T.T.S.
FileNo.1 Welcome to T.T.S. Chapter5-2
2
「ちょっと!どーゆー積りよ!WITなきゃ私達帰れないでしょ?」
「あら、源を誑かしていても見るものは見ていたのね」
「そんな事はどーでもいーでしょ今は!」
「どーでも良くはないわよ」
「あー言えばこー言うみたいな切り返し止めてくんない!」
自由になった両手をブンブン振り回して熱弁するマリヤを、実に適当な態度でいなしつつ、絵美は梁に腰掛けた。
WITを渡した以上、今絵美に出来る事は何もない。
だからこうして羽を伸ばしているのだが、相棒への心配が貧乏揺すりとして漏れていた。
「別に良いでしょう、会話のリズムは重要よ」
「それこそどーでもいーわよ!あんた本当に正岡絵美なの?皮被った源じゃないわよね?」
「唐突に何て事口走っているのよアンタ」
「は?……あ!いや、そんな意味で言った訳じゃ」
「何想像しているのよ下品ね」
「うるさいわね!あんたが言ー出したんでしょーが!」
今にも噛み付かんばかりの剣幕で怒鳴り散らすマリヤを余所に、絵美は天を仰ぐ。
「いつの時代も空は高いものね」
「ちょっと、聞―てるの?」
「聞いているでしょ、文句も言わずに」
二人を取り囲む様に、虫が鳴いている。
朽ちた家屋に差し込む月光だけを光源に聴いていると、場違いにもそこはかとなく幽玄とした心持ちになって来る。
足元こそ落ち着かないものの、そこ以外は実に悠然たる態度に感じるものがあったのか、マリヤは嘆息して絵美の隣に座った。
「暢気なもんね」
「井戸に住んでいると、やれる事少ないのよ」
「え?」
「知らない?井の中の蛙、大海を知らず」
「えっと……知らない」
「日本の諺よ。井戸に住んでいる蛙は広い海を知らない。世間知らずって事ね」
「あー成程」
「これ続きがあるのよ。余り有名ではないけどね。井の中の蛙、大海を知らず、されど天の高さを知る」
「天の高さ……」
「井戸から見たら、さぞ空は高く感じるのでしょうね」
「そりゃ地下だからね……ってかさっきから何が言ーたいの?」
直後、絵美が笑った。
表情を窺っていたマリヤの背に、悪寒が走る様な笑みだった。
心にもない表現をすれば、まるで小動物をいたぶる子供の様なそれは、純粋であるが故に恐ろしい、狂った笑顔だった。
「例えどれだけ海が広かろうと、終末のラッパが鳴り響いて天罰が下れば逃げようがない」
饒舌な狂喜の女は、そこで唐突に表情と話題を変えた。
まるで神に告白する様に、穏やかな声と表情だった。
「少し、思い出話をしてあげる」
「え?」
「T.T.S.の承認試験を受けた時、死に掛けた話」
いきなり不穏な流れに傾いた話題に、絵美に対する得体の知れない恐怖が膨らむ。
相手の思考が分からない度し難い恐怖が、自然と従順な態度をマリヤに強いた。
「アンタ憶えている?2171年にロンドンで起きた占拠事件」
「憶えてるわ。犯人も被害者もいない謎の事件って言われたアレでしょ?T.T.S.が絡んでるって噂が広まって、どのメディアも砂糖菓子を見付けた蟻みたいに報じてた」
「そうね、T.T.S.絡みってだけでバリューは充分だったのでしょうけど、お蔭で色々隠すのに苦労したものよ……まあその成果もあって、連中も私が渦中にいた事までは嗅ぎ付けなかったけども」
「そう……良かったわね」
「現場の画像を見た事は?」
「崩壊寸前のビッグ・ベンなら嫌と言う程見たわよ」
「今からあれを再現するわ」
「何ですって?」
耳を疑った。
ロンドンで起きた旧英国国会議事堂の占拠事件は、現代のオカルトとして有名だ。
センセーショナルなビック・ベンの画像は、嫌でも人目を惹き、情報も集めた。
だが、橙色の光が時計塔の大半を吹き飛ばす様を目撃した誰もが、犯行組織や被害者を知らない事。
橙色の光の正体と思われる電磁狙撃銃や、その弾さえも発見されなかった事。
周辺一帯のWITやNITの通信記録は丸ごと消失していた事が分かり、今でもこの事件は最も人気のトピックの一つとなっている。
マリヤも一技術者として調べた事はあるが、それに目の前の女が関わっていたのは知らなかった。
しかも、それを再現すると言う。
「源はそれ知ってんの?」
「知らないけど気付くわよ。その為の一言だもの」
正義の味方とは程遠い笑みを湛え、女は今一度天を仰いだ。
「ちょっと!どーゆー積りよ!WITなきゃ私達帰れないでしょ?」
「あら、源を誑かしていても見るものは見ていたのね」
「そんな事はどーでもいーでしょ今は!」
「どーでも良くはないわよ」
「あー言えばこー言うみたいな切り返し止めてくんない!」
自由になった両手をブンブン振り回して熱弁するマリヤを、実に適当な態度でいなしつつ、絵美は梁に腰掛けた。
WITを渡した以上、今絵美に出来る事は何もない。
だからこうして羽を伸ばしているのだが、相棒への心配が貧乏揺すりとして漏れていた。
「別に良いでしょう、会話のリズムは重要よ」
「それこそどーでもいーわよ!あんた本当に正岡絵美なの?皮被った源じゃないわよね?」
「唐突に何て事口走っているのよアンタ」
「は?……あ!いや、そんな意味で言った訳じゃ」
「何想像しているのよ下品ね」
「うるさいわね!あんたが言ー出したんでしょーが!」
今にも噛み付かんばかりの剣幕で怒鳴り散らすマリヤを余所に、絵美は天を仰ぐ。
「いつの時代も空は高いものね」
「ちょっと、聞―てるの?」
「聞いているでしょ、文句も言わずに」
二人を取り囲む様に、虫が鳴いている。
朽ちた家屋に差し込む月光だけを光源に聴いていると、場違いにもそこはかとなく幽玄とした心持ちになって来る。
足元こそ落ち着かないものの、そこ以外は実に悠然たる態度に感じるものがあったのか、マリヤは嘆息して絵美の隣に座った。
「暢気なもんね」
「井戸に住んでいると、やれる事少ないのよ」
「え?」
「知らない?井の中の蛙、大海を知らず」
「えっと……知らない」
「日本の諺よ。井戸に住んでいる蛙は広い海を知らない。世間知らずって事ね」
「あー成程」
「これ続きがあるのよ。余り有名ではないけどね。井の中の蛙、大海を知らず、されど天の高さを知る」
「天の高さ……」
「井戸から見たら、さぞ空は高く感じるのでしょうね」
「そりゃ地下だからね……ってかさっきから何が言ーたいの?」
直後、絵美が笑った。
表情を窺っていたマリヤの背に、悪寒が走る様な笑みだった。
心にもない表現をすれば、まるで小動物をいたぶる子供の様なそれは、純粋であるが故に恐ろしい、狂った笑顔だった。
「例えどれだけ海が広かろうと、終末のラッパが鳴り響いて天罰が下れば逃げようがない」
饒舌な狂喜の女は、そこで唐突に表情と話題を変えた。
まるで神に告白する様に、穏やかな声と表情だった。
「少し、思い出話をしてあげる」
「え?」
「T.T.S.の承認試験を受けた時、死に掛けた話」
いきなり不穏な流れに傾いた話題に、絵美に対する得体の知れない恐怖が膨らむ。
相手の思考が分からない度し難い恐怖が、自然と従順な態度をマリヤに強いた。
「アンタ憶えている?2171年にロンドンで起きた占拠事件」
「憶えてるわ。犯人も被害者もいない謎の事件って言われたアレでしょ?T.T.S.が絡んでるって噂が広まって、どのメディアも砂糖菓子を見付けた蟻みたいに報じてた」
「そうね、T.T.S.絡みってだけでバリューは充分だったのでしょうけど、お蔭で色々隠すのに苦労したものよ……まあその成果もあって、連中も私が渦中にいた事までは嗅ぎ付けなかったけども」
「そう……良かったわね」
「現場の画像を見た事は?」
「崩壊寸前のビッグ・ベンなら嫌と言う程見たわよ」
「今からあれを再現するわ」
「何ですって?」
耳を疑った。
ロンドンで起きた旧英国国会議事堂の占拠事件は、現代のオカルトとして有名だ。
センセーショナルなビック・ベンの画像は、嫌でも人目を惹き、情報も集めた。
だが、橙色の光が時計塔の大半を吹き飛ばす様を目撃した誰もが、犯行組織や被害者を知らない事。
橙色の光の正体と思われる電磁狙撃銃や、その弾さえも発見されなかった事。
周辺一帯のWITやNITの通信記録は丸ごと消失していた事が分かり、今でもこの事件は最も人気のトピックの一つとなっている。
マリヤも一技術者として調べた事はあるが、それに目の前の女が関わっていたのは知らなかった。
しかも、それを再現すると言う。
「源はそれ知ってんの?」
「知らないけど気付くわよ。その為の一言だもの」
正義の味方とは程遠い笑みを湛え、女は今一度天を仰いだ。
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