T.T.S.

沖 鴉者

FileNo.1 Welcome to T.T.S.  Chapter3-5




 大きく屋敷が軋んで、源は顔を上げた。
 パラパラと降り注ぐ埃に目を細めると、鼓膜表面の音声出力用自立移動式ナノマシンが震えた。


「源!絵美が!絵美がね?けりとばされちゃった!おなかをね?フットボールみたいにドーンてけられちゃってね、それで」


 ライブ感たっぷりの実に纏まりのない報告ではあったが、それだけで源は全てを悟った。


「紫姫音!!絵美!!」


 引き摺っていた有島を、生体フィルムが破れないギリギリの力加減で使用人部屋の襖に放り投げ、急いで踵を返す。
 嫌でも広がる悪い想像が、源の肺を縮めた。


『クソッたれが!!!!』


 戦慄く口元を咬合圧で捻じ伏せ、地を蹴る足に力を込める。
 そうして漸く玄関まで辿り着いて、彼は見付けた。
 落ちている自らのWITを。


「……絵美……」


「久しぶり」


 その声は、頭上から降り注いだ。
 わざわざ見上げるまでもない。
 彼にとってその声は、かつて聞き馴染んだ、そして今、最も聞きたくない声なのだから。


「何で今んなって出て来た」


 顔を上げる事なく、唸る。
 直視すると、それだけで感情が爆発してしまう。
 そんな気がした。
 実際、源は拳に籠もる力を抑えきれない。
 だから自分を落ち着かせようと、意識的にゆっくりとWITを装着、電源を入れた。
 途端、紫髪のゴスロリ少女が懸命に喚き出す。


「源!絵美が!絵美がやられちゃった!!!!へんなおめんのひとにドーンって」


「紫姫音」


「え?」


凶運の掴み手ハードラックゲッターだ」


「え?」


凶運の掴み手ハードラックゲッターを起動させろ」


「え……破滅との握手シェイクハンズ・ウィズ・ダムネーションじゃなくて?」


「それは……今はいらねぇ」


「いまは?」


「ああ、今は、な。反撃する余裕なんざねぇ」


 頭上の声が茶々を入れる。


「成長したね源。昔とは大違いだ」


「……るせぇ」


「でも実際、その判断は正しいよ。あの頃も、結局最後まで君は僕に勝てなかったからね」


「っせぇっつってんだろ!!」


 ギチリ、と音を立てて歯を喰い縛った源の傍らで、事務的な紫姫音の言葉が響く。


「ASIよりHard Luck Getterを検索 該当件数 一件 バグチェックの結果 エラーなし 実行」


 ハッとする源の左腕に、赤と黒で彩られたグローブが現れた。
 夜闇を吸い込んだ様なそれを、動作確認と精神安定の為に幾度か握って、開く。
 ほんの少しだけ心に余裕が生まれて、そこに紫姫音と出会った時の記憶が湧き戻る。


『……あぁそぉだ。お前を忘れる訳にゃいかねぇよな』


 源は意識的に左袖をそっと撫でた。
 あの日から、いつだって紫姫音がいた場所を。


「ありがとう。紫姫音」


 親愛の情を敢えて言葉にし、行動にも反映する。
 少女の額への口付けは、儀式めいた静けさを周囲に強いた。


「源?」


 平時は憎まれ口を叩き合う源がした、余りに意味を持つ行動に、紫姫音は震えた。
 見上げる丸い目に喪失への恐怖を滲ませ、手は縋る様に左袖を必死に掴んでいる。


「イヤだ、しきね、もうひとりはヤ……だよ」


「……大丈夫だ。もぉ一人にしねぇから、ちょっと隠れてろ。な?」


 精一杯の父性を込めた言葉に、得心はしていないのだろうが頷いて、紫姫音はWITに身を隠す。
 頭上の声が感心を乗せてしみじみ響いた。


「聞き分けの良い子だ。小さい頃の君とは大違いだ。やっぱり育ての親より産みの親に似るものなのかい?」


 まともに取り合うつもりはない。
 無視して、大きく深呼吸。


『……大丈夫だ。やれる』


「あの頃、君はいつも僕の真似ばかりしていたね」


「いつの話してんだお前?」


「挙句トイレの時間まで合わせ出した時は少しゾッとしたよ」


「そ!……それ今する話じゃねぇだろ」


「その口調、僕が教えた日本語そのものだ。懐かしいなあ……」


「聞く気ねぇなぁオイ……まぁいいや、態々過去までお喋りトークしに来た訳じゃねぇんだろ?そろそろ黙れよギルベルト。でねぇとお前」


 源は上体を地に向ける。
 所謂前屈の姿勢を取った。
 直後。
 ズドン!!!!と腹に響く音がして。


 「舌噛むぞ」


 次いで放たれた声は、空き家の屋根の上で響いた。
 翁面は、その場でゆっくりと顧みる。
 釣られて首を巡らせた絵美の視線の先に。


「悪ぃんだけど。俺達忙しぃんだわ。理由はよぉく分かってんだろぉけどよ」


 真っ黒な左目をしたかなはじめ源が立っていた。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品