T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 3-5




 本来、降って来そうな位満ち満ちている筈の星々を、人工の光が塗り潰していた。
 それは、暗闇に怯えた人類の長い長い抵抗の日々が報われ、天然の照明を押し退けて遂に恐怖を克服した証左に他ならない。


 しかし、皮肉な事に、それは墨壺を覗き込んだ様な帳を人々の頭上に降ろした。
 まるで、闇に恐怖した事実を永遠に突き付ける様に。


 そんな希望を打ち消した帳の裏で、原始的な照明が瞬いた。
 ボンヤリとした煙草の蛍火に照らされたのは、舞台の主役たる玄山英嗣だった。
 疲労を感じさせない晴れ晴れとした表情は、まさに千秋楽を終えた舞台役者の様な達成感と満足感に満ち満ちている。


 続いて、先程よりも強い光源がもう一つ。
 炎の揺らめきに浮かび上がったのは、観客と云う舞台装置に甘んじたT.T.S.が一人、かなはじめ源だった。
 ここまでの足労を思わせるうんざりした表情は、主役とは対照的な疲労感と倦怠感に彩られている。


 二人の男は、対峙する様に向かい合う。
 立ち昇る紫煙スモークを攫う空っ風は、更に三人の人物を洗い出した。
 その内の一人、玄山の傍らにいた正岡絵美が口を開く。


「お祖母さん……玄山夕貴子さんから聞いたのが、全ての始まりなのね?」


 発されたのは、この舞台には登場していない者の名前だった。
 しかしながら、その名を無関係と切り捨てるのは早計と言える。
 何故なら、この場にはもう一人、本来ならば無関係の者が紛れ込んでいるのだから。


「そろそろ教えてくれないか?君達は一体何者だ?それに……」


 源の傍らに佇んでいたダウンコートを着た男が、玄山を指し、話に割り込んだ。
 視線だけを上げた玄山が、紫煙の向こうに見返すその男の顔。
 玄山本人にそっくり、否、玄山本人そのもの・・・・・・・・の顔が、そこにあった。
 違うのは、表情の一点のみだ。


「お前は誰だ?何で俺がもう一人いる・・・・・・・・んだ?」


 男の怪訝な顔からは、困惑と混乱に辟易としているのがありありと分かった。


 対する玄山は、肩を竦めて苦笑を源に向ける。


 当然の疑問であり自然な反応に違いない男の言葉は、しかし今、場を白けさせる結果しか生まなかった。


「ちょっ……お前面倒臭ぇから一旦黙って」


「ああ、いいよ片手間ワンサイドゲーマーさん。俺が突き付ける」


 言動一致甚だしい表情の源を制して、玄山が男に近付き、右手を差し出した。
 自分と同じ顔の人間が友好的に接して来る事に動揺した男は、玄山に釣られるままに右手を差し出す。
 寸分違わぬ大きさの手が重なり、同量の握力が結ばれる。
 自身の物とも相手の物とも見える二つの手をマジマジと見下ろし、玄山は思わず苦笑して顔を上げた。


「はじめまして、大隈秀介さん。何の因果か、貴方と全く同じ遺伝子を持つ、貴方の二代後の子孫、玄山英嗣と申します。お互い不幸な身の上ですが、まあ暴れ回った方でしょう」


「何を、言っているんだ……君は」


 大隈と呼ばれた男は、正に信じられないといった面持ちで玄山を見詰め、それから視線を源へと転じた。


 理解出来ない、と言うより、理解したくないのだろう。
 普通に考えれば、こんなのは質の悪い冗談。
 だが、目の前の玄山が、質感を持ったその手が、大隈に現実を突きつけるのだ。
 見ているものが、触れているものが、信じられないと言う状況。
 そんな、仮想でなければ滅多に経験出来ない事態に、大隈は戸惑っている。
 だから、源は手っ取り早い判断材料を呼び寄せる。


「絵美、柴姫音をこっちに連れて来てくれ」


 それは、最後まで動かなかった人影。
 いや、正確には、動けなかった・・・・・・物。
 総重量5gの体は、その重量の割には遮蔽物もない屋上ではあっと言う間に攫われてしまう程表面積がデカい。
 故に、柴姫音は絵美にしがみ付き、絵美の方でも柴姫音をがっしり掴んで何とか飛ばされない様にしている訳だ。


 源の意図を酌んだ絵美が柴姫音と呼吸を合わせ、二人三脚の要領でえっちらおっちら遣って来る。
 そうして手の届く距離まで近付くと、源は柴姫音の頭に手を置いて風で飛ばない様に彼女を抑え付けた。
 嬉しそうに主を見上げ、軽くアイコンタクトを交わすと、少女はおもむろにその円らな瞳を閉ざす。
 誇らしげな表情からは、彼女が如何に源を信頼し、使役される事に満足しているかが伺われた。


元に戻れミミクリィ


 その一言が呪文となり、瞬く間に魔法が始まった。
 少女の全身が淡く青い光を発し始め、やがてその輪郭を包み溶かして青い炎の様に揺らめきながら源の手首に這い上がる。


 やがて環状を成した仄かな青が消えた時、源の手首にはラバーリストバンドの様な物が巻き付いていた。


 これこそが、WITの正体。
 自立思考型AIに与えられた仮初の受肉体その物に他ならない。


「どぉだ?信じる気んなったか?」


 誇るでもなく驕るでもなく、それでも決定的なまでの未来の技術を見せ付けて、源はただ紫煙を吐き出す。


 大隈は呆然と立ち尽くすばかりだった。

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