T.T.S.
FileNo.0 The Christmas Miraculous offstage Chapter 1-2
2
JR渋谷駅のハチ公像前と言えば、世界に名立たる人口密集地帯に他ならない。
それは、この時代に生きる日本人には常識であり、疑問を差し挟む余地もないだろう。
ただ、それは当時の人々にとっての“常識”であって、決して遠い未来の“常識”ではない。
『ウンザリするわね、この人の数』
白い毛糸のセーターに、クリーム色のコートを着込み、灰色のプリーツスカートから高デニールの黒タイツをスラリと伸ばし、焦げ茶色のハイカットブーツと結ぶ。
シックで女性らしい服装に身を包んだ女は、ピンクのマフラーに溜息を吐き出す。
白く濁った吐息が、長い髪の毛先と遊んだ。
それは所在のない時代に潜り込んだ彼女自身にも似て、空っ風にもみくちゃにされて行く。
十人が十人振り返る抜群のプロポーションと、同性すらハッとさせる美貌を持つ彼女の名は、正岡絵美。
遠く2981年から遣って来た正真正銘の未来人であり、タイムマシン犯罪を取り締まるICPOお抱えの組織、T.T.S.の栄えあるNo.3だ。
この時代のこの場所に立っているのは、無論任務の為であり、対象となる違法時間跳躍者出現に向けて絶賛待機中の身である。
故に、断続的に声を掛けて来る輩を適当にあしらいつつ、絵美は潜伏扮装の小道具に耳を当てた。
「寒……そろそろ時間だけど。今どこ?」
見上げたQFRONTの1200インチモニタには、一体どういうアイドルグループなのかは知らないが、サンタ服に身を包んだ大勢の女性がチキンを食べている。
そのアイドルの誰よりもスタイルもルックスも良い絵美だが、しかし、次の瞬間にはその鋭い切れ長の目を尖らせた。
「……ちょっと、何か言いなさいよ」
相棒の返答が来ない。
舌打ちしたい気持ちをグッと堪えながら、スタンドアローンのスマホを弄る振りをしつつ、腕輪型の端末、WITにアクセスする。
視神経に直接介入して映し出されるアプリケーションで相棒の気配を辿ると、すぐに居場所はキャッチ出来た。
今正に見上げているQFRONTからだった。
モニタでは、センターを勤めているのだろうアイドルが、コケティッシュで薄っぺらな笑顔を浮かべている。別に恨みがある訳でもないが、無意識に彼女を睨んでいた。
「……こりゃ遊んでるな」
自身の相棒がどういう人間かはよく知っている。
だから、こうなる事もある程度は予想していた。
「まあ今回は人払いも糞もないし……仕方ない……訳あるか」
だが、これは仕事だ。それを疎かにする事は、彼女のポリシーに反する。
「仕方ない、尻蹴りに行くか……全力で蹴ってやる」
世話の掛かる相棒を些か暴力的に激励しようと、絵美はスクランブルに身を投じる。
そこに、やっと返信が来た。
ただし。
〈“ジカンになったらちゃんといくからまってろ”だって〉
その声は幼い少女の物だった。
「……ふーん、そう……紫姫音ちゃん、絶対そこ動くなって伝えておいてくれる?あと、貴女は基本的に裏返っちゃ駄目よ?分かった?」
一応、念の為、在らぬ誤解を読者諸賢に生まぬよう当たり憚らず言っておくと、絵美の相棒はこの声の主ではない。
では、一体少女は何者なのかと言うと。
「りょーかいしましたー」
「へ?……」
思わず、スクランブルのど真ん中で立ち止まってしまった。
QFRONTの巨大モニタで紫色のサイドテールヘアを揺らして敬礼する少女の姿があった。
高くスラリとした鼻筋に、二重瞼の大きな目がクリクリと絵美の姿を捉えている。
瞬間、自分でも血の気が引くのが分かって、慌てて絵美は叫んだ。
「な!ちょっ!駄目でしょ!勝手にモニタに出ないの!」
「?……はーい」
心底不思議そうな表情で首を傾げた少女は、それでも何とか言う事を聞いてくれ、不本意な表情でフレームアウトする。
何とか窮地を脱し、胸を撫で下ろす絵美だったが。
「何今の?」「新メンバー?」「ネットアイドル?かわいいけどガキだったな」「そうか?俺割りとイケたぞ」「きゃわたん!きゃわたん!」「ロリぺったん!」
スクランブル周辺は巨大なモニタに現れた紫髪の美少女に沸いていた。
一部犯罪臭い奴がいたが、今は目を瞑るしかない。
今し方一瞬写り込んだパッチリお目々の少女の名は、紫姫音。
未来の技術によって生まれた亜生インターフェイスと呼ばれるOSである。
普段はユーザーの延髄に埋め込まれたμ単位のチップで視覚や聴覚に直接情報を反映させてユーザーと意思疎通を図っているが、WIT本体の分子構造を組み替える“裏返し”と呼ばれる技術で仮初の肉体を現出させる事も出来る。
無論、WITは基本的にオンラインであり、時を超える際にはオン・オフをしっかり切り替えるのは当たり前なのだ。
だからこそ、絵美は前もって電子幼女に“裏返るな”と注意したのだが。
『何でスタンドアローンにすらしてないのよ、あの馬鹿は!』
ガサツで不真面目で、おまけに無遠慮かつ無配慮な気分屋の相棒が、ここまで気を回していないとは思わなかった。
お蔭で、電子幼女は未来のエンコードでもって好きな様にこの時代のセキュリティを荒らし、あらゆる情報端末を電車内で車両移動をする要領で回った様だ。
「紫姫音ちゃん……一応言っておくけども、痕跡は全部消しておきなさいよ。あと、もう勝手に侵入しちゃ駄目よ」
頼りにならない紫姫音の主に代わり、絵美はWITに向けて小声で釘を刺す。
〈わかったー〉
首筋から骨伝導で伝わる応答を一旦信じ、足を速めた。
『取り敢えずあの馬鹿とっ捕まえないと落ち着いて任務に当たれないわね』
任務が一つ増えた様で、眩暈がする。
とにかく、任務開始まで時間がない。
いよいよ本気で走り出そうかと、前傾姿勢になった。
その時。
『いた……要確認対象』
QFRONT一階に展開するTHUTAYAの前、心底つまらなそうな表情でスマートフォンを弄る一人の女性。
絵美に並ぶとも劣らない美貌とプロポーション。
否、部分的には完全勝利している彼女は、その豊かな胸に垂れるバーバリーのマフラーをたくし上げる。
城野夕貴。
2014年12月24日18:17。
星降る聖夜の中。
彼女は殺される。
JR渋谷駅のハチ公像前と言えば、世界に名立たる人口密集地帯に他ならない。
それは、この時代に生きる日本人には常識であり、疑問を差し挟む余地もないだろう。
ただ、それは当時の人々にとっての“常識”であって、決して遠い未来の“常識”ではない。
『ウンザリするわね、この人の数』
白い毛糸のセーターに、クリーム色のコートを着込み、灰色のプリーツスカートから高デニールの黒タイツをスラリと伸ばし、焦げ茶色のハイカットブーツと結ぶ。
シックで女性らしい服装に身を包んだ女は、ピンクのマフラーに溜息を吐き出す。
白く濁った吐息が、長い髪の毛先と遊んだ。
それは所在のない時代に潜り込んだ彼女自身にも似て、空っ風にもみくちゃにされて行く。
十人が十人振り返る抜群のプロポーションと、同性すらハッとさせる美貌を持つ彼女の名は、正岡絵美。
遠く2981年から遣って来た正真正銘の未来人であり、タイムマシン犯罪を取り締まるICPOお抱えの組織、T.T.S.の栄えあるNo.3だ。
この時代のこの場所に立っているのは、無論任務の為であり、対象となる違法時間跳躍者出現に向けて絶賛待機中の身である。
故に、断続的に声を掛けて来る輩を適当にあしらいつつ、絵美は潜伏扮装の小道具に耳を当てた。
「寒……そろそろ時間だけど。今どこ?」
見上げたQFRONTの1200インチモニタには、一体どういうアイドルグループなのかは知らないが、サンタ服に身を包んだ大勢の女性がチキンを食べている。
そのアイドルの誰よりもスタイルもルックスも良い絵美だが、しかし、次の瞬間にはその鋭い切れ長の目を尖らせた。
「……ちょっと、何か言いなさいよ」
相棒の返答が来ない。
舌打ちしたい気持ちをグッと堪えながら、スタンドアローンのスマホを弄る振りをしつつ、腕輪型の端末、WITにアクセスする。
視神経に直接介入して映し出されるアプリケーションで相棒の気配を辿ると、すぐに居場所はキャッチ出来た。
今正に見上げているQFRONTからだった。
モニタでは、センターを勤めているのだろうアイドルが、コケティッシュで薄っぺらな笑顔を浮かべている。別に恨みがある訳でもないが、無意識に彼女を睨んでいた。
「……こりゃ遊んでるな」
自身の相棒がどういう人間かはよく知っている。
だから、こうなる事もある程度は予想していた。
「まあ今回は人払いも糞もないし……仕方ない……訳あるか」
だが、これは仕事だ。それを疎かにする事は、彼女のポリシーに反する。
「仕方ない、尻蹴りに行くか……全力で蹴ってやる」
世話の掛かる相棒を些か暴力的に激励しようと、絵美はスクランブルに身を投じる。
そこに、やっと返信が来た。
ただし。
〈“ジカンになったらちゃんといくからまってろ”だって〉
その声は幼い少女の物だった。
「……ふーん、そう……紫姫音ちゃん、絶対そこ動くなって伝えておいてくれる?あと、貴女は基本的に裏返っちゃ駄目よ?分かった?」
一応、念の為、在らぬ誤解を読者諸賢に生まぬよう当たり憚らず言っておくと、絵美の相棒はこの声の主ではない。
では、一体少女は何者なのかと言うと。
「りょーかいしましたー」
「へ?……」
思わず、スクランブルのど真ん中で立ち止まってしまった。
QFRONTの巨大モニタで紫色のサイドテールヘアを揺らして敬礼する少女の姿があった。
高くスラリとした鼻筋に、二重瞼の大きな目がクリクリと絵美の姿を捉えている。
瞬間、自分でも血の気が引くのが分かって、慌てて絵美は叫んだ。
「な!ちょっ!駄目でしょ!勝手にモニタに出ないの!」
「?……はーい」
心底不思議そうな表情で首を傾げた少女は、それでも何とか言う事を聞いてくれ、不本意な表情でフレームアウトする。
何とか窮地を脱し、胸を撫で下ろす絵美だったが。
「何今の?」「新メンバー?」「ネットアイドル?かわいいけどガキだったな」「そうか?俺割りとイケたぞ」「きゃわたん!きゃわたん!」「ロリぺったん!」
スクランブル周辺は巨大なモニタに現れた紫髪の美少女に沸いていた。
一部犯罪臭い奴がいたが、今は目を瞑るしかない。
今し方一瞬写り込んだパッチリお目々の少女の名は、紫姫音。
未来の技術によって生まれた亜生インターフェイスと呼ばれるOSである。
普段はユーザーの延髄に埋め込まれたμ単位のチップで視覚や聴覚に直接情報を反映させてユーザーと意思疎通を図っているが、WIT本体の分子構造を組み替える“裏返し”と呼ばれる技術で仮初の肉体を現出させる事も出来る。
無論、WITは基本的にオンラインであり、時を超える際にはオン・オフをしっかり切り替えるのは当たり前なのだ。
だからこそ、絵美は前もって電子幼女に“裏返るな”と注意したのだが。
『何でスタンドアローンにすらしてないのよ、あの馬鹿は!』
ガサツで不真面目で、おまけに無遠慮かつ無配慮な気分屋の相棒が、ここまで気を回していないとは思わなかった。
お蔭で、電子幼女は未来のエンコードでもって好きな様にこの時代のセキュリティを荒らし、あらゆる情報端末を電車内で車両移動をする要領で回った様だ。
「紫姫音ちゃん……一応言っておくけども、痕跡は全部消しておきなさいよ。あと、もう勝手に侵入しちゃ駄目よ」
頼りにならない紫姫音の主に代わり、絵美はWITに向けて小声で釘を刺す。
〈わかったー〉
首筋から骨伝導で伝わる応答を一旦信じ、足を速めた。
『取り敢えずあの馬鹿とっ捕まえないと落ち着いて任務に当たれないわね』
任務が一つ増えた様で、眩暈がする。
とにかく、任務開始まで時間がない。
いよいよ本気で走り出そうかと、前傾姿勢になった。
その時。
『いた……要確認対象』
QFRONT一階に展開するTHUTAYAの前、心底つまらなそうな表情でスマートフォンを弄る一人の女性。
絵美に並ぶとも劣らない美貌とプロポーション。
否、部分的には完全勝利している彼女は、その豊かな胸に垂れるバーバリーのマフラーをたくし上げる。
城野夕貴。
2014年12月24日18:17。
星降る聖夜の中。
彼女は殺される。
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