T.T.S.
FileNo.1 Welcome to T.T.S. Chapter3-7
7
「お前は源の相棒に向いてない。役不足だ」
その言葉を聞いた時、源の背中に走ったのは、久しく遠ざかっていた本能の震えだった。
『ヤバい!!』
心の中で半狂乱になって叫ぶ声に、自然と身体が動く。
「絵美!」
叫ぶ自身を置き去りにして、真っ直ぐに突っ込む。
刹那、彼は見た。
直垂の右袖、袂の部分から迫り出した、細いノズルの様な物体。
そこから、極細の線が伸びる様を。
直後、有島の時と同じ音がした。
ドリルの回転を思わせるモーターに似た音。
そして、硬質の奥に水気を含んだ軟質を感じさせ、さながらオレンジに包丁を突き立てた様な音。
「ギルバートォ!!!!」
頭に血が上り、出口を求めた血気が口から怒号となって吹き出す。
だが同時に、右脳と左脳が別働するかの様に、彼の冷静な部分は閃きも得ていた。
『そぉか……野郎』
絵美の絶叫にボルテージを上げる源の中で、有島の創傷と、今得た情報が繋がる。
冷静に、正確に、確実に、彼は分析した。
『厄介な物持って来やがったな』
凶運の掴み手の選択は、やはり正解だった。
ギルバートがアノ獲物を選び、頼れるバディが手負いである以上、今はコレで防衛に徹する他ない。
普通の人間には無理でも、源には出来る。
『射出速度はマッハ3位か……』
即座に、脚に力を加える。
ギルバートの手が、今度は源に向いた。
獲物越しに刹那合わさる視線が、かつての記憶を呼び興す。
『来いよ!』
そこから先の出来事は、秒を刻むにも満たない遣り取りだった。
ギルバートの袂が、ジャストマッハ3の線を放つ。
音速越えで伸びる線の正体は、H2O。
水だ。
それこそが、ギルバートの武器の正体。
軍事用の高圧ウォーターカッターだ。
源の左目は、ノズルから射出された水が線を成すまでの瞬く間を、何百倍にも引き延ばして捉えた。
その受容速度は、一秒間に地球十五周分。
正に超光速の世界だ。
リアクションも速い。
所謂“身体が憶えている”時の脳の運動が、受容時と同速で神経を駆け巡る。
この時点でもまだ、ウォーターカッターが源に到達するまで音速の半分以上の時間があった。
その間に、源は信じられない速度で動く。
共有結合結晶構造を取る新種の金属元素の盾、凶運の掴み手を纏った左腕が、垂直より僅かに傾げた状態で本流の前に立ち塞がった。
これが防衛策。
高圧水流を受けるのではなく、逸らす。
ウォーターカッター射出より0.7秒後、高圧水流と強運の掌は激突した。
ジュジュジュジュジュ!!!!!!
弾水音が宵闇の中で響き渡る。
仮に周囲で誰かが見ていたとしても、何が起こったか分からなかっただろう。
それ程の速度。
常識という概念が、瞬く間に置き去りにされてしまう世界の攻防。
故に、これだけの状況処理を行っても、源は二歩目を踏み出す所。
実質移動距離は3mにも満たない。
絵美の元へは、まだ多く見積もって15mはある。
無論、これは応酬の始まりに過ぎない。
音速域の水流を受けつつ、依然歩みを進めんとする源は、この時ある確信を持った。
『この水流が止まった瞬間が勝負だな』
恐らく、次のギルバートのターゲットは絵美だ。
源の不興を買う事が目的なのは、彼の言動から見て間違いない。
実際、絵美を傷付けられた事で、源は戦いの舞台に上がった。
今源が何を大事にしているかを、これでギルバートは知った。
尚挑発するとなると、それは絵美の殺害をおいて他にない。
「その女にこれ以上手ぇ出してみろ、マジで殺すからな」
「妬けるなあ、君はそんなに彼女が大事なのかい?」
嘲る様な声が、水膜の向こう側から聞こえて。
遂に、その時は訪れた。
音速の奔流が凪ぎ、源の躰が重い負荷から解放される。
抗力が行き場を失い、上体がつんのめる。
しかしまだ、計算の内。
跳馬を跳ぶ要領で、思い切り左腕で屋根を押した。
右手は左上腕のポケットを探り、指先に触れた最後の緊急止血用生体膜を摘む。
『間に……合え……』
一刻でも早く絵美の元へ。
亜光速の世界で、彼我の距離を測る。
あと2m弱。
視界の隅に、天高く跳び上がるギルバートの姿を認めた。
こちらも、源と同じ亜光速。
即座に、変化した状況と自身の策を鑑みる。
『ギリッギリだな』
拮抗する可不可の境界を、凶運の掴み手を必死に伸ばして埋める。
キィィィィィィンという耳障りな圧縮音が耳朶を打った。
バシュ!!!!ジジジジジジジジジジ!!!!
間一髪、バディの頭部に放たれた水流を左腕が弾いた。
人体を砕く水圧に奥歯を喰い縛り、四散する水を頭から被りながら、ガタガタという瓦の軋みを腹に聞く。
右手に摘むブリスターパックの生体膜を咥え、ピリピリと安っぽい音で剥がれるセロファンを躊躇う事なく飲み込む。
咽頭に引っ掛かる異物感が不快だ。
『相っ変わらず嫌な喉越ししてやがん……な!!!!』
顰めた表情のまま、絵美の肩に空いた孔にセロファンを突っ込む。
ビクリと大きく波打った絵美が、絶叫と共に飛び起きた。
「よぉ、コーヒーと紅茶どっちが飲みたい?」
苛立ちを隠そうともしない絵美に、ドヤ顔で軽口を叩いてみる。
丁度位置を交換する様に源のいた地点に着地したギルバートは、容赦なく追撃を掛けて来た。
起き上ろうとする絵美の頭に、奔流を走らせる。
迷わず、源はこれを逸らす。
その直向きな姿勢を、ギルバートは嘲笑した。
「かっこいいじゃないか源。まるで姫を守る騎士みたいだよ」
「んなら、さながらお前は邪悪な竜だな」
「あははは、そうかも知れない……ね!」
再びギルバートは跳躍した。
但し、今度は源と絵美の元へと弾丸の様に。
『ッベェ!!』
咄嗟に源は、絵美を抱えて屋根を押した。
しかし、絵美の体重が加わった今、速度は乗らない。
あっと言う間に二人に追い付いたギルバートが、不格好な落下物に手を伸ばす。
『クッソ……間に合え……』
急いで左手を翳したが、僅かに遅かった。
真正面からマッハ3の水圧を受け止めた勢いと絵美の体重の全てを乗せた衝撃が、源の身体を地面と挟む。
「ゴハッ……」
肺から押し出された空気が逃げ場を求め、源の口をこじ開ける。
脳の酸素が枯渇し、判断が鈍る。
ピンボケの世界の中で、直垂が飛び回る。
キィィィィィィンと言う圧縮音が迫る。
『駄目だ間に合わねぇ』
源が諦め掛けた。
その時。
「誰が姫だコラ」
絵美が武装した腕を上げた。
シパァン!!
派手な音と飛沫を上げて、二酸化炭素の塊が水流を迎撃する。
「待つだけなんて、私退屈過ぎて死ぬわよ」
「……さいで」
呼吸を取り戻した源は何とか起き上がり、間髪入れず襲い来る高圧水流を今一度左手で逸らす。
呼吸の隙を突く完璧な攻撃タイミングに舌を巻きつつ、残る呼気全部吐き出して叫んだ。
「退却だ!!絵美!TLJ呼べ!!!!」
フラフラ駆け出す絵美を横目に、源はギルバートに啖呵を切った。
「って事でよ、こっちの都合で悪ぃけど、還らして貰うぜ」
今成すべきは、ギルバートを倒す事ではない。
絵美がTLJ-4300SHを手配する時間を稼ぐ事だ。
地を蹴ったギルバートが亜光速で源に迫る。
「お前は源の相棒に向いてない。役不足だ」
その言葉を聞いた時、源の背中に走ったのは、久しく遠ざかっていた本能の震えだった。
『ヤバい!!』
心の中で半狂乱になって叫ぶ声に、自然と身体が動く。
「絵美!」
叫ぶ自身を置き去りにして、真っ直ぐに突っ込む。
刹那、彼は見た。
直垂の右袖、袂の部分から迫り出した、細いノズルの様な物体。
そこから、極細の線が伸びる様を。
直後、有島の時と同じ音がした。
ドリルの回転を思わせるモーターに似た音。
そして、硬質の奥に水気を含んだ軟質を感じさせ、さながらオレンジに包丁を突き立てた様な音。
「ギルバートォ!!!!」
頭に血が上り、出口を求めた血気が口から怒号となって吹き出す。
だが同時に、右脳と左脳が別働するかの様に、彼の冷静な部分は閃きも得ていた。
『そぉか……野郎』
絵美の絶叫にボルテージを上げる源の中で、有島の創傷と、今得た情報が繋がる。
冷静に、正確に、確実に、彼は分析した。
『厄介な物持って来やがったな』
凶運の掴み手の選択は、やはり正解だった。
ギルバートがアノ獲物を選び、頼れるバディが手負いである以上、今はコレで防衛に徹する他ない。
普通の人間には無理でも、源には出来る。
『射出速度はマッハ3位か……』
即座に、脚に力を加える。
ギルバートの手が、今度は源に向いた。
獲物越しに刹那合わさる視線が、かつての記憶を呼び興す。
『来いよ!』
そこから先の出来事は、秒を刻むにも満たない遣り取りだった。
ギルバートの袂が、ジャストマッハ3の線を放つ。
音速越えで伸びる線の正体は、H2O。
水だ。
それこそが、ギルバートの武器の正体。
軍事用の高圧ウォーターカッターだ。
源の左目は、ノズルから射出された水が線を成すまでの瞬く間を、何百倍にも引き延ばして捉えた。
その受容速度は、一秒間に地球十五周分。
正に超光速の世界だ。
リアクションも速い。
所謂“身体が憶えている”時の脳の運動が、受容時と同速で神経を駆け巡る。
この時点でもまだ、ウォーターカッターが源に到達するまで音速の半分以上の時間があった。
その間に、源は信じられない速度で動く。
共有結合結晶構造を取る新種の金属元素の盾、凶運の掴み手を纏った左腕が、垂直より僅かに傾げた状態で本流の前に立ち塞がった。
これが防衛策。
高圧水流を受けるのではなく、逸らす。
ウォーターカッター射出より0.7秒後、高圧水流と強運の掌は激突した。
ジュジュジュジュジュ!!!!!!
弾水音が宵闇の中で響き渡る。
仮に周囲で誰かが見ていたとしても、何が起こったか分からなかっただろう。
それ程の速度。
常識という概念が、瞬く間に置き去りにされてしまう世界の攻防。
故に、これだけの状況処理を行っても、源は二歩目を踏み出す所。
実質移動距離は3mにも満たない。
絵美の元へは、まだ多く見積もって15mはある。
無論、これは応酬の始まりに過ぎない。
音速域の水流を受けつつ、依然歩みを進めんとする源は、この時ある確信を持った。
『この水流が止まった瞬間が勝負だな』
恐らく、次のギルバートのターゲットは絵美だ。
源の不興を買う事が目的なのは、彼の言動から見て間違いない。
実際、絵美を傷付けられた事で、源は戦いの舞台に上がった。
今源が何を大事にしているかを、これでギルバートは知った。
尚挑発するとなると、それは絵美の殺害をおいて他にない。
「その女にこれ以上手ぇ出してみろ、マジで殺すからな」
「妬けるなあ、君はそんなに彼女が大事なのかい?」
嘲る様な声が、水膜の向こう側から聞こえて。
遂に、その時は訪れた。
音速の奔流が凪ぎ、源の躰が重い負荷から解放される。
抗力が行き場を失い、上体がつんのめる。
しかしまだ、計算の内。
跳馬を跳ぶ要領で、思い切り左腕で屋根を押した。
右手は左上腕のポケットを探り、指先に触れた最後の緊急止血用生体膜を摘む。
『間に……合え……』
一刻でも早く絵美の元へ。
亜光速の世界で、彼我の距離を測る。
あと2m弱。
視界の隅に、天高く跳び上がるギルバートの姿を認めた。
こちらも、源と同じ亜光速。
即座に、変化した状況と自身の策を鑑みる。
『ギリッギリだな』
拮抗する可不可の境界を、凶運の掴み手を必死に伸ばして埋める。
キィィィィィィンという耳障りな圧縮音が耳朶を打った。
バシュ!!!!ジジジジジジジジジジ!!!!
間一髪、バディの頭部に放たれた水流を左腕が弾いた。
人体を砕く水圧に奥歯を喰い縛り、四散する水を頭から被りながら、ガタガタという瓦の軋みを腹に聞く。
右手に摘むブリスターパックの生体膜を咥え、ピリピリと安っぽい音で剥がれるセロファンを躊躇う事なく飲み込む。
咽頭に引っ掛かる異物感が不快だ。
『相っ変わらず嫌な喉越ししてやがん……な!!!!』
顰めた表情のまま、絵美の肩に空いた孔にセロファンを突っ込む。
ビクリと大きく波打った絵美が、絶叫と共に飛び起きた。
「よぉ、コーヒーと紅茶どっちが飲みたい?」
苛立ちを隠そうともしない絵美に、ドヤ顔で軽口を叩いてみる。
丁度位置を交換する様に源のいた地点に着地したギルバートは、容赦なく追撃を掛けて来た。
起き上ろうとする絵美の頭に、奔流を走らせる。
迷わず、源はこれを逸らす。
その直向きな姿勢を、ギルバートは嘲笑した。
「かっこいいじゃないか源。まるで姫を守る騎士みたいだよ」
「んなら、さながらお前は邪悪な竜だな」
「あははは、そうかも知れない……ね!」
再びギルバートは跳躍した。
但し、今度は源と絵美の元へと弾丸の様に。
『ッベェ!!』
咄嗟に源は、絵美を抱えて屋根を押した。
しかし、絵美の体重が加わった今、速度は乗らない。
あっと言う間に二人に追い付いたギルバートが、不格好な落下物に手を伸ばす。
『クッソ……間に合え……』
急いで左手を翳したが、僅かに遅かった。
真正面からマッハ3の水圧を受け止めた勢いと絵美の体重の全てを乗せた衝撃が、源の身体を地面と挟む。
「ゴハッ……」
肺から押し出された空気が逃げ場を求め、源の口をこじ開ける。
脳の酸素が枯渇し、判断が鈍る。
ピンボケの世界の中で、直垂が飛び回る。
キィィィィィィンと言う圧縮音が迫る。
『駄目だ間に合わねぇ』
源が諦め掛けた。
その時。
「誰が姫だコラ」
絵美が武装した腕を上げた。
シパァン!!
派手な音と飛沫を上げて、二酸化炭素の塊が水流を迎撃する。
「待つだけなんて、私退屈過ぎて死ぬわよ」
「……さいで」
呼吸を取り戻した源は何とか起き上がり、間髪入れず襲い来る高圧水流を今一度左手で逸らす。
呼吸の隙を突く完璧な攻撃タイミングに舌を巻きつつ、残る呼気全部吐き出して叫んだ。
「退却だ!!絵美!TLJ呼べ!!!!」
フラフラ駆け出す絵美を横目に、源はギルバートに啖呵を切った。
「って事でよ、こっちの都合で悪ぃけど、還らして貰うぜ」
今成すべきは、ギルバートを倒す事ではない。
絵美がTLJ-4300SHを手配する時間を稼ぐ事だ。
地を蹴ったギルバートが亜光速で源に迫る。
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