T.T.S.
FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 3-3
3
「ざんねんですが、NITは紫姫音さんにせんきょされてしまいました」
左右に連なる部屋から、安っぽい電子音が漏れ出し、幾重もの層を成している。
どこか遠くに感じる層の中に、数多の笑顔の気配があった。
少女の声が聞こえて来たのは、カラオケ店の三階に着いた瞬間だった。
確認してみると、確かに、先程まで維持していた時間跳躍電波圏が失われている。
視線が不自然に泳ぐ為、解除していたARを再起動させると、薄暗い間接照明でチープな高級感を粉飾する廊下の一角から、一人の少女が歩いて来た。
嫌でも目に留まる紫色の髪を頭の横から生やした実体のない彼女は、ほんの数メートル先で立ち止まると、こちらを見上げる。
気味が悪い位整った顔から真っ直ぐに向けられる碧色の瞳が、ニコニコと強気に煌いていた。
「……T.T.S.かい?」
「うん、そーだよ」
案の定、奴等だ。
その声は、実にあっけらかんと、清々しく言い切った。
穢れなく、屈託なく、真っ直ぐに伝えられたその言葉に、少し胸がスッとする。
そうして、唐突に理解する。
『ああ、そうか、俺はもう終えたんだ』
生まれて初めて、時を跳んだ。
生まれて初めて、人を刺した。
生まれて初めて、肉親と会った。
その為に、今日までの日々があった。
満足だ。
もうこれ以上、思い残す事もない。
背負って来たあれやこれが、雪崩の様に一気に肩から落ちて行く。
だからだろう。
「動くんじゃねぇぞ」
恐らく、天から降って民衆の耳目を引いたあの男であろう背中からの声にも。
「玄山英嗣。時間跳躍と傷害の罪で貴方を確保するわ」
少女を挟んだ奥の非常階段から現れた、あの綺麗な顔をした女の登場にも。
驚きや焦りは感じなかった。
「早いな、流石だ」
両掌を返し、両脇を離して抵抗の意志のなさを示す。
だが、対する女はそんな事は百も承知の様だった。
美しい顔は悲壮に歪み、消沈した肩は力なく下がっている。
その態度が表す、ある事実。
実際、告げた罪状の中に含まれていたある単語を元に、賞賛を送っておく。
「もうそこまで着き止めたのか、優秀だな」
「それはどうも」
卑屈にすら見える笑顔を浮かべながら、女は体を半身に開いた。
「幾つか確認したい事があるの……場所を変えましょう。これ以上この時代の人達に迷惑は掛けられない」
別れ話の導入の様な辛気臭い言い回しに、背後の男が反応する。
「おぃ……さっさと帰ろぉぜ」
「いいでしょ、ちょっとの時間よ。それに、そっちの彼の処遇もどうにかしなきゃでしょ?」
横目でチラリと顧みると、長身痩躯の褐色肌の男と、そいつが抱える黒いダウンコートの人型が見えた。
『そっちの彼、か』
思いの外、あっさりとした邂逅だった。
その存在を知った時に懐いた、不気味で喜ばしい不思議な感覚も、今はない。
だからだろう、相手にすれば大変奇妙に思えるだろう落ち着きで、言っていた。
「すまない、少しだけ付き合ってくれないかい?それ程時間は取らせない積もりだ」
長身痩躯の褐色肌の男は、暫し苦虫を噛み潰した様な表情で呆然とこちらを見詰めた後、不肖不肖の態で応じた。
「分ぁったよ……ったく、ちったぁ悪びれろってんだ」
こうも包み隠さず態度で示されると、思わず苦笑が漏れた。
そうして、いざ移動しようとして気付いたのは、その場で笑っていたのが自分だけだという事だった。
「ざんねんですが、NITは紫姫音さんにせんきょされてしまいました」
左右に連なる部屋から、安っぽい電子音が漏れ出し、幾重もの層を成している。
どこか遠くに感じる層の中に、数多の笑顔の気配があった。
少女の声が聞こえて来たのは、カラオケ店の三階に着いた瞬間だった。
確認してみると、確かに、先程まで維持していた時間跳躍電波圏が失われている。
視線が不自然に泳ぐ為、解除していたARを再起動させると、薄暗い間接照明でチープな高級感を粉飾する廊下の一角から、一人の少女が歩いて来た。
嫌でも目に留まる紫色の髪を頭の横から生やした実体のない彼女は、ほんの数メートル先で立ち止まると、こちらを見上げる。
気味が悪い位整った顔から真っ直ぐに向けられる碧色の瞳が、ニコニコと強気に煌いていた。
「……T.T.S.かい?」
「うん、そーだよ」
案の定、奴等だ。
その声は、実にあっけらかんと、清々しく言い切った。
穢れなく、屈託なく、真っ直ぐに伝えられたその言葉に、少し胸がスッとする。
そうして、唐突に理解する。
『ああ、そうか、俺はもう終えたんだ』
生まれて初めて、時を跳んだ。
生まれて初めて、人を刺した。
生まれて初めて、肉親と会った。
その為に、今日までの日々があった。
満足だ。
もうこれ以上、思い残す事もない。
背負って来たあれやこれが、雪崩の様に一気に肩から落ちて行く。
だからだろう。
「動くんじゃねぇぞ」
恐らく、天から降って民衆の耳目を引いたあの男であろう背中からの声にも。
「玄山英嗣。時間跳躍と傷害の罪で貴方を確保するわ」
少女を挟んだ奥の非常階段から現れた、あの綺麗な顔をした女の登場にも。
驚きや焦りは感じなかった。
「早いな、流石だ」
両掌を返し、両脇を離して抵抗の意志のなさを示す。
だが、対する女はそんな事は百も承知の様だった。
美しい顔は悲壮に歪み、消沈した肩は力なく下がっている。
その態度が表す、ある事実。
実際、告げた罪状の中に含まれていたある単語を元に、賞賛を送っておく。
「もうそこまで着き止めたのか、優秀だな」
「それはどうも」
卑屈にすら見える笑顔を浮かべながら、女は体を半身に開いた。
「幾つか確認したい事があるの……場所を変えましょう。これ以上この時代の人達に迷惑は掛けられない」
別れ話の導入の様な辛気臭い言い回しに、背後の男が反応する。
「おぃ……さっさと帰ろぉぜ」
「いいでしょ、ちょっとの時間よ。それに、そっちの彼の処遇もどうにかしなきゃでしょ?」
横目でチラリと顧みると、長身痩躯の褐色肌の男と、そいつが抱える黒いダウンコートの人型が見えた。
『そっちの彼、か』
思いの外、あっさりとした邂逅だった。
その存在を知った時に懐いた、不気味で喜ばしい不思議な感覚も、今はない。
だからだろう、相手にすれば大変奇妙に思えるだろう落ち着きで、言っていた。
「すまない、少しだけ付き合ってくれないかい?それ程時間は取らせない積もりだ」
長身痩躯の褐色肌の男は、暫し苦虫を噛み潰した様な表情で呆然とこちらを見詰めた後、不肖不肖の態で応じた。
「分ぁったよ……ったく、ちったぁ悪びれろってんだ」
こうも包み隠さず態度で示されると、思わず苦笑が漏れた。
そうして、いざ移動しようとして気付いたのは、その場で笑っていたのが自分だけだという事だった。
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