼差しに込め、見張る瞳のど真ん中に突き刺す。


「ご両親の一件の様に朝眉さんと自分の脳を繋いで、記憶を丸々インストールした……でしょう?」


 自身の頭をコツコツと叩き、首を傾げて見せる。
 玄山の中にいる彼女に、凌駕しているのだ、と主張する。
 警戒を向ける先の様子は、明らかに変わっていた。
 ここまであらゆる事態を柳に風と受け流していた玄山の姿は、もうない。
 自らの肩を抱き、俯くその姿は、一回り小さくなった様にすら見えた。


「そう……鋭いのね、貴女」


 地底湖の水面を震わせる様に、先程までとは明らかに違う、玄山英嗣の高音域が、絵美の耳朶を打つ。


『出たわね』


 まともな人間が生きていられる年齢ではない。
 常識的に考えて、1000年近い時間を、人間の肉体が耐え切れる訳がない。
 だが、肉体と言う檻を捨て、記憶と人格だけになれたのならば、話は変わる。
 記憶装置が作動している限り、残り続ける。
 その証左が、目の前の存在に他ならない。


「で?貴女は私をどうしたいの?」


 薄い笑いを浮かべていた男の顔は今、妖しげな女の笑いを形作っていた。
 その胡乱な眼差しに、絵美は正中を捕えられた感覚を覚えた。


「どうしたいって……何がよ?」


「今の私はサンタクロースと同じよ、実態も所在もIDもない。……いないのよ?英嗣の記憶野との共有も長いから境界も曖昧。最早私を私たらしめているのは、こうして名指しで呼ばれて反応出来るだけの意志と記憶の絞り粕である私だけ……そんな私を、貴女はどうしたいの?と訊いているの。自己承認欲求でも満たしたかった?それとも、天網恢恢疎にして漏らさずって喝破の叫びでも上げる?まさかとは思うけど、逮捕して裁きに掛ける、何て言わないでしょうね?」


 せせら笑う声は、止まる事を知らず。


「やりたい事は全部やった。そしてこれからも、私は私のやりたい様にやらせて貰うわ。もう私を縛りつけるものなんて何もないのだから」


 悦入った朝眉は、最早絵美を眼中にすら入れない。
 空を見上げて聖夜の空気を楽しむ朝眉を、それでも絵美は視界の中心に据える。


「一つ、訊いてもいい?」


 裏を掻かれっ放しというのも癪だ。
 故に、次の質問は、相手が零したボロを、わざわざ暈した答えを、問う。


「何故過去の自分を孫に刺させたの?貴女は結局、何がしたかったの?」


 それは、きっと誰かに訊いて欲しかった質問だったのかもしれない。
 或いは、本件に於ける彼女の目的は、これを告げる事だったのかもしれない。
 妖しげな笑みは何処へやら、朝眉は高らかに勝鬨を上げる様に嗤った。


「何ででしょうね?……もう半分も分からない……これが英嗣の望みなのか、私の望みだったのか、それさえ…………でもね」


 突然、ゴウゴウと音を鳴らして、突風が吹き付けた。
 風上に立つ朝眉は、クツクツと腹の底から湧き上がる嗤いを咬み止める事もせずに、天に祈る様に両手を翳す。


「ご覧なさい!この時代、この場所にいた私には到底出来なかった事を、こんなにも容易く出来る!しかも誰も私を裁けない!これこそ究極の自由よ!この時代に生きた私が最も欲しかったものが!今の私にはあるの!」


 自らの出生の秘密が障害として立ちはだかった過去。
 究極の自由を手に入れた今。
 彼女はきっと、誇りたかったのだ。


 誰でもない、城野夕貴自分自身に。


 どうする事も出来なかった呪いを、克服したのだ、と。
 究極の自由を手に入れたのだ、と。
 意識が溶解し、剥き出しになった彼女の承認欲は、その数奇な運命が産み落とした玄山英嗣と言う化物サイコパスに這入り込み、なおもカルマの輪廻を回そうとした。


螺旋の滑り台ヘルタースケルター……まさしくね』


 風避けに翳した手越しに絵美が思い浮かべたのは、騙し絵に描かれた無限に続く螺旋の滑り台。
 転がり出した石は止まらず、その身が擦り切れるまでどこまでだって輪を描く。


『頭が可笑しいとしか思えない……ここまでまともじゃないのが相手って……まあ同僚達を考えると、私も人の事を言えないけど……』


 だが、経緯はどうあれ、彼女は罪を犯した。
 償いは、して貰う。
 まともな相手でないのであれば、こちらもまともな対応では済まさなければいいだけの事だ。


「そう……やっと自由になれたのね、おめでとう」


 言いながら、源から借りたソレをコンコンと突き、柴姫音に合図を送る。


「ところで、貴女ってどこまで軽量化したの?玄山本人への負担を考えると、相当記憶を削ったようじゃない?」


 自信の表れか、朝眉は全く気取らない。


「さあ?詳しい数値は英嗣に聞かなくちゃ分からないけど、Tテラは下回っているわよ。英嗣の活性脳内の隙間を縫って存在している身ですからね、贅沢は出来ないのよ」


「そう」


 ならば、こいつで十分だ。


「柴姫音ちゃん!始めて!」


 瞬間、目に見えない戦闘が始まった。

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