T.T.S.
FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 3-4
4
絵美に許可を得て裏返った紫姫音が先導する中、一行はカラオケ店の入ったビルの非常階段から屋上に向けてアプローチしていた。
隊列は、魁を紫姫音が、次いで絵美、玄山と続いて、ダッフルコートの男を担いだ源が殿を務めると言う構成だ。
ビルの壁面にとって付けた様な階段は、不安になる程薄く傷んだ金属で出来ており、サイレンの鳴り響く街の慌ただしさと時折吹き荒ぶ空っ風に容赦なく曝されている。
カンカンと軽い足音を響かせて行進する一行を見守りながら、源は煙草に火を点けた。
火災報知を含めた警備システムは、全て紫姫音が掌握している。
100年近く未来の技術を前に、この時代の一民間警備会社のセキュリティデータ等、紙切れに等しかった。
「こんにちわ♪さよならさんかく♪またきてしかく♪しかくはとーふ♪とーふはしろい♪しろいはうさぎ♪」
両足跳びしたり後ろ歩きになったりと、思い通りに動ける世界に、紫姫音の機嫌は最高潮の様だ。
気分が良い時に決まって歌う謎の歌を、意気揚々と歌い上げている。
思わず、絵美からも苦言が漏れた。
「紫姫音ちゃん。お願いだから落ち着いて、跳ねないでしっかり前見て歩いて」
『ドラムメジャーでも気取ってんじゃねぇのかねぇ』
ボイスエレメントでも吐きそうな機械童女の挙動に、源の前を行く玄山が笑った。
「随分とご機嫌みたいだね、あの子は」
その一人ごちた様な言い回しを聞き流していたのだが、振り返られた事で自身に訊いたものだと分かる。
ガン無視しても良かったのだが、先程の接触から玄山が放つ雰囲気を察し、出来るだけ素気なく主流煙と共に吐き出した。
「……知るか」
肩を竦めて前に向き直った玄山の後頭部を見詰め、源は思う。
『やっぱその積もりみてぇだなぁ』
言動から見え隠れする、玄山の心情を芯まで染めるものを、源は嗅ぎ付けていた。
それは辞世を本懐とし、生存への欲求を手放した者だけが発する、沈黙の破壊欲求。
壊す対象は、紛れもない自分自身だ。
分け隔てなく内に向いた刃は決してその身を破る事なく、静かに、しかし確実に個体の内側を破壊して行く。
生来、多細胞生物には自死のプロセスが存在する。
強いストレスやショックに耐え切れず、回避方法として発生段階以来のアポトーシスを起こす不思議な機能だ。
それがどういった感覚の中で行われるのかは本人のみぞ知る所だが、その姿は第三者が見守るには余りにも痛々しく、強い刺激となる。
だから、早々に源は視線を逸らした。
彼自身、生にそこまで執着している訳ではないが、社会性生物の共鳴が生む自死に共感するという自然災害に巻き込まれる積もりはない。
『まぁ何処でどぉ死のぉが自由だがな』
副流煙で霞む景色に目を転じた時、源の肩に担いだダッフルコートが呻きを上げた。
「おっと……絵美」
振り返った美人に、源は肩に担いだものを指示する。
「起きたっぽいぞコレ」
同時に、肩の上で叫び声を上げて男が暴れ出した。
天地逆転した光景に驚いたのだろう。
慌てて抑え付けようとして、源はトーキックを二発レバーに頂戴する。
「ちょっ!……ってぇなおぃ!暴れんな!」
堪らず、肩の荷を下ろした。
腰を抜かし、階段の途中にへたり込んだ男は、怯えた目を源に向けている。
「源、私達は先に言ってるから、後から彼を連れて来て。必ずよ」
北風に負けない様に、誰よりも声を張って早く静寂を埋めた絵美と、一瞬だけ源は見詰め合う。
そして、視線をすぐ前にいる玄山の背中に移し、ただ、頷いた。
「えっと……紫姫音は……」
「先行ってろ、すぐ追い付く」
「でも……」
「紫姫音ちゃん。大丈夫だから、一緒に行こう?」
諫める様な絵美の言葉に、紫姫音は俯きがちに頷く。
その口元から絞り出された声は、しかし北風に攫われて誰の耳にも届かなかった。
カンカンと遠ざかる足音を目で追う様にして、ダッフルコートの男が口を開いた。
「ここは何処だ?お前達は、誰なんだ?」
生唾を飲んだ男に対し、源はただ、上方を指示して歩き出す。
「話聞ぃてなかったんかよ。いぃから上行くぞ。ここまで巻き込まれたんだ、テメェももぉ当事者だろ」
困惑と苦悩に満ちた表情をした男は、だが静かに頷いて、立ち上がろうと手摺りに手を伸ばす。
それを、源の手が受け止めた。
「……ありがとう」
「いぃからとっとと立て。只でさえ狭ぇ階段が完全に塞がってんだよ」
ピンと指で弾いた吸殻は、亜光速の摩擦熱に焼かれて流星の様に消えていった。
絵美に許可を得て裏返った紫姫音が先導する中、一行はカラオケ店の入ったビルの非常階段から屋上に向けてアプローチしていた。
隊列は、魁を紫姫音が、次いで絵美、玄山と続いて、ダッフルコートの男を担いだ源が殿を務めると言う構成だ。
ビルの壁面にとって付けた様な階段は、不安になる程薄く傷んだ金属で出来ており、サイレンの鳴り響く街の慌ただしさと時折吹き荒ぶ空っ風に容赦なく曝されている。
カンカンと軽い足音を響かせて行進する一行を見守りながら、源は煙草に火を点けた。
火災報知を含めた警備システムは、全て紫姫音が掌握している。
100年近く未来の技術を前に、この時代の一民間警備会社のセキュリティデータ等、紙切れに等しかった。
「こんにちわ♪さよならさんかく♪またきてしかく♪しかくはとーふ♪とーふはしろい♪しろいはうさぎ♪」
両足跳びしたり後ろ歩きになったりと、思い通りに動ける世界に、紫姫音の機嫌は最高潮の様だ。
気分が良い時に決まって歌う謎の歌を、意気揚々と歌い上げている。
思わず、絵美からも苦言が漏れた。
「紫姫音ちゃん。お願いだから落ち着いて、跳ねないでしっかり前見て歩いて」
『ドラムメジャーでも気取ってんじゃねぇのかねぇ』
ボイスエレメントでも吐きそうな機械童女の挙動に、源の前を行く玄山が笑った。
「随分とご機嫌みたいだね、あの子は」
その一人ごちた様な言い回しを聞き流していたのだが、振り返られた事で自身に訊いたものだと分かる。
ガン無視しても良かったのだが、先程の接触から玄山が放つ雰囲気を察し、出来るだけ素気なく主流煙と共に吐き出した。
「……知るか」
肩を竦めて前に向き直った玄山の後頭部を見詰め、源は思う。
『やっぱその積もりみてぇだなぁ』
言動から見え隠れする、玄山の心情を芯まで染めるものを、源は嗅ぎ付けていた。
それは辞世を本懐とし、生存への欲求を手放した者だけが発する、沈黙の破壊欲求。
壊す対象は、紛れもない自分自身だ。
分け隔てなく内に向いた刃は決してその身を破る事なく、静かに、しかし確実に個体の内側を破壊して行く。
生来、多細胞生物には自死のプロセスが存在する。
強いストレスやショックに耐え切れず、回避方法として発生段階以来のアポトーシスを起こす不思議な機能だ。
それがどういった感覚の中で行われるのかは本人のみぞ知る所だが、その姿は第三者が見守るには余りにも痛々しく、強い刺激となる。
だから、早々に源は視線を逸らした。
彼自身、生にそこまで執着している訳ではないが、社会性生物の共鳴が生む自死に共感するという自然災害に巻き込まれる積もりはない。
『まぁ何処でどぉ死のぉが自由だがな』
副流煙で霞む景色に目を転じた時、源の肩に担いだダッフルコートが呻きを上げた。
「おっと……絵美」
振り返った美人に、源は肩に担いだものを指示する。
「起きたっぽいぞコレ」
同時に、肩の上で叫び声を上げて男が暴れ出した。
天地逆転した光景に驚いたのだろう。
慌てて抑え付けようとして、源はトーキックを二発レバーに頂戴する。
「ちょっ!……ってぇなおぃ!暴れんな!」
堪らず、肩の荷を下ろした。
腰を抜かし、階段の途中にへたり込んだ男は、怯えた目を源に向けている。
「源、私達は先に言ってるから、後から彼を連れて来て。必ずよ」
北風に負けない様に、誰よりも声を張って早く静寂を埋めた絵美と、一瞬だけ源は見詰め合う。
そして、視線をすぐ前にいる玄山の背中に移し、ただ、頷いた。
「えっと……紫姫音は……」
「先行ってろ、すぐ追い付く」
「でも……」
「紫姫音ちゃん。大丈夫だから、一緒に行こう?」
諫める様な絵美の言葉に、紫姫音は俯きがちに頷く。
その口元から絞り出された声は、しかし北風に攫われて誰の耳にも届かなかった。
カンカンと遠ざかる足音を目で追う様にして、ダッフルコートの男が口を開いた。
「ここは何処だ?お前達は、誰なんだ?」
生唾を飲んだ男に対し、源はただ、上方を指示して歩き出す。
「話聞ぃてなかったんかよ。いぃから上行くぞ。ここまで巻き込まれたんだ、テメェももぉ当事者だろ」
困惑と苦悩に満ちた表情をした男は、だが静かに頷いて、立ち上がろうと手摺りに手を伸ばす。
それを、源の手が受け止めた。
「……ありがとう」
「いぃからとっとと立て。只でさえ狭ぇ階段が完全に塞がってんだよ」
ピンと指で弾いた吸殻は、亜光速の摩擦熱に焼かれて流星の様に消えていった。
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